写真で綴る気ままな日々のシニアライフ

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上野 不忍池のハスを見に行ってきました

2017年07月08日 06時48分05秒 | 夏~紫陽花 花菖蒲 ハス

上野公園 不忍池のハスの様子を見に行ってきました。
不忍池のハスは東京の夏の風物詩として、多くの人々に愛されています。
ハスの花が見ごたえがあり、ハスの葉っぱが大きくて水面を覆い隠す様に成長した葉っぱに
色鮮やかな大きなピンクの花が咲きます・・・

不忍池は、江戸時代から浮世絵などに描かれてきた歴史的な「ハスの名所」で戦争中は食糧難によって、
一時は水田に、戦後 大規模な復旧作業で、
再びハスが植えら育っています。

まだ蓮の花は少ない・・・毎年 七月末には満開になるようです。

不忍池と蓮
先史時代の不忍池は、武蔵野台地の東端に位置し、上野台と本郷台に挟まれた入江でした。
その後、海岸線の後退 とともに取り残されて池になったと考えられています。
江戸時代以前は、不忍池のあたりは沼地で、藍染川が流れ込み、不忍池のあたりから先は忍川となって、
隅田川へと流れていました。 不忍池にいつごろから八スがあったかですが、
延宝5年 (1677)に出版された「江戸雀」という本に不忍池の八ス が詠み込まれた和歌が載っていることから、
この頃には不忍池にハスがあったことが分かります。
涼しやと池の蓮を見かへりて
誰かは跡をしのばずの池
「東京名所四十八景不忍弁天はす取」東京都立中央図書館特別文庫室所蔵

不忍池にいつ誰が八スを植えたかは分かっていません。
不忍池の八スを調査した大賀一郎博士は「不忍の蓮」という文章の中で、「不忍池に八スを植えたのは、
上野桜ヶ丘に別邸があった林道春(林羅山)かと考えたが、彼の著作に八スに関する記述がないことから、
寛永寺を造営した天海和尚か、、不忍池の弁天島を作った水谷伊勢守ではないかと考えるjlうになった」
という趣旨のことを書いています。植えられた八スの品種も不明ですが、江戸時代の書物には
紅色と白色め八スがあったことが記述されています。昭和10年の大賀博士の調査では、
不忍池には10品種の八スが生育していたことが確認されています。そのような不忍池ですが、
第二次世界大戦中は水田として利用されていました。終戦後、蓮池を復元するために水を戻し
ハス苗の収集と植付が行われました。現在、不忍池にある八スは、これらの八スが交雑したものと考えられます。

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