(前回からの続き)
前回、「加計学園問題」への対処は調査当局に任せ、政治家やメディアは、国民生活に直接的な影響が及ぶ問題や課題にもっとフォーカスするべき、と書きました。先日の報道によると、経団連の榊原会長が今月5日の会見でこの問題が国会論戦の焦点になっていることについて、「優先順位からすると加計学園ではないだろう。国会でもっと集中して議論してほしい項目が山ほどある」と述べたとのこと。まさにその通りと思います。
・・・にもかかわらず、こうした嘆かわしい(?)現状下にあるのは・・・根本的には、わが国の国会とか国会議員がこちらの記事に書いたような立場にあるため、と考えています。つまり、この国では政策や予算編成そしてそれを裏打ちする法律(法案)の作成のすべてを「政府」要するに選挙の洗礼を受けない「官僚」が担ういっぽうで、国会・国会議員はこれらにほとんど関与していない(というか、できない)、ということ。言うまでもなく、そもそも国会とは「立法府」であり、その構成員たる国会議員すなわちlawmakerの第一の仕事は文字通り法案起草であるべきですが、与野党の区分に関係なく、議員先生の大半はこの役割をまったく果たしてはいない(というか、難しすぎて?果たせない)わけです。今般成立した退位特例法もしかり。今上天皇陛下のお気持ちを真摯に受け止め、これを作ったのは実質的には政府の側であって、立法府の人たちではありません。
・・・ではセンセイ方は普段、立法活動をほとんどしないで国会でいったい何をしているのか、というと、一方は「与党」として官僚が作った法案とか予算案に賛成一辺倒、もう一方は「野党」としてこれらに反対一辺倒、といった役割を演じています。このように、政府案に対する賛否の違いはあっても、政策ビジョンはないし法案も作れないという点では与野党に違いはありません(?)。その意味では「アベノミクス」も同じです。これ、政府=官僚機構(+黒田日銀+インフレ万歳の経済学者ら)の政策に安倍首相らが乗っかっただけで、現与党にそのベースとなる理念とか目標があったわけではない・・・
そんな議員各位が関心を持つ論戦のテーマは、どうしてもスキャンダルになりがちです。次の選挙で勝つためには相手を負かさなければならないけれど、政策なんて自分も相手も持っていないから論争なんぞできません(?)。したがって自ずと、政策とは違ったところでお互いの「失点」を見出すアクションを取ろうとします。こうして上記「議論してほしい項目」は「そっちのけ」となり、醜聞沙汰が国会を支配することに・・・(?)
・・・報道各社も、大事だけれど地味な(?)政策審議よりも、国民生活への影響は皆無(?)でも見た目は派手なセンセイ同士の不祥事バトル(?)のほうに飛びつきがち。なぜなら、それらは「絵になる」から。国会で日ごろ繰り返されている大臣答弁とか議員質問等はともに官僚の書いた台本をそのまま口パクしているだけで退屈(?)だけれど、スキャンダルをめぐる与野党議員らの攻防は、これとは違って双方とも「魂を込めている」ために迫力が違いますからね・・・(?)