一瞬一瞬を大切に!

毎日を大切に楽しく過ごしたい

生類憐れみの令

2017-03-21 12:38:33 | Weblog
先日バス旅行の時、中野区役所前が集合場所でした。待っている間何の気なしに見たのがこの像と解説の碑でした。





江戸時代、徳川5代将軍、綱吉、犬公方と呼ばれた将軍です。この頃は戦国時代から平和な時代になり、武士の地位が揺らぎ、戦いの場を失った武士たちは人を切ったり、犬を切って食べたりと言う行為が横行するようになり、目に余る状況になって行きます。このような風潮を見かねた綱吉が銃などの武器を登録制にし、国家として暴力に対する徹底的な管理をしようと試みました。
そして武士を単なる戦士としてではなく、現代社会における官僚のような立場へと変化させた将軍だったのです。
この改革の一巡として生類憐みの令も出したのではないでしょうか。勿論犬が好きだったと思います。

しかし一旦安定した社会も忠臣蔵の事件がおき、庶民や武士たちは彼らを英雄視するものも現れます。綱吉は彼らを単なる犯罪者ではなく、最終的には彼らの武士としてのプライドを尊重し、切腹を命じたのです。
このように殺傷を否とする綱吉の考えが次第に浸透して現代の法治国家の礎となって行ったと言うのが彼に対する評価。
ですから綱吉は犬公方の馬鹿ではなく、名君だったとと言うのが現代の彼に対する評価だそうです。

この区役所のある一帯、平成大学や早稲田大学がある場所からかなり広い地域が彼の屋敷跡で、勿論将軍になってからは江戸城へと居を移したとは思いますが、今中野の警察病院がある場所は以前警察署かなんかがあった場所だったようですが、病院を立てるのに地下深く掘ったら中から犬の骨が沢山出て来たそうです。当時は犬を沢山収容していたのでしょう。

意外に近くにそんな場所があったなんて発見です。
ジャンル:
ウェブログ
コメント   この記事についてブログを書く
この記事をはてなブックマークに追加
« 自由遊泳へ | トップ | あかすりへ »
最近の画像もっと見る

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。

コメント利用規約に同意の上コメント投稿を行ってください。

数字4桁を入力し、投稿ボタンを押してください。

あわせて読む