犬小屋:す~さんの無祿(ブログ)

犬と楽器と日々
ゲゲゲの調布住まいの須山。
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小字中学

2016年10月12日 | 日々
半紙からはみ出るかという勢いで墨痕黒々と文字が溢れている、
というようなのを、子どもの書道でよく見る。
良い良い。
小学一年生は一年生なりにでっかく。
中学一年生は中学生なりにでっかく。

子どものうちに、半紙に一字や二字の大きな文字を練習する意味はあるだろう。

けれど、日常生活の様々な場面、たとえば熨斗袋に表書きするとか、
芳名帳に名前を書くとか、
筆でなくとも、何かの書類にサインするとか、送り状を書くとか、
あるいは色々な趣味、たとえば俳句や短歌だとか、絵手紙だとか、
写経だとか、
そういった時には、さほど大きい文字は書かない。

実用ということを考えると、小さい文字を練習するということを
義務教育の初期に入れたほうがいいんじゃなかろうか。
低学年の頃の文字の練習は、文字をおぼえるということに重点が置かれている。
おぼえた次の段階でもいいから、どう書くと整うか、ということを教えているだろうか。

教えていないのに、作文の字が稚拙だと先生は「字が汚い」とか「字が雑」とか
赤ペンを入れてやしないだろうか。

思えば小中学生の頃、書道の時間に、40分だかの授業時間の中で、
まあまあの字を書き上げて、では提出するという段になって、
小筆で左に名前を書く、これが苦手であった。

小筆での書き方も、自分の名前の書き方も、教わっていないのだ。

実はこの部分が、オトナになっても使う場面がある部分だというのに。
「数学なんて実生活で使わないし」という言い方をよく聞き、
それはそれで反論したい部分もあるが、
「大筆なんて実生活で使わないし」と言われたら
ほんとにそうだと思う。
なんなら、筆ペン習字も取り入れてもいいんじゃないか。
筆ペンは腰の固さが色々で、文字を書き始めてから戸惑うこともある。
そういうところも教えるとか。

とにかく、のびのびと書くことと、
日常生活につながることを教えたらいいんじゃないか。
せっかく識字率の高い日本なのだし。
義務教育って受ける価値がある、と思えてくるだろう。
ジャンル:
文化
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