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【みんな生きている】シェーンバッハ・サボー(18)/増元るみ子さん

2017-05-03 18:33:26 | 日記
増元照明(増元るみ子さんの弟)


■拉致被害者の命を危険にさらす方向でしか拉致問題は解決できないのか

皆さん、こんにちは。
今日は本当に大勢の方にお集まりいただき、ありがとうございます。
長時間にわたり椅子に座っていらっしゃるので、辛いと思いますが、
もう少し我慢してください。
今西岡さんからお話がありましたが、浜本富貴恵さんではなく、奥土祐木子さんが最初に姉と暮らしたということで、今のお話をしてくださったということです。
15年前に私の父が死ぬ間際に、「日本を信じろ」と言って死んでいきました。
南方に戦に出かけて、その戦のことは一言も子どもたちに言うことなく。それでも日本という国が好きで、恐らく、最後の最後まで日本を信じて死んでいったのでしょうが、今あれから15年経って、日本はどうなんでしょうか。
私たちは本当に自分たちの力のなさを感じます。昨年末、日本政府に対して、全世界の在外日本大使館から在外北朝鮮大使館に、月に1回でもいいからアプローチしてくださいと申し上げましたが、今やっているのかどうか全く分かりません。
今北朝鮮を揺さぶるのは、在外公館から揺さぶるのも一つの手ではないかと思ったからです。
つい先日マレーシアで金正男(キム・ジョンナム)暗殺がありました。北朝鮮政府がマレーシア人9人の出国を禁止しました。それに対して即座にマレーシアは、在マレーシアの北朝鮮国籍を持つ1千人にのぼる人たちの出国を禁止しました。後から数百人くら
いは帰したんですが。なぜマレーシアにできることが日本にできないんでしょうか。
今まさに拉致被害者は100人以上人質に取られて、出国もできない、声も挙げられない状況なのに、なぜ日本の在日北朝鮮の人たちは声を挙げて北朝鮮を訪問できるんですか。
ぼくは出国禁止をしろとは言っていません。それは新たな法律がいるでしょう。
それでも私たちの国は独自で、私たちの国にふさわしくない人が再入国することを拒否することはできるんですよ。
これをすれば、少しでも北朝鮮に出る人はいなくなるでしょうし、北朝鮮にお金を持っていく人もいなくなるでしょう。人道的な問題があると言う方たちもいらっしゃるでしょうが、私たちの家族は40年間日本人としての人権を奪われているんですよ。そのことを本当に真剣に考えていないんですか。それが北朝鮮に
対峙するということではないんですか。
それにも関わらず、結局アクション・プロジェクトは、在日の技術者のサイン入国を禁止するだけに留まりました。なぜ北朝鮮の宋日昊(ソン・イルホ)が拉致問題に関心がないかというと、拉致問題に関して日本が何もしないからです。
北朝鮮にとって拉致被害者を返さなくても、日本は制裁をかけてこなかったじゃないですか。ミサイルを撃ったら即座に追加制裁をしました。核をしたら追加制裁をしました。拉致の問題で、めぐみちゃんの骨と称するものを突き付けられて追加制裁しましたか。してないじゃないですか。拉致の問題で追加制裁をしていないんですよ。
西岡さんは確かに、拉致の問題も理由に付け加えてもらっていると言いますが、拉致の大きな問題で、一昨年の合意破棄のことに関しても、それに対して日本は追加制裁しましたか。しないじゃないですか。核実験して初めて追加制裁したんでしょう。
これでは拉致の問題でどんなことをやっても日本は怒らないから関心がなくなるのは当たり前でしょう。関心を持たなくたって大丈夫だからです。ミサイルを発射したら国際社会がうるさくなる。彼らに本当に拉致問題に関心を持たせるためには、拉致の問題で北朝鮮が困ることをやらなければならない。朝鮮総連の解体です。破防法をかければいいじゃないですか。
合意の時にも言っていました。北朝鮮が何を望んでいるか。在日朝鮮人総連合会の地位の安泰です。そしてあの本部を保全することです。それを日本政府がおそらく呼応して今の状況になっているんでしょうけども。なぜこんな状況を続けるんですか。
2006年にアメリカに行って、財務省であの金融制裁をやった方にお会いしました。その方に私たちは、テロ支援国指定解除を止めてくださいと言ったんですが、その時その方が何と言ったかというと、「日本では明伸という企業ですが、企業としての行動を全く止めていないじゃないですか。日本は何をやっているんですか」。そう言われました。
今日本はいったい何をやっているんでしょう。拉致被害者を救出するために。
今回アメリカがああいう状況になって、結局は拉致被害者の命を危険にさらす方向でしか、拉致問題の解決ができないこの日本の外交力を私は嘆きます。日本の国力とはそんなもんなんですか。
私は本当に姉の写真に向かって謝るしか今はありません。国会議員の皆さんも是非、姉の写真に向かって今の現状を謝ってください。そして謝ることによって肝に銘じてください。私たちは日本政府として日本人を助けてくださいと言いました。
今ご挨拶の中で、そのことを強くおっしゃったのは知事の二人です。日本人が助けなければならないんだと明確におっしゃいました。でも国会議員の方たちは、日本政府がというふうにはおっしゃっていません。主体的にとおっしゃった総理
もいらっしゃいましたが、本当に日本政府が日本人を助けなければ日本人は助からないんです。
アメリカが攻撃したって、アメリカは日本人を助けるということに力を集中しません。本当に危険にさらされます。でもそれでしか解決ができないんだったら、私たちは覚悟しなければならない。拉致被害者家族も覚悟しなければならない、
そんな状況に追い込まれています。
そして拉致被害者も覚悟しなければならない。そんな状況に追い込まれていることに対して、私は姉に対して、本当に申し訳ない、本当にすまないとしか言いようがありません。是非皆さんも声を挙げてください。
宜しくお願いいたします。

【補足・西岡 力】
増元るみ子さんです。
姉である平野フミ子さんの思い出です。
るみ子は増元家にとって太陽のような存在でした。4人兄弟で私、弟、三番目がるみ子、一番下が照明です。
本当に明るい子でした。父が厳しくて、私たちには近づけない存在でしたが、るみ子だけは「とうちゃん、とうちゃん」と言ってなついていました。
父は営林署に勤めていました。屋久島杉を運ぶ船に乗っていましたので、2、3日置きに家に帰ってきました。帰る度にるみ子が、「父ちゃんお帰り」と挨拶するので、父は大変可愛がっていました。父は4人兄弟の中でるみ子を一番かわ
いがっていました。
北朝鮮で一緒に暮らしたことがある地村富貴恵さんの思い出です。
最初に会ったその夜、二人でずっと深夜遅くまで話しました。お父さんは公務員で、家族で社宅に住んでいて、お父さんが退職したら家を建てるんだと言っていました。お兄さん、お姉さん、弟さんがいて、家族で創価学会に入っているんだ、と。
弟さんは北海道に憧れていて、北海道の大学に行っていること、自分は腰が弱く、痛い時はお母さんがよく腰をもんでもらったこと、家には白い椅子が置いてあったこと等を聞きました。
お父さんに愛されていた明るい女性だったるみ子さんは、24歳で拉致されて、今63歳です。



■増元るみ子さんのご家族のメッセージ
http://www.rachi.go.jp/jp/message/movie_6.html
■増元るみ子さんのご家族のメッセージ(英語版)
http://www.rachi.go.jp/en/shisei/keihatsu/videomessage_6en.html
■市川修一さんのご家族のメッセージ
http://www.rachi.go.jp/jp/message/movie_5.html
■市川修一さんのご家族のメッセージ(英語版)
http://www.rachi.go.jp/en/shisei/keihatsu/videomessage_5en.html
■政府拉致問題HP
http://www.rachi.go.jp/
■警察庁HP
http://www.npa.go.jp/
■救う会全国協議会HP
http://www.sukuukai.jp/
■特定失踪者問題調査会HP
http://www.chosa-kai.jp/



◆昭和53(1978)年8月12日
アベック拉致容疑事案
被害者:増元るみ子さん(拉致被害時24歳)
被害者:市川修一さん(拉致被害時23歳)
「浜に夕日を見に行く」と言って出かけたまま失踪。
北朝鮮側は、1979(昭和54)年7月に2人は結婚し、市川修一さんは同年9月に心臓麻痺で死亡し、増元るみ子さんは1981(昭和56)年に心臓麻痺で死亡したとしているが、これを裏付ける資料等の提供はなされていない。
■鹿児島県警HP
http://www.pref.kagoshima.jp/police/



【SEA OF MERCY】
The book named “Sea of Mercy”
13-year- old junior high school student Takeshi Terakoshi was abducted in May 1963.
He went fishing with his two uncle, Shoji and Soto-o Terakoshi. The fishingboat named Kiyomaru left for the fishing ground nearby Noto island, Ishikawa prefecture.
Kiyomaru encountered North Korean spy vessel. Spies were afraid of detection.
Soto-o and Takeshi were abducted and carried to Chong-jin city. Shoji was considered to be killed at the site.
Families, fellow fishermen and coast guard searched the area, but they could find only Kiyomaru and Takeshi’s school uniform.
They thought 3 persons were in disress and died. Funeral service was held.24 Years were passed.
In 1987, Soto-o’s sister received the letter from Soto-o and surprised.
Soto-o wrote “Takeshi and I am living in Gusong, North Korea”.
Takeshi’s father and mother visited to North Korea in1988 and met with Soto-o and Takeshi.
But they couldn’t say how they carried to North Korea because NK officials watched them.
North Korea made the story of their shipwreck accident and lifesaving.
Since then, Takeshi’s parents visited to him a lot of times but Takeshi and his family members cannot say that Takeshi and his uncles were abducted.
In 1997, Megumi Yokota case was appeared in the media and the national congress. Terakoshi’s case was also observed as an abduction case. But “he” denied that he was abducted and praised North Korea and the Kim family.
In December 2001, Pyongyang publishing company published a book named “Sea of Mercy”.
The author is Kim Myong-ho, Takeshi’s Korean name.
In that book, Takeshi wrote that they are not the abduction victims but happily living in North Korea after they ware saved. Moreover “he" denied other abduction case such as Megumi Yokota and Yaeko Taguchi in this book.
Nine months later, Kim Jong-il admitted and appologized for the abduction activities.
But North Korea still denies Terakoshi’s case as abduction and Takeshi and his family cannot say he was abduction victim because Takeshi himself is a hostage.
“Sea of Mercy”, the title is a symbol of North Korean regime.
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