
世のなかに茶人ほど
器物を尚ぶものはあるまい
――薄田泣菫(詩人)
明治三十年代に四冊の詩集を上梓し、蒲原有明などとともに一時代を築いた薄田泣菫は、同四十一年に詩作をやめて、大阪毎日新聞に入社し、随筆などを書いた。『茶話』『草木虫魚』がその代表作。短いエッセイだが、寸鉄を帯びた語り口はときに人々の心をえぐる。
そのなかに茶器に触れたものがある。わびやさびを唱えた利休は、高価な器物を排し、欠けた擂鉢こそ本意と認めた。本阿弥光悦は、誤って壊しても誰も気を使わずにすむ粗末な器がいいとした。徳川光圀は、数奇に遊ぶと器物欲が出るので、晩年にふっつり茶をやめた。
が、松平不昧公は、天明大飢饉のさなかに一万両ともいわれた茶入油屋肩衝を買い入れる。あるとき一見を所望され、幾重にもなった革袋や箱包を解いて差し出した。終わると「ひったくるように」手もとに引き寄せてしまい込んだ。もし将軍が所望されたらと訊かれると、「その代わりに、領土一箇所を拝領したい」と応える。高価な器物に頼り、世俗的な金銭に換算する茶人はいまもおおい。
器物を尚ぶものはあるまい
――薄田泣菫(詩人)
明治三十年代に四冊の詩集を上梓し、蒲原有明などとともに一時代を築いた薄田泣菫は、同四十一年に詩作をやめて、大阪毎日新聞に入社し、随筆などを書いた。『茶話』『草木虫魚』がその代表作。短いエッセイだが、寸鉄を帯びた語り口はときに人々の心をえぐる。
そのなかに茶器に触れたものがある。わびやさびを唱えた利休は、高価な器物を排し、欠けた擂鉢こそ本意と認めた。本阿弥光悦は、誤って壊しても誰も気を使わずにすむ粗末な器がいいとした。徳川光圀は、数奇に遊ぶと器物欲が出るので、晩年にふっつり茶をやめた。
が、松平不昧公は、天明大飢饉のさなかに一万両ともいわれた茶入油屋肩衝を買い入れる。あるとき一見を所望され、幾重にもなった革袋や箱包を解いて差し出した。終わると「ひったくるように」手もとに引き寄せてしまい込んだ。もし将軍が所望されたらと訊かれると、「その代わりに、領土一箇所を拝領したい」と応える。高価な器物に頼り、世俗的な金銭に換算する茶人はいまもおおい。











>自分の宝物って何だろうと、思い起こしてみると、自分の人間性も見えてきますね。
宝物は、品物でなくてもいいですよね?