木洩れ日通信

政治・社会・文学等への自分の想いを綴る日記です。

旗を立てられない全体主義

2017年06月16日 | Weblog

「テロ等準備罪」という名の「治安維持法」成立
国内外からの危惧と批判に一切耳を貸すことなく自公・維新の数の力で押し切った。
これから公安警察のやりたい放題。今までは違法とされた捜査・逮捕が何の縛りもなくできる「警察天国」が出現する。
今でさえ、捏造・冤罪・隠ぺいの巣窟の感がある警察組織。
それにしても国会内だけの活動では数の力で押し切られるのは目に見えていた。
今更だが、反対する野党の国会議員は街頭に出て、もっともっと訴えるべきだった。

戦争協力の児童文学作品を掘り起こした『戦時児童文学論』・山中恒
「あったことをなかったことにはできない」とは文科省前次官の前川氏の至言だが、戦時中、多くの童話作家たちはせっせと翼賛童話を量産した。しかし戦後は一転、あったことをなかったかのようにそれらの作品は抹消し、平和に資する作品に転向した。
1931年生まれの山中氏は、当時大家であった、小川未明、浜田広助、坪田譲治らの戦時中の作品を掘り起こして、そのご都合主義的な作品を解説・批判している。
それらの作品の基本はまず日本の中国大陸への侵略を「蒋介石が悪いことをしているので、それをおさえるために日本の軍隊が中国へ出かけて行って戦っているのだ」とする。戦後に生まれて子供時代を過ごした者からすると、「なんでわざわざ中国まで出かけて行って戦争しなきゃいけないんだ」と思うが、明治維新以降日清・日露・第一次世界大戦と常に朝鮮半島や中国大陸で戦争するのを経験しているので当時の人はそれを当たり前と思っているので、子供から大人まで書いている作家たちも疑問に思わない。
もう一つの柱は「銃後美談」というもの。父や兄が戦地行ってしまって、残された家族はその留守を守って生活に苦労するが、子供は母を助け、けなげに働いたりする姿を描く。
戦後になっても戦争を加害の事実としてではなく被害の大変さにすり替えて疑問を持たずに今日まで来た日本人にはとても好まれるストーリーである。
政府の圧力に屈して、屈してというそういう自覚すらあったかどうか疑問だが、「呪術的国体原理主義」がアジアの解放、聖戦というグロテスクな理屈を正当化させたと山中氏は考える。
60才以上の高齢者が子供の頃親しんだり、聞いたことのある童話作家で、戦時中にすでに創作活動をしていた者で翼賛童話を書かなかったものはいなかったのではというぐらいだ。
わずかに「トラちゃんの日記」などで知られる千葉省三は戦時中創作活動をやめてしまい、田畑を耕していたという。
今でも圧倒的に評価の高い宮沢賢治や新美南吉は早世したがために戦争協力の作品を書くことはなかった。
ただ宮沢賢治は「八紘一宇」を唱えた国柱会という宗教組織に一時所属していたことがあり、もう少し長生きしていれば「聖戦完遂」の波に飲み込まれていたかもしれない。
安倍政権下でファシズム体制が進められている日本だが、天皇のもとに一丸となってという拠り所がない。
安倍様のためにという人はこの日本に一人も存在しないはずだ。安倍の意向を背景に悪だくみをする輩は後を絶たないだろうが。





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