まこの時間

毎日の生活の中の小さな癒しと、笑いを求めて。

シンデレラ

2015-05-17 | 映画

保険屋さんから「シンデレラ」の映画の優待券を2枚もらったので、娘と4歳のmomoと観に行った。

ディズニー映画は楽しい。実写版シンデレラは4歳の孫も身動きできないほど、惹きつけられたようで最後まできちんと観ていた。

魔法というのは魅力なのである。しかし、今までなら何でもなく、やりすごすであろう場面で泣ける。まず、母親が亡くなるシーン。シンデレラを枕元に呼び「勇気と優しさ」を、説きながら「わたしを許して」というのだ。先立つ不孝を許してというのは、子が親に言うのであるが、早く逝く自分を娘に許しを請うところはつらかった。王子の父親が亡くなるシーンも、シンデレラの父親が旅先で亡くなって、使者が伝えに来るだけとは残酷な、次から次と亡くなることが悲し過ぎる童話だ。

また、継母が夫を亡くして娘をつれてやってくるのだが、その継母もつらいだろうと思ってしまった。新しい旦那は、シンデレラに「おかあさんを片時も忘れられないよ。」と、言って優しく抱きしめるのだ。それを継母は陰から見ているのはつらかろう。意地悪したくなる気持ちは悲しみの裏にある気がした。

そして、シンデレラは忙しく働くことによって、悲しみを忘れる時間を作っているのだとナレーション。分かる気がする。

確かに、働くことは良いことだ。わたしも、5月から友達の紹介で、午後だけ学童保育に行っている。行った瞬間から「先生」と、呼ばれ1年生の子は次々と「歯がぐらぐらやー」とか、「ころんだんや」とか言ってくる。可愛くて孫が10人増えた感じだ。シンデレラにはりりしい王子がくるが、わたしは幼い王子と姫に会えるというしあわせ。午後の3時間ほどは、彼らの元気に必死についていくことになる。

しかし、魔法がとける瞬間があった。「先生、将棋しよう。」というので、相手をしている最中「あれっ?次、ばぁばの番やぞ。」と、言ったら「えーーーっ、先生、ばぁばやって」と、笑われた。自分のことを「先生」と、呼んだことないし。かぼちゃの出現な感じ。

現実にはガラスの靴もないが、映画はひとときの夢を見せてくれる。

 

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