地名アラカルト

各地の難読地名や珍しい地名についての由来やエピソードなどについて調べてみたいと思います。

東京都区内の難読小学校名  多聞,臨川,加計塚,八成,沓掛

2017年04月18日 16時14分17秒 | Weblog
・世田谷区立多聞小学校(たもん) 世田谷区三宿2丁目
昔,三宿神社付近に多聞寺(たもんじ)という大きなお寺があったという。「多聞」とは,ひろく聞き、広く知ること,見聞が広いことを表しており,教育の理念の上などから,多聞という校名が付けられたようだという。

・渋谷区立臨川小学校(りんせん) 渋谷区広尾
「臨川」は,高い所から渋谷川を見おろすという意味で付けられたといわれているが,臨済宗のお寺だった祥雲寺の部屋を借りて開校したことから,その「臨」の字をとって付けたともいわれているという。

・渋谷区立加計塚小学校(かけつか) 渋谷区恵比寿
「校名由来」の石碑には「昔,この附近一帯に小円墳群がありその一つが缺けていたことから,このあたりを缺塚と呼ばれたと伝えられる。缺塚の名は江戸初期,下渋谷村小字缺塚として存在した。この史実から校名を決定した」とある。

・杉並区立八成小学校 (はちなり)杉並区井草2丁目
昭和30年(1955)4月,当時の町名(八成町)をとって開校。町名は,千川上水の八成橋とかかわる伝承があり,観泉寺住職は経典から八成(はっせい)橋と命名したが,住民はいつしか「はちなり」と読み,地名になったという。

・杉並区立沓掛小学校(くつかけ) 杉並区清水
昭和28年3月,当時の町名(沓掛町<昭和7~40>)をとって開校。沓掛は各地に多く見られ街道添いの地名で,旅人はここで破れかけたワラジを脱いで,店にカケてあるのを買って履き替えたことに由来するという。当地は所沢道やその他古道に関係があるのでなかろうかという。


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東京都区内の難読小学校名 御殿山,後地,菅刈,碑,油面

2017年04月17日 11時43分20秒 | Weblog
・品川区立御殿山小学校(ごてんやま) 品川区北品川5丁目
御殿山は太田道灌が江戸城に入る前に城を構えて居住していた御殿山城に由来するとも,徳川歴代将軍が鷹狩の際に休息を取った品川御殿にちなむ地名ともいう。

・品川区立後地小学校(うしろじ) 品川区小山2丁目
後地は「由緒のある表通りの地蔵堂の後ろの土地」に由来するという。

・目黒区立菅刈小学校(すげかり) 目黒区青葉台
江戸初期の『新編武蔵風土記稿』によると,現在の目黒区の西半分と世田谷区の東半分にかけての地域を「菅苅荘」「菅苅庄」と呼んでいたという。

・目黒区立小学校(いしぶみ) 目黒区碑文谷
碑は事績を後世に伝えるための碑文を彫った石のある里(谷)を意味する「碑文谷」に由来するのか。

・目黒区立油面小学校(あぶらめん) 目黒区中町1丁目
 中町から中央町2丁目に及ぶ目黒村の旧字名。江戸期,菜種の栽培が盛んで,採取された菜種油は芝増上寺などに奉納されたたため,租税が免除されていたことから「油免」の名が生まれ,「油面」に転化したとする説や,韓国では「面」は村の意で,油面は菜種油の採れる村の意とする説がある。
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東京都区内の難読小学校名 駕籠町,礫川,外手,金曾木,東吾嬬

2017年04月16日 21時08分36秒 | Weblog
・文京区立駕籠町小学校(かごまち) 本駒込2丁目。明治24~昭和41の駕籠町の町名から。
町名は元禄10年(1697)江戸幕府が『御駕籠の者(将軍専用の駕籠をかつぐ人)』51人に,この地を与え居住したことに因むという。

・文京区立礫川小学校(れきせん) 小石川2丁目。明治6年3月,第一大学区第四中学区第三番小学礫川に開校。礫は小石の意。

・墨田区立外手小学校(そとで) 本所2丁目。明治11~昭和5年の本所区内の町名に由来。

・台東区立金曾木小学校(かなそぎ) 台東区根岸4丁目。「金曽木」の名は,この地の鎌倉時代の旧領主である金曽木氏に由来するという。

・墨田区立東吾嬬小学校(ひがしあづま) 墨田区立花4丁目。吾嬬は旧町名。

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