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「降版時間」は新聞社整理部の一番イヤな言葉。

★内政審議室が動く=『平成紀』を読む(27)

2016年10月13日 | 新聞/小説

(10月9日付の続きです。写真は、本文と関係ありません)

青山繁晴さん(1952〜)の『平成紀(へいせいき)』(幻冬舎文庫、税別540円)を読んだ。
青山さんが、あの1987(昭和62)年から共同通信政治部記者として「Xデー」を担当した最前線リアルを活写した情報小説。
わずか195ページ、とても面白かった。
というわけで、Xデーをめぐり、あのとき共同通信社の深奥で、さらに官邸で何があったのか、そして僕たち新聞社サイドでは……の第27回。
*青山繁晴(あおやま・しげはる)さん
1952年、神戸市生まれ。
慶應義塾大学文学部中退、早稲田大学政治経済学部卒。
共同通信記者(1979〜1997年)、三菱総研研究員を経て2002年、日本初の独立系シンクタンク「独立総合研究所」社長兼、首席研究員に就任。
2016年、参議院議員に当選。

*幻冬舎文庫『平成紀』主な登場人物
▽楠陽(くすのき・よう)=通信社の政治部記者。
青山さんの等身大キャラ、35歳
▽常石功(つねいし・いさお)=別の通信社の政治部記者。20代半ば
▽元寇=佐藤元行(さとう・もとゆき)=楠が勤務する通信社の政治部デスク。
元行から元寇(げんこう)と呼ばれている
▽吉野庄一(よしの・しょういち)=通信社の官邸キャップ
▽赤錆(あかさび)さん=崩御に関して政府が動くマニュアルを司る実務責任者と評される高官
▽天田原優衣(あまだわら・ゆい)=テレビ局政治部官邸詰め記者。ボストン大学卒、24歳。
カナダのテレビ局にキャスターとして勤務後、東京の民放テレビ局に入社。ジャーナリスト志望
▽竹下登(たけした・のぼる)=第74代総理大臣。1924〜2000年(76歳没)


【幻冬舎文庫『平成紀』131〜133ページから】
「主人の日記帳があるんですよ」
来たっと、思った❶。足の裏が耐えがたく、むず痒くなった❷のを懸命にこらえる。
「私も日記帳があるんですよ」
「はい」
「私のんやったら、見てみてもええわ」
夫人は意外に機敏な動作で立ち上がり、襖を開いて去った。襖が再び開いたとき、手には何もない。楠はただ微笑していた。
昭和四十九年に、内閣の内政審議室というところからお人が来てます。それが最初。
その次に来たんが、さっきあなたが言うてはった時やね。昭和の次の元号を三つ、考えてくれて言うて、ここに座ってはった」。夫人は自分の座っている座布団を指した。
「主人は、その人が帰ったあと、そこに座って考えてました」と夫人は楠の背後の小部屋を見た。
和室に続く小部屋は、ステンドグラスの出窓を持つ不思議な箱のような洋間だった。質素な薄茶のソファがある。
「座って、いいですか」と聞くと、夫人はびっくりしたように楠をしばらく見てから「ええ、ええ、どうぞ。そこは主人がものを考える場所でした」と言った。

(中略)
「持ってきましょうね」と夫人が立った。襖を開こうとしたとき電話が鳴った。
ああ駄目だと感じた❶。
和室の隅で夫人は電話を取り「ふんふん」と声を出して相手の話を聞いている。
「今、ここに」という声が聞こえた。努力も策略も無駄になったことを確信した。
電話が終わり、夫人は楠を見た。
「息子ですの。記者なんかに、なんにも渡したらあかんて」



❶来たっと、思った/ああ駄目だと感じた
「来たっ」は、京都の元号考案学者(故人)がつけていた日記帳から次期元号3案を見ることができるかもしれない——ということ。
楠記者は老いた学者夫人と懇意に話し込み、流れは〝考案学者の日記帳見られるかも!〟に傾いたが、突然息子からの電話が入った。
「ああ駄目だ」……この間わずか数分。
そして、後述の「努力も策略も無駄になった」につながるのだけど、けっこうストレートな記述。
学者の黒革の日記帳に「平成」はあったのだろうか。

❷むず痒くなった
新聞社のルールブック「記者ハンドブック・新聞用字用語集第13版」では、「痒」は漢字表にない字。
新聞表記では平仮名にしましょう、としている。
だから、これもダメ。
▽かっかそうよう
(隔靴掻痒)➡︎じれったい、もどかしい、隔靴掻痒(ルビ=そうよう)

❸昭和四十九年……それが最初
小説の時間は、昭和63(1988)年8月15日午後4時過ぎ。
学者夫人の記憶では、
①昭和49(1974)年=内閣の内政審議室から、学者に最初の依頼
②昭和59(1984)年=再び内政審議室から「昭和の次の元号を考えてほしい」
………へぇ〜、内閣の内政審議室が担当部署で、かなり早くから新元号選定に着手しているのだなぁ、と思った。
となると現在、「平成の次」元号候補も既にかなり集まってきていることになる。

というわけで、続く。
———————————————————————————
【1988=昭和63年】
▽1月2日=天皇、皇居長和殿で宮中一般参賀
▽2月10日=「ドラゴンクエストⅢ」発売。初日で100万本完売
▽3月17日=東京ドーム落成

▽5月19日=春の園遊会
▽6月2日=天皇、皇居内水田で「お田植え」
▽7月6日=リクルート江副浩正会長、未公開コスモス株譲渡で辞任
▽7月20日=天皇、夏季静養のため那須御用邸
▽8月15日=終戦記念日戦没者追悼式

▽9月8日=天皇、静養先の那須から帰京
▽9月18日=大相撲ご観戦を中止
▽9月19日=天皇が吐血・下血し容体急変
▽9月24日=ソウル五輪でベン・ジョンソンの金メダル剥奪。
鈴木大地さんが100m背泳ぎで金メダル

▽11月17日=東京外為1㌦121円52銭の戦後最高値更新
▽12月5日=天皇の最大血圧が40台まで落ち「極めて危険なご容体」に

【1989=昭和64=平成元年】
▽1月2日=天皇は体内出血があり、計1,400ccの輸血を受けた。
前年9月吐血以来の輸血総量は30,865ccに

▽1月4日=大発会で東証平均が 30,243円66銭の最高値更新。
米海軍機が地中海上空でリビア軍機2機撃墜。
▽1月5日=天皇、最大血圧が60に降下。
輸血を受けるも回復遅く、尿毒症の症状
▽1月7日=午前6時33分、十二指腸部の腺がんのため、昭和天皇87歳で崩御。
皇太子明仁親王が即位。
翌8日施行の新元号を「平成」と発表
▽1月8日=竹下首相を委員長に大喪の礼委員会設置

▽2月24日=大喪の礼。
164カ国の代表・使節参列

▽4月1日=消費税3%スタート
▽4月26日=民主化を求めて天安門広場に集結していた学生市民を、中国戒厳部隊が武力制圧

▽6月3日=歌手・美空ひばりさん死去。52歳

▽11月4日=横浜の坂本堤弁護士一家3人が行方不明に
▽11月9日=「ベルリンの壁」崩壊

▽12月29日=東証平均株価 38,915円の史上最高値
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