もずの独り言・goo版

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【みんな生きている】地村保志さん/UHB

2016-10-12 17:58:39 | 日記
《インチキ遺骨ではなくて、拉致被害者を返せ!拉致被害者の救出を求める署名活動》

北朝鮮による拉致被害者・地村保志さんが10月8日、福井県小浜市で救う会のメンバーとともに拉致被害者の救出を求める署名活動を行いました。
地村さんは9日も署名活動を行うことにしています。

■政府拉致問題HP
http://www.rachi.go.jp/
■警察庁HP
http://www.npa.go.jp/
■北海道警HP
http://www.police.pref.hokkaido.lg.jp/
■救う会道南HP
http://www.satoukenji.jp/sukuukai_dounan/
■救う会全国協議会HP
http://www.sukuukai.jp/
■特定失踪者問題調査会HP
http://www.chosa-kai.jp/
■北朝鮮帰国者の生命と人権を守る会HP
http://hrnk.trycomp.net/
■特定失踪者・北朝鮮人権ネットワークfacebook
http://www.facebook.com/nknet2015



◆昭和53(1978)年7月7日
アベック拉致容疑事案
被害者:地村保志さん(Yasushi Chimura)
(拉致被害時23歳)
※This person was Abduction by North Korea
被害者:地村富貴惠さん(Fukie Chimura)
(旧姓:濱本)(拉致被害時23歳)
※This person was Abduction by North Korea
「二人でデートに行く」と言って出かけて以来、失踪。
2人は昭和54年に結婚。
平成14年10月に日本に帰国。
娘1人と息子2人は平成16年5月に帰国。
捜査当局は、拉致実行犯である北朝鮮工作員、辛光洙(シン・グァンス)について、平成18年2月に逮捕状の発付を得て国際手配するとともに、政府として北朝鮮側に身柄の引渡しを要求している。

※「(拉致実行犯に担がれて)階段を一歩一歩下りるとき、犯人の肩がお腹にめり込んで痛かった」
(地村富貴恵さんの証言)
■福井県警HP
http://www.pref.fukui.jp/kenkei/

◆昭和55(1980)年5月頃
欧州における日本人男性拉致容疑事案
被害者:石岡 亨さん(To-o-ru Ishioka)
(拉致被害時22歳)
※This person was Abduction by North Korea
被害者:松木 薫さん(Kaoru Matsuki)
(拉致被害時26歳)
※This person was Abduction by North Korea
2人とも欧州滞在中の昭和55年に失踪。
昭和63年に石岡さんから日本の家族に出した手紙(ポーランドの消印)が届き、石岡さん、松木さん、そして有本恵子さんが北朝鮮に在住すると伝えてきた。
北朝鮮側は、石岡 亨さんは1988(昭和63)年11月にガス事故で有本恵子さんと共に死亡したとしているが、これを裏付ける資料等の提供はなされていない。
また、同様に松木 薫さんについても、1996(平成8)年8月に交通事故で死亡したとして、平成14年9月及び平成16年11月に開催された第3回日・朝実務者協議と2回にわたり、北朝鮮側から松木さんの「遺骨」の可能性があるとされるものが提出されたが、そのうちの一部からは、同人のものとは異なるDNAが検出されたとの鑑定結果を得た。
捜査当局は拉致実行犯である「よど号」犯人の妻・森 順子及び若林(旧姓:黒田)佐喜子について、平成19年6月に逮捕状の発付を得て国際手配するとともに、政府として北朝鮮側に身柄の引渡しを要求している。
■北海道警HP
http://www.police.pref.hokkaido.lg.jp/
■熊本県警HP
http://www.police.pref.kumamoto.jp/

《特定失踪者・吉田雪江さんについて》
◆氏名:吉田 雪江
(よしだゆきえ)
(Yukie Yoshida)
◆失踪年月日:昭和42(1967)年1月28日
◆生年月日:昭和24(1949)年2月18日
◆性別:女性
◆当時の年齢:17歳
◆当時の住所:北海道釧路市
◆当時の身分:電話交換手
◆身長:156cm
◆体重:55kg
◆特徴:中肉
◆失踪場所:北海道釧路市

【失踪状況】
当日夜、同僚の結婚式があり、午後8時半頃、「新婚旅行への出発を見送りに行く」と時刻表を指して時間を確認して出かけたまま帰らず。
警察の報告では駅で見かけた人はいなかった。
荷物も持っておらず、社内預金もそのままだった。

《特定失踪者・紺屋淑子さんについて》
◆氏名:紺屋 淑子
(こんやよしこ)
◆失踪年月日:昭和60(1985)年9月16日
◆生年月日:昭和37(1962)年2月16日
◆性別:女性
◆当時の年齢:23歳
◆当時の身分:理容・美容専門学校学生
◆当時の住所:北海道釧路市鶴ヶ岱
◆身長:157cm
◆体重:52kg
◆特徴:
1)中肉
2)頭髪パーマ
3)近視で眼鏡使用
◆失踪場所:北海道釧路市。当時居住していたアパート

【失踪状況】
9月16日、当時見習いとして働いていた勤務先に「仕事を休む」と電話連絡あり。
9月18日、学校より欠席の連絡があり失踪が分かった。
2日後釧路警察署に届け捜査行われる。
室内に他人が入った形跡なし。
洗濯物は干してあった。
眼鏡もそのままなので、16日夕方に近くの大衆浴場へ行きその途中で拉致された可能性もある。
失踪したときの貯金には全く手が付けられていない。

《特定失踪者・高橋勝彦さんについて》
◆氏名:高橋 勝彦
(たかはしかつひこ)
(Katsuhiko Takahashi)
◆失踪年月日:昭和62(1987)年1月22日
◆生年月日:昭和34(1959)年7月5日
◆性別:男
◆当時の年齢:27歳
◆当時の住所:北海道釧路市
◆当時の身分:教員
◆身長:170cm
◆体重:65kg
◆特徴:
1)痩せ型
2)額の真ん中に3cm程度の傷がある
◆失踪場所:北海道釧路市

【失踪状況】
前日(1月21日)夜12時まで釧路市内にある勤務先の学校の同僚と一緒にいた。
その後帰宅して翌朝出勤しなかった。学校には21日に支給された給料袋がそのまま置いてあった。
同僚の先生たちは飲みに行って事件にでも巻き込まれたのかと思い写真を持って回って調べたがまったくそれらしい情報はなかった。
車を買ったばかりで借金はあったが明るくきちんとした性格で、それでいなくなるようなことはありえないとのこと。
車は校宅に置いたままであった。

《特定失踪者・曽ヶ端崇史さんについて》
◆氏名:曽ヶ端 崇史
(そがはたたかふみ)
(Takafumi Sogahata)
◆失踪年月日:平成7(1995)年8月24日
◆生年月日:昭和48(1953)年6月19日
◆性別:男
◆当時の年齢:22歳
◆当時の住所:北海道釧路市
◆当時の身分:釧路公立大経済学部3年生
◆身長:170cm
◆体重:80kg
◆失踪場所:北海道釧路市

【失踪状況】
アルバイト終了後、バイト先の仲間たちと車で夕食に行く。
その後近くに住む後輩を送って下宿に向かう。
以来消息なし。
下宿に戻ったかどうかも分からない。
車も不明。
下宿は洗濯機の中に洗濯物が入ったまま。
窓は開けたままだった。
釧路西・東港で測量会社に海底の調査を依頼したが車はなかった。

◆昭和53(1978)年6月頃
元飲食店店員拉致容疑事案
被害者:田中 実さん(Minoru Tanaka)
(拉致被害時28歳)
※This person was Abduction by North Korea
欧州に向け出国したあと失踪。
平成14年10月にクアラルンプールで行われた日・朝国交正常化交渉第12回本会談及び平成16年に計3回行われた日・朝実務者協議において我が方から北朝鮮側に情報提供を求めたが、第3回協議において北朝鮮側より北朝鮮に入境したことは確認できなかった旨回答があった。
平成17年4月に田中 実さんが拉致認定されて以降、政府は北朝鮮側に対し即時帰国及び事案に関する真相究明を求めてきているが、これまでに回答はない。
■兵庫県警HP
http://www.police.pref.hyogo.lg.jp/
■救う会兵庫HP
http://www.sukuukai078.net/04.html



【SEA OF MERCY】
The book named “Sea of Mercy”
13-year- old junior high school student Takeshi Terakoshi was abducted in May 1963.
He went fishing with his two uncle, Shoji and Soto-o Terakoshi. The fishingboat named Kiyomaru left for the fishing ground nearby Noto island, Ishikawa prefecture.
Kiyomaru encountered North Korean spy vessel. Spies were afraid of detection.
Soto-o and Takeshi were abducted and carried to Chong-jin city. Shoji was considered to be killed at the site.
Families, fellow fishermen and coast guard searched the area, but they could find only Kiyomaru and Takeshi’s school uniform.
They thought 3 persons were in disress and died. Funeral service was held.24 Years were passed.
In 1987, Soto-o’s sister received the letter from Soto-o and surprised.
Soto-o wrote “Takeshi and I am living in Gusong, North Korea”.
Takeshi’s father and mother visited to North Korea in1988 and met with Soto-o and Takeshi.
But they couldn’t say how they carried to North Korea because NK officials watched them.
North Korea made the story of their shipwreck accident and lifesaving.
Since then, Takeshi’s parents visited to him a lot of times but Takeshi and his family members cannot say that Takeshi and his uncles were abducted.
In 1997, Megumi Yokota case was appeared in the media and the national congress. Terakoshi’s case was also observed as an abduction case. But “he” denied that he was abducted and praised North Korea and the Kim family.
In December 2001, Pyongyang publishing company published a book named “Sea of Mercy”.
The author is Kim Myong-ho, Takeshi’s Korean name.
In that book, Takeshi wrote that they are not the abduction victims but happily living in North Korea after they ware saved. Moreover “he" denied other abduction case such as Megumi Yokota and Yaeko Taguchi in this book.
Nine months later, Kim Jong-il admitted and appologized for the abduction activities.
But North Korea still denies Terakoshi’s case as abduction and Takeshi and his family cannot say he was abduction victim because Takeshi himself is a hostage.
“Sea of Mercy”, the title is a symbol of North Korean regime.
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