犬小屋:す~さんの無祿(ブログ)

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書譜の曰うことにゃ

2017年03月30日 | 国語真偽会
[あらすじ] 10月から毛筆での書を独習し始めた。
楷書からさかのぼって、木簡の隷書で書初めなどしたが、
やっと当初の大きな目的である草書を習い始めた。

草書の代表のひとつ、孫過庭の「書譜」を臨書している。
http://blog.goo.ne.jp/su-san43/e/8715a706c5c58419717032f93d8443e3


先日とりあげた部分を、もう一度読み直してみよう。
諸先生方の訳を参考にしながら、自分の言葉で現代語訳する。

つまり、文字の配置や構成について何年も研究しても、法則についてはほど遠く、
楷書を書こうとしても悟れず、草書を習っても迷うばかりだ。
たとえ草書を少々理解し、隷法をそこそこ伝授されたとおもっても、
それは偏屈頑固に勝手に溺れて、自らただしい法則への道をふさいでしまっているだけだ。
これでは、精神性と技術が相応じ、根源は同じものであるということ、
転用の術というものは、同じ一本の木から枝分かれしたようなものだということを知ることができるわけがない。

そればかりでなく、役所関係の事柄では行書が妥当だ。
題額や碑刻などは、楷書が一番だ。
草書だけで楷書もできなかったら、かしこまった場で困るし、
楷書ばかりで草書ができなかったら、手紙が書けない。

以下、もとの文と、書き下し文。
よく見るとおかしいところがあるのだが、そのあたりについては、
また明日。
今日は訳して精一杯でした。

或乃 就分布於累年 向規矩而猶遠
圖眞不悟 習草將迷
假令 薄解草書 粗傳隸法
則 好溺偏固 自閡通規
詎知心手會歸 若同源而異派
轉用之術 猶共樹而 分條者乎

加以 趨變適時 行書為要
題勒方畐 眞乃居先
草不兼眞 殆於專謹
眞不通草 殊非翰札

あるいはすなわち 分布につきてここに年をかさぬるも、規矩に向かいてなお遠く、
真を図して悟らず、草を習いてまさに迷わんとす。
たとえ いささか草書を解し、ほぼ隷法を伝うとも、
すなわち好んで偏固に溺れ、自ら通規をふさぐ。
いづくんぞ心手の会帰は、源を同じうして派を異にするがごとく、
転用の術は、なお樹を共にして、えだを分かつがごとき者なるを知らんや。

しかのみならず 吏におもむき時にかなうは、行書を妥と為す。
題勒方畐は、真すなわち先に居る。
草のみにて真を兼ねずんば、専謹にあやうく、
真のみにて草に通ぜずんば、ことに翰札に非なり。
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