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【みんな生きている】横田めぐみさん[11月15日]/SBS

2016-11-26 08:18:31 | 日記
《インチキ遺骨ではなくて、拉致被害者を返せ!横田めぐみさん拉致から39年、両親は被害者の救出訴え》

横田めぐみさんが新潟市から北朝鮮に拉致されて39年が経ちました。両親の滋さん・早紀江さん夫妻は、北朝鮮の核やミサイルの挑発に左右されず、拉致被害者の救出を急ぐよう強く訴えています。

「世界中でいろんなことが起きるのは人間が生きている以上当たり前だから、そんなことを拉致問題が動かないことの理由にしてほしくない」
(横田早紀江さん。拉致被害者・横田めぐみさんの母)

13歳だった横田めぐみさんが拉致されて、15日で39年となります。横田さん夫妻は80代になりました。

「指が痛くて…曲がっちゃったんですよ。すごく痛いんですよ。ここが痛くて、ここが痛くて、すごく痛い、ここ全部が。何もかもが老化。声も出ないし。早く卒業させてもらえないかと思う、こういうことは」
(横田早紀江さん)

毎年、新潟市で行われてきためぐみさん救出を訴える集会。
滋さんの負担を考慮し、今年、2人は出席を見合わせ、神奈川県川崎市の自宅マンションから中継で娘の救出を訴えます。

■政府拉致問題HP
http://www.rachi.go.jp/
■警察庁HP
http://www.npa.go.jp/
■静岡県警HP
http://www.pref.shizuoka.jp/police/
■救う会全国協議会HP
http://www.sukuukai.jp/
■特定失踪者問題調査会HP
http://www.chosa-kai.jp/
■北朝鮮帰国者の生命と人権を守る会HP
http://hrnk.trycomp.net/
■特定失踪者・北朝鮮人権ネットワークfacebook
http://www.facebook.com/nknet2015



◆昭和52(1977)年11月15日
少女拉致容疑事案
被害者:横田めぐみさん(Megumi Yokota)
(拉致被害時13歳)
※This person was Abduction by North Korea
新潟市において下校途中に失踪。
平成16年11月に開催された第3回実務者協議において、北朝鮮側はめぐみさんが1994(平成6)年4月に死亡したとし「遺骨」を提出したが、めぐみさんの「遺骨」とされた骨の一部からは同人のものとは異なるDNAが検出されたとの鑑定結果を得た。
平成18年4月には日本政府の実施したDNA検査により、横田めぐみさんの夫が昭和53年に韓国より拉致された当時高校生の韓国人拉致被害者・金英男(キム・ヨンナム)氏である可能性が高いことが判明した。

※「白い翼でも黒い翼でも、赤い翼でも青い翼でも、何でも結構なんで、帰って来られる翼をめぐみに与えてほしい」
(横田早紀江さん。拉致被害者・横田めぐみさんの母)
※「正義は必ず勝つ、と私は信じていますので、あとしばらくお力をお貸しください」
(横田哲也さん。拉致被害者・横田めぐみさんの弟)
■新潟県警HP
http://www.police.pref.niigata.jp/
■神奈川県警HP
http://www.police.pref.kanagawa.jp/
■あさがおの会HP
http://www.asagaonokai.jp

《特定失踪者・鈴木清江さんについて》
◆氏名:鈴木 清江
(すずききよえ)
(Kiyoe Suzuki)
◆失踪年月日:昭和57(1982)年2月5日
◆生年月日:昭和33(1958)年3月27日
◆性別:女性
◆当時の年齢:23歳
◆当時の住所:静岡県袋井市宇刈
◆当時の身分:会社員(事務職)
◆身長:156cm
◆体重:43kg
◆特徴:丸顔
◆失踪場所:静岡県袋井市

【失踪状況】
車で帰宅途中の清江さんを、別の車に乗った母と妹が見かける。
清江さんの車の前に、男性が追い越すように車を停め、降車して清江さんと話をしている様子だったという。清江さんはそのまま帰らず。
翌朝、道路横の空き地に本人の車が鍵をかけた状態で止まっていた。
バッグはなく、財布と買い物をしたものが残されていた。
失踪する理由は思い当たらない。
警察も調べたが何の結果も出なかった。
昭和51(1976)年3月から54(1979)年3月まで京都西陣で染物屋に勤務していたが、この社長が朝鮮総連系の大物であり、失踪に関連があるのではないかとの疑惑も持たれている。
■京都府警HP
http://www.pref.kyoto.jp/fukei/

《特定失踪者・高橋太一さんについて》
◆氏名:高橋 太一
(たかはしたいち)
(Taichi Takahashi)
◆失踪年月日:昭和38(1963)年6月初旬頃
◆生年月日:昭和16(1941)年11月21日
◆性別:男
◆当時の年齢:21歳
◆当時の住所:神奈川県川崎市
◆当時の身分:会社員
◆身長:165cmくらい
◆体重:60kgくらい
◆特徴:
1)右手首内側、手首より10cmくらい上の位置に大豆粒くらいの大きさのホクロあり
2)喉に手術痕あり
◆失踪場所:神奈川県川崎市内の下宿先

【失踪状況】
家主から「6月初旬から下宿に帰って来ない」との連絡の葉書がある。
室内は身の回り品を残したまま。
衣類、布団はたたんであった。
免許証や危険物取扱主任者免状、実印等も置いたまま。
元自衛官。
■神奈川県警HP
http://www.police.pref.kanagawa.jp/

《特定失踪者・大屋敷正行さんについて》
◆氏名:大屋敷 正行
(おおやしきまさゆき)
(Masayuki O'yashiki)
◆失踪年月日:昭和44(1969)年7月27日
◆生年月日:昭和27(1952)年12月5日
◆性別:男
◆当時の年齢:16歳
◆当時の住所:東京都江戸川区
◆当時の身分:江東商業高校2年生
◆身長:165cm〜168cm
◆特徴:
1)痩せ型
2)色弱
◆失踪場所:静岡県沼津市大瀬崎海岸

【失踪状況】
当時東京都江戸川区在住。
友達4〜5人と沼津市の大瀬崎海岸へバイクで海水浴へ行く。
夜中にトイレに行くと外へ出たまま戻らず。
枕元に腕時計、財布、免許証など残したまま。
平成16年1月29日、警視庁に告発状提出。
■警視庁HP
http://www.keishicho.metro.tokyo.jp

《特定失踪者・高見 到さんについて》
◆氏名:高見 到
(たかみいたる)
(Itaru Takami)
◆失踪年月日:平成15(2003)年10月5日
◆生年月日:昭和34(1959)年10月11日
◆性別:男
◆当時の年齢:43歳
◆当時の住所:兵庫県尼崎市
◆当時の身分:地方公務員
◆身長:170cm
◆体重:60kg
◆特徴:眼鏡、コンタクトレンズ使用
◆失踪場所:兵庫県尼崎市

【失踪状況】
平成15年10月6日、職場を無断欠勤。自宅マンションの部屋は日常生活そのままで、今にも帰ってくるような状態であった。
銀行通帳、キャッシュカード、運転免許証、健康保険証、印鑑、全て室内に置かれたまま。持って行ったのは通常使用している、財布、私用の手帳、通勤定期券のみ。
外出、通勤時は必ずコンタクトレンズを使用していたが、それも置いたまま。室内で日常使用する眼鏡はなかった。
5日に阪急塚口駅前のりそな銀行塚口支店で15時14分に現金21万円を引き出していたことが後に分かった。
10月下旬には父親が自宅マンションを訪ねる予定だった。
母親の13回忌を12月に行うことになっており、本人は必ず東京に来ると言っていた。
■兵庫県警HP
http://www.police.pref.hyogo.lg.jp/

《静岡県警・神奈川県警公開特定失踪者・河嶋功一さんについて》
◆氏名:河嶋 功一
(かわしまこういち)
(Kouichi Kawashima)
◆当時の年齢:23歳(昭和57年当時)
◆当時の住所:神奈川県横浜市金沢区
◆当時の職業:無職
◆静岡県浜松市出身
◆身長:167cmくらい
◆体重:60kgくらい

【失踪状況】
昭和57年3月21日、大学卒業に伴う実家(浜松市)への引越しのため、自家用車で迎えに来た両親とともに車で実家に戻る予定でしたが、急きょ電車を利用することになったため両親と別れた後、行方不明となっています。
■神奈川県警HP
http://www.police.pref.kanagawa.jp/
■浜松ブルーリボンの会HP
http://www.hamamatsu-blueribbon.org/

◆昭和53(1978)年6月頃
元飲食店店員拉致容疑事案
被害者:田中 実さん(Minoru Tanaka)
(拉致被害時28歳)
※This person was Abduction by North Korea
欧州に向け出国したあと失踪。
平成14年10月にクアラルンプールで行われた日・朝国交正常化交渉第12回本会談及び平成16年に計3回行われた日・朝実務者協議において我が方から北朝鮮側に情報提供を求めたが、第3回協議において北朝鮮側より北朝鮮に入境したことは確認できなかった旨回答があった。
平成17年4月に田中 実さんが拉致認定されて以降、政府は北朝鮮側に対し即時帰国及び事案に関する真相究明を求めてきているが、これまでに回答はない。
■兵庫県警HP
http://www.police.pref.hyogo.lg.jp/
■救う会兵庫HP
http://www.sukuukai078.net/04.html



【SEA OF MERCY】
The book named “Sea of Mercy”
13-year- old junior high school student Takeshi Terakoshi was abducted in May 1963.
He went fishing with his two uncle, Shoji and Soto-o Terakoshi. The fishingboat named Kiyomaru left for the fishing ground nearby Noto island, Ishikawa prefecture.
Kiyomaru encountered North Korean spy vessel. Spies were afraid of detection.
Soto-o and Takeshi were abducted and carried to Chong-jin city. Shoji was considered to be killed at the site.
Families, fellow fishermen and coast guard searched the area, but they could find only Kiyomaru and Takeshi’s school uniform.
They thought 3 persons were in disress and died. Funeral service was held.24 Years were passed.
In 1987, Soto-o’s sister received the letter from Soto-o and surprised.
Soto-o wrote “Takeshi and I am living in Gusong, North Korea”.
Takeshi’s father and mother visited to North Korea in1988 and met with Soto-o and Takeshi.
But they couldn’t say how they carried to North Korea because NK officials watched them.
North Korea made the story of their shipwreck accident and lifesaving.
Since then, Takeshi’s parents visited to him a lot of times but Takeshi and his family members cannot say that Takeshi and his uncles were abducted.
In 1997, Megumi Yokota case was appeared in the media and the national congress. Terakoshi’s case was also observed as an abduction case. But “he” denied that he was abducted and praised North Korea and the Kim family.
In December 2001, Pyongyang publishing company published a book named “Sea of Mercy”.
The author is Kim Myong-ho, Takeshi’s Korean name.
In that book, Takeshi wrote that they are not the abduction victims but happily living in North Korea after they ware saved. Moreover “he" denied other abduction case such as Megumi Yokota and Yaeko Taguchi in this book.
Nine months later, Kim Jong-il admitted and appologized for the abduction activities.
But North Korea still denies Terakoshi’s case as abduction and Takeshi and his family cannot say he was abduction victim because Takeshi himself is a hostage.
“Sea of Mercy”, the title is a symbol of North Korean regime.
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