アメノチハレ

都志見隆の果てしない日々の日常

米寿

2017年05月23日 | Tsushimi Takashi
先日だが、義母の米寿のお祝いで
11人が集まり中華料理をいただいた。

義母は昨年と今年にわけ片方づつ両足の膝の手術を終えた。

昨年に経験積みだろうから今年は大丈夫だろうと楽観していたが
それでも術後の病院の規則正しい生活から現実に戻る時は
それなりの時間がかかったらしい。

ある意味病院では至れり尽くせりだが
現実は同居している息子たちも働きに出たりしていて
始終母の側についていれるわけではないので
ある程度のことは自分でやらなければならない

そのギャップに一瞬戸惑うらしいのだ。
何も母に限ったことではないらしく一般的によくある話らしい。

年齢なりの衰えは見えるが まだ頭はしっかりと動いている。
家族兄弟を前にして 少し照れながら 
ありがとうと何度もつぶやいていた。

母の姿を見ながら
僕がこれから30年 
元気でその歳まで生き続けることができるんだろうか
なんて考える。

30年前を振り返る。
28歳といえばその前年に中森明菜を書いて
自分の周りがザワザワしはじめたころではなかったろうか。

そう考えるとよくここまで大病もせずにやってこれたものだ。
ありきたりの表現だが感謝の二文字しか浮かばない。

そして僕より30年もの時間を先に歩いてきた義母である。
言葉にして語れるほどの生き方でもなく
ただひたすら家族を支えてきたそんな母の姿は実に神々しく
生きるということの難しさとその尊さを同時に教えられる。

2年後の90歳の祝いは卒寿
 
余生をゆっくり穏やかに
1日でも長く生きていただきたいと
心からそう願う。
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