アメノチハレ

都志見隆の果てしない日々の日常

若葉

2009年11月07日 | Tsushimi Takashi
大幅にご無沙汰の2ヶ月でした。

10月は家人の食中毒やインフルエンザ、自身の風邪などまとまって到来。
緊急の時、何がどこにあるかもわからないまま、慌てふためき、
一々苦しむ病人に聞く始末。
つくづく役に立たない男の存在に考えさせられた。

時代的にも、何が突然起こるか予測不能の自然。
普段から、モノも、そして頭の中も少しずつ準備しておかないとと、
真剣に考えた。

さて、先日だが広島の「おたふくソース株式会社」の取材を受けた。
年4回発行している季刊誌の中の、広島出身者で活躍している人という
コーナー。
わざわざ東京まで佐々木会長や専務の白根氏にご足労いただいての取材。
昼食を挟んで、最後は僕のスタジオでの撮影で終了。

今でこそオタフクソースは全国的に認知されているが
思い起こすに、昔は東京のどこを探してもなく
広島の両親にまとめて送ってもらっていた事を思い出す。
広島の地元のお好み焼き屋さんと一緒に意見を聞きながら少しずつ改良を重ね
今の味があるらしい。
現在ではお多福ソースのシェアが一番大きいらしい。
色々と興味深い話もお聞き出来て、とても中身の濃い時間だった。

普段の生活の中で、自分自身のこれまでを振り返る事は殆どないのだが、
ああいった取材の中では、自分のこれまでの足跡を自分自身でも再確認
する事が出来、色んな意味でまた奮起できる材料になった。

自分の知らないところで、ちゃんと自分の作品が一人歩きしている事は、
やはり作家にとって嬉しい。それえに自分の分身となる作品には
より一層責任をもって世に送り出さなくてはいけない。
身の引き締まる想いだ。

12月の発行らしいのでまたその時期には写真などを掲載予定。

先月末には千葉の鴨川に一泊旅行した。
敬愛する作詞家の康珍化氏のお宅に一泊し翌日は長狭学園の校歌、校章のお披露目の儀であったよ。

夏前に打ち合わせをして、何度かの直しをやりやっと完成したのが10月の初旬。
歌詞は地元の一般公募した言葉を康氏が歌詞としてまとめたものに
曲をつけた。

当日は父兄も参加して、講堂で合唱。
僕と康氏はステージに上がらせて頂いて
壇上からその様子を見ながら一緒に合唱。
小中学生合わせて300人が唄う光景を見つめていると胸が熱くなって
僕はずっと歌詞カードを見ながら、時折声を詰まらせながら一緒に唄った。

最後に、生徒達からの贈り物として、一人一人の校歌に対する想いを綴った
300枚の手紙を冊子にしたものを頂いた。宝物。

「この歌を唄うとやさしい気持ちになれました」という意見がとても多く、
僕は後日、一人酒を飲みながら一人一人の一枚一枚の手紙を何度も読み返した。

毎年変わらない、やり直しが出来ない、その学校がある限りずっと歌い継がれて
ゆく歌。そんな歌を書けて、とても喜んでもらえて、僕は心から嬉しい。
康氏、教育委員会の諸氏、学園の先生達、そして300人の生徒の皆さんに感謝。

前日の晩は康氏と酒盛り。明日は大事な日なので程々に、という合い言葉で飲み始めたが、結局僕は軽い二日酔い。
僕はこの二日間の感動疲れで、東京に戻っても少しの間心がジーンとしてた。

生徒達のもうひとつの自慢は、校歌にタイトルがついている事。
「若葉」...。





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2 コメント

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Unknown (Unknown)
2009-11-16 16:39:34
長狭学園の素敵な校歌を作曲して下さりありがとうございました。ブログを読んでもっともっと校歌が大好きになりました。都志見さんの人柄や校歌への思いが伝わってきたからです。大切に歌い継いでいきます。
Unknown (ひ~ろん)
2009-11-21 06:53:03
更新されてなくて、ちょっぴり心配をしていました。おたふくソースさんの取材ですか?記事、楽しみにしてます。

若葉
一度、拝聴したいです。
生徒さんたちからのメッセージを読みながらのお酒って、最高ですね。
都志見さんのお人柄が伝わってきました。

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