まこの時間

毎日の生活の中の小さな癒しと、笑いを求めて。

ジャスコの屋上

2017-04-23 | 暮らし

深田久弥が初めて登った山は富士写ケ岳である。健脚であることを誉められて、山好きになっていったらしい。今日の富士写ケ岳は、すっかり雪が解けているように思う。実はわたしも雪にもへこたれず下山出来て誉めてもらえて嬉しかった。

友達がジャスコの屋上から見るといいよと教えてくれた。確かに眺めがよい。生憎曇り空なのでぼんやりしている。富士山のように見えるが、この前登って気づいた。意外にもこの山は、双耳峰だった。なので、前山に行けずじまいだったので、次回はそちらにも行こうと思う。そろそろ石楠花も咲いているだろう。

ついでに、鞍掛山。見るからに双耳峰。頂上も、後山も行くことが出来て良かった。

またまたついでに、実家へ向かう道中の桜。夫婦連れで散歩をしている人を見かけると、羨ましいなあと思ってしまう。まだダメだなあ。

ジャスコで買い物をしていると、近所のMさん夫婦に会って「お揃いで仲良くて、うらやましいわぁ。」と、言うと「なーん。空気みたいなもんや。」と、奥さんが言う。「仲良すぎると後がつらいし、ほどほどがちょうどいいと思うよ。」と、言うと「大丈夫や。ほどほど以下や。」と、幸せそうに笑う。どうか、おふたりの時間を大切に。

 

 

 

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審査に向けて

2017-04-23 | 弓道

稽古不足を言い訳にするっていうのはいかがなものか。精一杯やらずに沈没ってどうよ。という訳で夜の稽古は寒いけど、仲間がいるので出かけた。

土曜の夜は稽古に来る人が少ない。そして、第2、第4土曜は使用料は個人もちである。今日は着物で稽古しようと、Tさんと打ち合わせて出かけた。道場に着くとすぐ、ケータイがなった。母からだった。今にも泣きそうな声で「通帳が見当たらんのや。」と、言う。道場の横の巻き藁室で、耳の遠くなった母に「今日、台所の左の引き出しに入れとったよ。」そういうと、「あったわ・・。何でこんなとこへ入れたんやろ。」と、言う。心配だ。わたしもそそっかしいが、母の場合はぼんやりの感じ。ひとりでいるので落ち込んだり、心配したり。今は父のことで毎日気を張っているが心細いのだと思う。自分の衰えることを実感すると尚更心配性にもなる。

皆で射礼の稽古を始めて、まず息を吐いてというのが、ため息を吐いていた。

 

 

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一足違い

2017-04-22 | 暮らし

「もう少し早ければ。」「ほんの一足違いで。」と、いうことがある。

17日に帰宅予定していた父が、急に小便がでないと言い出し、家へ帰るのを拒み、自分で用を足そうとしてベッドからずり落ちて顔にけがをした。その後も、またベットの横で倒れたらしい。見舞いに行くとポータブルトイレの上に椅子が載せてあって使えないようになっていた。ショックだった。

急に寝たきり状態になり辛がっている。何かが見えるという。看護師はいよいよまだらになってきましたと言う。2、3日前は、持っていったお菓子をおいしそうに食べていたのに、人が違うように見える。訳の分からないことをつぶやく。

もう少し早く家へ連れ帰って、違う施設に入れてあげればと思ったが、母は本人は今のままが安心みたいなのだという。翌日に、母から「書類を渡されたのできてほしい。」と、電話があって仕事の帰りに寄ると「危険防止のために、ベットに柵をするので承諾してほしい。」とのこと。母は、「やっぱりハンコは娘の方がいいやろ。」と、言う。「うーん。そうやね。わたしら親子やし。」と、言うと、母は「わたしら他人やし。」と、笑う。

本当は笑っている場合ではないのだが、ふたりとも悲しくても通らなくてはならない時が来たことを思った。

「介護保険指定基準の身体拘束禁止規定」「切迫性」「非代替性」「一時性」と羅列してある書類を渡され、緊急やむを得ない状態であることの説明を受ける。「お父さんは、前立腺肥大で、おしっこが出なくて管で出すことになりました。1.5L溜まっていました。」辛かったのだろう。だから、幻覚を見るらしい。人は我慢できないほど痛い時、気絶する。辛い時は、記憶を曖昧にするのかもしれない。

「何でここにおるんや?」と、訊くので「倒れたんやって。」と、言うと「そうか。3日目やな。」柵をして3日目なのだ。呆けてはいない。「誘拐されたみたいや。」ほかの人が聞いたら呆けていると思うかもしれない。「誘拐するんやったら、身代金が取れる人をするやろ。」と、わたしが言うとにいっと笑った。椅子に座り、柵に手をかけて、父の顔のところで話をしていた。

先日は、おしっこが出なくてつらがっていたので、笑顔を見ることができてほっとした。

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ひとり遊び

2017-04-22 | 暮らし

愛情を注がれて育った子は、ひとり遊びが上手にできるそうだ。

たぶん愛情いっぱいに育てられたと思う。弟が9才下なので、9才まではひとりっ子として、蝶よ花よと育てられた。弟が生まれても、女の子なので、やはり蝶よ花よと育てられた。おまけに、自称小百合と呼ぶ勘違いまで生まれてしまった。

結婚しても、夫に大変愛されて、何をしても喜んでもらえた。

逞しく生きる必要もなく、ふわふわと生きていたような気もする。地に足をつけずに、ふわふわと。その眺めも決して悪くない。

いつの間にか、ひとりでも楽しく遊べるようになっていた。

ついに、スポットライトを当てる。これでよしっと。誰かお客を呼ばなくては。

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登山靴を作る?

2017-04-20 | 暮らし

登山靴を粘土で作ろうと思い立つ。komeさんに電話をして粘土遊びをさせてもらうことになった。

「ところで、何と言う名の工房にしたん?」「米酵母」と、聞こえた。「えーーっ!酒蔵か?」「米陶房やぞ。」「とうぼうね。ごめんごめん。」と、言いながら遊びに行って、まずkome先生の授業を受ける。まず、作りたいもののスケッチをして、イメージを作ること。

途中まで作って時間がないので翌週に出直すことにした。写真を撮って家で見たら、どうも登山靴というより、スニーカーじゃん。何か違う。

日を改めて再び出かけると、もと会社の先輩Sさんが来ていた。陶房専属大工だ。また、komeさんの研修所の同期の女性が絵付けをしていた。親子ほど歳が違うが同期生である。Sさんがわたしと、N子さんにコーヒーを入れてくれて、陶房主のkomeさんは本職で呼び出しがかかって自宅へ戻った。

細い紐がなかなかできない。潰れる、きしめんみたいになる。

さて、Sさんもコーヒーを飲んで帰ってしまい、残された女性ふたりで黙々と制作にかかった。その後、傍らにある巨大な作品について尋ねた。どうみてもkomeさんの作品ではない。抱えるのも怖いくらい大きい。

山を歩いていたらこういう感じの根っこがあって・・と、説明してくれた。ダイナミックだ。そして、この写真では綺麗に表せないが、緑と青の交じった(九谷焼でいうと青と紺青)色がすごくきれいだった。「こんな綺麗な色出るん?」と、言うと、やはり昔の絵の具だそうだ。先日、金沢で卒業作品の展示があって、そこに出品したのだそうだ。

しばし、何もかも忘れて没頭すること1時間。またまた、父の病院へ。孫の迎えへと休みの日も忙しい。

 

 

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山菜を採る

2017-04-18 | 料理

曇りで寒い日だったが、母が筍が出ているかもしれないというので、一緒に鍬を担いで山に登った。

途中の杉林の木が見事に折れているので驚く。折れた木は押しても引いても動かなかったので、そのままにしておいた。まるでダルマ落としみたいに途中から落ちていた。

蕗の薹がやまほど生えていたところ。食べきれないほど蕗が・・。

食べられるだけのわらびと、筍と蕗を採った。

こしあぶらと、タラの芽は」叔父がきて採ってくれた。ついでに、大きい筍も追加。

山菜を採ると、すぐにすべてのものを調理しなくてはならないので家へ帰ってからが忙しい。天ぷらは娘宅にも届ける。蕗は皮をむいて下茹でしてから料理するので、これも時間がかかる。わらびもさっと茹でて灰を入れてから一晩おくので、食するのは明日。

先日、アップできなかったノビルの酢味噌あえ。孫たちが好きなのである。

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花の季節

2017-04-17 | 暮らし

4月になると、花が一斉に開き始める。まるで、桜の合図を待つように、桜の花が開くころに競って色づく。

実家へ行くと、まるで極楽浄土のように咲き誇る花。

先日、富士写ケ岳へ登った時は、まだ咲いていなかった石楠花が仕事場の庭に咲いた。

富士写ケ岳のカタクリ。

富士写ケ岳で友達が撮ってくれた。コブシに似ているが、タムシバというらしい。その違いを認めるのは難しい。タムシバの横に小百合が歩いている。ちなみに本当の小百合さんより年も若い分人間的にも未熟である。

自然の中では競争もしないし、評価されることもない。ニュートラルになる。何も余分なことを考えない。ひたすら自然を楽しみ、安全に歩くことに集中する。ぬかるんでいて何度も滑ったり、落ち葉の上に足をのせてしまって転びそうになったり、ロープに助けられたり、雪の坂の下山は登山靴でスキーをするように滑ってみたり楽しいのである。

登山は、初めて登った時の気持ちで、登山が好きになるか2度と登らなくなるかに分かれるが、わたしの場合、指導してくれる人が基本と無理のないようにということを教えてくれたことと、職場の仲間が情報をくれたりすることで安心登山を学び目標に向かって一歩ずつ近づける気がする。

Eテレの知恵泉で居酒屋のメニューがゲストの人の後ろに映っていた。「千鳥足でも前へ進め!!」これだっ!

 

 

 

 

 

 

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間について

2017-04-16 | 弓道

浅田真央さんの引退について中日春秋に書かれた一文に心打たれた。真央さんのスケートの神髄は「間」にあったのではないか。というもの。

弓道に於ける「間」も同様、美しさと澄ましがここにある。稽古中よく指摘されるこの間の取り方。吐く息を大切にしないと、全体が合わないのである。「息、吐いてる?」「合わないよー。」と、先輩から指摘され、そそっかしい私は「日ごろお忙しいんでしょうね。」と、言われる始末。射即人生というけれど、本当に射の中にその人の心構えから、日ごろの生活などが出てしまう気がする。

射礼などで相互の間が大切であるというように、この「間」が品と格を作る。

それが出来ない場合。間が持たない。間が抜ける。間が悪い。間に合わない。と、なるのだろう。

 

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父の一時帰宅

2017-04-15 | 暮らし

病院にいる父は最近「飽いたんなあ。」と、漏らすようになった。暖かくなったら一度家へ帰ろうというと、「帰りたい。」というので、ケアマネさんに相談した。要介護1では、介護用品を借りるには介護保険がきかないので、すべて実費となることを聞かされたが、それでもかまわないので17日に一時帰宅することを、病院の先生とも相談した。

ケアマネージャーさんから、ポータブルトイレを譲り受けた新品があるので取りに来るよう言われ、ありがたくもらい受け、その後、何回もやり取りして、ベットの手すりや、車椅子も格安で借りれるように計らってくれた。

さて、一昨日、母にそのことを告げに仕事の帰りに行くと「今日、病院へ寄ったら、身体がつらいし帰りたくないって言うとったわ・・・。」で、あった。

がっくり。急いでケアマネさんに電話して、17日の一時帰宅を取り消した。

父がだんだん弱っていくのを見るのがつらいが、せめて少しでも喜んでくれるかと思ったが、仕方がない。

歳をとって、歩けなくなって、出来ることが出来なくなってしまうというのは辛いのだと思う。それでも、顔を出すと笑ってくれて、美味しいものを持っていくと喜んでくれる。ぐずぐず言うのもストレス解消なのだと思う。聴くことが何よりなのだろうなと思う。

家へ帰ることが夢になるということなら、何としても叶えたいのだけれど、両親は嫁に出た娘に気を遣っているようなところもある。

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現を抜かす

2017-04-12 | 暮らし

現を抜かすという言葉がある。

最近は、山のことばかりで、現を抜かすという状態である。と、なると、うつつというのは何かという事になる。仕事がううつか?弓道がうつつか?現というのは楽しくない事なのか?

楽しいことは、夢であってうつつではないのかという事になる。分からなくなってきた。、生きているこの「瞬間、瞬間」が現で、過ぎてしまった時は夢のように思える。

先の心配をするのはとりこし苦労というもの。過ぎてしまった日々を後悔するのも鬱々となる。

将来の備えは大切だし、今を一生懸命も大切だと思う。

わたしは、いつからか何かを抜かす日々を送っている気がする。

何を抜かしてしまったのだろう。諦めと寂しさを忘れるために、やっぱり現を抜かす毎日が必要な気もする。

忙しく働くことも現を抜かすという事になる?一体、現って何だろう。

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