blog Donbiki-Style

筆者:どんびき(地域によりカエルを意味する)
日々のあれこれをランダムに綴ります。
駄文雑文ご容赦ください。

久々にクルマと

2017-12-09 19:34:49 | 休日
12月に入り、寒い日が続いている。
地元北陸では平野部でも積雪を記録しているようだ。
日本海側でも12月の上旬から真冬並みの寒さになることは毎年の話ではなく、暖冬ぎみで12月がわりあい穏やかに過ぎてしまうと冬全体はけっこう短く感じられる。
昔ほど平野ではドカ雪にならなくなったこともあるし、1月に入るとわずかずつでも日が長くなってくるので、人の気持ちもちょっとずつ春を待てる心境になる。
今シーズンは、まだ冬至にもならないうちにこの寒さだから、今回の冬は長そうだな〜という気持ちになってしまう。

当地ではこれまで雪はなく、ほんのわずかにミゾレのようなものが一度降ったか降らないかという状況だ。
いつもならもうとっくにクルマのタイヤは冬用に換えていて、毎年勤労感謝の日あたりを目安にしているところ、その時期は旅行に出ていて、次の週末はやや体に疲れがあり、結局まだ夏タイヤのままである。
通勤にクルマを使わないことと、実際に雪が降ってこないのをいいことに、例年よりはナマクラになってしまっている。
年末には型通りに帰省すると思うので、早めにやっておけば安心なのだが。

さて、今日は特に外出の予定はなく、午前中は掃除や洗濯で過ごした。
昼ごはんに、近くで話題の辛いラーメンが食べたくなりクルマを出した。
食べたらスーパーで買い物をして自宅に戻るつもりでいたが、よくよく考えると平日はもちろん休日もせっかくのクルマをほとんど使ってやれていないことに気がついた。
私のクルマはけっこう人間的なところがあって、あまり放っておくと、走りには影響はないが訳の分からないエラー表示などが出てしまい、しかし結局ある程度走らせるとそれも直るという不思議なヤツなのである。
不機嫌になられる前に、もののついでで小さくドライブをすることにした。

行き先は当地のおとなり、距離にして20kmの岐阜県多治見市である。
それより遠い恵那市やさらに遠い木曽方面には目的があって行ったことは多々あるが、多治見市は通り過ぎるだけで市街地を歩いたことはまだなかった。
短時間の街歩きが目的のため、まずはJR多治見駅近くの駐車場にクルマを置いた。
ちなみに、全国有数の高温都市らしく駅前には気温計があって、最高50℃まで目盛りが切られていた。
いくらなんでもそこまでは行かないだろうとは思うが、40.9℃という日本記録保持都市(?)としては話題にもなっていいのかもしれない。
いわゆる典型的な盆地なので、冬は冬で寒さも相当きついだろうとは思う。
雪は少ないが凍結が心配だろう。



駅の観光案内所の前には、市のキャラクターである「うながっぱ」が。



街歩きといっても、駅前からほんの数百メートルの陶都(とうと)大橋まで行って(多治見市は陶器=美濃焼の街でもある)、市内を流れる土岐川の写真を数枚撮っただけであった。
土岐川は、愛知県に入ると庄内川と名前を変え、最後は伊勢湾に到達する。



日の短い今の時期ながら暗くなるにはもう少し時間があったので、市内の高台にある虎渓(こけい)公園までクルマを持っていった。
どこに行ってもそこの景色を楽しみたいタイプなので、一箇所はどうしても少し高い場所に行ってみたくなるのである。
展望台から多治見市街を望む。



アリバイ程度の距離とはいえ、クルマを久々に、それなりの速度で流すことができた。
私自身も気持ちがいいし、クルマ自身も少しは機嫌を直してくれただろう。
虎渓公園までの急坂をクリアしてくれたことに感謝し、公園で写真を撮ってあげた。



やがて走行11万kmになろうかという老体ながら、お世話になっているショップのおかげで状態はかなりいい。
普段から少しずつでも動かしてあげて、少しでも長く付き合っていければと思う。

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ナメてはいけない

2017-12-07 19:58:29 | 日記
今に始まったことではないが、我がチームの長は会議や打ち合わせから帰ってくるといつも機嫌が悪い。
会議などに参加する立場ではない私は中身までは分からない。
言うには、我がチームが何かと標的になることがイヤということらしい。

組織の中にいて、何となく部署やチーム間の序列のようなものは感じるが、決して高いレベルの中でそうなっているわけではない。
しかし大変残念なことだが、◯◯部門の言うことは聞いても××部門の言うことは聞かないなどと平気で口にする部署が存在する。
社内の某ベテラン氏が図らずも「勘違いエリート」という名言を吐いたように、規模こそそれなりにあるとはいえ、お世辞にも知名度では全国区とはいえない企業、さらにその中のたかが一事業所の中で、部署の格上も格下もあったものではない。
知識階級が労働者階級を見下ろすような構図がわずか100人程度の事業所で確認できてしまうのは何とも寂しい。

さて、何かと標的になってしまう我がチーム、周りにそうさせてしまう要素はないかといえばそうでもない。
ひとりひとり、一つ一つのことを詳しく書いていると夜が明けてしまうのでやめておくが、確実にこれのせいだろうと思えることは一つある。
毎朝あるラジオ体操に、我がチームの人間だけがなぜか参加しないのである。

我が事業所の事務方は始業5分前からラジオ体操をやっていて、人によって真剣味は違うかもしれないがパッと見では全員がしっかりとやっている。
我がチームで毎日朝礼に出ているのは全体の半分の人数しかいない(残りの人間で朝一番の入荷等に対応するため)が、ラジオ体操の音楽も終わろうかと言う段になってようやくオロオロとチームの部屋から出て朝礼の場に向かう。
朝礼そのものにさえ間に合えばそれでいいと思っているのかもしれないが、毎朝しっかり体操をやっている側からすると、体操の終わり頃に中年のオヤジどもがドヤドヤと朝礼の場に入ってくる光景を毎日見せられていることになる。

私は普段は朝礼に出ない側だが、数ヶ月に一度はメールで連絡が来て挨拶の発声練習などをお願いされる。
そういう時は、心の準備もしたいので早めに朝礼の場に行く。
早く行けば当然ラジオ体操には間に合うから、体操もしっかりやる。
そんな日でも我がチームの「常時参加組」は朝礼開始ギリギリになって入ってくる。
高校を出たばかり、あるいは出て数年の若い社員もいるというのに、示しが付かないとはまさにこういう態度だと思うし、「恥を知れ」とも言いたくなる。

彼らは特にそれでうるさく言われないから「許されている」と勘違いしているのかもしれないが、5分早く移動してラジオ体操に間に合うことがそんなに難しいものなのか。
宴会を拒む自由はあっても、ラジオ体操は仕事の一環であって拒む自由は本来はない。
ラジオ体操に間に合うという至って簡単なことすらマトモに実行できない人間たちだと思われれば、あらゆる場面で軽く扱われても仕方がないとは思う。
何かのはずみでまた悪者にされるようなことがあったとしても、それは文字通りの「日頃の行いが悪い」と言うやつであり、自業自得そのものである。

組織としての一定の制約には何かしら理由があるので、あからさまにバカにしていいものはない。
そんな中で、毎日「たかがラジオ体操」などと思って参加しないナメた人間が周囲にいる事実を、偉大なる反面教師として大いに活用させてもらおうと思う。

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ダメじゃん!

2017-12-07 07:34:00 | 日記
私が一昨年の秋に当地に赴任した直後、一緒に作業をしていたある男性から私が結婚しているのかどうか聞かれた。
ウソをつくわけにもいかないので「していない」と答えたら、即刻「ダメじゃん!」という反応があった。
確かにこの時点で年齢としては45、不思議に思うのは無理もないが、ダメと言われる筋合いはない。

地域のつながりが薄れ、お節介なおじちゃんやおばちゃんがいなくなり、お見合い結婚なるものがほぼ絶滅した今、恋愛や結婚は完全なる自由競争の時代である。
現状その競争に敗れているからヒトリであることは認めなくてはならないが、だからと言って「ダメじゃん!」で一蹴されては気分が悪い。

もう付き合いも2年以上になったので分かることだが、その男性にとっては自分が経験していることを他人が「していない」となるとみんな「ダメ」で切って捨ててしまう。
ハワイに行ったことがないと言ってもそうだし、ビットコインに関心がないと言ってもそうである。

そこまでで終わるならまだマシだが、どうしても他人に何かをやらせようとしつこく食らいついてくるからたまらない。
私だったら、婚活バスツアーに行け行けと何度言われたことか。
私のようなタイプは婚活パーティーや合コンのような「短期決戦」には向かないと分かっているからなおさらである。
ああいう場はクルマのカタログを見るのと同じで、表面的なスペックに目が行くのは仕方がないことだからだ。

一方では私に対して「自由でいいですね」という人もいる。
確かに誰にも縛られず、入るお金は全部自分のために使えるから、自由と言われればその通りだ。
それならば聞きたい。
すでにダンナ様がいるというあなたは、独身時代に謳歌してきたであろう自由が相当に制約されることを分かってなぜ結婚を選んだのかと。

周りの友達がみんな結婚して行くから?
親がうるさかったから?
結婚している方が何かとお得だから?
ある程度のトシになって独身でいることが、それこそ「ダメ」だと思ったから?(←筆者はコレが最大の要因と思っているが)

結婚している人がひとりでいる人間の自由をうらやむだけというのは話としてややバランスを欠くように思うが、自慢やノロケに解釈されるのを嫌がってか、結婚している人は結婚していることでこんないい部分もあるんだよ、という話など滅多にしない。
「だまされた」などと言って逃げられるのが関の山だ。

ただ、いわゆる「つるむ」ことが嫌いな私でも分かることは、ひとりでいることで得られる自由だけでは人は本当に心豊かにはなれない。
たった一人の誰かを想い、その人のためなら今ある自由など、とまで思えたから、というのなら人が結婚していく理由としては納得できる。

そんなふうに好きな人がいたとして、しかしすぐには実現しないか実現する見込みがないのなら、いろいろな手段でもって自分を磨いて、今よりも少しはよいであろう未来を思い描いてそこに備えればよい。
今からでもこの自由競争の真っ只中に参入して遅すぎるということはないのである。

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忘年会の季節

2017-12-05 07:56:03 | 日記
師走に入り、我が事業所でも忘年会の話がポツポツ出ている。
さすがに全員集合となると不可能に近いので、大きな枠でいう部署単位でやるのが通例だし、人数的にも妥当だ。
幹事の方から開催候補日と出られる日の調査が我がチームにも回って来た。
こういう話の時は回覧が回るのは速い。
ほとんどの人間はアタマから欠席を決め込んでいるためである。
私は2つの候補日のうち1つには×印を打ったが、1つの日には○印を打った。
当日は我がチームからは最悪私だけになるか、最高でももう一人加わるかということになった。

近年は会社の宴会といえども強制性が疑われるといろいろと厄介なことになる。
何ともこすっ辛い世の中とは思うが、時代の流れ、これは仕方がない。
予定がある人はあるでこれは当然仕方がない。
私だって1つの×印は実現するかどうかも分からない予定を当て込んでいるだけである。

ただ、社内でプライベートな有志連合を組織していない私は、せめて部の上司が仕切る会は節目の行事として出たいと思う。
小さな枠としてのチームではなく、大きな枠としての部ともなれば普段全く接点のない人だっている。
宴会一つくらいで一生モノの関係になれるわけでもないが、仕事中とは違った表情が見られてそれはそれで楽しいものだ。

こういう話の時に最初から欠席を打つような人はお酒の場が嫌いなのでは決してない。
むしろ飲みにかかれば夜中まで平気でいけそうな人もいるし、実際にプライベートな飲み会はしっかりと企画されて実施されている。
どういう集まりかといえば、我がチームの某氏が「オレたちの飲み会」と言い放つ有志連合などである。
つまりは、某氏にとっても上司である人が幹事であっても、そこは「会社の飲み会」だから出ず、何の気を使うこともない「仲良しメンバーの内輪ノリの会」のほうを優先するということである。
ここでは表現しづらい自虐的な名前を持つその会は、おそらくは部外者が近寄りがたいような空気に包まれていることだろう。

それにしても不思議なのは、その某氏が、会社の飲み会には出ないということをわざわざ直属の部長に宣言していることである。
それを聞いて部長は、笑いながら冗談めかして「お前の評価はマイナスね」(面と向かって本気で言ったらパワハラになるため)と言ったというが、腹の中では「もうコイツを上に引き上げることはないな」と思っているだろう。
今は基本、会社の飲み会に出る出ないは自由であり、有志でワイワイだけで十分だと思うのも自由だ。
その腹の中をわざわざ上の人に伝えて何の意味があるか。
あるいは、某氏自身、もう上には行きたくないという意思表示なのか。
行きたくなくても行かされればその職務に当たらなくてはならないのがサラリーマンだというのに。

早く目覚めたので一つエントリーを入れたが、時間の都合上、ここまででやめておく。

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2回目

2017-12-03 19:56:31 | 休日
先週の楽しい旅行に続いては、月金の勤務が普通に5日間あった。
その日その日でキチンと休んでいるつもりでも、金曜あたりには口内炎ができるなど、疲れのサインが出てしまった。
この土日は好天に恵まれたが、土曜はまず何もしないことを自分に許し、最低限の雑事だけをこなして疲れを取ることに専念した。

まるまる一日の休養というのは大きなもので、今日は外に出たいという気力が戻った。
例年春と秋、それぞれわずかな期間だけ開放される「愛岐トンネル群」(旧国鉄中央本線の廃線跡)の今秋の開放が今日で最終日だったため、最寄りのJR定光寺駅に向かった。
駅近くの案内板。



当地に一昨年に来てすぐの秋の開放時に初めて来て、今日はそれ以来の2回目の訪問であった。
当地・春日井市の保存再生委員会の尽力により、大変な数の観光客にも訪れやすい状態に整備されていることには感謝の一語しかない。
かと言って完全な観光地にするのではなく、安全上必要な部分以外はなるべく手をつけないで残していこうという思いが感じられた。
「愛岐」という名前の通り、廃線跡は岐阜県の多治見市にも続いているが、多治見市側では発掘や整備が行われていないため散策は春日井市と多治見市の境目で行き止まりとなる。



行政の垣根を越えて多治見市側の整備もなされることにより、国内でも第一級の産業遺産を歩くフットパスが完成、と春日井市側は思い描いているが、現実はなかなか厳しいようである。

つべこべ解説にもならない駄文を綴るより、この先は画像をご覧いただきたい。
写真撮影にあたってはイヤな要素であるはずの逆光が思わぬ仕上がりを生んだものもあった。
私は撮影機器にはまったくこだわらないが、構図にはけっこう時間をかける。
自分なりに「いい写真」をなるべく他人が入らないように撮るのが、難しいながらも楽しい作業である。

















単調で平板な毎日を過ごしていると、知らず知らずに悪いことばかりが頭に浮かび、それほど現実が客観的に悪いとは思えない中でも必要以上に暗い気持ちになったりしてしまう。
そういう時は、自分のことなど誰も知らなかった赴任当初のことを考えるようにするのが第一、そして今日のように行きたいところに行って楽しみたいように楽しむ休日を作ることがもう一つの大切な心のリセット法である。
何とか明日からの一週間を乗り切るだけの気持ちの充電はできたようだが、決して油断することなく、自らのミスなどくだらないことでムダに消耗しないように心がけていきたい。

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11月を振り返って

2017-12-02 06:35:50 | 月末振り返り
毎月最終日はその月を振り返る。
と言っても、今は12月2日の早朝である。
先週は4日間ビッシリ、時には歩け歩けの行程での旅行をしたので多少今週は疲れを引きずったようである。
次は12月と2017年の振り返りとなる。
たぶん年末年始は実家に厄介になると思うので、振り返りが年をまたぐようなことにはならないようにしたい。

2ヶ月ほど続いた住まいのリフォーム工事がようやく終わった。
不便と言えば、足場のせいで衛星放送の電波がややさえぎられていたことと、時に足場を利用して悪さをする人間への対策として通常より厳重に窓を施錠し、カーテンも開けにくかったことくらいである。
すでに冬に入り陽射しがあってもそれほど暖かくはないが、日光を入れて悪いことは何もない。
晴れた日にはカーテンを開けて外に出られるのはうれしい。

11月は関東方面と山口・北九州方面の2回も旅行ができた。
慣れた場所ではなく初めて行くところが多かったから、それぞれで新しい体験も多くできて実りの多い旅にできた。
中旬には憧れのアーティストのライブにも行くことができたし、プライベートに関しては贅沢すぎる誕生月になった。

一方で、12月以降、まさにこれからに関してはいろいろと変えていかなくてはならない部分も多いと感じる。
いきなり大胆で思い切った行動を取るわけではないが、できるところから少しずつ「わたし維新」に手をつけていきたいと思う。

間もなく冬のボーナスが入ろうかという時期ではあるが、そういう時期だからこそあえて夜の外出を減らす決断をした。
今回のボーナスは夏場からこれまでで累積した赤字の補填に消えてしまうので、気持ちを大きくしないで大事に大事にしようということである。
年末年始は放っておいても何かと物入りになってしまうし、次の夏のボーナスまで見通せば、すでに通常よりも割り増しになっている自動車税など大きな出費もある。
仮に今までのようなペースで生活すればその時になって余裕がなくてユウウツな気分になっているかもしれない。
必要な出費を目の前にして余裕がないという状態は絶対に避けたいから、来年は1月から3月までの寒い時期は大好きな遠出の予定すら入れていない。

お金の元となる仕事に関しても、考えるところは多い。
仕事そのものが性に合うことがいちばん大きな支えなのは間違いないが、チーム内で会話に参加することはほぼなくなり、喫煙所が不便になったことから会社でタバコを吸わなくなってその分他部署の人とのコミュニケーションも減った。
仕事があるだけ感謝しろ、という意見が出るのは百も承知、しかし文字通り「仕事をして帰るだけ」の平日は正直寂しくて疲れる。
自分から周囲に入っていけば、という意見もあるだろう。
しかし、他人の否定に生きがいを感じ、他人の不幸が大好きで他人の幸せには嫉妬の嵐という集団に自ら染まって行く選択肢は私にはない。
そんな中でストレス解消の貴重な場所となってきた夜の外出も減らそうというのだから、精神的なバランスをどう取って行くのかも12月以降の大きなテーマにはなってくる。

年齢を重ね、あきらめなくてはいけないことも増えてくる中で、あきらめなくてもいいことはあきらめないで今後も生きていきたいと思う。

※11月のベストショットは皇居・二重橋とした。(2017.12.3追記)


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「わたし維新」の旅?

2017-11-28 21:01:55 | 旅行
23日から26日にかけて、山口県を中心に北九州市(門司・小倉)を最終目的地とする旅行に出た。
今回も天候に恵まれ中身の濃い旅になり、無事に帰ってこれたことは何よりである。
これまでの旅行では1日ずつの行状をエントリーを分けてアップしてきたし、本来ならそうしたい。
しかし、11月の終わりが迫り、月の振り返りに書きたいことも多くあることから、4日間をごくごく簡単にまとめてしまうことをご容赦願いたい。

昨年の6月に全都道府県に足を入れたことは入れたのだが、山口県は非常に薄い訪問で終わっていたこと、またJRのデスティネーションキャンペーンの対象が山口県だったことで、4日間のうち3日間は山口県をじっくり回る計画にした。
ちなみに、わたし維新なるキャッチはJRのキャンペーンポスターに使われていたフレーズであり、当地近辺でも見ることができる。

余計な感想や説明は省き、日毎のベストショットで訪問地を紹介していく。

<1日目>岩国市〜防府市

*錦帯橋(岩国市)



*防府天満宮(防府市)



*防府天満宮の敷地内にあった「芳松庵」の見事な紅葉。



<2日目>秋芳洞・秋吉台〜山口市中心部

*秋芳洞



*秋吉台



*国宝・瑠璃光寺五重塔(山口市)



<3日目>下関市〜北九州市門司区

*海峡ゆめタワー(下関市)からの関門海峡の眺め。



*唐戸桟橋(下関市)



*関門海峡人道トンネル内、山口と福岡の県境。(関門海峡を歩いて渡ることができる)



<4日目>北九州市門司区〜同小倉北区

*JR門司駅近くの大里緑地公園。



*JR小倉駅



*北九州メディアドーム(我が国で2つしかないドーム型競輪場)



山口県の東の端(岩国市)から西の端(下関市)まで、西へ西への行程で十分満足、最後の北九州市がオマケに思えるくらい、山口県内だけでも見どころは多くあった。
のぞみ号も全部は止まらず通過されがちな県ではあるが、広島を見て次は福岡というのはあまりにももったいないと感じた。
歴史に詳しい人なら明治維新と関係する見どころがごまんとあるし、私のような景観重視の旅行者にも大きな感動を与えてくれる。

今回の山口県のように、行くには行ったが薄くしか訪問できていなかった県をあらためて時間をかけて楽しむことができたのはいい経験になった。
まだまだ薄い訪問に終わっている県がけっこうあるので、お金と時間を見ながらまた計画を立ててみたいと思う。

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今ある現実

2017-11-22 20:09:38 | 日記
土曜の夜に、文字通り夢のような時間を過ごし、日曜はゆっくり休んで月曜からの三日間はやはり淡々と進んだ。
大ポカをかましたわけでもなく順調といえば順調だったが、仕事を離れた時間には夢ではないまさに今ある現実に思いを巡らすことになった。

10人にも満たない我がチームにあって、私はついに私の中の「人間」を消し去ってしまわないことには今いる環境で心穏やかには過ごせないことを悟った。
人間を消すということはすなわち感情を消すということと同義で、周りの人間の言動をいちいち気にしていたらイライラするばかりなので、仕事中は感情というものを持たないことにしたのである。
私自身はひたすら目の前にある仕事だけを見て、周囲に余計な手出し口出しなどは一切しないで、とにもかくにも無難な道を行く。
小さなチームの中でも、もはや私に話しかける者はない。
当地に来て二年を経過してこの現実、三年目に入ったからといって大変わりするものでもないだろう。
仕事そのものが性格に合うこと、これ一つを支えに毎日会社に通う、今できることはそれだけである。

土曜、まさしく夢だったライブが終わり、打ち上げも兼ねて軽く飲みに名古屋市内某所に出た。
店の営業時間の都合で滞在時間は一時間足らず、酒量も伸びずほろ酔い程度ではあった。
駅ナカの店だけに改札口はエスカレーターを下りてすぐそこ、電車が私と逆方向の同行者はこちらに一瞥もくれることなく改札口に足を向けて去っていった。
会っている時間は普通だが、別れる刹那に視線も合わさずにそそくさと去っていく印象を受けたのは10月に会った時もそうだった。
彼の背中は疲れているようにも見えるし、寂しげにも映る。
そうさせるのは、私などよりはよほど責任ある立場にある彼の今の日常か、住んでいる地域でのしがらみか、考えたくはないが三十数年にも及ぶ私との関係そのものが彼にとって重い十字架となっているのか。

いくら彼と私がガキの頃に知り合っているとは言っても、中学、高校と進むうちに、より気も合いより楽しく過ごせる友人と巡り合うことなど至って自然なことで、彼の中での私の「相対的地位」が下がったところで私が文句を言える筋合いはない。
彼の結婚式には幸い呼んでもらえたが、友人代表でスピーチしたのは彼が高校で意気投合した別の人間だった。
人間は変わっていくものであり、それは彼も例外ではないし、私だってガキの頃からはずいぶん変わった。

かりそめにも、お互いに変わった中でもまだつながっている関係が自らの重荷になっているなら、そんなものは下ろしてもらって構わない。
もう夢の時間も一度共有できたことだし、心から身軽になってもらって、今よりも生き生きとした毎日を送っていってほしい。
典型的な「気は優しくて力持ち」タイプ、長年の付き合いにはいろんなことがあり、一言では言い尽くせない。
そんな彼の幸せを心から願うからこそ、余計な荷物は下ろしてくれ、俺は大丈夫だから、と伝えたい。
せっかく会っても、別れ際、疲れた表情で逃げるように去っていく姿をこちらも見たくはないのである。

明日からは今年最後の旅に出る。
楽しむことも大事だが、会社から、そして当地から離れた数日間の中で考えられることもあるのだろうと思う。
幸いにして天気には恵まれそう、名うての雨男からは完全に卒業したようである。

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35年!

2017-11-19 19:11:16 | 休日
寒い週末になった。
もう11月も半分を過ぎたなら、そろそろ冬タイヤへの交換も考える時期だ。
タイヤを交換することは安全上当たり前だからいいとして、困ったのはクルマの屋根に付いていたラジオアンテナがどうやら盗まれたようでガッカリである。
単純にネジではめ込んであるだけだから盗もうと思えば簡単だが、あれだけを盗んだところで何の役にも立たないはずだから不思議だ。
仕方がないのでクルマではひたすらお気に入りのCDを聴くことにしよう。

さて、昨夜はおそらく人生の中でも大きな体験と言える時間を過ごした。
場所は、9月に野球観戦して以来のナゴヤドーム、しかし催しはもちろん野球ではなく、桑田佳祐ライブツアー「がらくた」であった。







ツアーは本日の名古屋2日目も含めて年末までまだまだ日程があり、中身についてはネタバレになるので本欄では省く。
バンド(サザンオールスターズ)も含めて、このトシにして初めて桑田さんをナマで見ることになったので、あくまでも個人的な思いを書いていきたい。

はるか35年も前、まだ中学生だった私は、地元の祭りで家族で外に出ていた時に、父親に当時(1983年)サザンの最新アルバムであった「綺麗」のカセットテープ(この頃は作品はレコードかカセットで買う時代)がほしいと2,800円という小さくはない金額をせがんだ。
案外あっさりとお金を出してくれてカセットを手に入れ、最初に流れてきたのは何やら怪しげなイントロから始まる「マチルダBABY」であった。
シングル曲ではないながら、後にはサザンのライブでも盛り上げ時に使われるようになった隠れた名曲に衝撃を受けた。
ちなみに「綺麗」はファンの間では評価が分かれるアルバムながら、今も私の自宅には中身のないLPレコードの紙ジャケットが堂々と飾られている。

それが端緒となり、さしあたり過去の作品を揃えるところから始まり、以降の作品もバンド・ソロを問わずほぼくまなく手に入れてきた。
しかし、デビュー直後数年で大物になってしまったサザンなり桑田さんのライブを見る機会は、田舎にいればなおさら恵まれず、ついに最初のお付き合いから35年という年月を経てようやく当地で実現することになった。
私はいわゆるファンクラブには入っておらず、ライブを見ることに関してはそれほど執着がなかったのかもしれないが、今回は最新ソロアルバムを買った中にライブの先行受付(もちろん抽選発売)の案内があったので、説明に従ってダメもとで応募したらたまたま当たったというわけである。

もちろん今回のセットリストの中で知らない曲はなかったし、曲によっては感情があふれ出そうにもなった。
ほぼ満杯となった会場が一つになる光景はライブならでは、お世辞にもいい席ではなかったがそんなものは関係なかった。
作品をくまなく手に入れる程度の投資しかしていない人間が特等席で見られることを期待してはいけない。
特等席にこだわるなら特別な投資(ファンクラブ入会など)が必要になることくらい長く生きていれば分かることである。

今回は、かつて私と同じように桑田さんの音楽に入れ込んだ長年の友人と一緒だったので、始まってしまえば余計な会話は必要なかった。
今後は出来る範囲でまたライブを見る機会を伺いたいとは思うが、毎度毎度競争率は高いので、一度だけでも実現したことは本当に良かったと思う。
21時くらいに終わったライブ、大勢の人がいて会場から出るにも数十分、名古屋市内某所で打ち上げを兼ねた飲みに入ったのは22時くらいであった。

お酒も入りいい気分で昨夜は自宅に戻り、しかし今日は「祭りのあと」の疲れで一日ぐったりであった。
明日からの勤務は水曜までの三日間、金曜は休みをもらっていて、木曜の祝日もからめた四日間、今年最後の冒険に出る。
憧れのアーティストのライブだけでもお腹いっぱいになりそうなところ、旅行も二回やるとはこれまでにないくらいに欲張った誕生月となりそうである。
その分12月の予定がスカスカなので、これからの努力で楽しいものにしなくてはならない。

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ペースダウンの時期

2017-11-17 23:20:11 | 日記
金曜日の勤務が終わって、ややホッとした気持ちで本欄に手をつけている。
ホッとはしているが、今週は水曜にも飲みに出なかったし、今日金曜も出ず、明日土曜もたぶん出ない。
なじみの市内某店には、暗にこれからペースをかなり落とすことを伝えた。
富山にいた頃、数年前のある半年間、お金回りが苦しくなったことを告白した上で夜の飲み屋さんとは完全に距離を置いた経験がある。
その頃ほどは財政的にギリギリでもないのだが、毎月必ず赤字になるようなペースで行っていることには変わりなく、同じ轍を踏む前に早めに、やはり半年程度の「活動休止期間」をいただこうと考えている。

当地に来ての二年間は、遊びもそうだが仕事もかなり拍車をかけて走ってきた感覚があり、あっという間に過ぎ去った気がする。
仕事に関しては、アクの強いメンバーたちから余計なことを言われたくはなく、また長期病欠明けという状況で当地に来て、少なくとも当地では決して倒れることなく日々を乗り越えなければ会社への「恩返し」にならないと思い、強制的に消化させられる有給以外はほぼ皆勤でやってきた。

10月に入ってから仕事のペースが一段階落ちたようにも思われ、良く言えばお互いの本来の役割を全うさえしていれば何とか回る状況にある。
こういう状況だと、ヘタに他人の仕事に首を突っ込んで逆に疎まれることがある。
仕事の絶対量が少ない中では、手伝いを申し出ても相手にとっては「私の仕事を取らないで」となり、「いいです!」という冷たい反応が返ってくる。
最近はあまりにそこがひどいため、余計なところには行かなくなったし、余分なこともしなくなった。
ヒマな時間は増えるわ、周囲の会話はくだらないわでいい加減食傷ぎみの毎日、私自身はチームの中では自分がやるべきことだけはしっかり、しかし言葉はほとんど発することなく、人間性を抹消してまるでロボットのように振る舞うことで何とか日々を乗り越えている。

この二年間のこと、また今の事業所の状況を思えば、これまで肩に力が入りすぎていたところを少しだけ緩めて、いい意味で気楽に毎日を過ごせば、という何かの知らせにも思える。
話し相手や飲み相手など「人間」としての役割を期待されてなどいなくてもよい、日々淡々と、決して仕事を逆流させない形さえ取れていれば、差し当たりはOKである。

当地での生活が存外長くなるのか、もうわずかしかないのかは、私が決めることでもなく全く分からない。
財政健全化のためとは言え、夜のバカ騒ぎも抑えていこうという中で、気持ちのバランスをいかにして崩さないかをこれから半年くらいの大きなテーマとして考えていきたい。

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