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ヒトラー無能論への反論

2016-11-08 04:37:08 | Weblog
「将軍は戦争経済をご存じない!」

に代表される、ヒトラーの独自の戦略・戦術論については、ほとんどの者が批判を行い、こと軍事ヲタクの間で顕著である。

例えば、ダンケルク手前での停止命令であったり、モスクワ直行便キャンセルであったり、延ばしに延ばして実行したクルスク戦といった作戦への介入から、
足が命の戦車の装甲を無駄に厚くしたり、ジェット戦闘機を爆撃機にしようとしたり、というような兵器のコンセプトへの介入まで非常に多岐に渡る。

しかし、純粋な戦争から、同盟国を含む国家群を指導する立場に視点を移すと、必ずしも軍事的な最適解が「状況」の最適解にならないことは良くある。

上記の例で対応すると、

ダンケルクは雨でぬかるみ、圧倒的な連合軍海軍の艦砲射撃、死守する守備隊、そして砂地という戦車にとって不利な状況下で、唯でさえ虎の子の装甲部隊を消耗させたくないという思惑があった。ドイツは少々の損害も無視できない弱い存在であり、空軍元帥ゲーリングという「専門家」により、空軍により撃滅可能との答弁を受けての停止命令であった。
実際、ダンケルク停止命令が解除されても、ドイツ装甲部隊は去りゆく艦艇を黙って見ることしかできなかった。
ここで無茶に装甲部隊を投入していれば、アラス以上の醜態を見せた可能性すらある。
そもそも電撃戦は無いモノから産まれた苦し紛れの戦術ともいえる(したがって戦車を使った真の正解戦術は、ソ連の縦深作戦であるともいえる)。

モスクワ直行便をキャンセルしたことは、むしろ戦争的にも良い効果をもたらしたと考えられる。
確かにモスクワを視野に入れた時、事態は遅かったが、それでも苦戦が続く南部のソ連軍(それも精強な部隊)を包囲撃滅し、レニングラードへの進撃を再開させたことによりソ連に与えた経済的打撃は大きい(特にウクライナ資源地帯の奪取)。
またもし、将軍たちが主張するようなモスクワ直行便を行った場合、それこそ限界であったドイツの兵站は切れてしまうこと必至であり、モスクワの対価としてはあまりに大きい(モスクワが陥落してもソ連はウラル山脈に籠って徹底抗戦の構えであった)。
モスクワの価値が論じられることもあるが、モスクワ以外の価値もきちんと認識しなければならない。
「将軍は戦争経済をご存じない!」

クルスクについては、既にドイツに主導権はなかった。
来る連合軍の西部戦線での反撃に備えて、可能な限りの部隊を東部戦線から引き抜かねばならず、その為にはソ連軍に打撃を与えて東部戦線を安定化させることは必須項目であった。
つまり、実施する、しない、の問題ではなく、するという賭けに出るしか手段はなかったのである。
では最も重要な、いつするか、であるが、多くの軍事ヲタクが
「新兵器ティーガーやパンター、フェルディナントの投入を待つために作戦が2ヵ月も延期され、その間にソ連は鉄壁の防御を敷いた、しかもようやく投入された新兵器は初期不良続出で散々」
という見識である。
しかしここで、ヒトラーの兵器への介入以外の状況を見てみたい。
第一に、第三次ハリコフ戦の余勢をかって攻勢を続けるには、ドイツ軍の補給の限界もあったうえに、中央軍集団の休養宣言があったため、実施不可能であった。
中央軍集団は「整然とした撤退」によりソ連軍に打撃を与えつつ兵力再編に成功していたが、無傷ではなかったし、南方軍集団だけでクルスクを攻めることは不可能だった。
そして雪解け泥濘とくれば、必然的に開始時期は遅くなる。速攻を行っていれば、逆にドイツ側が後手の一撃を喰らう可能性すらある。
攻勢を行わなければ、国力差により益々勝率は低くなる。
既にドイツの有利は技術的なものしかなく、これに賭けたのは消去法ではあるが、唯一の妥当なところであろう。

兵器の介入についても、確かに戦車の装甲を厚くさせたことは戦車本来の機動力を削ぐのみならず、機械的信頼性をも損なう行為であったが、結果論でいえばこれらの兵器が投入されている状況は既に防衛戦だったので、機動力の低さはさほど問題とはならなかったともいえる。

世界初のジェット戦闘機を爆撃機化しようとしたことも、既にドイツ空軍による連合国空軍への対抗は不可能で、唯一かすかな望みとして英本土を爆撃することで連合国の継戦意欲を削ぐぐらいしか、劣勢なドイツは行えなかったのである。
確かに軍事的に見ればジェット「戦闘機」のままの方が素晴らしい成果を挙げられるが、既にそれでどうにかなる局面ではなかった。

したがって、ヒトラーが介入したからといって、すべてが悪い方へ傾く、という事にはならないし、その「悪い方」は軍事的意味合いでしかない。

末期にルーマニアに侵攻するソ連軍に対して、死守命令を出したこともヒトラーの愚策とされる。

戦略的に撤退して防衛に有利な地域でソ連軍を足止めすべきだった、と。

しかしそれは軍事的観点に過ぎない。
同盟国ルーマニアからみた場合、ドイツ軍が自国領を完全な戦場としかみなしていないことは、枢軸勢に大きな不信と混乱をもたらしたであろう。
そうでなくとも劣勢による混乱と不信は既に発生していた。
これ以上「外交方面」で事態が悪化することを防ぐためには、ドイツはルーマニアの土地を寸土たりともソ連に渡してはならなかったともいえるのではなかろうか。
実際、この状況下でソ連の攻勢を跳ね返していたりするので、完全なでたらめというわけでもなかった。

このような複合的な要因が関わったうえで、閉鎖的な環境下で下された決断について、

「賢明ではない」

等と無責任に批判することこそ、真に「ご存じない」状態である。
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