もずの独り言・goo版

半蔵ともず、gooでも独り言です。『もずの独り言』は代行業とは一切関係ありません。

【みんな生きている】ミサイル訓練編[龍ヶ崎市]/MRT

2017-08-09 04:08:08 | 日記
-その命、見捨てますか?-
《トンチキミサイルではなくて、拉致被害者を返せ!弾道ミサイル発射を想定、茨城・龍ケ崎市で避難訓練》

【7月29日土曜日】
北朝鮮によるミサイル発射が繰り返される中、茨城県龍ケ崎市では弾道ミサイルが日本に向けて発射されたとの想定で、住民たちが参加しての避難訓練が行われました。
内閣官房や茨城県等が連携して行った訓練は、弾道ミサイルが発射され日本国内に飛来する可能性があるとの想定で行われ、龍ケ崎市の職員や住民たちおよそ100人が参加しました。
国からの情報をもとに防災無線で避難が呼びかけられると、参加者たちは近くの小学校の体育館等に逃げ込みました。

「たまたま、ゆうべ(7月28日)発射されたので、万が一のときには役に立つのかなと」
(訓練参加者)

28日夜遅く、北朝鮮が弾道ミサイルを発射した直後とあって、参加者たちは真剣な表情で訓練に取り組んでいました。

■政府拉致問題HP
http://www.rachi.go.jp/
■警察庁HP
http://www.npa.go.jp/
■宮崎県警HP
http://www.pref.miyazaki.lg.jp/police/
■茨城県警HP
http://www.pref.ibaraki.jp/kenkei/
■救う会全国協議会HP
http://www.sukuukai.jp/
■特定失踪者問題調査会HP
http://www.chosa-kai.jp/
■北朝鮮帰国者の生命と人権を守る会HP
http://hrnk.trycomp.net/
■北朝鮮人権人道ネットワークfacebook
http://www.facebook.com/nknet2015
■北朝鮮を離れて自由へ★イ・エラン★のブログ
http://blog.goo.ne.jp/aeran2000
■姜哲煥(カン・チョルファン)さん動画
https://www.youtube.com/watch?v=T8wXjTN2W8E&feature=youtu.be
■脱北者トーク番組動画
https://www.youtube.com/watch?v=KJZWxe9P-L8&feature=youtu.be
■脱北者・金柱聖さんの動画[前編](日本語訳付き)
https://www.youtube.com/watch?v=zCPxzwHK8fQ&feature=youtu.be
■脱北者・金柱聖さんの動画[後編](日本語訳付き)
https://www.youtube.com/watch?v=bq4sYy6d6EA&feature=youtu.be
■脱北者・金柱聖さんの動画(3)
https://youtu.be/pMC2G7akiiM
■ペナTV(日本語版)
https://www.youtube.com/watch?v=4YHLDtOoJOo



《特定失踪者・根本直美さんについて》
◆氏名:根本 直美
(ねもとなおみ)
(Naomi Nemoto)
◆失踪年月日:昭和62(1987)年6月20日
◆生年月日:昭和47(1972)年1月15日
◆性別:女性
◆当時の年齢:15歳
◆当時の住所:茨城県藤代町
◆当時の身分:高校1年生
◆身長:168cm
◆体重:52kg
◆特徴:
1)痩せ型
2)近視
3)右のももに子供の頃やけどの跡が薄く残っている
◆失踪場所:茨城県藤代町の自宅近く

【失踪状況】
テニス部の部活を終え下校する。
途中まで友達と一緒に帰り、午後7時頃その友達と別れて以後行方不明。
友達と別れた交差点から自宅までの中間地点にある神社の近くで自転車と本人のバッグが見つかった。

【根本直美さん失踪の詳細】
1987(昭和62)年6月20日(土曜日)、高校1年生の根本直美さん(当時15歳)は学校での部活を終え、他の部員8名とともに自転車で自宅に向かう途中、自宅まで約800mの地点に架かる『小貝川橋』のたもとで午後7時15分頃、部員達と別れ、一人で川沿いの道を自宅方向に向かったが帰宅せず、心配した母親が様子を見に行ったところ、自宅から約400m程の位置にある『熊野神社』前の土手に直美さんの自転車が倒れ、通学時に持っていたバッグも放置されているのを発見し、周辺を探したが直美さんは見つからず行方不明となった。
当日の夜は父親が神社裏手の集会場で地域の会合に出席するため午後7時頃にこの道を自家用車で通過していたが「不審な車両や人物を見た記憶はない」という。
一方、警察の捜索では警察犬も投入して捜索を行ったが、自転車が放置された場所から先の自宅方向に警察犬は動かず、直美さんの足取りは『熊野神社』前で消えている。
失踪直後直美さんの実家には3日間、警察が泊り込みで捜索に当たったが、警察が引き上げた直後の夜に無言電話があり、母親が電話口で「もしもし?」と呼びかけると電話は切れ、その後はいたずらと思われる電話が2回ほどあったのみである。
また直美さんを探していた両親は後日、直美さん失踪の前日(6月19日金曜日)の夜に直美さんの自転車が放置されていた熊野神社(大曲地区)の対岸にある藤代地区で「会社帰りの女性が白い車に追いかけられた」との情報を得たが人物の特定が出来ず、真偽は不明のままとなっている。

《特定失踪者・松岡伸矢さんについて》
◆氏名:松岡 伸矢
(まつおかしんや)
(Shinya Matsuoka)
◆失踪年月日:平成元(1989)年3月7日
◆生年月日:昭和59(1984)4月13日
◆性別:男
◆当時の年齢:4歳
◆当時の住所:茨城県牛久市
◆特徴:
1)左利き
2)右眉上に米粒大のうすい傷跡
◆失踪場所:徳島県美馬郡貞光町の親戚宅前

【失踪状況】
前日3月6日、両親と共に徳島県小松島市で祖母の葬式に出席。その夜は親戚宅で就寝。
朝起きて8時15分頃、父・姉・弟・従姉妹と親戚宅前を数分散歩。玄関から入ってこなかったので、父は抱いていた弟を家の中の母に渡し、すぐに玄関先に出てみたが、そこにいたはずなのにいなくなっていた。
すぐに家族で手分けして探し、昼過ぎには警察に通報し、警察犬も出動。警察・消防・地元市民による大規模な山狩りもしたが消息不明。
3月15日頃の夜、親戚宅にいる母親宛に徳島弁の女性から不審な電話があった。
13年間テレビ番組などを通じ探したが手がかりなし。
また、平成元年4月の終わりか5月の終わりに徳島県海部郡日和佐町の弁天浜の岸壁で「伸矢さんによく似た子供を抱いて海を見ていた不審な男性を目撃した」という情報がある。
日和佐は北朝鮮の船が来航する港の一つ。
■徳島県警HP
http://www.police.pref.tokushima.jp/

《特定失踪者・松井綾子さんについて》
◆氏名:松井 綾子
(まついあやこ)
(Ayako Matsui)
◆失踪年月日:平成10(1998)年12月3日
◆生年月日:昭和51(1976)年9月14日
◆性別:女性
◆当時の年齢:22歳
◆当時の住所:茨城県水戸市元吉田町
◆当時の身分:臨床検査技師として病院に勤務
◆身長:156cm
◆特徴:近視
◆失踪場所:茨城県水戸市のアパート

【失踪状況】
12月3日8:20病院に「調子が悪いので休む」と電話。
4日病院を無断欠勤。
検査課の人がアパートへ確認に行く。
車なし、ドア施錠。
病院から実家に電話があり、家族が部屋に入るが室内物色された形跡なし。
12月4日8:28国道6号線茨城町のGSで給油(本人自筆で確認)。
12:05ローソン調子黒生店で昼食購入。
12月15日、神栖町海浜公園多目的広場駐車場で自家用車発見。
運転席側のロックなし、6,000円入りの財布が助手席に置かれた黒バックに残されていた。

《特定失踪者・小林 榮さんについて》
◆氏名:小林 榮
(こばやしさかえ)
(Sakae Kobayashi)
◆失踪年月日:昭和41(1966)年8月21日
◆生年月日:昭和18(1943)年4月29日
◆性別:男
◆当時の年齢:23歳
◆当時の住所:東京都千代田区神田猿楽町
◆当時の身分:印刷会社社員
◆身長:160cm
◆体重:60kg
◆特徴:
1)昭和41年頃、「ボクシングをやるためにジムに入る」と言っていた。
2)活動的で中学時代は陸上部に入りマラソンなどをしていた。
◆失踪場所:東京都千代田区

【失踪状況】
数日来体調を崩し仕事は休んでおり、当時住み込みで働いていた印刷会社から「医者に行く」と会社の者に言い残し外出したまま行方不明になっている。
失踪する心当たりはなく、身の周りのもの、荷物などいつもの通りだった。
失踪1カ月して勤務先の社長から失踪した旨の手紙が実家に来た。
昭和35年頃から失踪当時の印刷会社で働いていた。
■警視庁HP
http://www.keishicho.metro.tokyo.jp

◆昭和55(1980)年6月中旬
辛光洙(シン・グァンス)事件
被害者:原 敕晁さん(Tada-aki Hara)
(拉致被害時43歳)
※This person was Abduction by North Korea
宮崎県内で発生。
本件については、北朝鮮工作員・辛光洙(シン・グァンス)が韓国当局に対し、原さん拉致を認める証言をしている。
捜査当局は辛光洙について、これまで原さんに成りかわった容疑で逮捕状の発付を得て国際手配するとともに、政府として北朝鮮側に身柄の引渡しを要求してきたが、平成18年4月には、新たに拉致容疑の主犯として逮捕状が発付されている。
北朝鮮側は身柄の引渡しに応じていないどころか、同人を「英雄」として称えている。
また、捜査当局は原さん拉致容疑の共犯者である金吉旭(キム・キルウク)についても逮捕状の発付を得ており、国際手配を行うなどの所要の措置を講じている。
北朝鮮側は、原さんは1984(昭和59)年に田口八重子さんと結婚し、1986(昭和61)年に肝硬変で死亡したとしているが、これを裏付ける資料等の提供はなされていない。

※「辛光洙は原 敕晁さんになりすますために、原さんについてのあらゆることを調べあげた。それこそ、チャーハンの作り方まで調べあげた」
(石高健次さん)
■大阪府警HP
http://www.police.pref.osaka.jp/
■宮崎県警HP
http://www.pref.miyazaki.lg.jp/police/

【荒木和博・特定失踪者問題調査会代表による原 敕晁さん拉致事件の解説】
昭和55年(1980)年6月中旬、当時大阪市天王寺区の中華料理店『宝海楼』に勤めていた原 敕晁(はら・ただあき)さん(当時49歳)が北朝鮮工作員・辛光洙の主導により、『宝海楼』店主の李三俊らによって宮崎市青島の橘ホテルで飲食させられた後、海岸まで誘い出されて拉致された。
辛光洙は北朝鮮に帰国して工作員の再教育を受けていた際、指導部の幹部から「日本人を拉致し、本人になりすまして在日工作を続けよ」との指令を受け、李吉炳(在日朝鮮人大阪府商工会長)、李三俊(在日朝鮮人大阪府商工会元理事長)らと計画を練り、李三俊が経営する中国料理店『宝海楼』のコックとして勤務していた原さんに対し「良い職場を世話する」とだまして宮崎県日南市の青島海岸まで連れ出し、橘ホテルで飲食させて酔わせ、海岸に連れ出した後、「こどもの国」付近の海岸で工作員らに引き渡し、辛光洙も同行して北朝鮮に拉致していった。
このあと辛は、原さんを監禁した招待所で原さんから本人の経歴、家族の構成、過去の生活から中国料理法までマスター、完全に本人になりすまして同年11月、再び日本に密入国し、原さん名義の旅券、運転免許証、国民保険証などの発給を受け、韓国へ渡航するなどしてスパイ活動を続けていた。
辛は昭和60年(1985)2月26日ソウルで逮捕された。同年6月28日付『朝日新聞』の記事には次のように記載されている。

[以下、記事引用]
(国家安全企画部)の発表によると、主犯の辛は北朝鮮の最高首脳から「日本人をら致し、本人になりすまして在日工作を続けよ」との指令を受け、八〇年四月、李三俊・在日朝鮮人大阪府商工会元理事長らと計画を練り、李氏が経営する中国料理店「宝海楼」=大阪市天王寺区下味原=に勤める日本人コック原 敕晃(ただあき)さん(四九)が独身で身寄りの少ないことに目をつけた。八〇年六月、原さんを「良い職場を世話する」とだまして宮崎県青島にある李吉炳・在日朝鮮人大阪府商工会長所有の別荘に連れ込んだ。さらに青島海水浴場の児童公園に誘い出したうえ、ここで待ち構えていた北朝鮮工作員四人と力ずくで口をふさぎ、手足をしばった後、袋に入れて八人乗りゴムボートで五百メートル沖に待機していた北朝鮮の工作船に移し、辛が同行して北朝鮮へ連れ去ったという。このあと辛は、原さんの経歴、家族の構成、過去の生活から中国料理法までマスター、完全に本人になりすまして、八〇年十一月、日本に不法入国し、原さん名義の旅券、運転免許証、国民保険証などの発給を受け、韓国へ来るなどしてスパイ活動を続けていたという。

[Mid-June 1980: Sin Kwang-Su case]

Abductee: Tadaaki Hara (43, male, Miyazaki Prefecture)
Disappeared in Miyazaki Prefecture.
North Korean agent Sin Kwang-Su has confessed to authorities in the Republic of Korea that he was responsible for the abduction of Mr. Hara. Japanese authorities issued an arrest warrant for Sin Kwang-Su as the person responsible for the abduction, and listed him with Interpol. The GoJ has demanded that Sin Kwang-Su be extradited to Japan, and in April 2006 issued a new arrest warrant that names him as the main suspect in this abduction case. Showing no willingness to extradite him to Japan, North Korea has instead honored Sin Kwang-Su as a hero. Japanese authorities have also issued an arrest warrant for Kim Kil-Uk, believed to be a co-conspirator in the abduction of Mr. Hara, and are working on the steps necessary to list him with Interpol.
North Korea asserts that Mr. Hara married Yaeko Taguchi in 1984 and that he died of hepatic cirrhosis in 1986. North Korea has, however, provided no documents or evidence to support these claims.

《特定失踪者・林田幸男さんについて》
◆氏名:林田 幸男
(はやしだゆきお)
(Yukio Hayashida)
◆失踪年月日:昭和63(1988)年7月17日
◆生年月日:昭和9(1934)年12月2日
◆性別:男
◆当時の年齢:53歳
◆当時の住所:宮崎県児湯郡高鍋町
◆当時の身分:会社社長
◆特徴:左あごにほくろ
◆失踪場所:宮崎市の大淀川河口

【失踪状況】
友人と2人で林田さん所有の遊漁船「共擁丸」(1トン)で午前4時頃出港、その後消息を絶つ。油津海上保安部へ届け出。
海と空から捜索を続けたが見つからず。
パーソナル無線を持っていたのに連絡がない。
べた凪だった。
当時近くの海岸では不審船が目撃され、警察も注意を呼びかけていた。
平成16年9月27日、宮崎県警に告発状提出。

《特定失踪者・水居 明さんについて》
◆氏名:水居 明
(みずいあきら)
(Akira Mizui)
◆失踪年月日:昭和63(1988)年7月17日
◆生年月日:昭和11(1936)年3月12日
◆性別:男
◆当時の年齢:52歳
◆当時の住所:宮崎県宮崎市神宮西2丁目
◆当時の身分:不動産会社経営
◆失踪場所:宮崎市の大淀川河口

【失踪状況】
釣り仲間の友人・林田幸男さんと、林田さん所有の遊漁船「共擁丸」(1トン)で午前4時頃出港、その後消息を絶つ。油津海上保安部に届け出。
海と空から捜索を続けたが見つからず。
パーソナル無線を持っていたのに連絡がない。
べた凪だった。
当時近くの海岸では不審船が目撃され、警察も注意を呼びかけていた。

《特定失踪者・和田幸二さんについて》
◆氏名:和田 幸二
(わだこうじ)
(Kouji Wada)
◆失踪年月日:昭和63(1988)年8月19日
◆生年月日:昭和32(1957)年5月20日
◆性別:男
◆当時の年齢:31歳
◆当時の住所:宮崎県日南市南郷町
◆当時の身分:漁師
◆身長:173cm
◆失踪場所:宮崎県南那珂郡南郷町自宅近所

【失踪状況】
未明に飲食店から友人を車で送り届けた後失踪。車も見つかっていない。
次の日はカツオ漁のために出航する予定だった。
林田幸男さん、水居 明さんの失踪約1か月後。
不確定だが複数の目撃証言がある。

《特定失踪者・岩本美代子さんについて》
◆氏名:岩本 美代子
(いわもとみよこ)
(Miyoko Iwamoto)
◆失踪年月日:平成7(1995)年11月5日
◆生年月日:昭和33(1958)年12月20日
◆性別:女性
◆当時の年齢:36歳
◆当時の住所:宮崎県宮崎市佐土原町
◆当時の身分:会社員
◆身長:155cm
◆体重:50kg
◆特技:写真が得意だった
◆失踪場所:宮崎県宮崎郡石崎浜海岸

【失踪状況】
朝、男性と日向近辺に美代子さんの運転でドライブに出かけたが、日向大橋までで計画中止して住吉の動物園の駐車場で昼12時頃別れた。
石崎浜海岸に本人所有の車が鍵がついたまま発見される。
その後一切連絡なし。

◆昭和53(1978)年6月頃
元飲食店店員拉致容疑事案
被害者:田中 実さん(Minoru Tanaka)
(拉致被害時28歳)
※This person was Abduction by North Korea
欧州に向け出国したあと失踪。
平成14年10月にクアラルンプールで行われた日・朝国交正常化交渉第12回本会談及び平成16年に計3回行われた日・朝実務者協議において我が方から北朝鮮側に情報提供を求めたが、第3回協議において北朝鮮側より北朝鮮に入境したことは確認できなかった旨回答があった。
平成17年4月に田中 実さんが拉致認定されて以降、政府は北朝鮮側に対し即時帰国及び事案に関する真相究明を求めてきているが、これまでに回答はない。
■兵庫県警HP
http://www.police.pref.hyogo.lg.jp/
■救う会兵庫HP
http://www.sukuukai078.net/04.html
■救う会兵庫facebook
http://www.facebook.com/sukuukai078

[In or around June 1978: Former restaurant worker abducted]

Abductee: Minoru Tanaka (28, male, Hyogo Prefecture)
Disappeared after departing Japan for Europe.
The GoJ requested that North Korea provide information on this case at the 12th round of Japan-North Korea Normalization Talks held in Kuala Lumpur in October 2002 and all three Japan-North Korea Working-Level Consultations held in 2004. During the third round of consultations, North Korea asserted that there is no evidence that Mr. Tanaka had ever entered North Korean territory.
Since April 2005, when the GoJ officially identified Minoru Tanaka as an abductee, the GoJ has demanded that North Korea immediately allow him to return to Japan and provide a full accounting of his case. North Korea, however, has not responded.



【SEA OF MERCY】
The book named “Sea of Mercy”
13-year- old junior high school student Takeshi Terakoshi was abducted in May 1963.
He went fishing with his two uncle, Shoji and Soto-o Terakoshi. The fishingboat named Kiyomaru left for the fishing ground nearby Noto island, Ishikawa prefecture.
Kiyomaru encountered North Korean spy vessel. Spies were afraid of detection.
Soto-o and Takeshi were abducted and carried to Chong-jin city. Shoji was considered to be killed at the site.
Families, fellow fishermen and coast guard searched the area, but they could find only Kiyomaru and Takeshi’s school uniform.
They thought 3 persons were in disress and died. Funeral service was held.24 Years were passed.
In 1987, Soto-o’s sister received the letter from Soto-o and surprised.
Soto-o wrote “Takeshi and I am living in Gusong, North Korea”.
Takeshi’s father and mother visited to North Korea in1988 and met with Soto-o and Takeshi.
But they couldn’t say how they carried to North Korea because NK officials watched them.
North Korea made the story of their shipwreck accident and lifesaving.
Since then, Takeshi’s parents visited to him a lot of times but Takeshi and his family members cannot say that Takeshi and his uncles were abducted.
In 1997, Megumi Yokota case was appeared in the media and the national congress. Terakoshi’s case was also observed as an abduction case. But “he” denied that he was abducted and praised North Korea and the Kim family.
In December 2001, Pyongyang publishing company published a book named “Sea of Mercy”.
The author is Kim Myong-ho, Takeshi’s Korean name.
In that book, Takeshi wrote that they are not the abduction victims but happily living in North Korea after they ware saved. Moreover “he" denied other abduction case such as Megumi Yokota and Yaeko Taguchi in this book.
Nine months later, Kim Jong-il admitted and appologized for the abduction activities.
But North Korea still denies Terakoshi’s case as abduction and Takeshi and his family cannot say he was abduction victim because Takeshi himself is a hostage.
“Sea of Mercy”, the title is a symbol of North Korean regime.
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