まこの時間

毎日の生活の中の小さな癒しと、笑いを求めて。

ICa購入

2014-10-31 | 暮らし

旦那が勤めている間バスは家族パスだったが、いよいよパスの期限が切れて「ICa」を、購入した。

新幹線開通まで、金沢駅は仮設のエリアが多い。そして、アイカ購入も仮設だった。悲しかった。多分平均的な高さで作ってあるのだろうが、若干高い。いや、わたしが低いのだ。お金を入れるところが目線より高いと不安だ。持っていかれてしまう感がする。

何故不安なのか考えた。不思議なもので、お金を目線より下でやり取りするときは、自分が購入行為をしている実感がするが、目線より高いと、差し上げている感じがするのだ。奉持状態だ。それで、売っていただいているという弱い立場になったのだ。

それは考え過ぎと言うものだろうが、常日頃全ての人から見下げられていると、卑屈になるのだろうか。こういうのを、人間が小さいというのだろうか。

今更大きくなれないし、この反動が旦那の前でデカい態度となって現れるのだろうか。自分を知ることは恐ろしい。

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工房開き

2014-10-28 | 九谷焼

先生の工房が諸処の事情で移転した。工房開きの祝いに行き、久々に色を塗る。

旦那の入院と自宅療養のため、九谷焼を休んでいた間、唐子の茶碗を是非ともという方がいて、その方のお蔭で再開の機会を得た気がする。明るい工房で筆を取っていると、ひたすら作業だけに集中し無心になる。

弓を引いているときのほうが雑念があるなあ・・。また、弓引き童子を描くぞおお・・・

 

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山ノ下寺院群

2014-10-25 | 料理

本日は九谷焼の工房が移転したので、いわゆる引っ越し祝いにkomeさんと行く。山ノ下寺院群と呼ばれる街並みにあり、まわりは九谷焼美術館と公園、蘇梁館がある。

天気が良いせいか、どちらの駐車場も車でいっぱいだった。

蘇梁館は、江戸末期から明治にかけての、北前船の船主である豪商の久保彦兵衛の家である。橋立の海を見渡す小高い丘に建てたもので、主屋の一部を移築復元したもの。

貴重な文化遺産であるとともに、茶会などを開いたり、交流の場としても利用されている。わたしが勤めていた会社の裏なので、茶道部の人に誘われてお茶会に出かけたことを思い出す。

さて、蘇梁館を横切ると、久法寺がある。いわゆる山ノ下寺院群のひとつで、この寺院群は藩祖前田利治が城下の整備に伴い意図的に浄土真宗以外の曹洞宗、日蓮宗、法華宗、浄土宗を集めたという。

知っているようで、知らないことばかりだ。まだまだ若いのである。

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ダブル辞任

2014-10-22 | 暮らし

ダブル辞任は残念だった。小渕さんは潔く「いちから出直します」とのこと。応援したい。

女性の政治への進出は大変な事と思う。今回は女性が標的にされたような気がしてならない。野党は閣僚の追及の手を緩めないという。野党は閣僚を追及するのが仕事のようだ。政治というのは何だろう。

それにしても、テレビや某新聞の女性に対してのデリカシーのなさも感じられた。

まず、「いちからやり直したいというが、女性の場合マイナスからであろう」と、これは女性に対しての偏見だと思う。また、大臣になると「身体検査が行われ丸裸にされる」というのも、あまりいい表現とは思えない。ましてや蟯虫検査のところへもっていく意味が分からない。

虎視眈々と安倍内閣をどうにかしたいと思っている人がいるような、ドラマのような事を考えたが、数少ない女性の議席を守っていくには、本当に苦労が多いことだと思う。時代は女性が強くなったように思えるが、政治の場においてはまだまだ。政治だけではない、要のところで、女性の発言が押しつぶされている気もする。

もちろん、脱原発や憲法九条などの腑に落ちないところは、このまま安倍内閣が突っ走っていくと怖いというのもある?

政治に関しては、分からないことが多いので、これ以上意見は言えないが、女性を叩かないでよね。と、思う。悪いことは悪いんだけど。これ以上真剣に考えるのはやめよう。つらい・・不可解・・

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諦念期

2014-10-20 | 暮らし

低迷期の次に諦念期があると、かの土屋さんはいう。

低迷期のあと諦めに入ると諦念となるのだろうが、こと弓道はそうならない。わたしの知っている弓仲間や、先輩は定年を迎えてなおかつ「飽くなき闘い」と、なる。武道家は、ある意味往生際が悪いのではないか。まだまだ可能性があると探求し続ける。他の人が見限っても自分は諦めない。これが生き抜く智恵なのだ。

逞しくも、けなげである。そして、わたしも往生際は悪いようで、的中がない今がチャンスと会を引き延ばすべくがんばっていたら、肩の付け根が痛い。何かおかしなことをしているに違いないが、よく分からない。分かるのは会から離れの間にじわじわ縮んでいくことだ。

それにしても、長崎国体では弓道の石川県勢はよく頑張った。入賞と準優勝はなかなか取れるものではない。もちろん、優勝を手にしたかったであろう。彼らには、その力は十分にあると思う。けれども、どこのチームも同じほど力があることを忘れてはならない。だから、快挙なのだ。拍手。

わたしも、諦めないことに自分で拍手しよう。今では、称えてくれる人も、将来性を認めてくれる人もいない。旦那も7キロの弓を週一に、一生懸命引くことを目標としている。わたしは8射皆それをしているのに、時々中たっていることがすごい。丁寧にかつ、素直に引いているので、元気な時より素晴らしい。勝てない・・・。

 

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プリズンホテル

2014-10-19 | 読書

「プリズンホテル」 浅田次郎

浅田次郎の小説で、春夏秋冬で全4冊ある。これは、間違って春から読んではいけない。夏から始まるので、夏が1、秋が2となっている。

ホテルの館内のご案内が、「情報収集には万全の配慮を致しておりますが、不慮のガサイレ、突然のカチコミの際には冷静に当館係員の指示に従ってください。」「館内ロビー・廊下での仁義の交換はご遠慮ください。」等という他、何件かのご注意がある。

やくざの親分が経営するホテルだが、有名ホテルから引き抜いてきたいわくつきの支配人や、料理人がいて、いろいろな宿泊客が来ての笑える話だ。警察の団体が泊まるところなども見どころというか、読みどころ。

さて、またまた影響されたわたしは、旦那のカテーテル検査のアンケートの記入項目を見間違えた。「現在服用中の薬の有無」を、たずねられているのに、「現在服役中」と読んでしまう始末。

15日から16日まで、旦那は無事に心臓の冠動脈のステントと風船の検査を終えて、すべて異常なしで退院。

わたしは朝から晩まで付き添いながら、頭の中はプリズンホテル。ある意味、病院もプリズンみたいだ。検査前の点滴をするとベットから動けなくなる。食事も制限される。極めつけは、腕に巻いた番号と名前のバンド。家へ帰って、着けたままだったことに気付いた。はさみで切らないと外れないしろものだ。まるで手錠である。

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終わりなき探究

2014-10-14 | 弓道

先日、弓道の増渕さんの放送「終わりなき探究」を観た。29歳で全日本選手権で優勝し、天皇杯を手にした後のあくなき探究の様子を撮ったものだ。

わたしも過去に、全日本選手権の開会式で皇后杯を白い手袋で抱え、杯の返還をするという人の横にいたことがある。その方は佐竹万里子先生だった。先生は返還の為に前列にいて、わたしは背が低いということで前にいたのだ。

過去に石川女子が北信越ブロックでで1位から3位まで独占して代表に選ばれ、4番手だったわたしが自動的に石川代表になるという事があった。「長い間やっていると、何かの間違いというものがあるんやね。」と、弟に言われた。まさしく、その通りで、全日本では失をした人より低い点数で下から数えた方が早い点数だった。その後、第一次低迷期に入り、毎年その記録を更新し、今では低迷期から這い上がらず、低迷が普通になったので、低迷期の意味がわからなくなってしまった。

年とともに過去の経験を思い出し(過去の栄光ではない)全日本弓道選手権の天皇、皇后杯のかかった素晴らしい大会に憧れるのみとなった。

今年の増渕先生の大会の様子が映し出されると、おおっ!!先輩が後ろに映っていて、そのことに気を取られた。番組の本筋からそれて、あれやこれやと気が散っているようでは、「終わった探究」である。

相変わらずの、ぬるま湯な弓道人生である。射はその人の人生観を語る。「称号者とは思えない」と、言われふがいないのであるが、幸い角番はないので、つい努力を怠りそうになる。この先、名誉挽回をはからなくてはならない。これは普通では到底払拭できないのではないか。わたしも「終わりなき挑戦」だ。レベルは違うが終わらないことは確かだ。

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長崎国体開会式

2014-10-12 | 弓道

今日は国体の開会式で、テレビをつけると入場行進だった。石川県選手団で、NさんやT君らしき人がちらっと映ったような。

先日、県の武道館へ行ったとき、ちょうど国体の選手が出発する前に稽古をしていた。ご健闘をお祈りします。きっと彼らはやってくれると信じながらも、プレッシャーになるような言葉をかけてはいかんと思い自粛。そんな、やわな彼らではないと思うが。

テレビの入場行進を見ると、石川選手団の中に、「Nちゃんだ。」「T君だ。」と、旦那と見つけたことを喜んでいた。

ついでに石川国体の時を思い出した。バレーボールの男子の後ろで、わたしは目線がベルトだった。正面に整列しても、全く何も見えなかったっけ。それでも、感動した。拍手がすり鉢状になっているグランドになだれ落ちてくるようで感動したことを思い出した。グランドに立ってみないと分からない感動だ。それを次々と引き継いでいけたら良いと思う。そして、常に高い目標に向かってチャレンジしてほしい。十分力はあると思う。

しかし、台風は大丈夫か。

 

 

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ぶどうの木

2014-10-10 | グルメ

とある役員会を金沢の「ぶどうの木」で行った。

日差しは夏のように明るく、食事はすすみ、ぶどうジュースは美味しい。そして、女子の発展のために、女子4人で熱く語った。女子力というが、確かに女子は力強い。おまけに年齢が加われば、強靭となることを実感した。そして、最後は1度や2度の役員会では語り切れないという結論に達した。実のある会議だった。上から実もぶら下がり「武道の木」だと思った。 

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猫の名前

2014-10-08 | 暮らし

我が家の人間たちは、みんな痩せてきている。93才になる爺さんは38キロしかないし、糖尿病の義母も40キロない。

わたしも、過去最低の体重になり、旦那においては、ピーク時から20キロ痩せた。

しかし、愛猫は歳をとり血管の病気を持っているのに、どんどん太っていく。貫禄十分だ。もしかして、我が家を牛耳っているのは自分だと思っているのではないかと思えるような風体だ。正式の名前は「吉四六」だが、私たちは彼を「チョム」と呼んでいる。正式名称は、動物病院にかかった時、診察券に書いてあるだけで、殆ど忘れられている。

拾ってきた猫に名前を付けるとき、私たち親子は、名前を考えるために居酒屋へ行ったのだった。そして、壁にある焼酎が目に入って名前は焼酎の名になってしまったのだ。

そんなこととは知らず、彼は呼ばれると「にゃーー」と、返事をしながらすり寄ってくる。

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栗の天ぷら

2014-10-07 | 暮らし

わたしが40歳の誕生日を迎えたとき、二人の娘から口紅をプレゼントされ「40も過ぎると女も終わるけど、いつまでも美しいおかあさんでいてください。」というようなことをちくりと言われた。小百合な母に気付きもせず、残酷な娘たちではある。

子どもからみるとそう思うのも無理はない。わたし自身、40歳になれば分別備わり、条理をわきまえ、50歳ともなると卒然と人生観が変わり、悟りを開くかのごとく大人の女になると思っていた。しかし、時間や歳月は、勝手に通り抜け私自身は何一つ変わっていない気がする。変ったとしたら重ねた年月ではなく。自分の病気や旦那の病気に直面した時だ。

それでも、抗がん剤治療の時に髪が抜け仏門に入った気がしたが、抜け残った髪が落ち武者っぽく見えて、仏門は断念した。すぐに小百合ウイッグを注文し、俗世間の目をくらまそうとした。元気になるほどに、悟ったはずのいろいろなことが霧のように消えていく。

旦那に対しても、何もしなくても、茶の間でTVを観ているだけでいいと思っていたのに、少しずつ歩けるようになると「お茶あるけ?」とか言われて「お茶は歩かない。」と、言ってしまう。

なかなか歳相応の人格は備わらないものだ。いつまでも、変らない射癖が治らないのと同様。自覚し、行く方向を考えなくては、そうそう人格は変わらない。

栗の天ぷらを作った。小麦粉をうっすらまぶして油で揚げる。なかなか香ばしくておいしい。大量の栗を、栗ご飯にしたり、きんとんにしたり、いろいろ手を替えて食す。栗は栗、どんな調理をしても栗の味は変わらない。栗が翌日に納豆とかになったというのは怖い。そして、当たり前のことだが、本質が変わらない自分を受け入れるしかない。旦那の日々も、長い目で看なくては、わたしが焦ってはいけない。

 

 

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加賀ふるさと検定

2014-10-06 | 暮らし

「加賀ふるさと検定を受けてみようか。」と旦那が言う。自発的に何かをしたいというタイプではないので、おおいに賛同した。受験者のための特別講座を受けたいというのが目的かもしれない。

講座を受けるためには、検定の申し込みをしなくてはならない。申し込むと、テキストを4冊もらえるのだ。これだけでも嬉しいようだ。もともと、社会の先生になりたかったという旦那は、歴史などに興味がある。また、漢字もよく知っているので、漢字検定もすすめたい。とにかく、体力がないので、座っていて出来ることはよい。とはいえ、勉強もある程度の体力は必要だ。

しかし、自発的な提案は喜ばしいが、わたしにも一緒に受けよという。おまけに、申込みをしてきてくれという。商工会議所へ行き、ひとり1000円の検定料を払い、ふたりの申込書を書いて、ついでに講座を受けるのは4階なので、エレベーターの確認までしなくてはならない。

君は何様だっ。殿様か。わたしは、歴史に疎いし、その類の勉強は苦手だ。だが、試験中に倒れたらよその人に迷惑をかける。付き添いとして受けなくてはならない。

まず、歴史編をみて驚いた。半世紀にわたり住んでいるのに、知らないことだらけだ。おまけに、地名の「黒」というのは砂鉄を現した地名で、わが黒瀬町も製鉄遺跡が発見されていたそうだ。よく調べてあると思う。ルーツを知ることは面白い。自分が住んでいるところのことも知らないのだ。次々と思いがけない事実と、そばにいながら行ったことのない古墳など興味深い。

おまけに、親戚の家の横に大聖寺城主山口玄蕃の石碑がある。小さい頃からそこにあるのを知っていたが、気に留めたことがなかった。自決した玄蕃の「首塚」とのこと。今度からは手を合わせて横切らないと・・という気になる。徳川が関ヶ原の戦いで勝ったとき、徳川側についていた金沢城主前田利長に攻め込まれたのである。

天下分け目の戦いは関ヶ原だが、すべての出来事はつながっている。これは大変。はまるかも。いや、旦那にはめられた。

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すも女

2014-10-05 | 暮らし

娘が二人目を産みに来たとき、ちょうど大相撲春場所だった。旦那が毎日相撲を観ていたのと、地元の力士である遠藤を応援していて、いつの間にか「すも女」になった。

相撲の本を買い、遠藤の切手シートを買う。そして、なぜかわたしも郵便局で衝動買いしてしまった。

3歳の孫娘が、相撲のマネをする。塩をまいて、腰のところで手に着いた塩をぱっ、ぱっと払うマネがうまい。「すも少女」誕生。

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かもり(冬瓜)

2014-10-03 | 料理

義母が「かもりが畑に出来た」といって持ってきた。たいがいの食材はありがたいが、こと冬瓜に至っては、あまり喜ばれないし、娘たちは食べなかったので、どちらかというと苦手な食材だ。大きいくせに、すいかのように喜ばれず、表面のちくちくがいやで、包丁を入れるにも格闘しなくてはならない。淡白で、味も素っ気もない感じがする。油揚げと煮たり、昔は母が皮クジラが安かったので一緒に炊いてくれた。

以前、友達が「かもり煮たんやけど、味見てくれるけ・・」と、鍋パーティのときに出してくれた。かもりだけを煮て、くずあんがとろっとかかっていた。いい出汁が出ていて料亭の味だった。うまいっ!一口ずつ食べた。

しかし、家で作るときは大きいので、つい大量に作るから見ただけでうんざりするのだ。みんなの言葉は「なーんや。かもりか・・」なのである。ほんの一口作るには残りが多すぎる。せめてメロンぐらいの大きさなら好かれるのかも。

出汁で煮て、翌日はすりおろして味噌汁に入れた。みんなに悟られないように料理しなくてはならない存在とは。

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栗拾い その2

2014-10-02 | 暮らし

父は退院してから、風呂へ入るのが難しいのでディサービスへ行くようになった。幸い軽い脳梗塞なので、日常生活はなんとか出来るようになったが、風呂は狭いのと、湯船が高くてまたがなくてはならないため危険だということで、ディサービスへ行くこととなったのだ。

父は、「まだ、しゃべるのが前の半分もうまくしゃべれない」と、訴えていたが、「今ので十分人並みやわ」と、言うと不服そうに笑っていた。今までが人の倍以上やかましかったということの自覚がない。

栗を拾いながら思い出していた。「うちは小さいが、土地は広い。」と、小さい時から父が豪語し「1万坪あるんや。」と、言って孫であるわたしの娘に「〇には、千坪やるぞ。」と、言っていた。「わたし、壺なんかいらん・・」と、小さかった娘は嫌がっていた。わたしも「坪も壺もいらんわ」と、思っていた。

栗の木が生えているところから奥には、ぶどう畑もあったことを思い出した。広いと草を刈らなくては荒れ放題の山になる。母の弟である叔父が、時々草刈り機で草を刈りに来てくれる。わたしも弟も、山に関しては役に立たないのである。せいぜい栗を拾うだけだ。

しかし、最近分かったことだが、父がケアマネージャーさんに、「広い土地ですね。」と、言われて得意げに言った。「戦時中に開拓したんや。8000坪ある!」と。おや、2000坪はどうなったのだ。わたしのふたりの娘たちに千坪ずつあげたとは思えないし。わたしに見栄を張っていたのかい。

相変わらずの父である。栗が空を向いて笑っている。

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