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格言・名台詞

2016-11-19 06:31:18 | Weblog
格言や名台詞は、まさしくCOIN戦略のように使って初めて、その効果を発揮する。

早い話が「たまに使うからこそ重みが出る」というわけだ。

では、質の異なる演説の天才がいたナチス・ドイツ(アドルフ・ヒトラーとヨーゼフ・ゲッベルス)は、後世ある意味において、多くの名台詞を生みながら、当時拡大を続けたことから、それが必要とされるほどの大変な時代だったと類推することが出来る。戦争・軍人に関しても格言・名言が多いのは、それだけ多くの情報を伴う劇的変化が発生し続けているからだろう。


そのような状況を認識したうえで、本日は敢えて格言や名台詞を対比させる試みである。


迷台詞
「理論は飛躍する!! 研究は飛躍する!! 理学は実践を 食んで油断なく進む!! いつの日かこれに追いつく」(ドク Hellsing)
 ↑
 対比
 ↓
格言
「学問は満足しようとしない。しかし経験は満足しようとする。これが経験の危険である。」(谷川徹三)


理学畑として、ドクの言葉はかっこいいと正直感じるが、その学問の性質上、飽くなき探求心は必須である。



格言
「つねに敬礼を守り、年長者を敬う人には、四種のことがらが増大する。_すなわち、寿命と美しさと楽しみと力とである。」(法句経)
 ↑
 対比
 ↓
迷台詞
「父上は、かつて統治者に必要な要素として、四つの美徳を言いました。
 知恵、正義、自制心、忍耐力。
 どれも、私には欠けているものばかりです。
 しかし私には、別の美徳があります。
 野心。人の上に立つには必要です。
 機略の才。
 勇気、勇気を出すのは・・・戦の場だけとは限りません。
 献身、家族と、あなたへの。
 なぜ私にない徳だけを?
 意に沿わない息子だから?
 シーザー、ファーザー。
 愛しているという一言をかけてくれれば、それは私の中で輝ける1000年の太陽にも思えたでしょう」(コモドゥス グラディエーター ※うろ覚え)

“四つ”つながりで。

迷台詞の方は、コモドゥスが単なるバカ息子のようにすら感じられるが、これには前後の説明が必要である。
コモドゥスは望んでいた皇位継承を父が行わないと知った直後、すぐこの発言をする(繰り返すが、うろ覚え)。
哲人皇帝アウレリウスはこの言葉に打ちひしがれる。息子の嘆きを目の当たりにし、息子に対する自身の愛の薄さを「痛感」したのだ。

思わず、

「息子よ、そなたが至らなかったのは、お前の父が至らなかったからだ」(※うろ覚え)

としてコモドゥスを抱きしめる。

かかったな!ド阿呆!

コモドゥスにとってこの嘆きは演技である(と同時に自己陶酔的な意味で真意でもある)。
この「バカ息子」は、どのようにしたら他人が最も傷つくのかを心得た「賢さ」を持っている。
そしてコモドゥスはさらに残酷な追い打ちを行なう。

アウレリウスの首を絞めて殺しながら、

「貴方の為なら、全世界を血祭りにあげられたのに・・・」(※うろ覚え)

と囁くのだ。
アウレリウスにとって悪夢以上の死に方だ。
息子が悲しんでいた、と錯覚させられ、打ちひしがれながら、こんな者が皇帝になるローマを憂いながら、それらすべてが自分のせいであると、思い込みながら絶命する。

もしかしたら、コモドゥスはただただ皇帝という「座」が欲しかっただけなのかもしれない。
だとすれば、コモドゥスのこの「人の空気を感じない」上で「人の性質を知り尽くした徹底的な残虐性」はどこからくるのだろうか。

おそらく、その核心こそが当ブログのマイナスの側面の核心とまさに同一なのである。
コモドゥスという、人間を読めないうえで、賢く、稚拙な性質こそ、当ブログがコモドゥスに魅了され続ける理由なのだ。

まあ、当ブログには「賢さ」が抜けているので、「カイロ・レン止まり」なのであるが。
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