もずの独り言・goo版

半蔵ともず、gooでも独り言です。『もずの独り言』は代行業とは一切関係ありません。

【みんな生きている】小池百合子編[田口八重子さん]/KYT

2016-11-07 04:36:46 | 日記
《インチキ遺骨ではなくて、拉致被害者を返せ!「拉致問題を最優先に」被害者家族が訴え 小池知事も出席》

11月6日、北朝鮮による拉致問題の解決を訴える集会に被害者家族が出席し、政府はこの問題を最優先に取り組んでほしいと、改めて求めました。

「今こうしている間でも、被害者たちは今か今かと助けを待っています。帰国に実際に結びつく実質的な協議を、早く計画して実施してもらいたい」
(拉致被害者家族会・飯塚繁雄代表78歳。拉致被害者・田口八重子さんの兄)
「拉致問題という人の命に関わる問題は、一番早く解決しなければいけない問題。人の命には寿命がある」
(飯塚耕一郎さん39歳。拉致被害者・田口八重子さんの長男)

6日に東京都千代田区の東京国際フォーラムで開かれた集会「ヒューマンライツ・フェスタ東京2016」で、拉致被害者の家族はこのように述べ、「拉致問題を核やミサイルの問題と切り離して、第一優先で取り組んでほしい」と政府に改めて求めました。
また、集会には東京都の小池百合子知事も出席し、北朝鮮に向けて放送されるラジオ放送の公開収録に家族たちとともに参加しました。

■東京都HP
http://www.metro.tokyo.jp/
■政府拉致問題HP
http://www.rachi.go.jp/
■警察庁HP
http://www.npa.go.jp/
■鹿児島県警HP
http://www.pref.kagoshima.jp/police/
■救う会全国協議会HP
http://www.sukuukai.jp/
■特定失踪者問題調査会HP
http://www.chosa-kai.jp/
■北朝鮮帰国者の生命と人権を守る会HP
http://hrnk.trycomp.net/
■特定失踪者・北朝鮮人権ネットワークfacebook
http://www.facebook.com/nknet2015
■加藤 健ブログ「天を回せ!ロビー活動で挑む」
http://kenkato.blog.jp/
■北朝鮮を離れて自由へ★イ・エラン★のブログ
http://blog.goo.ne.jp/aeran2000



◆昭和53(1978)年6月頃
李恩恵(リ・ウネ)拉致容疑事案
被害者:田口八重子さん(Yaeko Taguchi)
(拉致被害時22歳)
※This person was Abduction by North Korea
昭和62年11月の大韓航空機(KAL)爆破事件で有罪判決を受けた元北朝鮮諜報員金賢姫(キム・ヒョンヒ)氏は「李恩恵(リ・ウネ)」という女性から日本人の振る舞い方を学んだと主張している。この李恩恵は行方不明となった田口さんと同一人物と考えられる。
北朝鮮側は、田口さんは1984(昭和59)年に原 敕晁さんと結婚し、1986(昭和61)年の原さんの病死後すぐに自動車事故で死亡したとしているが、これを裏付ける資料等の提供はなされていない。
平成21年3月、金賢姫氏と飯塚家との面会において、金氏より田口さんの安否にかかる重要な参考情報(注)が新たに得られたことから、現在、同情報についての確認作業を進めている。
(注)金氏の発言:「87年1月にマカオから帰ってきて、2月か3月頃、運転手から田口さんがどこか知らないところに連れて行かれたと聞いた。86年に一人暮らしの被害者を結婚させたと聞いたので、田口さんもどこかに行って結婚したのだと思った」

※「八重子さんが北朝鮮の南浦港に着いたとき、女性通訳に“私には子供が二人いて、どうしても日本に帰らなくてはならないので、返してほしい”と何回も言ってお願いしたそうです。八重ちゃんの思いは最初から最後まで子供のことでいっぱいでしたし、今でも間違い無く“今、彩ちゃんはいくつになって、耕ちゃんはいくつになった”と毎年計算して、どんな大人になったか知りたがっているはずです。すごく会いたがっていると思います」
(拉致被害者・地村富貴恵さんの証言)
■埼玉県警HP
http://www.police.pref.saitama.lg.jp/
■救う会埼玉HP
http://sukuukai.gozaru.jp/
■拉致問題を考える川口の会HP
http://kawaguchi.aikotoba.jp/list.htm

◆昭和53(1978)年8月12日
アベック拉致容疑事案
被害者:増元るみ子さん(Rumiko Masumoto)
(拉致被害時24歳)
※This person was Abduction by North Korea
被害者:市川修一さん(Shu-ichi Ichikawa)
(拉致被害時23歳)
※This person was Abduction by North Korea
「浜に夕日を見に行く」と言って出かけたまま失踪。
北朝鮮側は、1979(昭和54)年7月に2人は結婚し、市川修一さんは同年9月に心臓麻痺で死亡し、増元るみ子さんは1981(昭和56)年に心臓麻痺で死亡したとしているが、これを裏付ける資料等の提供はなされていない。
■鹿児島県警HP
http://www.pref.kagoshima.jp/police/

《特定失踪者・田中正道さんについて》
◆氏名:田中 正道
(たなかまさみち)
(Masamichi Tanaka)
◆失踪年月日:平成5(1993)年6月7日
◆生年月日:昭和23(1948)年6月28日
◆性別:男
◆当時の年齢:44歳
◆当時の住所:茨城県久慈郡金砂郷村
◆当時の身分:建設業(鍛冶工、鳶職)
◆身長:168cm
◆体重:55kg
◆特徴:痩せ型
◆特技:測量、ガス、足場、玉掛の技術を持っている
◆失踪場所:千葉県習志野市

【失踪状況】
5月16日、「急性アルコール中毒になり入院した」との連絡が千葉県の病院から鹿児島に住む家族にあった。
入院中病院より連絡があり「身内が近くにいないので、他の人より長く入院させるから」と言われ、6月3日まで入院した。
退院前に主治医から鹿児島の妹に電話があり「そろそろ退院する。妹の世話にはなりたくないと言っているので、病院の方で仕事を紹介します」と言われた(後に主治医は「そういう話はしていない」と言っている)。
6月2日、本人より「明日退院するので、免許の更新に茨城に行ってくる」と連絡があった。
6月6日、茨城県交通協会で講習を受けたことは免許証にて確認。
6月7日千葉市内の友人宅に寄り、「今から仕事に行く」と言って出ていったのが最後。
同年6月11日、本人の車が習志野市内の路上に放置してあるとの連絡があった。車は慌てたように斜めに放置、キーがついたまま、ドアの鍵も開いており、後輪がパンクしていた。
車内には免許証、保険証、預金通帳印鑑、入院時の下着類、仕事着、アドレス帳があった。車が置かれたのは10日夜半か11日早朝と思われる。
北朝鮮にいるとの不確定情報がある。
■茨城県警HP
http://www.pref.ibaraki.jp/kenkei/
■千葉県警HP
http://www.police.pref.chiba.jp/
■鹿児島県警HP
http://www.pref.kagoshima.jp/police/

《特定失踪者・園田 一さんについて》
◆氏名:園田 一
(そのだはじめ)
(Hajime Sonoda)
◆失踪年月日:昭和46(1971)年12月30日
◆生年月日:大正7(1918)年2月25日
◆性別:男
◆当時の年齢:53歳
◆当時の住所:鹿児島県曽於郡大崎町
◆当時の身分:養鶏場勤務
◆身長:160cm
◆失踪場所:鹿児島県曽於郡大崎町の自宅から宮崎空港へ向かう途中

【失踪状況】
妻(トシ子さん)とともに車(白色のマツダファミリア)で正月に帰省する次女を迎えに宮崎空港へ行く途中、ガソリンスタンドに寄った後、消息を絶つ。
「都城市へ寄ってから国道269号線を走って行く」と言っていた。
失踪後、警察や近所総出で大規模な捜索を行ったが、車の破片さえ発見できなかった。
平成16年9月28日、鹿児島県警に告発状提出。
■宮崎県警HP
http://www.pref.miyazaki.lg.jp/police/

《特定失踪者・園田トシ子さんについて》
◆氏名:園田 トシ子
(そのだとしこ)
(Toshiko Sonoda)
◆失踪年月日:昭和46(1971)年12月30日
◆生年月日:昭和4(1929)年9月7日
◆性別:女性
◆当時の年齢:42歳
◆当時の住所:鹿児島県曽於郡大崎町
◆当時の身分:養鶏場勤務
◆身長:155cm
◆失踪場所:鹿児島県曽於郡大崎町の自宅から宮崎空港へ向かう途中

【失踪状況】
夫(一さん)とともに正月に帰省する次女を迎えに宮崎空港へ行く途中、ガソリンスタンドに寄った後、消息を絶つ。
「都城市へ寄ってから国道269号線を走って行く」と言っていた。
失踪後、警察や近所総出で大規模な捜索を行ったが、車の破片さえ発見できなかった。
「トシ子」は戸籍名だが、「敏子」を使うこともある。
平成16年9月28日、鹿児島県警に告発状提出。
■宮崎県警HP
http://www.pref.miyazaki.lg.jp/police/

◆昭和53(1978)年6月頃
元飲食店店員拉致容疑事案
被害者:田中 実さん(Minoru Tanaka)
(拉致被害時28歳)
※This person was Abduction by North Korea
欧州に向け出国したあと失踪。
平成14年10月にクアラルンプールで行われた日・朝国交正常化交渉第12回本会談及び平成16年に計3回行われた日・朝実務者協議において我が方から北朝鮮側に情報提供を求めたが、第3回協議において北朝鮮側より北朝鮮に入境したことは確認できなかった旨回答があった。
平成17年4月に田中 実さんが拉致認定されて以降、政府は北朝鮮側に対し即時帰国及び事案に関する真相究明を求めてきているが、これまでに回答はない。
■兵庫県警HP
http://www.police.pref.hyogo.lg.jp/
■救う会兵庫HP
http://www.sukuukai078.net/04.html



【SEA OF MERCY】
The book named “Sea of Mercy”
13-year- old junior high school student Takeshi Terakoshi was abducted in May 1963.
He went fishing with his two uncle, Shoji and Soto-o Terakoshi. The fishingboat named Kiyomaru left for the fishing ground nearby Noto island, Ishikawa prefecture.
Kiyomaru encountered North Korean spy vessel. Spies were afraid of detection.
Soto-o and Takeshi were abducted and carried to Chong-jin city. Shoji was considered to be killed at the site.
Families, fellow fishermen and coast guard searched the area, but they could find only Kiyomaru and Takeshi’s school uniform.
They thought 3 persons were in disress and died. Funeral service was held.24 Years were passed.
In 1987, Soto-o’s sister received the letter from Soto-o and surprised.
Soto-o wrote “Takeshi and I am living in Gusong, North Korea”.
Takeshi’s father and mother visited to North Korea in1988 and met with Soto-o and Takeshi.
But they couldn’t say how they carried to North Korea because NK officials watched them.
North Korea made the story of their shipwreck accident and lifesaving.
Since then, Takeshi’s parents visited to him a lot of times but Takeshi and his family members cannot say that Takeshi and his uncles were abducted.
In 1997, Megumi Yokota case was appeared in the media and the national congress. Terakoshi’s case was also observed as an abduction case. But “he” denied that he was abducted and praised North Korea and the Kim family.
In December 2001, Pyongyang publishing company published a book named “Sea of Mercy”.
The author is Kim Myong-ho, Takeshi’s Korean name.
In that book, Takeshi wrote that they are not the abduction victims but happily living in North Korea after they ware saved. Moreover “he" denied other abduction case such as Megumi Yokota and Yaeko Taguchi in this book.
Nine months later, Kim Jong-il admitted and appologized for the abduction activities.
But North Korea still denies Terakoshi’s case as abduction and Takeshi and his family cannot say he was abduction victim because Takeshi himself is a hostage.
“Sea of Mercy”, the title is a symbol of North Korean regime.
ジャンル:
モブログ
この記事についてブログを書く
この記事をはてなブックマークに追加
« 【みんな生きている】日本・... | トップ | 【みんな生きている】小池百... »
最近の画像もっと見る

日記」カテゴリの最新記事

トラックバック

この記事のトラックバック  Ping-URL
  • 30日以上前の記事に対するトラックバックは受け取らないよう設定されております。
  • 送信元の記事内容が半角英数のみのトラックバックは受け取らないよう設定されております。
  • このブログへのリンクがない記事からのトラックバックは受け取らないよう設定されております。
  • ※ブログ管理者のみ、編集画面で設定の変更が可能です。