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World War II Attack of the KAMIKAZE

2017-02-24 03:44:26 | Weblog
神風特別攻撃隊。

これについてどんな教育を受けてきたであろう。

「若者の命が犠牲に」的な感じではなかろうか?

しかし連合軍が実はこの戦法をかなり有効と評価していたことは現代日本では教育されない。
きっとこれも「不都合な真実」なのだろう。

真珠湾(あるいはマレー)奇襲から始まった太平洋戦争であるが、米軍は激戦を繰り広げるうちに能力のみならず自信を取り戻し増幅させた。
1944年にもなれば、その自信は「絶対的」なものへと変質し、

第5空軍司令のジョージ・ケニー中将は、

「日本国民のあまりに多くの人々が、水稲稲作者・漁師・車夫といった農民階級で、彼等はあまりにも愚鈍、余りに考え方がのろくて、機械的な知識や適応性に全く欠けている」

と、人種差別的な見地を含めかねない報告をする始末である。

神風に代表される特別攻撃がこの「過信」を崩壊させたこと、そしてその合理的有効性について真面目に連合軍で論ぜられたことは非常に重要なことであり、戦後日本が何かを失ったとすればそれはきっと「精神論」ではなくこのような戦法でさえ価値を「正当に評価実行する」ことではあるまいか。
ああ、日本国民のあまりに多くの人々が、水稲稲作者・漁師・車夫といった農民階級で、彼らはあまりにも愚鈍、余りに考え方がのろくて、客観的な知識や適応性に全く欠けているのだったな。天気をシャーマニズム的に頼るような、精神自然神秘主義はもともとだったな、うっかり失念しかけていた。

ともあれ、連合軍はこの「有効な戦法」に対して当然、艦隊内の船の配置からレーダー・ピケット艦まで、ありとあらゆる合理的な措置を講じて対抗していた。
しかしそれでも、終戦で中断されたから良いものの、当時のアメリカ軍のあらゆる努力にもかかわらず、キャパシティ的に実は限界に来ていたことも注意して捉えるべきところである。

戦後、ジェット化によりますます高速化する航空機の発達やミサイルの登場はアメリカ海軍の防空に暗い影を落とし続けた。
そして対艦ミサイルの飽和攻撃を骨子とするソ連軍のドクトリンがその不安に現実味を帯びさせた。

その結果、ターター・システムを踏まえたイージス・システムへとアメリカ海軍の防空は結実するわけである。

その意味ではイージス・システムを開発する間接的な原因は特別攻撃にあり、右翼感涙ものではある(もちろんどちらかと言えばソ連のミサイルの脅威の方がはるかに大きな動機だが)。

しかし実際、戦法として、当時の日本の状況下では、特別攻撃は有効な手段であった事実は認めなければならない。
それを「若者の命を犠牲に」と蓋をして何か主張しても、その主張には説得力が皆無である。
もちろんこれを右翼よろしく鼻にかけることもよろしくない。当時は当時、現代は現代なので、鼻にかけている右翼がいた場合、時間の概念から再教育する必要があろう。

なお、HoI2における特別攻撃を連想させる陸軍ドクトリン、国民突撃を当ブログが認めないことぐらい、オーストララシアじゃあ常識なんだよ!
もう一点、任務遂行を行うレベルを戦力・指揮統制ともに0設定する、すなわち「死ぬまで戦い続けろ!帰ってくるな!」という命令は割とよくやるが、あまり効果がないことは注意したい。


追記 対戦車道×ヤングエリート

黒木
「A-10、近接航空支援」

山地
「黒木君!」

黒木
「サンダーボルトⅡ
 アヴェンジャーを搭載し、いかなる状況下でも飛行を続け、敵を撃破する」

桐島
「ルーデルの遺産か」

山地
「黒木君、あの機体は廃棄予定じゃないのかね!?」
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