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(ども 火星人です。株は、やってないお)
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電磁波的(2)

いやデリダの誕生日なんで。はは

「熱放射」というのがあります。(物理の話)
すべての物質は、その温度に応じた波長&強度の電磁波を放射しています。昔は輻射って言ってたと思いますが。
あ、放射能とは違いますよ。(念のため)
太陽さんからゴワーンとやってくるいくらなんでも暑いだろこのやろうなやつ、あれは熱放射です。
すべての物質ですから、そのへんのいろんなものも放射してます。
はるか130億光年先からもその電磁波はやってきています。
そしてすべての物質はその電磁波がやって来ると、それを吸収する、つまり受け取るわけです。
ぼくらの目も受け取ります。
それでものが見えるわけですね。(見えるのは可視光のみですが)
ただし、完全に正確には受け取れない。物質によって吸収できない波長がそれぞれ必ずありますね。
あらゆる波長を吸収する物質は「黒体」と呼ばれますが、架空の存在ですからね。
なのでちょっとフィルターがかかったような状態で受け取ります。
「真実」(?)がそこにあるけれど、フィルターがかかって完全にありのまま(正確)には受け取れないのですね。

誰かが言うところの「郵便」のような話になておりますが。
科学の世界だと、真理(法則)がすでにそこにあって、その真理を見つけるだけですよね。
見つける人は主に科学者と。(いや別に他の仕事していてもいいですけど)
例えば、宇宙に関して、具体的な天体に関しては最終的には観測するしかないんですが、それが出来るのはそのような設備(施設)を使用出来る一部の天文学者だけですね。
そこから真理を見つけられるのは、その人たちとその資料を早い段階で閲覧できるやはり一部の学者さん達だけなのですよね。
だから彼らは誰だかがいうところの「郵便配達人」と同じ立場なのでしょう。
もちろん明らかにおかしな比喩ですが。

科学の場合「郵便配達人」、つまり伝言ゲームのプレイヤーとしての科学者はなかなかに優秀ですが、
哲学者はどうでしょうか。
科学の場合は、結局深くかかわれる人は一部なんですよね。世界中の人が科学者になれるわけではないと。
哲学はというと、哲学は自分でやるものでしょう。
あまり間に入ってほしくないですよね。
伝言ゲームのプレイヤーは当然少ないほうが正確に伝わるわけですね。
だから基本的にはいろいろいるのは邪魔です。出来るだけ1次情報(に近いところ)を知りたいわけです。
それでも、仮に時事問題を知る上で例えば何か一つ(誰か一人)間に置かないといけなくて、その間に入る人は津田大介と東浩紀のいずれかだとしたら、どちらにしますか?
一応、名目上この二人を「郵便配達人」(明らかに表現がおかしいけど)とて。
津田だと何かあった時にすぐに郵便が届けられて来るし、だいたい正しい内容で届きますね。
東だとものすごく遅い上に頓珍漢。これをもしも「誤配」と言っているのだとしたらその表現自体が大幅に頓珍漢ですが、誤配の横綱とまでは行かなくても誤配の前頭6枚目ぐらいにはなれそうですよね。あ、もちろん東の。
もちろん、この「誤配」は誤報、あるいはフェイクニュースのことですが。

前回も書きましたが、誰かのいうようにデリダの造語が誤配を誘うためのものだとすれば、まさにフェイクなんですよね。
郵便という表現も偽だし、誤配という表現も偽だし、狙いも嘘を撒き散らすためということになりますね。

デリダに詳しいらしい東浩紀ですけど、どうも今回の本は哲学に素直に向き合う人のための本で、哲学に対して斜めに構える人のためではないらしいです。(本人談)
言葉通りだとすると、まるっきりポストモダンを否定していますね。ははは
ポストモダンは真面目に事に当たるのを避けて「どっちもどっち」論を助長し、オルタナティブ・ファクトつまりフェイクを蔓延させたわけですからね。
正面から向き合わないのがポストモダンですよね。
まあ、本人の本音としては、正面から向き合うというのは「批判なしで」ってことでしょうね。「ぼくちゃんを批判するやつはブロックだ」みたいな。
科学と哲学はまず疑うことからはじまるわけで、批判無しだと宗教の世界ですけどね。

要するにポストモダンは哲学に対する性質の悪い悪戯なのでしょう。
怪しい比喩を駆使する言葉遊び。
そういうのは嫌いではないんですが、悪戯はあくまでも悪戯として扱わなくてはなりませんから。比喩は適切でないと駄目ですし。
あとから「シャレだよシャレ」といったところでサイモン・ヴィーゼンタール・センターに目をつけられてからでは遅いんですよ。
あっちだって「シャレだよ」と言いながら圧力かけて来るかもしれないし、モサドだって「シャレだよ」といいながら(ry

よく、ダーウィニズム社会学をかますアホの子がいますけど同じようなものですよね。
人文に自然科学を無理やり詰め込んで意味ありげな話にするという手法。
そのままソーカルが批判してましたが。
悪戯にしてもソーカルの真実を暴く悪戯が一番面白かったわけで、完全にやられたポストモダンがここに来て敗者復活してきたのは何の因果かと思いましたが、東がいってましたね。
「今はポストモダニズムの時代だ」と。
「ポスト真実=ポストモダン」ならば確かにその通りですね。
たまには正しいこと言うのだね。

前に書きかけたのは時間が経ってつまらなくなったので破棄して、今日はデリダのお誕生日なので書いてみましたが、前にも書いたようにデリダも東も一切読んでません。
なので彼らの解説でもないし批評でもないです。
他人の哲学に便乗したってしょうがないんだし。

日にちを跨がないようにするために尻切れになっております。

1975年ごろ
ジョン・レノン
John Lennon - Mind Games

Whatever Gets You Thru The Night
エルトン・ジョンが一緒

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