杉田ぱん

思考

戦中、現在、わたしたち

2017-08-13 22:33:55 | 日記


8月。どうしてだが、今年の8月は 初日から体調を崩したり、全体的にグレー、すこしくすんだ毎日のなかにおります。辛くて死にそう みたいな劇的な出来事がある訳でもないけれど、ああ、これって疲れてるんだろうなあ、というそんな毎日なのであります。こういうときは なるだけ静かに すきな本を読んで 気が向いた時に簡単な料理をして おdigで今のベストフィットアイテムに触れて、日々のお洋服を選び、ねむって、風が吹いていくのを気ままに待つのが良いのだろう。書いてるうちに流れていきそうな。

そんな、8月の中旬のきょう。
「語り始めた被害者たち」とタイトルのつけられた、日本軍 慰安婦、AV出演強要、JKビジネス、この3つの、日本で起こっているそれぞれの問題を 同じ場所で ひとつの線となってきくという体験をした。この3つ、それぞれの話を別途に 聞く機会はあっても 並んできくことはなくて、並べることで 浮かび上がるのは 日本という社会の体質が 戦争が終わって72年という月日が流れても 根本的に変わっていないということだった。会場には 若い方が少なかった。若い私が、何かにしたためておけば、同じ世代の人が見てくれる機会になるのでは、と思い、記しておこうとおもう。

まず、3つのなかでわたしが一番 身近に感じていた問題 「JKビジネス」について 一般社団法人colabo代表の仁藤夢乃さんが お話ししてくださったのだけれど、仁藤さんは 27歳、自身も 高校時代に渋谷の街をさまよっていた方で、ほんとに ちょこっとお姉さんという世代なんだよね。それゆえにわたしが学生時代の十代に、まのわたりにしていた、現実を一番に話してくださっていた。

JKビジネスとか、下着売る、とかそういうの 90年代で止まってるなんてことはなくて、地つづきで、ていうかより酷く 大人たちは あの手この手で、女の子たちを商品としている現状があることを、たった数年前の高校時代だって 見聞きしていたし、それは今もずっと続いている。
「売る」方だって、悪いと、さも女の子たちが 自己決定しているような態度をとることや、「お小遣い」がほしいからでしょ、と女の子たちを 責める態度って ありふれているんだけど 仁藤さん、何度もおっしゃっていたんだけど、実際にそういうビジネスに巻き込まれてしまった女の子たちって、そもそも自己決定ができるような状況下に置かれていないんだよね。ていうか、「子ども」「未」成年に 自己決定って何なの、って話なんだけど。

例えば、実際にJKビジネスに巻き込まれてしまう女の子によくあるのは、親との関係が不仲で、(この話は 改めてじっくりしたいんだけど 虐待は実際に身体に向かって振るわれる暴力だけでなく、精神的なネグレクト、支配関係すべてだと思う。そこの認識を曖昧にしたくないので記しておきます)家に居場所がなく、帰りたくないという気持ちから 街をふらふらとしていると 声をかけてくるのは カウンセラーや福祉の手ではなくて、女の子たちを「売り物」とする大人たちばかりで。私も声をかけられたことあったし、友達も声をかけられていた。しかも、渋谷じゃない、吉祥寺。メイドの格好したイラストの女の子が描かれたティッシュをもった男だった。私は運が良くて、とっさに「怖!」って思えたからよかったけど、家に帰りたくないような子が 高校生で、手持ち無沙汰の少ないお金しか持ってないなか、大人にやさしく声かけられたら、ついて行ってしまう気持ち、全然 想像つくんだよな。

そこでついて行ったのが悪いじゃんって、簡単に女の子 個人の責任にして、そのあと 例えば性的な暴力や搾取の被害にあっても 突き放してしまう視野の狭い社会って どうなんだろう。性器が裂けてしまうような性行為を強いられた女の子たちの苦しさって、痛みって、絶望って、そのたった一言のイエスで、それを強制してきた「大人」と同じような過ちになってしまうんだろうか。そもそも、そんな一瞬でその後 起こるすべてを十代の女の子が想像できるのだろうか。

わたしは この問題の問題点は、売り買いのシステムを作る「大人」と、そして買う「大人」だと大声で、主張したい。そんな世界を、システムを、作っているのは 女の子たちじゃなくて、大人だ。大人が、作ったシステムに 女の子たちが商品として存在することでしか その時、生きていけなかった 女の子たちの現状を知っている。責めたりしない。毎日、さみしかったよね、こわかったよね、って そういう言葉をかける。

そんな子どもが、健やかに育っていける環境を大人がつくるということ、いま、できていないということを まず私たちが自覚的になるべきだ。この感覚や、文化を構成するのは私たちだから。
もちろん、子どもだけじゃなくて、大人の女性たちが晒される、人間としての尊厳を踏みにじられるような性暴力に対しても、同様だ。
これら現在の、加害性を抱えている社会の一員として、それを「おかしい」と思うことで 一歩 前進する気がする。

それを 思ったのって 次に続く、AV出演強要、日本軍 慰安婦の被害も おなじように、AVだったら「出演した女も悪い」とか、慰安婦だったら安倍さんが何度もいう、「強制連行」はなかった、という 被害者女性たちに対して 突きつけられる あなたもイエスと言ったのだから、ついて行ったのだから、その後に起こることについては 自己責任だ、という 暗黙の了解のような そういう空気が確かに、この日本で共有され続けている、ということを痛感したからだ。

そういう 今ある「構造」やシステムに含まれていた問題に巻き込まれた被害たちの声が上がっても、「人間」ではなく「構造」を守るためにそれを変えるつもりはない、「構造」には 問題がなく、我慢ができない「人間」が変だ、悪いのだ、と歴史と向き合わず、個々人になすりつけ、ずっと生き続ける日本という国の姿勢を意識させられた。


そして、それら問題の具体的な向き合い方をお隣の国 韓国の女性たちの運動、今日いらしていた 尹 美香(ユン・ミヒャン)さん 韓国で従軍慰安婦活動を20年以上 続けてきた韓国挺身隊問題対策協議の方たちの活動を 知ることで 学ぶことがたくさんあった。

日本政府から「合意」として、支援金10億円を受け取ったこと、10億円を払ったから、文句を言うな、という態度をとり続ける日本政府に対して、私たちは お金が欲しかったのではない。私たちが求めることは言うまでもなく、真相究明、教育、記念事業、追悼である、という姿勢をとり続け、国連という世界規模にまで 繋げていく 韓国の活動家たちの姿に まず、日本で生きる者としての情けなさを感じるんだけど 政府が認めないなら まず自分が知ろう、考えよう、と改めて思った。

若い世代が これを知らず、同じ空気が、どんどんと淀んでいく この国に待っているものってなんだろう。

1人で話を聞きながら、どうしようもなく泣けてきてしまって、泣いてる場合じゃないんだけど、だけど、ほんとに心の底から 生き物として 痛みを感じてしまって、ボロボロ泣いていたら 隣のどーんと座ってるおばあさまが 泣かないで、とかじゃなくて、「何にも、ずっと変わってないね」と、そういう言葉をくれた。

私は彼女からみたら 孫世代、そんなとおい女性同士が、おなじ目線で、痛いと感じている。苦しいと、感じている。

「女の子たちにとっては ずっと、戦中のようですよね。いま、若い女の子たちに私たち大人のしわ寄せが全部向かってる」と北原みのりさんがおっしゃっていた。ものすごい言葉だった。これって私だけが感じているものではないのだ、ということが 救いだった。

帰り際に、お隣にいた聡明なおばあさまがお手紙をくださり、連絡先を交換した。きっとまた、必ず会えるだろう。

前を行く女性たちの姿は 清々しいほどに 迷いがなく 必ず変えていこうという気持ちが 表情や、姿勢に溢れていた。

この講演会に参加しようと思ったのは 北原みのりさんの著書、「性と国家」を読んだから なんだけど、きっかけはいつだっていいから 特に 私とおなじ若い世代に この問題を共有できればいいな、とほんとにつよくおもう。

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