まこの時間

毎日の生活の中の小さな癒しと、笑いを求めて。

VDT症候群

2011-11-29 | 仕事

最近、両手の中指関節がばねのようにびくりと戻る。親指の付け根が痛い。視力の低下が著しい。

朝から晩まで10時間ぶっ続けで、パソコンの前に座っている。入力作業だけではなく、検索も多い。

8人体制が6人に減らされて、なおかつひとり病欠。いつも、全員が残っているので、時間が遅いことに気づかず、時計を見ると「7時すぎたよーー」と、互いに声を掛け合って「帰ろうよーー」と、なる。

長期間VDT作業をしていると、視力低下、その他諸症状、食欲不振などもおきてくると言う。目安では、1時間に10~15分の休憩をすることとある。健康診断のほかにVDT作業者の健診があったが、いつの頃からか行われなくなった。

たぶん、パソコンを使う人ばかりになったので、オペレーター作業というのは特殊ではなくなったからかもしれない。いろいろなことがおざなりになっている。わたしは、社内の衛生管理者ということで登録されているが、自分の身をも守れない。安全衛生法で職場巡回の規定もあるが、一度も回ったことがない。書類上の管理者だ。社内できっちり行われているのは、内部統制だけ?

世の中は、納期重視、低価格重視。短納期に応えるべく、製品はコンビニの如く即売り、ネット販売。それに対抗しなくてはならない。そこには、品質と安全がないがしろにされる。安全の中には、作業者の健康が含まれるが、それもないがしろになる。自分の体は自分で守らなくてはならないが、毎日の仕事をこなすことが、自分を守ることと勘違いしだした。

仕事しすぎかなあと、会社の帰りに一緒に帰る職場の子達と話しながら、実は手首が腱鞘炎ぽいと打ち明けられた。整体に通っているという。実は、わたしも・・と、互いに体の不調を打ち明ける職場はやばいなあと思う。

現場もしかりで、少人数で仕事をこなし、2人体制のところをひとりにして、品質向上、安全を唱える。

人は石垣と言うのがあったけど、今は、人は部品のようだ。壊れたら換えるしかない。

 

 

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観見二眼 (観の目つよく、見の目よわく)

2011-11-24 | 弓道

仕事がら、PCを見続けているせいか、本当に目が悪くなり、夜の稽古では、矢がどこへ行ったか分からない。目のせいで中たりが落ちたとは言えない。もし、よく見えていてもさほどの的中率はないのだから。

よく、身体的な不具合を理由に言い訳をする人がいる。自分はそんな言い訳はしないように心がけてはいるが、誰かに、矢が前にかたまっていたねとか、言われたらいけない。「修練不足で・・」という回答以外にないのに、事象を言ってしまう。ちょい、目がみえなくてとか、後ろに立ったとか、押しが利かなくてとか。風が吹いたとか。

そうではなかったら、全部中たって、すばらしい射ができるのかい?と、言われたら、入る穴を探さなくてはならない。

そんなとき、宮本武蔵の「観の目つよく、見の目よわく」という言葉を、本の整理をしていて見つけた。

的を見る目だけで、弓を引いているのではなかろう。

「目の付けようは、大きに広く付くる目也。観見二つの事、観の目つよく、見の目よわく、遠き所を近く見、近き所を遠く見る事、兵法の専也。」

目には観の目と見の目があるが、観の目を強くし、見の目は弱くする。離れた所の動きを掴み、身近なものは離して見る事が兵法の上で最も大切であるというような意味。一般的に、心で見るのが「観の目」、目で見るのが「見の目」だと解釈される事が多い。

目に見える的にとらわれず、身体全体で弓を引き、素直に十文字に離れれば、おのずと矢は的に着くはず。まだまだ修行が足らない・・・。

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缶ビール運動会

2011-11-14 | 暮らし

ロープウェイではない。

実家の母から、柿を採りに来るようにとの電話があった。

ほんのちょっと前までは、「取りにおいで」だったが、この頃は「採りにおいで」なのである。年老いた両親は元気ではあるが、徐々に運動量を減らしつつある。

しかし、この日、行ってびっくり、2本の柿の木の間に青空いっぱいに缶ビールが宙吊り。カラスがたくさん群がってくるので、光る物をぶら下げたらしい。右の端っこに光るのは、バーベキューに使うアルミの皿。

「いらんようなったCDを持ってきてくれ、あれは効果覿面や」と、言っていたっけ。

元気な父はわたし達に「収穫の楽しみを残しておいた」感がする。その日も、桐の木の選定に山へ行っていて父とは会えなかった。母がいわくでは、「悪いのは膝だけで、やたら元気」だそうだ。特に、口はめちゃくちゃ元気で、しゃべる、食べる。

父は、ビールを味で選ばず光るか光らないかで選んでいる様子。

のどごし生が良いらしい。

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やり過ごし

2011-11-11 | 暮らし

今日2011年11月11日11時11分11秒の、瞬間をやり過ごしてしまいました。

あっと気づいたのは、昼の弁当を広げたときです。

3月11日からちょうど8ヶ月目です。日本中の人が忘れられないあの日。

そして、11月3日、語呂あわせとは関係ありませんが、わたし達にとって忘れられない日。先輩を失った日。あの日の朝が蘇ります。早朝の先輩方々からの電話。テレビのテロップ。

やり過ごしてはならない大切な節目の日に、ただ祈るしかない力のない自分がいます。そっとしておいてほしいという奥様の、普通に人生を過ごせなくなったことに胸が痛みます。

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異常事態

2011-11-10 | 暮らし

朝8時過ぎに家を出て車で会社に到着。仕事は9時から夕方6時までが勤務時間。

しかし、客先からの電話や出荷の関係で、ちょっと時間がすぎたと思うと7時になっている。家に着いて、急いで夕食の支度をして、全員がテーブルを囲むのは8時少し前。

この状態で、8時までに道場へ行くためには、前日から心の準備が必要だ。仕事にけりをつけて駐車場まで走って帰る。(職場から駐車場まで7分かかる)

昨日は山中の道場で月例会があり、ちょうど矢渡しの当番が主人で、わたしが第二介添えだった。口の中にごはんが残っている状態で茶碗を洗って出かける。

仕事は増える、人員は削減、拘束時間は長くなる、食事時間は短くなる。

何より愕然としたのは、久々の第二介添え。的前に蹲踞していると、目が回りそう、頭の中が白くなりそう体はぐらつく、早く矢が飛んでこないかと待つので、射手に対して気を送る余裕がない。

へろへろになって、何とか矢を返すことは出来たが、またまた修練不足が明るみに出た。

 

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気は技に優先する。その2

2011-11-08 | 弓道

先日、気について考えていた。びくも、気の使い方ではないか。この気は、呼吸の仕方にも通じるし、心気の気にも関わる。と、考えていたところ、ちょうど宝達志水の試合へ行くと、押水の会長さんが気について語られ、県連の会長もその話を引き継いで、心気についての話をされた。

これは、わたしに、もっと深く考えなさいよという神の声と思えた。

射についての呼吸の仕方は、丸秘帳にしたためるとして、一般的な「やる気」「中て気」が、顕著に試合で出た。日頃から、道場で「びく」の原因と解決策に奮闘しているわたしは、呼吸をこうしたらどうかと、同じ立ちの田○さんに話していた。道場でも、田○さんは、引き分けが楽になる気がすると同意してくれたが、何しろ修行中の身、実績は伴っていないので、繰り返しの稽古で積み上げていかなくてはいかんねと話し合っていた。

この日、1回目の立ちで、わたし達3人は、それぞれ2本抜いてしまったので、団体優勝は難しいと思った。なでしこジャパンのように「あきらめない」という気力は、弓道では少し違うように思える。少しの気負いが自滅の道につながる。

同じ立ちの、田○さんも、吉○さんも近年随所で活躍し、ふたりとも8射皆中で優勝もしている実力者だ。うまくいけば、団体優勝は夢ではないが、すでにチームで17中出しているところがある。2回目の立ちで12本すべて中てなくては無理である。

2回目の立ちに入るとき、前の田○さんには、「もう、中たりのことを考えずに、例の呼吸がうまくできるかだけ考えようと思う」と、いうと「自分もしてみます。」と、言われた。後ろの吉○さんには、「優勝の道はただひとつ12射皆中なので、誰かが最初に1本抜いたら、袋叩きやね」と、冗談を言った。

結果、ひたすらプレッシャーを受けた吉○さんは、不調となり、わたしの田○さんは3中した。心の素直な先輩は、わたし達の冗談を一身に受けてしまった。

過去に、わたしにも経験がある。県の選手権で予選トップ通過し、意識して自滅。全国大会で、予選通過して勝ち上がり、無我夢中の間中たっていたのに、我に返って自滅。

この自滅の繰り返しを、心気の鍛錬で平常心に持っていくために、まだまだ修行しなくてはならない。

その糸口は、どう引くか・・を、自分で意識していくこと。その方向が間違ってさえいなければ、必ず前進する。そうです、間違ってさえいなければ・・・・

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