犬小屋:す~さんの無祿(ブログ)

犬と楽器と日々
ゲゲゲの調布住まいの須山。
雑種犬カバサ&ジーロと戯れ、
音楽をこねくりつつ、
鍼灸する。

the 禁句s 死ぬ

2016年11月08日 | the 禁句s
[あらすじ] 「死ね」などと平気でひとに言う男を好きになった二十代女子。

私の家から自転車で15分足らずのところに住んでいる。
家に帰ろうと、戸を開けると外は風が強かった。
「死ぬ! こんな風の中、自転車マジ死ぬ。」

ブリザードじゃないんだから。死なないよ。
探検家の遺族が聞いたら怒るよ。

「死ぬ」という言葉の持つ意味が、彼女と私とではまるで違うのだろう。
思わず、「いっぺん死んでみたらいいよ。」と言ってしまった。
「いっぺん死ね」は、私にとって「生まれ変われ」の意味であることは、
昨日書いた。

私の場合、祖母の死が死の初体験だった。
これは幸せだ。
子どもが死というものの意味を知っていく経験は、
身内の死がはじまりというのは、幸せな環境だと思う。

祖母の死に続いて大伯父の死と兄の死が一年以内に続いた。
7歳ですっかり葬式慣れした。
それでも、これは幸せなケースだと思う。

いつ空襲があるかわからない、外に出れば道端に死体がころげている、
子どもも武器を持って相手を殺すことを知っていなければいけない、
そういう環境だってある。

続く身内の死で死を知った私は、幸せだと思う。

東京の秋風に吹かれたくらいで人間死なないわな。
風邪すら引かない。
このくらいのことで死ぬ死ぬ言っていたら、本当に死にそうな時にはどうするのか。

本当に死にそうな時、というのも私は経験したことが無い。
死んで行った人たちの死の場面を想い、自分の身に置き換えようとしてみると、
そう簡単なことではなさそうな感じがする。
やっぱりいっぺん死んでみないとわからない。
これが、馬鹿は死ななきゃ治らない、ということか。
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