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「降版時間」は新聞社整理部の一番イヤな言葉。

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★妬んだ社会部長=『平成紀』を読む(43)

2016年11月07日 | 新聞/小説

(11月5日付の続きです。写真は本文と関係ありません)

青山繁晴さん(1952〜)の『平成紀(へいせいき)』(幻冬舎文庫、税別540円)を読んだ。
青山さんが、1987(昭和62)年から共同通信政治部記者として、あの「Xデー」を担当した最前線リアルを活写した情報小説。
わずか195ページ、とても面白かった。
というわけで、Xデーをめぐり、あのとき共同通信社の深奥で、さらに官邸で何があったのか、そして僕たち新聞社では……の第43回。
*青山繁晴(あおやま・しげはる)さん
1952年、神戸市生まれ。
慶應義塾大学文学部中退、早稲田大学政治経済学部卒。
共同通信記者(1979〜1997年)、三菱総研研究員を経て2002年、日本初の独立系シンクタンク「独立総合研究所」社長兼、首席研究員に就任。
2016年、参議院議員に当選。

*幻冬舎文庫『平成紀』主な登場人物
▽楠陽(くすのき・よう)=通信社の政治部記者。青山さんの等身大キャラ
▽元寇=佐藤元行(さとう・もとゆき)=楠が勤務する通信社の政治部デスク。
元行から元寇(げんこう)と呼ばれている
▽吉野庄一(よしの・しょういち)=通信社の官邸キャップ
▽赤錆(あかさび)さん=崩御に関して政府が動くマニュアルを司る実務責任者と評される高官
▽竹下登(たけした・のぼる)=第74代総理大臣。1924〜2000年(76歳没)。


【幻冬舎文庫『平成紀』156ページから】
本社に入り、いつものようにエレベーターを使わず階段を駆け上がっている❶と社会部にいる同期の記者が降りてきた。「おお、また足腰の鍛錬か」と両腕を広げて楠を止め、顔を近づけて「気をつけろ、くすちゃん❷」と言った。
意味を摑めないでいると「あんた社会部長に恨まれてるぞ」と同期は続けた。その一言で理解した。
吐血も、重体も、本来は宮中の重大事態であり、社会部の縄張りであった。社会部がまるで身動き取れないうちに、いずれも政治部が、それも若い記者が打ったのである。
「うちの部長は、政治部長の本郷さんにさ、楠くんに賞を出すようなことをするなよって怖い顔で迫ってたよ。俺、たまたま見てしまった」
同期の肩に手を置き軽く頭を下げて何も言わず、階段を登った❶。
駆けるのをやめて踏みしめて登る。口を何度も開き、あううと声だけの嘔吐を繰り返した。
体の意外な反応にすこし狼狽してうつむきながら登った。いっそ何か出た方が楽だった。不吉な予感と嫌悪感がない交ぜになったようなものが、喉の入り口で膨れあがる感覚があった。


❶階段を駆け上がっている/階段を登った
地味にスゴイ!といま話題の校閲記者の赤鉛筆が、ピタリ止まるところ(止まらない人もいるけど)。
「あれ? 階段は『上る』だっけ、『登る』だっけ?」
新聞社のルールブック「記者ハンドブック・新聞用字用語集第13版」では、使い分けを明示している。

▽のぼる
上る(下るの対語、上方に向かう)頭に血が上る、うなぎ上り、屋上に上る、階段を上る……
登る(よじのぼる)演壇に登る、木に登る、コイの滝登り、沢登り……

新聞表記なら「階段を上る」になるのだろうけど、社会部同期の〝忠告〟に不快な気持ちから足が重くなり「よじのぼる」というような表現を持たせているのかもしれない。
(でも、小説・著作物なのでかまいません、このまま行ってくださいハイ、と校閲部は言うよね)

❷気をつけろ、くすちゃん
どこの社も同じだなぁ、と感じた。
「◯◯ちゃん」は会社でよくつかわれる呼び方。
だいたい苗字のアタマ2文字が取られるようだ。
・奥山(おくやま)➡︎オクちゃん
・黒川(くろかわ)➡︎クロちゃん
・塚本(つかもと)➡︎ツカちゃん
・山村(やまむら)➡︎ヤマちゃん
・横田(よこた)➡︎ヨコちゃん
言いにくい場合もあって、
・白石(しらいし)➡︎シラちゃん、シロちゃん
・平(たいら)➡︎ヘイちゃん
・大塚(おおつか)➡︎なぜか、ボンちゃん(大塚食品「ボンカレー」から来た?)
……あ、それほど真剣に考えるほどのコトではなかった。

「気をつけろ、くすちゃん」
「あんた社会部長に恨まれているぞ」——
会社に、よくあるあるある。
出る杭は必ず打たれる。
本来、皇室取材は社会部担当だが、管轄外の政治部(それも30代若手記者)が天皇報道でスクープを飛ばしまくっているので、後手後手に回っている社会部としては面白くないようだ。
あぁ〜やだやだ、妬みと僻み、コップの中の諍い。
〝忠告〟してくれた「同期の肩に手を置き軽く頭を下げ」た、無言のくすちゃんのほうが大人であった。

というわけで、続く。
———————————————————————————
【1988=昭和63年】敬称略
*参考=「文藝春秋」2009年2〜5月号、
佐野眞一『ドキュメント昭和が終わった日』(文藝春秋刊)、
新潮文庫『昭和最後の日/テレビ報道は何を伝えたか』(日本テレビ報道局天皇取材班)、
横山秀夫『64/ロクヨン』(文春文庫刊)

▽1月2日=天皇、皇居長和殿で宮中一般参賀
▽2月10日=「ドラゴンクエストⅢ」発売。初日で100万本完売
▽3月17日=東京ドーム落成
▽5月19日=春の園遊会
▽6月2日=天皇、皇居内水田で「お田植え」
▽7月6日=リクルート江副浩正会長、未公開コスモス株譲渡で辞任
▽7月20日=天皇、夏季静養のため那須御用邸
▽8月15日=終戦記念日戦没者追悼式
▽9月8日=天皇、静養先の那須から帰京
▽9月17日=ソウル五輪開幕
▽9月18日=大相撲ご観戦を中止
▽9月19日=天皇が吐血・下血し容体急変
▽9月20日=天皇の国事行為を皇太子に全面委任。
新元号の制定作業開始

▽9月21日=高木侍医長が容体急変以降はじめての会見。
「貧血と黄疸という症状はあるものの吐血はなく、安定した状態」

▽9月24日=ソウル五輪でベン・ジョンソンの金メダル剥奪。
鈴木大地が100m背泳ぎで金メダル
▽11月1日=ダイエーが南海ホークスの経営権取得。福岡ダイエーホークス発足
▽11月8日=米大統領選で共和党ブッシュ当選
▽11月17日=東京外為1㌦121円52銭の戦後最高値更新
▽12月5日=天皇の最大血圧が40台まで落ち「極めて危険なご容体」に
▽12月15日=西武セゾングループが世界的ホテルチェーンのインターコンチネンタルホテルを21億5000万㌦で買収

【1989=昭和64=平成元年】
▽1月2日=天皇は体内出血があり、計1,400ccの輸血を受けた。
前年9月吐血以来の輸血総量は30,865ccに

▽1月4日=大発会で東証平均が 30,243円66銭の最高値更新。
米海軍機が地中海上空でリビア軍機2機撃墜。
▽1月5日=天皇、最大血圧が60に降下。
輸血を受けるも回復遅く、尿毒症の症状
▽1月7日=午前6時33分、十二指腸部の腺がんのため、昭和天皇87歳で崩御。
皇太子明仁親王が即位。
翌8日施行の新元号を「平成」と発表
▽1月8日=竹下首相を委員長に大喪の礼委員会設置
▽2月24日=大喪の礼。
164カ国の代表・使節参列

▽4月1日=消費税3%スタート
▽4月26日=民主化を求めて天安門広場に集結していた学生市民を、中国戒厳部隊が武力制圧
▽6月3日=歌手・美空ひばり死去。52歳
▽11月4日=横浜の坂本堤弁護士一家3人が行方不明に
▽11月9日=「ベルリンの壁」崩壊
▽12月29日=東証平均株価 38,915円の史上最高値
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