まこの時間

毎日の生活の中の小さな癒しと、笑いを求めて。

石川国体開催記念弓道大会

2017-08-29 | 弓道

立山から下りた翌日、先輩の車に乗り合わせて、金沢での「石川国体開催記念弓道大会」へ出かける。

久々の土日休日を、満喫する。試合も県体以来であることと、土曜、日曜も勤務があるので、殆ど出ていないので的中は期待していないものの、県体をピークにビクがひどくなったのを、先日から稽古の中で、これかもと思ったことを今日は実行しようと思った。何かをするのではなく、何もしないで力を抜くこと。

相変わらず的中はなかったが、ビクはこなかった。なるほど、バンバンに力が入っていたのだった。そういうことを、毎回忘れている自分が情けない。たぶん、継続的に稽古をして、試合にも出ていると身に着くのかもしれない。時折、稽古は裏切らないっていうけど、ほんとに裏切らない?と、疑いたくなるほど稽古をしていないね。 

久しぶりにR先生に会い、山登りは10㎝でも足を前へ出せば頂上へ着くけれど、弓道は少し登ったかと思うと、ざざざ・・と、斜面を滑り落ちる気がする。と、ぼやくわたしに、「目標の山を登るためには、一旦下りてから登らなくてはいかんやろ。」の言葉。あぁ、七段の先生は含蓄があるわ。だが、わたしは谷へ下りて遭難しているんだろうか。あるいは、登るべき山を間違えているのか。登りたい山と登れる山は違うというように、高望みをしているのか。何はともあれ、研鑽あるのみだけれど。

それにしても、会社の弓道部の先輩であったK先生はすごかった。矢渡をして、個人優勝もして、納射をされた。何と言っても、14連中はすごい。優勝戦では国体選手と闘っての優勝。

淡々と引いていること、どこにも力みがないこと、矢がすうっと的に吸い込まれていく。

帰りがけにO子さんが、「あら、マコちゃん出とったん?」「出てたけど、出てないような・・」

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下山

2017-08-29 | 山歩き

kenを無事下ろすために「ばぁばがすごくつらいから、お兄ちゃんらが速くても、ゆっくり下りてや。そして、危ないとこを教えてね。」と、言うと「わかった!」と、言って下り始めた。「ばぁば、この石動くし、気をつけて。」「ありがと。」「こっちの岩を持って下りたらいいよ。」「ありがと。上手やね。」ずっと、その調子でしゃべりっぱなしだった。

後ろの人が「優しいお子さんですね。」「はい。孫なんです。」と、言うと「えっ、おかあさんかと思いました。」と、言うので振り向けなかった。と、まあそれは余分な話で、kenは、腰を落として両手をついて、上手に下りてくれたので、褒めるたびに張り切って、わたしを気遣ってくれる。

ようやく、難所を切り抜けて予定通りの時間で歩きながら、雪渓にかかった。登りの時よりもつるつるになっていた。娘たちが蟹のように横向きに少しずつ歩きながら「滑るし気をつけて。」と、言われたがkenが転んだ。あっ!と、思った瞬間、わたしも転び、後ろの人も転んでいた。

帰るのがもったいない。よい景色といい空気。

kenは、「立山、3003mの山へ登ったって友達に言おうっと。」「何県にあるか知っとる?」「うーん。能登県。」と、言うのでお兄ちゃんが「ヒントは北陸三県のひとつや。」と、言う。母親が「余計分からんわ。」と、笑っていた。

チングルマの花が終わった後。(稚児車)

後で調べたら、ゼッケンの人たちは「立山登山マラニック」と、いう催しをしていたのだった。何でも富山湾の海抜0mから、立山雄山山頂3003mを目指すのだそうだ。その人たちに混ざってしまった。

山はゆっくり、景色を観て登りたいものだ。その人たちの要項に、「登山者の邪魔をしないこと。」と、あった。遠慮して道を開けては登っていたわたしたち。孫たちにも「邪魔をしたらいかんよ。」と、言いながら除けるようにしていた。普通に登っていてもよかったのだ。と、言っても普通に遅いわたしなのでお先にどうぞで良いのだけど。

kenに「小さいのによく頑張ったね。えらい。えらい。」と、言うと「ばぁばも、年寄りなのによく頑張ったね。」だと。

翌日、娘は筋肉痛になったらしい。「おかあさんはどうか?」と、言うので、全然大丈夫というと、「年寄りは後で出るのだね。」と・・。山に登り初めて、低山も白山も、筋肉痛も膝痛もないのである。膝が笑うというのもない。きっと、足が太いからだろう。それとも、筋肉痛というのは筋肉が痛いので、わたしには筋肉がなくて、骨に直接脂肪がついているだけだったりして。

 

 

 

 

 

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立山 雄山に立つ

2017-08-29 | 山歩き

しばらく休んでいると落ち着いてきた。横にもはぁはぁ言ってる女性がいて「こっちのほう、やばいですね。」と、言うので「あっちへ行きましょう。」と、促して、そこから這い出した。すると、目と鼻の先に雄山の建物が見える。下りてくる人に「後、どのくらいですか?」と、尋ねると、「もう5分くらいですよ。頑張って。」と、言われた。よっしゃあ!

雄山には人がいっぱい。ゼッケンの人達が記録係のような人たちと喜びあっている脇を抜ける。娘たちはどこ?と、見ると目の前に来てくれて、「電話したんや。おかあさん、もう少しやって言おうとして。」きっと、必死で登っていて気付かなかったのだ。しかし、3000mのとこで、ケータイが通じるという凄さ。

足元に初めて花を見つけた。イワツメクサ。

イワギキョウ 岩のガレガレのところに咲いている。

良かったね。みんな頂上に登れて。娘が祈祷の申し込みをさっさと済ませたので、鳥居をくぐって神社へ登るが結構怖い。ふっと風に吹かれたら落ちそうな所である。

祈祷をしてもらいながら、改めてしみじみ感動した。30年ぶりに登って殿を思う。荷物が重かったのは、もしや背中に貼りついて一緒に登っていたんでは?

2時間半かかってしまった。もたもたしていられない。13時20分に下り始める。2時間で下りてもぎりぎりだ。実はわたしは下りるのは平気で、膝も笑わないし、息も上がらない。下るのだから当然と言えば当然かもしれないが、速足でも大丈夫だが、問題は3年生のkenを、無事に下ろすことにある。鞍掛山で、とんとん下りて、2回転したことがある。走るなと言っても「止まらんしー。」と、言って言うことを聞かなかった。立山では、ケガをしないように言って聞かせたが、母親とお兄ちゃんがスタスタ下りるので、ついて行こうとする。

景色を眺める暇もなく、不安な気持ちで下り始める。

 

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立山登山 雄山を目指して

2017-08-29 | 山歩き

登山開始。30年前に同じ景色を目指したのだ。頂上の雄山が認識できる。バスは15時50分に出発するので、5時間半の時間が与えられたが、歩き出すまでに登山届、記念撮影、見知らぬ親切そうな人がシャッターを押してあげますと言ってカメラを渡してしまって、時間が取られた。商売だったのだ。買わなければいいのだが、自分のカメラで撮ってもらう前に、その人のカメラで撮るので時間がかかった。早い!歩き出したら追いかけてきた。大判の写真が出来上がっていたが、断って歩き出す。

最高の天気に恵まれた。この景色を観るだけでも来た甲斐があったというもの。

一の越にたどり着くと、強風のため寒くなりレインウエアが役に立つ。強風を防ぐだけで結構温かい。かと言って、歩き出すと暑くなる。バス会社からもらった芝寿司の弁当を少し食べて、すぐに岩場へ向かう。ここまで予定通り1時間。この上は、2時間の予定だが、わたしの体力がないので、2時間半の予定で、下りは2時間の予定で余裕をみて5時間半に間に合うだろうと思っていた。

しかし、立っているだけでもよろけるような風で、ここで登るのを止めようかと声をかけるが、娘もkouも、登り始める。周りのたくさんの人たちも、何の疑問も持たずに進んでいく様子。怖いなあと思うのはわたしだけ?コンタクトの眼にゴミが入った。サングラスをすれば良かったが遅い。この急登のガレガレの岩のところで、ザックを開けるわけにはいかない。

荷物が重い。孫のために熱い湯を入れた水筒と、ジュースを持ってきたのだが、ゆっくりする時間はない。こんなところを、30年前に1年生の女の子を登らせたわたし達って無謀だが、彼女たちは登ったのだ。

ゼッケンをつけた人たちが登ってくる。遠慮して先に行ってもらうが、次々に来るので、このままではなかなか進まない。少しずつ岩を這うように登るので、立って登るより少し楽である。それでも息があがる。孫と娘が先に行ってしまい、わたしは人をよけていたら、大きな岩の方へよっていって、心拍数が上がって来て、大風が吹いて息が続かなくなり、このままでは死んでしまうと思った。みんなとは違うルートを登っていた。大岩の陰に腰掛け、娘に電話すると通じた。「上まで行けないから、途中で待ってる。」と、訴えた。そもそも、「一番遅い人を待って、みんなで登ることと。」言ったが、一の越でトイレをしなかったkouが、早く登りたいというので先に行かせたのだが、やはり、ばらばらになるのは良くない。何としても追いかけたいが、今までの登山の中で一番きつい状況になった。

思いのほか、子ども達は身軽で速いのである。おまけに、彼らは水泳教室に通っている。マラソンは得意なのだ。高山でもへっちゃらなのに違いない。

ばぁばが連れてってあげる。と、言うのは、バス代を払ってあげるということを言うので、山で先導するどころか、追いつけないつらさ。一の越を見下ろすと目まいがしそうだ。この岩陰で待つか。

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立山登山

2017-08-26 | 山歩き

待ちに待った立山登山の日が来た。何日も前から天気は不安定で雨が続いてたし、立山は土曜は登山に不向きになっていた。子供たちに必需品のレインウエアが役に立つことは、本意ではない。

朝5時に家を出るので、朝食はバスの中で食べるため前日にサンドイッチを作る。しかし、kenがパンを好まないので炊き込みご飯も作った。4時前に起きる。仕事の日は目が覚めないが、遊びに行く日はなんで元気なのか。何と!!5時に家を出るときに、夜明けの空がピーカンになるのを予告するように明るい。

孫たちは山が好きなようで、立山は3015mで、日本では3000m以上の山は21あるうちのひとつだということを説明すると、「鞍掛山より高いんか?」と、ken。「6倍あるよ。白山より高いし。」「スゲ―。オレじまんしよ。」室堂までバスで上がるから、2450mから登るのだというと、kenは「オレは下から登りたい。」と、言う。母親はさらりと「ご自由に。」と、言っている。

バスが弥陀ヶ原あたりを通るとき、給水所のようなテントがあって、ゼッケンをつけたランナーたちがいた。このところトレランというのが流行っているので、それだろうかと思った。

さて、この登山には娘家族を誘ったが、盆前に娘婿がぎっくり腰になってしまって行けなくなった。彼は毎年のように白山に登っているので、大いに頼りにしていただけに残念だった。活発な男の子を娘とわたしが責任をもって連れて行くには、いささか不安がある。

バスから降りるときに、ストックを忘れた。体力をカバーしてくれるストックは必需品だ。バスに一番に乗ったために、荷物が後から金沢から乗る人たちの荷物で押されて、ザックはバスのトランクの反対側に行ってしまい、ストックと離れてしまっていた。ザックと一緒に置いてあったので心配していなかった。いつも車で行くので団体の時のトラブルや配慮に欠けていた。しかし、雄山に登るときはストックは邪魔になるので結果よかった。

山の先輩に、夏休みの立山は富山の小学生が登るので、一緒になると雄山は渋滞して下りられなくなるので、バスの時間を考慮して戻るように言われた。先輩は、子どもを連れて行くなら、安全な浄土山を勧めてくれた。

しかし、子ども達は立山の頂上に行きたいというし、娘は30年前に登った時に帰りにダウンして、父親の背中におぶさって下りたので、今回はリベンジしたいという。室堂から出口に向かう階段の途中で「登山届」を出すとき、娘がさっさとコースを「雄山」と、書いていた。

前から、蟻の行列のように子供たちがやってくる。泊り明けで帰る様子だ。「おはようございます!」と、言いながら元気にすれ違いながら、少しほっとした。この行列が一緒に雄山を目指したら大変だ。

部分的に、雪がしっかり残っている。

無事に下山できるように。慌てずに行きましょう。しかし、この時点で、もはや息が荒い。白山の室堂付近の標高である。

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忍び寄る老い

2017-08-25 | 暮らし

怖い話である。毎日元気だと思っているが、少しずつ年を取っているのだろうと思う。週に何回か父を見舞いに行くが、その時、母が病院の階段を登りきると、そこにあるソファに一度座って休んでから父の病室へ行く。母にとっては、病院の階段は山登りのようなものなのである。エレベーターもあるのだが、玄関からエレベーターまでが遠いので、いつものように近い方の階段から上るのだが、日ごとに「いつものように」上がれなくなってきている。腰も曲がってきている。

父は、あっという間に寝たきり状態になり、わたしが顔を出すと嬉しそうに笑って「今日帰ろうとおもたけど、やっぱり、調子悪いしやめたわ。」と、言う。ずっと家へは帰っていないし、帰れる身体ではないのに勝手に決めていたようだ。「そうやね。無理せんほうがいいんね。」と、話を合わせる。

前に、富士写ケ岳登山をタブレットで見せたとき「いつになったら登れるかんなぁ。」と、言って笑った。冗談なのか本気なのか。おかしくなってきたのか。

母も、お金の管理が嫌だという。実家へ行くたびに、郵便物の仕訳とチェックをする。病院の支払いも面倒なようで、先にお金をあげるから払って欲しいと言い出した。かかった分だけもらうからと言う。わたしも、実家の家計まで管理できない。

病院の駐車場で同級生のM君にばったり。お母さんが入院されているそうだ。「もう100才やぞ。頭はしっかりしとるんや・・・。」と、言う。わたしの父は92才だから、8才も上だという事は、結構高齢出産であったわけだ。「お互いにがんばりましょう。」と、別れた。そういう年回りになったのだということを改めて思う。「うちの母。・・Mくん・・」と、母に紹介し、車に乗ると「M君やったんか。どこのおっちゃんかと思ったわ。可愛らしかったのに年とったんね。」と、娘もそのように年をとっているのを棚に上げて言う。小学生の時しか知らないので無理もない。母はよく覚えていたものだ。まだまだ若い?

 

 

 

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登山準備

2017-08-25 | 山歩き

8/26に娘と孫とバスで立山へ行くことが決まった。立山は自家用車では室堂まで行けないので、旅行社のバスで行くが朝早いので寝過ごさないかということと、雨が心配だ。子供たちに普通のビニルカッパでは危ないかも。

今日は休みなので金沢へ行くことにした。本日の金沢行きの目的はモンベルで孫のレインウエアを買うこと。わたしが試着して少し大きめサイズを購入。kouはわたしと同じくらいになってしまった。山の店が金沢か福井まで行かなくてはならないのも不便だ。

山へ行こうというと孫たちは二つ返事だったので嬉しいが、ばばバカで準備はわたしが。

空は青い。高いなあ。人は山のような建物を造る。

だけど、山と違って癒されない。

そうそう、100均で歩きながら飲めるもの。ペットボトルにコップをつけられるもの。ぶら下げられるものがあって、試してみたくなった。右端のストローは、肩のところにつけて、すぐに飲めるのでいい。

 

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再び子どもたち

2017-08-24 | 小さきもの

男の子はどうしてこんなに兄弟げんかをするのか。激しく取っ組み合いをしたあと、またくっついてゲームをしている。そして、従妹がくると優しいのである。こんな時から、女の子に優しいというのは良いことだ。

 

kouとkenは、月曜から泊った。布団に入って電気を消し「怖い話をしてあげるか・・」と、いうと、kenはすかさず「かあちゃんの話か!」と、言う。可笑しくて怖い話が笑い話になった。

朝ご飯はちょー和食。ラジオ体操から帰ってからあっという間に食べる。

momoたちは、おやつを作るのを手伝ってくれる。

ホットケーキミックスを使って、ウインナーに巻き付けて、ホットプレートで焼く。

ちょっと焦げた。でも、美味しい。好みでトマトケチャップをつけて食べるともっと美味しい。

プールの送迎、昼ごはん。しばしも休む暇はない。みんなが帰るとホッとする。

家族っていいなあと思う。ひとりの時間もいいけれど、ほんの少しずつ空間をゆずりあう生活っていいなあと思う。孫たちがわいわいやって、それぞれにすることが違うのに、そこにいるというだけで楽しい。

そして、食べるということが、一番みんながつながる時間。おやつに集まるときのパワーは、ワクワクする。

どんなに会話の無い夫婦でも、食卓を一緒にしている間は深い絆で結ばれているに違いない。どんなに好きでも、そこにいないということの寂しさと、空間を共有しない空しさに気付くといたたまれなくなる。街へ出よう。山へ行こう。弓を引こう。ということになる。わたしのパワーの裏返しは寂しさなのか。なので、弓道の仕事が入るとわくわくと楽しい。白山から下りた日に、広報の仕事をしながら仕事に追いかけられる快感を味わっていた。仕事は心の安定だと思う。

さて、夜は弓道へ行かなくては、盆休みの間引いてないし、日帰り登山の日は月例会であったことを忘れていたし。

 

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白山日帰り 無事下山

2017-08-23 | 山歩き

昼食後、弥陀ヶ原を進んだが、ガスが多くて視界が遮られたので戻ることにした。12時20分に観光新道を下り始める。真砂坂あたりは花が多い。

殿が池の小屋が見えるあたりでガスがかかってきて雨の心配もでてきた。

小屋で小休止後、ぽつぽつと雨の気配がするので、ザックカバーをかけて下りる。いつ降ってきても大丈夫なように。

前回も観光新道から下りたので、何とかいけるだろうと思った。しかし、どこまで行っても、ゴロゴロ岩。足が届かない段差もある。手をついて岩を掴んで下りたり、脇へ逃げたりするが、横が崖だったり、落ちた人がいて救助されたということを聞きながら下っていく。ここを踏み外したらけがをするだろうなと思う。

 黒ボコ岩から殿が池避難小屋までコースタイム50分。そこから、慶松平まで50分。別当出合まで1時間として、2時間40分。その速さで下りる自信はない。4時半に到着を目標とした。Tさんの「けがをしないように下りましょう。」の言葉に「ハイ!!」と、返事して気合を入れる。げぇ・・また段差が。前回は同級生の男子(おっちゃんになったが男子である)が、いたので心強かった。今回、か弱くて見目麗しい、サバイバルには程遠い、山女というより深窓の令人が間違って山に迷い込んだようなわたし達である。

行けども行けども、ぬかるみと岩。最後の最後まで続く。変化があって面白いが気を付けて。泥で滑る石や、浮石に気を付けて、ゆっくり見極めて下りていく。見極め中に長い蛇が藪へ入って行った。

途中、膝が痛いと言って立ち止まっているおじさんがいた。ひとりで下っていると、長く感じるだろう登山道を、百合とバラが下りていくのである。時間をかければいつか登れる。いつか下れる。もちろん自分の力量と計画があってのこと。

甚之助小屋での青空はどこへ行ったのだろう。前日の雨のために、石段の砂防新道にはないぬかるみが何か所もあった。

後1km!・・15時40分。もうひとふんばり。滝の音が聞こえ、別当出合の屋根が見えて来たとき、気を抜かないようにと思いつつもはしゃぎたい気持ち。前の人が立ち止まっている。またまた蛇だ。

とうちゃくーーーー!  16時6分。ハイタッチ。

Tさんと、「互いによく頑張ったねえ。」「ケガもなくようございました。」と、称え合った。汗をかいたまま家へ帰り、身体が納豆みたいにねばねばと気持ちが悪い。登山靴を洗った後、風呂に入る。

夜はぐっすり眠れて最高。これでまた何日か楽しいのだ。

 

 

 

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白山日帰り その2

2017-08-23 | 山歩き

8月20日の朝のニュースで「白山禅定道トレイルマラソン」のニュースをしていた。白山を風のように通り過ぎるのはもったいない。禅定道であるならばなおさら、しみじみと空と花と山並みを満喫するほうがいい。それにしても、体力のあることに対しては凄いと思う。

さて、日帰り白山は、ゆっくりと花見をしながら行く。実は高山植物をよく知らない。今年初めて登って、カタクリを知らなくて、職場の山のベテラン達の失笑をかったくらいである。いつも思うが、「何で知らんのやー!」「へーー知らんの!」と、言われても知らないものは知らないのである。今までの人生に高山植物が登場する場面もなく、知らなくても困らないのである。「アノマロカリスって知ってる?」「オパビニアって知らないの?」とか言って返したら、友達が減るだろう。

さて、そうは言っても、名前を調べても、覚えた先から忘れるのである。それと、判別がつきにくいものもある。白山は花の百名山でも知られるので、花は多い。

ヒメシャジン

ハクサンシャジン?

ハクサンボウフウ

センジュガンピ(千手岩韮)ナデシコ科 センノウ属

アキノキリンソウ

ヤマハハコ

タカネマツムシソウに、蝶が・・・。

マルバダケブキ

ウツボグサ 

サラシナショウマ

エゾシオガマ

出ました。ハクサントリカブト ご存知猛毒。

タカネナデシコ

カライトソウ 赤くてコップ洗いみたいでモシャモシャしている。

ハクサンタイゲキ

ミソガワソウ

ミヤマホソツツジ

砂防新道から十二曲りまでに、たくさんあり、すべての名前が分からず、数えると25種くらいあった。

 さて、そうこうしているうちに弥陀ヶ原にガスがかかってきた。視界が悪くなってきた。ここで撤退を決める。雨の心配もある。

 

 

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白山日帰り その1

2017-08-22 | 山歩き

10ケ月前なら考えられない。「明日、白山へ行きませんか?」とのお誘いに、二つ返事をするまでになるとは。白山に登るために、周到な計画とトレーニング(近くの低山登り)をしてきて10ケ月かけてやっと登ったのに、一度登ったら調子づいた。

富士写ケ岳で知り合ったTさんからの思いがけないお誘いに、女ふたりで行くことになった。目的はお花見。砂防新道を登り、室堂あたりで戻りましょうとのこと。無理のない登山計画は女性ならではの気遣いのある楽しいものだった。

先週の木曜、この日だけ晴れた。6時に吉野の里で合流して別当出合へ向かう。Tさんは山に関しては先輩なので、登山計画書も出してくれて、いざ出発。

早朝の白峰は半袖では肌寒いが、素晴らしい天気だ。美しきふたりが無事安全登山が出来ますように。鳥居の前で柏手を打つ。

盆休みが終わったとはいえ夏休みなので親子連れが多い。別当出合の駐車場から離れた道路沿いの駐車スペースに車を置いてアスファルトの道を少し歩く。

7時登山開始。空は青く澄み渡り~♪~

二度目のせいか、中飯場まであっという間に着いた気がした。初めての時は果てしない石段を登っていたような気がしたが、今回はひたすら黙々と歩けば時間が経てば到達できるという余裕がでる。前回1時間かかったところ46分で到着。

別山が望める。甚之助小屋9時35分に着いておにぎりを食べる。Tさんから冷たいみかんをいただき10時5分出発。

4人の若者が缶ビールを飲んでいた。豪勢である。わたしたちは高山になるにつれて息があがるので、ゆっくりゆっくりと歩を進める。分岐から左に折れて、砂防新道を行く。花が出迎えてくれて、カメラ片手に何回も足を止めながら登る。

ビールの若者たちは、わたし達を追い越して行ったが、途中で息が上がって立ち止まり相当苦しそうだった。彼らはどこまで登れたのだろうか。

いよいよ十二曲りにさしかかる頃、山肌をガスが這ってくる。山の天気は変わりやすい。昼頃になると気温が上昇してガスが上がってくるのだと思う。

つらいところで「延命水」冷たくて美味しいが、ちょろちょろとしか出ないので、水待ち休憩がありがたい。3年長生き出来るということだが、出来れば長生きではなく若返りたい。そうすれば、少しは足が前へ出るかもしれない。

もう少しで黒ボコ岩というのに足が進まない。お先にどうぞと何回言ったことか。で、ついに到達して前回登れなかった黒ボコ岩に登る。今回、Tさんと交代で記念撮影。あぁ~、黒ボコ岩に小百合が・・・

さて、肝心のお花見は?

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お盆

2017-08-15 | 小さきもの

お盆には娘たちの家族が集まる。

朝から準備にとりかかる。テーブルを動かし座布団を並べ、ひとりで効率の悪い作業をコツコツとする。大人6人、子ども4人。婆さんは、なんか広く感じるという。そう、2名いなくなったからだ。

わたしは、初めから終わりまで配膳係だ。

そのうち、何故か幅跳び比べが始まった。大人から3歳児まで。爺さんたちはその様子を微笑みながら見ているようだ。

ティシュペーパの箱を記録用に置く。わたしは小学1年のmomoと同じくらいだった。うぅ・・・。

夢の中の殿がどんどん元気になっている。前は病気のままで、わたしが新薬を求めてこれで治るよと言っているのだが、最近見る夢は背広を着て、車に乗っていく姿や、帰ってくる姿が元気なのだ。それって、わたしの元気に比例しているような気がする。夢の中の殿って、わたし自身なのか。

 

 

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お盆の料理

2017-08-14 | グルメ

久々に腕を振るうか・・と、午後から用意をはじめる。

冷製スパゲッティ。婆さんの畑のオクラやプチトマト、レタス。ドレッシングはピエトロ。

鶏のから揚げは、にんにくとしょうがのすりおろし、酒、醤油、ごま油に漬け込んで、片栗粉小麦粉をまぶして揚げる。なぜか、玉ねぎの天ぷら添え。

エビフライは、冷凍を揚げる。タルタルソースは、大人用と子供用。

ジャーマンポテト。

カイワレの生ハム巻きは大人用。アスパラガスの生ハム巻きは子供用。トマトを添えて冷蔵庫で冷やしておく。

市販の刺身の他に、サーモンのカルパッチョ。

一番人気は、座敷の片づけを終えて、茶の間での二次会の、タコのアヒージョ。昼に作っておいて、さっと温め直して出すが、イチジク入りのバケットがあっという間になくなってしまった。

オリブオイルに浸けると美味しいのである。タコとキノコと、イタリアンパセリ。余談ではあるが、皿はわたしの描いたアスパラガスの皿である。さり気なく登場というかわざとらしく登場するが、誰も聞いていない。だいたいが、母親の事などは興味がないらしい。興味があるのは、母親の作った料理なのである。

結局、白山の話もそれまでの山行きも、アヒージョのにんにくとオリブオイルに比べたら、何の魅力もないのである。娘のくれたイタリアワインのロゼは、わたしが興味を示した一品である。あぁ、ワインとバケットが足りない。

 

 

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台風

2017-08-10 | 暮らし

久しぶりに台風が直撃したというか、ゆっくり通過した。

8日早朝5時頃には、雨が窓にたたきつけられる音で目が覚めた。女所帯は心細いのである。このまま降り続けたら、川沿いだし。井上陽水の歌を思い出した。「田んぼを越えて水がやってくる~おうちはリバーサイド♪ かわぞい かわぞい」

豪雨や、土砂災害に遭った方たちは、さぞ怖かっただろうと自分がそういう身になって初めて実感するのである。

午後は、雨の合間に、婆さんと孫たちと墓掃除に行った。雨が降っているので、水で濡れていて都合よい上に涼しいので、墓を掃除するにはちょうど良い。

墓に着くと、ぴたっと雨が止んで、子ども達は「じぃじが止ませたんや。」と、信じている。布で墓石を拭いてくれる。わたしは、まわりの落ち葉を掃く。さて、「わたしのお墓の前で、泣かないでください。そこにわたしはいません。死んでなんかいません♪」と、いうが、そこにいないと言われると困るなあ。死んでないはずもないし困るなあ。この歌は、子どもに聞かせたくないのである。そのまんまストレートにとってしまうから。いるんだよ。ちゃんと。いろいろな場所で活躍するかもしれないけれど、ここは集合場所。

世の中が複雑になり、大人はいい加減になり、端折ることも増えて、楽しく、楽な道へ行きたがる。もちろん自分も含めて。それもいいんだと思う。一生懸命歯を食いしばって頑張って病気になってしまうのって不公平だと思った。でも、不公平って何をもとにして言うのか。与えられた人生に公平も不公平もない。「あたわりもん」と、年寄りがいうが全くその通りで、このあたわりもんを大事にしよう。

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県体

2017-08-09 | 弓道

開会式は、いつもは広いと思っていた県の武道館弓道場には、200人余りが互いにくっつくように立ち、暑くて汗が目に入る。前の人は、髪の毛から滴が垂れていた。サウナ状態だ。この後、この暑さに強いものが勝利者になると思えた。

出番前に、的前審判として羽咋のSさんと〇×を出す。紛らわしい中りがありませんようにと祈っているが、的の向こうふちに中ると判定しにくい。判定が判断できない時は、躊躇せず「?」を出して、抜くときに確認するようにと言われたが、「?」を、出すことに躊躇する。目も良くないし、耳だけで判断するわけにもいかないし。的前にいて判定しにくい矢が出ませんようにと祈るばかり。

その恐怖の中りはやってきて、わたしは躊躇せず「?」を、出した。すぐに、反対側から人が来て「今のは〇だと、向こうから教えたのに。」と、言われたが、審判は審判ではない人の合図をあてにしてはいけないだろう。この判断は悪くないと思う。ただ、?を、いくつも出したくはないのも本心だ。向こう側にお助けマンが欲しい気もする。しかし、あくまでも審判は自分であることを自覚しなくては。こんな〇×くらいで気持ちが揺らぐとは。いや、〇×がすべての競技なのである。

さて、選手として「怪我の功名」というものが起きなかったことをさらりと申し述べておく。秘密兵器のT君も日ごろの皆中が出ず、秘密兵器のまま終わった。

すでに、みんなの気持ちは打ち上げのビールを目指していた。誰かが運営委員に日当が出たことに疑問を投げかけたので、「審判員のほとんどは、長い間、県への会費を納めているのだから、いただいてもバチは当たらんと思うよ。」と、言うと言葉に詰まっていた。我が家は夫婦で範教錬士会も含めたら、40年ほどの間に50万くらい出していると思うよ。千円くらいいただいても文句を言われる筋合いはないと思うが。最近、予算がないというから心配したのだろう。公私とも「お金がない。」ということを口にしたくないものだ。卑屈になる。

さて、深い反省をしつつ、すでに気持ちはビールに注がれている。深い反省は、ビールに流されていく。わたしの人生はこのように常に重大なものを流しては進んでいくのである。これでは、修行が足らないはずである。

 

 

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