アメノチハレ

都志見隆の果てしない日々の日常

花火

2016年08月14日 | Tsushimi Takashi
2016年 広島の夏は自分の歴史始まって以来の酷暑であった。

37℃?嘘だろ?自分の体温より高いじゃないか。
広島駅に降りた途端、汗が噴き出す。


-同窓生が撮影して送ってくれた宮島花火大会 2016.8.11-

息苦しい程の暑さの中、今年も両親と無事に墓参りを終えた。
毎度の事ながら車で一日をかけて、ご先祖様に手を合わせる。
今年も母が「いつまでお墓参りができるかねえ」という。

母だが、春先から少し体調を崩していたせいか、
猛暑のせいもあって普段よりも少し痩せ気味で心配した。
食欲も少し戻ったというので取りあえずは安堵したが。

いつも墓参りの途中に島根県の介護施設にいる父の叔母に会いに行く。
今年で94歳になる。
3月の彼岸には体調も悪そうで夏には会えるかなあなんて話していた。
父の事はたまに思い出すが、僕には「はじめましてどうも」なんて言ったかと思えば
「大きくなったねえ」とか言う。

ホームの受付で名前を書いて少ししたら付き添われて歩いて出てきた。
「一度は死にかけたが、また生き返った」と第一声。 
「早う死ぬりゃあええんじゃが、まだ生きとる」春先より顔色もいい。
「ここは年寄りばっかりで話が合わんで困るわ」
人はいつまでも自分を客観視できない。

人間ってのは不思議だ。

どんなにボロボロになっても、生かされる理由があるのか。
人としてまだ終えていない役割があるというのだろうか。
ただ単に内臓が達者で心臓が強いからなのか。

ゆっくり立って杖をつきながら「さよなら」と手を振ってくれた。
次は母の両親が眠る墓へとまた一時間半かけて移動する。
今回はじめて20才の甥っ子に片道だけ運転を任せてみた。
時の経つのは早いものだ。この間生まれた彼がもう車を運転している。

そうやって少しずつ次の世代へ舞台を譲りながら
現役は裏方へと交代してゆく。

あの日、心配そうな父と母を乗せ、
はじめて僕が運転して親戚の家まで往復したように。

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1 コメント

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Unknown (しんすけ)
2016-08-19 18:10:03
花火の写真に見覚えが(笑)帰省お疲れでした、入れ違いで帰広したけど暑かった。でも歳を忘れていっぱい遊んだよ。涼しくなったら遊ぼう、お山に行こうね。

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