もずの独り言・goo版

半蔵ともず、gooでも独り言です。『もずの独り言』は代行業とは一切関係ありません。

【みんな生きている】オットー・ワームビアさん[解放・昏睡]/ytv

2017-07-18 04:44:05 | 日記
-その命、無駄にするんですか?-
《人殺しの前に、拉致被害者を返せ!オットー・ワームビアさん、北朝鮮から解放》

北朝鮮に拘束されていたアメリカ人の男子大学生が約1年半ぶりに解放され、アメリカに到着しました。ただ、大学生は昏睡状態にあると報じられています。
アメリカ人の大学生オットー・ワームビア(Otto Warmbier)さんは去年1月、北朝鮮で政治スローガンの表示を盗もうとしたとして拘束され、去年3月に15年の労働教化刑を言い渡されていました。
アメリカのレックス・ティラーソン(Rex Wayne Tillerson)国務長官は6月13日、ワームビアさんが解放されたと明らかにし、ワームビアさんはアメリカに到着しました。
ただ、アメリカ・メディアによりますと、ワームビアさんは去年3月にボツリヌス中毒になり、睡眠薬を服用した後、1年以上も昏睡状態に陥っているということです。
ティラーソン国務長官は、北朝鮮に拘束されている残る3人の解放についてもはたらきかけていくとコメントしています。

※ワームビアさんは6月19日に死亡しました。

《参考・北朝鮮、人質に対して変態拷問》

【「抑留中の生活を暴露させないため」。ロバート・パクさんに性的拷問をした北朝鮮の残虐性(2010年)】

昨年12月に北朝鮮へ渡り、43日間にわたり抑留された韓国系アメリカ人ロバート・パクさん(28歳)は10月26日、韓国KBSのインタビューに対して

「北朝鮮の権力者はどうすれば住民を殺せるか、飢えさせることが出来るか、奴隷に出来るか、統制を図れるか、そればかり考えている。私は今後、金正日(キム・ジョンイル)政権の崩壊を支援し、北朝鮮住民の人権のために生きていきたい」

と語った。
パクさんは

「昨年12月25日に死を覚悟しながら凍った豆満江を渡った。逮捕されるとあちこちに連れて行かれて殴打や暴力を受けた。まだその傷が治らない」

と話し、釈放前には抑留中の生活を暴露出来ないように侮辱的な性的拷問を加えられたと語った。
また、パクさんは

「北朝鮮で受けた傷はあまりに深く、克服出来ないほどだ。後遺症で個人的な意欲を失った。今後は結婚も性的関係を持つことも出来ないのではないか」

と述べた。
パクさんは北朝鮮で受けた性的拷問の後遺症のため、アメリカに帰国した直後に自殺を図った。そして、7ヶ月にわたり精神科での治療を受けた。
この他、北朝鮮が公開したパクさんの「反省文」について、パクさんは

「でっち上げられたものだ」

と語った。
パクさんは

「人権を踏みにじられている北朝鮮住民の実情を知ってもらうために北朝鮮入りした。私の犠牲によって人々が団結し、北朝鮮を自由化させることを希望している」

と述べた。
これまでパクさんについては宣教目的で北朝鮮に不法入国し、ひどい暴行と性的拷問を受けたことが家族を通じて明らかにされていた。

■有本恵子さんのご家族のメッセージ
http://www.rachi.go.jp/jp/message/movie_8.html
■有本恵子さんのご家族のメッセージ(英語版)
http://www.rachi.go.jp/en/shisei/keihatsu/videomessage_8en.html
■政府拉致問題HP
http://www.rachi.go.jp/
■警察庁HP
http://www.npa.go.jp/
■大阪府警HP
http://www.police.pref.osaka.jp/
■大阪ブルーリボンの会HP
http://osaka-blueribbon.org/
■大阪ブルーリボンの会クラブユースfacebook
http://fr-fr.facebook.com/obr.clubyouth/
■救う会大阪HP
http://mid.parfe.jp/kannyo/sukuukai/top.html
■滋賀県警HP
http://www.pref.shiga.lg.jp/police/
■救う会滋賀HP
http://sukuushiga.fc2web.com/
■和歌山県警HP
http://www.police.pref.wakayama.lg.jp/
■救う会和歌山HP
http://www.jtw.zaq.ne.jp/sukuukaiwakayama/
■奈良県警HP
http://www.police.pref.nara.jp/
■救う会奈良ブログ
http://blogs.yahoo.co.jp/sukuukai_nara
■京都府警HP
http://www.pref.kyoto.jp/fukei/
■兵庫県警HP
http://www.police.pref.hyogo.lg.jp/
■救う会兵庫HP
http://www.sukuukai078.net/04.html
■救う会兵庫facebook
http://www.facebook.com/sukuukai078
■救う会全国協議会HP
http://www.sukuukai.jp/
■特定失踪者問題調査会HP
http://www.chosa-kai.jp/
■北朝鮮帰国者の生命と人権を守る会HP
http://hrnk.trycomp.net/
■北朝鮮人権人道ネットワークfacebook
http://www.facebook.com/nknet2015
■北朝鮮を離れて自由へ★イ・エラン★のブログ
http://blog.goo.ne.jp/aeran2000
■姜哲煥(カン・チョルファン)さん動画
https://www.youtube.com/watch?v=T8wXjTN2W8E&feature=youtu.be
■脱北者トーク番組動画
https://www.youtube.com/watch?v=KJZWxe9P-L8&feature=youtu.be
■脱北者・金柱聖さんの動画[前編](日本語訳付き)
https://www.youtube.com/watch?v=zCPxzwHK8fQ&feature=youtu.be
■脱北者・金柱聖さんの動画[後編](日本語訳付き)
https://www.youtube.com/watch?v=bq4sYy6d6EA&feature=youtu.be
■脱北者・金柱聖さんの動画(3)
https://youtu.be/pMC2G7akiiM
■ペナTV(日本語版)
https://www.youtube.com/watch?v=4YHLDtOoJOo



◆昭和58(1983)年7月頃
欧州における日本人女性拉致容疑事案
被害者:有本恵子さん(Keiko Arimoto)
(拉致被害時23歳)
※This person was Abduction by North Korea
欧州にて失踪。
「よど号」犯人の元妻は、北朝鮮当局と協力して有本さんを拉致したことを認めている。
捜査当局は拉致実行犯である「よど号」犯人の魚本(旧姓安部)公博について、平成14年9月逮捕状の発付を得て国際手配するとともに、政府として北朝鮮側に身柄の引き渡しを要求しているが北朝鮮側はこれに応じていない。
北朝鮮側は、有本さんは1988(昭和63)年11月にガス事故で石岡 亨さんと共に死亡したとしているが、これを裏付ける資料等の提供はなされていない。
■兵庫県警HP
http://www.police.pref.hyogo.lg.jp/
■救う会兵庫HP
http://www.sukuukai078.net/04.html
■救う会兵庫facebook
http://www.facebook.com/sukuukai078

[In or around July 1983: Japanese woman abducted in Europe]

Abductee: Keiko Arimoto (23, female, Europe)
Disappeared in Europe.
The ex-wife of a Yodo-go member has acknowledged that she abducted Ms. Arimoto in cooperation with North Korean authorities. In September 2002, Japanese authorities issued an arrest warrant for Kimihiro Uomoto (formerly Kimihiro Abe), a Yodo-go member believed to be responsible for the abduction, and listed him with Interpol. The GoJ demands that North Korea extradite him to Japan, but North Korea has shown no willingness to comply.
North Korea asserts that in November 1988 Ms. Arimoto and Mr. Toru Ishioka died in the same gas poisoning accident, but has provided no documents or evidence to support these claims.

◆昭和55(1980)年6月中旬
辛光洙(シン・グァンス)事件
被害者:原 敕晁さん(Tada-aki Hara)
(拉致被害時43歳)
※This person was Abduction by North Korea
宮崎県内で発生。
本件については、北朝鮮工作員・辛光洙(シン・グァンス)が韓国当局に対し、原さん拉致を認める証言をしている。
捜査当局は辛光洙について、これまで原さんに成りかわった容疑で逮捕状の発付を得て国際手配するとともに、政府として北朝鮮側に身柄の引渡しを要求してきたが、平成18年4月には、新たに拉致容疑の主犯として逮捕状が発付されている。
北朝鮮側は身柄の引渡しに応じていないどころか、同人を「英雄」として称えている。
また、捜査当局は原さん拉致容疑の共犯者である金吉旭(キム・キルウク)についても逮捕状の発付を得ており、国際手配を行うなどの所要の措置を講じている。
北朝鮮側は、原さんは1984(昭和59)年に田口八重子さんと結婚し、1986(昭和61)年に肝硬変で死亡したとしているが、これを裏付ける資料等の提供はなされていない。

※「辛光洙は原 敕晁さんになりすますために、原さんについてのあらゆることを調べあげた。それこそ、チャーハンの作り方まで調べあげた」
(石高健次さん)
■大阪府警HP
http://www.police.pref.osaka.jp/
■宮崎県警HP
http://www.pref.miyazaki.lg.jp/police/

【荒木和博・特定失踪者問題調査会代表による原 敕晁さん拉致事件の解説】
昭和55年(1980)年6月中旬、当時大阪市天王寺区の中華料理店『宝海楼』に勤めていた原 敕晁(はら・ただあき)さん(当時49歳)が北朝鮮工作員・辛光洙の主導により、『宝海楼』店主の李三俊らによって宮崎市青島の橘ホテルで飲食させられた後、海岸まで誘い出されて拉致された。
辛光洙は北朝鮮に帰国して工作員の再教育を受けていた際、指導部の幹部から「日本人を拉致し、本人になりすまして在日工作を続けよ」との指令を受け、李吉炳(在日朝鮮人大阪府商工会長)、李三俊(在日朝鮮人大阪府商工会元理事長)らと計画を練り、李三俊が経営する中国料理店『宝海楼』のコックとして勤務していた原さんに対し「良い職場を世話する」とだまして宮崎県日南市の青島海岸まで連れ出し、橘ホテルで飲食させて酔わせ、海岸に連れ出した後、「こどもの国」付近の海岸で工作員らに引き渡し、辛光洙も同行して北朝鮮に拉致していった。
このあと辛は、原さんを監禁した招待所で原さんから本人の経歴、家族の構成、過去の生活から中国料理法までマスター、完全に本人になりすまして同年11月、再び日本に密入国し、原さん名義の旅券、運転免許証、国民保険証などの発給を受け、韓国へ渡航するなどしてスパイ活動を続けていた。
辛は昭和60年(1985)2月26日ソウルで逮捕された。同年6月28日付『朝日新聞』の記事には次のように記載されている。

[以下、記事引用]
(国家安全企画部)の発表によると、主犯の辛は北朝鮮の最高首脳から「日本人をら致し、本人になりすまして在日工作を続けよ」との指令を受け、八〇年四月、李三俊・在日朝鮮人大阪府商工会元理事長らと計画を練り、李氏が経営する中国料理店「宝海楼」=大阪市天王寺区下味原=に勤める日本人コック原 敕晃(ただあき)さん(四九)が独身で身寄りの少ないことに目をつけた。八〇年六月、原さんを「良い職場を世話する」とだまして宮崎県青島にある李吉炳・在日朝鮮人大阪府商工会長所有の別荘に連れ込んだ。さらに青島海水浴場の児童公園に誘い出したうえ、ここで待ち構えていた北朝鮮工作員四人と力ずくで口をふさぎ、手足をしばった後、袋に入れて八人乗りゴムボートで五百メートル沖に待機していた北朝鮮の工作船に移し、辛が同行して北朝鮮へ連れ去ったという。このあと辛は、原さんの経歴、家族の構成、過去の生活から中国料理法までマスター、完全に本人になりすまして、八〇年十一月、日本に不法入国し、原さん名義の旅券、運転免許証、国民保険証などの発給を受け、韓国へ来るなどしてスパイ活動を続けていたという。

[Mid-June 1980: Sin Kwang-Su case]

Abductee: Tadaaki Hara (43, male, Miyazaki Prefecture)
Disappeared in Miyazaki Prefecture.
North Korean agent Sin Kwang-Su has confessed to authorities in the Republic of Korea that he was responsible for the abduction of Mr. Hara. Japanese authorities issued an arrest warrant for Sin Kwang-Su as the person responsible for the abduction, and listed him with Interpol. The GoJ has demanded that Sin Kwang-Su be extradited to Japan, and in April 2006 issued a new arrest warrant that names him as the main suspect in this abduction case. Showing no willingness to extradite him to Japan, North Korea has instead honored Sin Kwang-Su as a hero. Japanese authorities have also issued an arrest warrant for Kim Kil-Uk, believed to be a co-conspirator in the abduction of Mr. Hara, and are working on the steps necessary to list him with Interpol.
North Korea asserts that Mr. Hara married Yaeko Taguchi in 1984 and that he died of hepatic cirrhosis in 1986. North Korea has, however, provided no documents or evidence to support these claims.

◆昭和53(1978)年6月頃
元飲食店店員拉致容疑事案
被害者:田中 実さん(Minoru Tanaka)
(拉致被害時28歳)
※This person was Abduction by North Korea
欧州に向け出国したあと失踪。
平成14年10月にクアラルンプールで行われた日・朝国交正常化交渉第12回本会談及び平成16年に計3回行われた日・朝実務者協議において我が方から北朝鮮側に情報提供を求めたが、第3回協議において北朝鮮側より北朝鮮に入境したことは確認できなかった旨回答があった。
平成17年4月に田中 実さんが拉致認定されて以降、政府は北朝鮮側に対し即時帰国及び事案に関する真相究明を求めてきているが、これまでに回答はない。
■兵庫県警HP
http://www.police.pref.hyogo.lg.jp/
■救う会兵庫HP
http://www.sukuukai078.net/04.html
■救う会兵庫facebook
http://www.facebook.com/sukuukai078

[In or around June 1978: Former restaurant worker abducted]

Abductee: Minoru Tanaka (28, male, Hyogo Prefecture)
Disappeared after departing Japan for Europe.
The GoJ requested that North Korea provide information on this case at the 12th round of Japan-North Korea Normalization Talks held in Kuala Lumpur in October 2002 and all three Japan-North Korea Working-Level Consultations held in 2004. During the third round of consultations, North Korea asserted that there is no evidence that Mr. Tanaka had ever entered North Korean territory.
Since April 2005, when the GoJ officially identified Minoru Tanaka as an abductee, the GoJ has demanded that North Korea immediately allow him to return to Japan and provide a full accounting of his case. North Korea, however, has not responded.

《特定失踪者・金田竜光さんについて》
◆氏名:金田 竜光
(かねだたつみつ)
(Tatsumitsu Kaneda)
◆失踪年月日:昭和54(1979)年ごろ
◆生年月日:昭和27(1952)年
◆性別:男
◆当時の年齢:26歳
◆当時の住所:兵庫県神戸市東灘区青木
◆当時の身分:ラーメン店店員
◆身長:180cm
◆失踪場所:神戸市東灘区

【失踪状況】
金田さんは韓国籍。
田中 実さん(昭和53年に拉致)と同じ施設で育った。
昭和52年ごろ、田中 実さん拉致実行犯・韓竜大(ハン・ヨンデ)が経営するラーメン店「来大」に就職。昭和53年に田中 実さんを「来大」に紹介し、ともに働く。同年、韓竜大の誘いにより、田中 実さんがオーストリア・ウィーンに出国。
半年ほどして、田中 実さんが差出人になっているオーストリアからの国際郵便を受け取る。その内容は「オーストリアはいいところであり、仕事もあるのでこちらに来ないか」との誘いであった。
田中さんの誘いを受け、打ちあわせと言って東京に向かったが、以後一切連絡がなく、行方不明となる。
連絡がないことを不思議に思った友人が、この間の事情を知る韓竜大に再三説明を求めたが、「知らない」と繰り返す。
その後失踪した2人を知る友人たちの間で「2人は北朝鮮にいる」との噂が広まり、韓竜大に近づく者がいなかった。
「救う会兵庫」は平成14年10月に韓竜大、15年7月にその共犯である曹廷楽(チョ・ジョンガリ)についての告発状を兵庫県警に提出している。
■兵庫県警HP
http://www.police.pref.hyogo.lg.jp/
■救う会兵庫HP
http://www.sukuukai078.net/04.html
■救う会兵庫facebook
http://www.facebook.com/sukuukai078

《特定失踪者・秋田美輪さんについて》
◆氏名:秋田 美輪
(あきたみわ)
(Miwa Akita)
◆失踪年月日:昭和60(1985)年12月4日
◆生年月日:昭和39(1964)年1月29日
◆性別:女性
◆当時の年齢:21歳
◆当時の住所:兵庫県川西市湯山台
◆当時の身分:神戸松陰女子大学文学部国文科4回生
◆身長:155cm
◆体重:43kg
◆特徴:両眼とも眼鏡をかけて視力1.2
◆失踪場所:兵庫県神戸市神戸松陰女子大学校門(阪急神戸線六甲)

【失踪状況】
大学で午前の授業を受けた後、1時過ぎに学食で友人と食事をとり校門近くで友人と別れた。
夜8時過ぎに「友人宅へ泊まる」との電話が家にある(実際には泊まっていない)。
翌日朝8時15分兵庫県警城之崎署から竹野町弁天浜で本人のバッグ発見との連絡。
当時は自殺とされたが、何も見つかっていない。
バックの置いてあったところから海岸に10メートル位足跡があった。
発見される前に雨が降ったがバックも近くにあった本人の靴も濡れていなかったという。
地形や潮の流れから入水自殺であれば遺体が上がるはず。
竹野浜、竹野駅、城崎駅で目撃者がいなかった。
平成15年11月13日、兵庫県警に告発状提出。
秋田美輪さんをただ単に行方不明者とするには、あまりにも不自然ないくつかの疑問点が残されている。
まず、残された美輪さんのバッグの中には急行券があった。
この急行券の使用距離範囲は大阪駅から150km。これではせいぜい城之崎までしか行けず、弁天浜までは30km程度足りない。
この急行券は、当時の改札口を通過したことを示す入挟・押印が無く、未使用のままだった。また、財布の中には定期代の1万8千円がそのまま残っていた。
そして、神戸松蔭女子学院大学内の美輪さんのロッカーの中から、失踪日の数日後に提出することになっていたレポートが発見される。
これらは状況証拠に過ぎないが、それでも単なる行方不明者として考えるには疑問を持たざるを得ない。さらに、美輪さんが行方不明になった前後、現場付近の浜辺でスーツ姿の男が無線機のような機器を使って朝鮮語で交信していたことが『産経新聞』の記事で明らかになっている。
この男は北朝鮮の工作員とみられる。
■兵庫県警HP
http://www.police.pref.hyogo.lg.jp/
■徳島県警HP
http://www.police.pref.tokushima.jp/
■愛知県警HP
http://www.pref.aichi.jp/police/
■秋田美輪さんの早期帰国を願う会HP
http://save-akitamiwa.com/top.html

《特定失踪者・稲田裕次郎さんについて》
◆氏名:稲田 裕次郎
(いなだゆうじろう)
(Yu-jirou Inada)
◆失踪年月日:平成14(2002)年2月25日
◆生年月日:昭和56(1981)年4月26日
◆性別:男
◆当時の年齢:20歳
◆当時の住所:熊本県熊本市帯山
◆当時の身分:熊本学園大学商学部経営学科2年
◆身長:162cm
◆体重:55kg
◆特徴:
1)髪の毛多い
2)水泳が得意
3)考え事をするときに耳を触る癖
4)ある程度パソコンの知識がある
5)関西弁で話すことがある
◆失踪場所:熊本県熊本市の自宅から

【失踪状況】
2月21日「高校水泳部の友人とたまたま会ったので一緒に食事をして帰る」との電話。
夜12時頃帰宅(後に確認したところ元水泳部の友人は誰も会っていないことが判明)。
25日朝9時半頃、自宅にいるのを父親が確認。
夜11時頃バイト先から「無断欠勤している」との電話がある。本人の預金通帳は16日から25日の間に4回に分けてほとんど全額引き出していることが分かる。
大学で出席状況を調べると2001年5月頃からずっと欠席している。
学内のパソコン室はよく利用していたらしく、失踪当日午後6時頃パソコン室の利用カード返却の記録があった。
3月21日夜以来無言電話や不審な電話が何度かかかっている。
■熊本県警HP
http://www.police.pref.kumamoto.jp/

《特定失踪者・尾崎隆生さんについて》
◆氏名:尾崎 隆生
(おざきたかお)
(Takao Ozaki)
◆失踪年月日:昭和35(1960)年11月3日
◆生年月日:昭和8(1933)年4月28日
◆性別:男
◆当時の年齢:27歳
◆当時の身分:会社員
◆身長:169cm
◆体重:60kg
◆特徴:左手の指が事故で曲がらない
◆失踪場所:兵庫県神戸市

【失踪状況】
11月2日、カメラを持って「遊びに行く」と言って出かけたまま帰らず。
4日に会社より家族に連絡があり、失踪が分かった。

《特定失踪者・加藤小百合さんについて》
◆氏名:加藤 小百合
(かとうさゆり)
(Sayuri Katou)
◆失踪年月日:平成9(1997)年8月18日
◆生年月日:昭和39(1964)年6月5日
◆性別:女性
◆当時の年齢:33歳
◆当時の住所:兵庫県神戸市
◆当時の身分:会社員
◆失踪場所:兵庫県神戸市

【失踪状況】
自宅をいつもと同じように軽装で出たまま行方不明。
その後、ある男性が突然家族のもとに現れ、「8月18日から、1週間ほど自分の家にいた。小百合さんは元気です」と家族に伝えるものの、その経歴などは偽りであり、架空の話ということが判明する。
「北朝鮮にいる」との情報がある。

《特定失踪者・金 姫順さんについて》
◆氏名:金 姫順
(キム・ヒスン)
(Hi-sung Kim)
◆別名:金村 英子
(かねむらえいこ)
(Eiko Kanemura)
◆失踪年月日:昭和37(1962)年1月
◆生年月日:昭和17(1942)年10月2日
◆性別:女性
◆当時の年齢:19歳
◆当時の住所:兵庫県神戸市中央区元町通
◆当時の身分:専門学校生
◆身長:156cm
◆失踪場所:新潟県もしくは富山県

【失踪状況】
友人2人と神戸市内の自宅から家出した。その後友人2人は帰ってきた。
新潟もしくは富山にいたようだ。そこで「良い仕事があるので一緒に行かないか」と誘われ、友人たちは断って帰ったが、英子さんはついていったという。
仕事の内容は不明。
過去に一度家出したことがある。
山田英子と名乗っていたこともある。
失踪から1~2年の間は無言電話があった。「英子」と呼びかけても返答が無かった。
■兵庫県警HP
http://www.police.pref.hyogo.lg.jp/
■新潟県警HP
http://www.police.pref.niigata.jp/
■富山県警HP
http://police.pref.toyama.jp/

《特定失踪者・清崎公正さんについて》
◆氏名:清崎 公正
(きよさききみまさ)
(Kimimasa Kiyosaki)
◆失踪年月日:昭和49(1974)年6月14日
◆生年月日:昭和7(1932)年9月5日
◆性別:男
◆当時の年齢:41歳
◆当時の住所:兵庫県尼崎市
◆当時の身分:大工として建設会社に勤務
◆身長:172cm
◆体重:60kg
◆特徴:左足に10cmくらいの手術の後
◆失踪場所:兵庫県尼崎市内

【失踪状況】
当日午前9時頃、通常と同じように妻の作った弁当を持って近くの銀行に歩いていくのを見送ったのが最後。
支払いのため銀行で下ろした50万円を、自宅から歩いて10分の事務所に置いたまま、電気もつけたまま失踪。なくなったものはなく、朝出勤したまま。
失踪後2、3カ月して乗っていた軽トラックが尼崎市内で発見された。
経営は普通で借り入れはあったが、その時点で8件現場をかかえ、新しい仕事のため建機も2台購入したところだった。
失踪後何度か無言電話があった。
平成16年9月28日、兵庫県警に告発状提出。

《特定失踪者・島脇文内さんについて》
◆氏名:島脇 文内
(しまわきぶんない)
(Bun-nai Shimawaki)
◆失踪年月日:昭和49(1974)年2月
◆生年月日:昭和25(1950)年5月18日
◆性別:男
◆当時の年齢:23歳
◆当時の住所:兵庫県津名郡北淡町富島
◆当時の身分:会社員
◆身長:176cm
◆特徴:
1)中肉
2)性格的におとなしいほう
◆失踪場所:兵庫県垂水区の会社寮から外出

【失踪状況】
朝いつのものように時間どおりに寮から出勤したが、以後行方不明。
自室に普段どおりミカンがおいてあり、所持金等変わったところなし。
部屋に残された背広の内ポケットに現金30万円残っていた。
以後一切連絡、情報なし。

《特定失踪者・高見 到さんについて》
◆氏名:高見 到
(たかみいたる)
(Itaru Takami)
◆失踪年月日:平成15(2003)年10月5日
◆生年月日:昭和34(1959)年10月11日
◆性別:男
◆当時の年齢:43歳
◆当時の住所:兵庫県尼崎市
◆当時の身分:地方公務員
◆身長:170cm
◆体重:60kg
◆特徴:眼鏡、コンタクトレンズ使用
◆失踪場所:兵庫県尼崎市

【失踪状況】
平成15年10月6日、職場を無断欠勤。自宅マンションの部屋は日常生活そのままで、今にも帰ってくるような状態であった。
銀行通帳、キャッシュカード、運転免許証、健康保険証、印鑑、全て室内に置かれたまま。持って行ったのは通常使用している、財布、私用の手帳、通勤定期券のみ。
外出、通勤時は必ずコンタクトレンズを使用していたが、それも置いたまま。室内で日常使用する眼鏡はなかった。
5日に阪急塚口駅前のりそな銀行塚口支店で15時14分に現金21万円を引き出していたことが後に分かった。
10月下旬には父親が自宅マンションを訪ねる予定だった。
母親の13回忌を12月に行うことになっており、本人は必ず東京に来ると言っていた。
■静岡県警HP
http://www.pref.shizuoka.jp/police/

《特定失踪者・竹屋恵美子さんについて》
◆氏名:竹屋 恵美子
(たけやえみこ)
(Emiko Takeya)
◆失踪年月日:昭和49(1974)年9月27日
◆生年月日:昭和31(1956)年9月8日
◆性別:女性
◆当時の年齢:18歳
◆当時の身分:無職
◆身長:155cmくらい
◆特徴:左足が若干不自由
◆失踪場所:兵庫県加古川市

【失踪状況】
メーカーに勤めていたが失踪1か月ほど前に「神戸の六甲山付近のパン屋で働く」といって会社を辞めた。
失踪当日母から10万円をもらってバッグ一つで出て行った。
数日後着替えを取りに行くからとだけ母親に電話があり、それ以来連絡がない。

《特定失踪者・仲村克己さんについて》
◆氏名:仲村 克己
(なかむらかつみ)
(Katsumi Nakamura)
◆失踪年月日:昭和44(1969)年8月2日
◆生年月日:昭和18(1943)年5月1日
◆性別:男
◆当時の年齢:26歳
◆当時の住所:兵庫県西宮市
◆当時の身分:牛乳販売
◆身長:160cm
◆特徴:
1)眼鏡使用
2)痩せ型
3)色白
◆失踪場所:兵庫県?

【失踪状況】
下宿していた部屋のテーブルの上に「8月2日神戸へ行く」のメモがあった。
9月に家主から1ヶ月家に帰っていないと電話がある。
本人から一度も連絡がない。
パスポートがなくなっていた。
会社へ給料の問い合わせがあったが取りに来なかった。
■沖縄県警HP
http://www.police.pref.okinawa.jp/

《特定失踪者・西安義行さんについて》
◆氏名:西安 義行
(にしやすよしゆき)
(Yoshiyuki Nishiyasu)
◆失踪年月日:昭和62(1987)年3月15日
◆生年月日:昭和40(1965)年6月27日
◆性別:男
◆当時の年齢:21歳
◆当時の住所:兵庫県氷上郡市島町
◆当時の身分:無職
◆身長:170cm
◆体重:70kg
◆血液型:A型
◆特徴:
1)近眼で眼鏡使用
2)中学生の頃、交通事故で右鎖骨を骨折し治療跡がある
◆失踪場所:京都府山陰本線綾部駅前

【失踪状況】
友人と舞鶴方面へドライブ。帰り道、綾部駅前で友人と別れた後失踪。
度々、舞鶴に出かけていた。
当日はいつになく、服装を気にしていた。
綾部で降車する理由が見当たらず、舞鶴線で舞鶴に引き返した可能性が高い。
失踪後、不可思議な電話が連続した。
失踪後1年ほどして、名古屋中央郵便局消印で、該当者のいない電話番号入りのはがきが届く。
1998年頃、不審な車が西安家の様子を伺い、周辺に聞き込みを行った。
北朝鮮からの未確認情報がある。
■京都府警HP
http://www.pref.kyoto.jp/fukei/
■愛知県警HP
http://www.pref.aichi.jp/police/

《特定失踪者・萩本喜彦さんについて》
◆氏名:萩本 喜彦
(はぎもとよしひこ)
(Yoshihiko Hagimoto)
◆失踪年月日:昭和50(1975)年4月4日
◆生年月日:昭和15(1940)年1月15日
◆性別:男
◆当時の年齢:35歳
◆当時の身分:製鉄会社勤務(電気保全係)
◆身長:165cm
◆特徴:右眉に小さな傷跡
◆失踪場所:兵庫県高砂市

【失踪状況】
夜勤で自宅から会社へ自転車で向かう途中失踪。
お金も持たず仕事着のまま失踪。
失踪後無言電話や不審な電話があり不審なはがきが届く。
元北朝鮮工作員・金東赫(キム・ドンヒョク)氏が昭和50年8月に平壌サーカス劇場で目撃したとの証言をしている。

《特定失踪者・広田公一さんについて》
◆氏名:広田 公一
(ひろたこういち)
(Kouichi Hirota)
◆失踪年月日:昭和59(1984)年7月21日
◆生年月日:昭和29(1954)年1月21日
◆性別:男
◆当時の年齢:30歳
◆当時の住所:兵庫県尼崎市武庫元町
◆当時の身分:団体職員
◆身長:173cm
◆失踪場所:鳥取県大山

【失踪状況】
鳥取県大山登山に一人で出かけ、車は大山登山口南川原駐車場に停めたまま失踪。
車に午後6時20分到着のメモを残す。
車内で仮眠したものとして米子警察遭難救助隊が捜索を1週間続けるが手がかりなし。
警察犬は大山寺経堂まで行くがそこからは進まなかった。
■鳥取県警HP
http://www.pref.tottori.lg.jp/police/

《特定失踪者・福本勝利さんについて》
◆氏名:福本 勝利
(ふくもとかつとし)
(Katsutoshi Fukumoto)
◆失踪年月日:平成7(1995)年5月11日
◆生年月日:昭和47(1972)年6月16日
◆性別:男
◆当時の年齢:22歳
◆当時の住所:滋賀県長浜市神照町
◆当時の身分:会社員
◆身長:172cm
◆体重:52kg
◆特徴:頭の後ろに10cm角の傷
◆失踪場所:滋賀県虎姫町の会社から

【失踪状況】
兵庫県高砂市の家の仕事(漁業)を手伝っていたが、手術をして、休むことも多かった。
そのため本人が求人広告を見て京都に出向き、そこで紹介され滋賀の会社へ行く。
出勤初日の昼にいなくなった。会社のロッカーにかばんの中身がそのままに残っている。
■兵庫県警HP
http://www.police.pref.hyogo.lg.jp/
■滋賀県警HP
http://www.pref.shiga.lg.jp/police/

《特定失踪者・森本規容子さんについて》
◆氏名:森本 規容子
(もりもときよこ)
(Kiyoko Morimoto)
◆失踪年月日:平成3(1991)年9月22日
◆生年月日:昭和47(1972)年11月25日
◆性別:女性
◆当時の年齢:18歳
◆当時の住所:兵庫県西宮市
◆当時の身分:会社員
◆身長:160cm
◆体重:43kg~45kg
◆特徴:
1)痩せ型
2)色白
◆失踪場所:兵庫県西宮市から大阪市にかけて

【失踪状況】
大阪市梅田の本屋に行くと自宅を出て失踪。
家での心当たりなし。
失踪前日の21日夜に友人と電話で29日に映画を観る約束をしている。
当時の所持金少々。金銭トラブル、人間関係のトラブルなし。
失踪後連絡なし。
失踪状況は福山ちあきさん(大阪府で失踪)と類似している。
北朝鮮にいるとの不確定情報がある。
■大阪府警HP
http://www.police.pref.osaka.jp/



【SEA OF MERCY】
The book named “Sea of Mercy”
13-year- old junior high school student Takeshi Terakoshi was abducted in May 1963.
He went fishing with his two uncle, Shoji and Soto-o Terakoshi. The fishingboat named Kiyomaru left for the fishing ground nearby Noto island, Ishikawa prefecture.
Kiyomaru encountered North Korean spy vessel. Spies were afraid of detection.
Soto-o and Takeshi were abducted and carried to Chong-jin city. Shoji was considered to be killed at the site.
Families, fellow fishermen and coast guard searched the area, but they could find only Kiyomaru and Takeshi’s school uniform.
They thought 3 persons were in disress and died. Funeral service was held.24 Years were passed.
In 1987, Soto-o’s sister received the letter from Soto-o and surprised.
Soto-o wrote “Takeshi and I am living in Gusong, North Korea”.
Takeshi’s father and mother visited to North Korea in1988 and met with Soto-o and Takeshi.
But they couldn’t say how they carried to North Korea because NK officials watched them.
North Korea made the story of their shipwreck accident and lifesaving.
Since then, Takeshi’s parents visited to him a lot of times but Takeshi and his family members cannot say that Takeshi and his uncles were abducted.
In 1997, Megumi Yokota case was appeared in the media and the national congress. Terakoshi’s case was also observed as an abduction case. But “he” denied that he was abducted and praised North Korea and the Kim family.
In December 2001, Pyongyang publishing company published a book named “Sea of Mercy”.
The author is Kim Myong-ho, Takeshi’s Korean name.
In that book, Takeshi wrote that they are not the abduction victims but happily living in North Korea after they ware saved. Moreover “he" denied other abduction case such as Megumi Yokota and Yaeko Taguchi in this book.
Nine months later, Kim Jong-il admitted and appologized for the abduction activities.
But North Korea still denies Terakoshi’s case as abduction and Takeshi and his family cannot say he was abduction victim because Takeshi himself is a hostage.
“Sea of Mercy”, the title is a symbol of North Korean regime.
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