もずの独り言・goo版

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【みんな生きている】ミサイル訓練編[龍ヶ崎市]/NBC

2017-08-09 04:20:09 | 日記
-その命、見捨てますか?-
《トンチキミサイルではなくて、拉致被害者を返せ!弾道ミサイル発射を想定、茨城・龍ケ崎市で避難訓練》

【7月29日土曜日】
北朝鮮によるミサイル発射が繰り返される中、茨城県龍ケ崎市では弾道ミサイルが日本に向けて発射されたとの想定で、住民たちが参加しての避難訓練が行われました。
内閣官房や茨城県等が連携して行った訓練は、弾道ミサイルが発射され日本国内に飛来する可能性があるとの想定で行われ、龍ケ崎市の職員や住民たちおよそ100人が参加しました。
国からの情報をもとに防災無線で避難が呼びかけられると、参加者たちは近くの小学校の体育館等に逃げ込みました。

「たまたま、ゆうべ(7月28日)発射されたので、万が一のときには役に立つのかなと」
(訓練参加者)

28日夜遅く、北朝鮮が弾道ミサイルを発射した直後とあって、参加者たちは真剣な表情で訓練に取り組んでいました。

■政府拉致問題HP
http://www.rachi.go.jp/
■警察庁HP
http://www.npa.go.jp/
■長崎県警HP
http://www.police.pref.nagasaki.jp/
■茨城県警HP
http://www.pref.ibaraki.jp/kenkei/
■救う会全国協議会HP
http://www.sukuukai.jp/
■特定失踪者問題調査会HP
http://www.chosa-kai.jp/
■北朝鮮帰国者の生命と人権を守る会HP
http://hrnk.trycomp.net/
■北朝鮮人権人道ネットワークfacebook
http://www.facebook.com/nknet2015
■北朝鮮を離れて自由へ★イ・エラン★のブログ
http://blog.goo.ne.jp/aeran2000
■姜哲煥(カン・チョルファン)さん動画
https://www.youtube.com/watch?v=T8wXjTN2W8E&feature=youtu.be
■脱北者トーク番組動画
https://www.youtube.com/watch?v=KJZWxe9P-L8&feature=youtu.be
■脱北者・金柱聖さんの動画[前編](日本語訳付き)
https://www.youtube.com/watch?v=zCPxzwHK8fQ&feature=youtu.be
■脱北者・金柱聖さんの動画[後編](日本語訳付き)
https://www.youtube.com/watch?v=bq4sYy6d6EA&feature=youtu.be
■脱北者・金柱聖さんの動画(3)
https://youtu.be/pMC2G7akiiM
■ペナTV(日本語版)
https://www.youtube.com/watch?v=4YHLDtOoJOo



《特定失踪者・根本直美さんについて》
◆氏名:根本 直美
(ねもとなおみ)
(Naomi Nemoto)
◆失踪年月日:昭和62(1987)年6月20日
◆生年月日:昭和47(1972)年1月15日
◆性別:女性
◆当時の年齢:15歳
◆当時の住所:茨城県藤代町
◆当時の身分:高校1年生
◆身長:168cm
◆体重:52kg
◆特徴:
1)痩せ型
2)近視
3)右のももに子供の頃やけどの跡が薄く残っている
◆失踪場所:茨城県藤代町の自宅近く

【失踪状況】
テニス部の部活を終え下校する。
途中まで友達と一緒に帰り、午後7時頃その友達と別れて以後行方不明。
友達と別れた交差点から自宅までの中間地点にある神社の近くで自転車と本人のバッグが見つかった。

【根本直美さん失踪の詳細】
1987(昭和62)年6月20日(土曜日)、高校1年生の根本直美さん(当時15歳)は学校での部活を終え、他の部員8名とともに自転車で自宅に向かう途中、自宅まで約800mの地点に架かる『小貝川橋』のたもとで午後7時15分頃、部員達と別れ、一人で川沿いの道を自宅方向に向かったが帰宅せず、心配した母親が様子を見に行ったところ、自宅から約400m程の位置にある『熊野神社』前の土手に直美さんの自転車が倒れ、通学時に持っていたバッグも放置されているのを発見し、周辺を探したが直美さんは見つからず行方不明となった。
当日の夜は父親が神社裏手の集会場で地域の会合に出席するため午後7時頃にこの道を自家用車で通過していたが「不審な車両や人物を見た記憶はない」という。
一方、警察の捜索では警察犬も投入して捜索を行ったが、自転車が放置された場所から先の自宅方向に警察犬は動かず、直美さんの足取りは『熊野神社』前で消えている。
失踪直後直美さんの実家には3日間、警察が泊り込みで捜索に当たったが、警察が引き上げた直後の夜に無言電話があり、母親が電話口で「もしもし?」と呼びかけると電話は切れ、その後はいたずらと思われる電話が2回ほどあったのみである。
また直美さんを探していた両親は後日、直美さん失踪の前日(6月19日金曜日)の夜に直美さんの自転車が放置されていた熊野神社(大曲地区)の対岸にある藤代地区で「会社帰りの女性が白い車に追いかけられた」との情報を得たが人物の特定が出来ず、真偽は不明のままとなっている。

《特定失踪者・松岡伸矢さんについて》
◆氏名:松岡 伸矢
(まつおかしんや)
(Shinya Matsuoka)
◆失踪年月日:平成元(1989)年3月7日
◆生年月日:昭和59(1984)4月13日
◆性別:男
◆当時の年齢:4歳
◆当時の住所:茨城県牛久市
◆特徴:
1)左利き
2)右眉上に米粒大のうすい傷跡
◆失踪場所:徳島県美馬郡貞光町の親戚宅前

【失踪状況】
前日3月6日、両親と共に徳島県小松島市で祖母の葬式に出席。その夜は親戚宅で就寝。
朝起きて8時15分頃、父・姉・弟・従姉妹と親戚宅前を数分散歩。玄関から入ってこなかったので、父は抱いていた弟を家の中の母に渡し、すぐに玄関先に出てみたが、そこにいたはずなのにいなくなっていた。
すぐに家族で手分けして探し、昼過ぎには警察に通報し、警察犬も出動。警察・消防・地元市民による大規模な山狩りもしたが消息不明。
3月15日頃の夜、親戚宅にいる母親宛に徳島弁の女性から不審な電話があった。
13年間テレビ番組などを通じ探したが手がかりなし。
また、平成元年4月の終わりか5月の終わりに徳島県海部郡日和佐町の弁天浜の岸壁で「伸矢さんによく似た子供を抱いて海を見ていた不審な男性を目撃した」という情報がある。
日和佐は北朝鮮の船が来航する港の一つ。
■徳島県警HP
http://www.police.pref.tokushima.jp/

《特定失踪者・松井綾子さんについて》
◆氏名:松井 綾子
(まついあやこ)
(Ayako Matsui)
◆失踪年月日:平成10(1998)年12月3日
◆生年月日:昭和51(1976)年9月14日
◆性別:女性
◆当時の年齢:22歳
◆当時の住所:茨城県水戸市元吉田町
◆当時の身分:臨床検査技師として病院に勤務
◆身長:156cm
◆特徴:近視
◆失踪場所:茨城県水戸市のアパート

【失踪状況】
12月3日8:20病院に「調子が悪いので休む」と電話。
4日病院を無断欠勤。
検査課の人がアパートへ確認に行く。
車なし、ドア施錠。
病院から実家に電話があり、家族が部屋に入るが室内物色された形跡なし。
12月4日8:28国道6号線茨城町のGSで給油(本人自筆で確認)。
12:05ローソン調子黒生店で昼食購入。
12月15日、神栖町海浜公園多目的広場駐車場で自家用車発見。
運転席側のロックなし、6,000円入りの財布が助手席に置かれた黒バックに残されていた。

《特定失踪者・小林 榮さんについて》
◆氏名:小林 榮
(こばやしさかえ)
(Sakae Kobayashi)
◆失踪年月日:昭和41(1966)年8月21日
◆生年月日:昭和18(1943)年4月29日
◆性別:男
◆当時の年齢:23歳
◆当時の住所:東京都千代田区神田猿楽町
◆当時の身分:印刷会社社員
◆身長:160cm
◆体重:60kg
◆特徴:
1)昭和41年頃、「ボクシングをやるためにジムに入る」と言っていた。
2)活動的で中学時代は陸上部に入りマラソンなどをしていた。
◆失踪場所:東京都千代田区

【失踪状況】
数日来体調を崩し仕事は休んでおり、当時住み込みで働いていた印刷会社から「医者に行く」と会社の者に言い残し外出したまま行方不明になっている。
失踪する心当たりはなく、身の周りのもの、荷物などいつもの通りだった。
失踪1カ月して勤務先の社長から失踪した旨の手紙が実家に来た。
昭和35年頃から失踪当時の印刷会社で働いていた。
■警視庁HP
http://www.keishicho.metro.tokyo.jp

《特定失踪者・堀江一利さんについて》
◆氏名:堀江 一利
(ほりえかずとし)
(Kazutoshi Horie)
◆失踪年月日:昭和49(1974)年12月頃
◆生年月日:昭和25(1950)年3月30日
◆性別:男
◆当時の年齢:24歳
◆当時の身分:東海大学学生
◆長崎県対馬市出身
◆身長:165cm
◆体重:60kg~65kg
◆失踪場所:東京都

【失踪状況】
昭和49年10月7日、東京都練馬区のアパートに引っ越したとの手紙が家族に届いた。以後連絡がとれなくなった。
失踪する数日前友人に電話で「知り合いになった人から北海道にいい仕事があると誘われている」と話した。
その後アパートの大家から家族に「帰ってこない」と連絡があった。
出身は長崎県対馬。
■警視庁HP
http://www.keishicho.metro.tokyo.jp
■北海道警HP
http://www.police.pref.hokkaido.lg.jp/

《特定失踪者・横山辰夫さんについて》
◆氏名:横山 辰夫
(よこやまたつお)
(Tatsuo Yokoyama)
◆失踪年月日:昭和56(1981)年11月18日以降
◆生年月日:昭和27(1952)年9月6日
◆性別:男
◆当時の年齢:29歳
◆当時の身分:溶接技師
◆失踪場所:神奈川県横浜市

【失踪状況】
本人から長崎の実家に「横須賀の米軍基地内の仕事につくため、戸籍を送って欲しい」と電話があり(11月18日)、家族が友人宅に戸籍を送ったが、それ以後連絡が途絶える。
失踪前の11月5日には、父の一周忌のため長崎に帰省していた。
■長崎県警HP
http://www.police.pref.nagasaki.jp/
■神奈川県警HP
http://www.police.pref.kanagawa.jp/

《特定失踪者・徳永陽一郎さんについて》
◆氏名:徳永 陽一郎
(とくながよういちろう)
(Youichirou Tokunaga)
◆失踪年月日:昭和28(1953)年10月7日
◆生年月日:昭和10(1935)年1月14日
◆性別:男
◆当時の年齢:18歳
◆当時の身分:店員
◆特徴:右肩に子供の頃鎌で切った跡がある
◆失踪場所:長崎県長崎市

【失踪状況】
別の勤務先の話があり、履歴書を書いている途中で突然いなくなった。
10月17日に門司から送られてきた手紙は書留で家族から借りていた金を返して「いい仕事があった」「歩いてでも帰ってきます」と書かれていたが、それ以来連絡なし。
平成16年9月24日、長崎県警に告発状を提出。
■福岡県警HP
http://www.police.pref.fukuoka.jp/

《特定失踪者・中村健一さんについて》
◆氏名:中村 健一(通称:武康)
(なかむらけんいち/たけやす)
(Ken-ichi Nakamura)
◆失踪年月日:昭和33(1958)年5月28日
◆生年月日:昭和12(1937)年8月24日
◆性別:男
◆当時の年齢:20歳
◆当時の身分:技術職
◆身長:175cm
◆特徴:
1)背が高く細身
2)肩幅広い
3)盲腸の手術跡あり
◆失踪場所:長崎県長崎市の下宿先

【失踪状況】
長崎県長崎市の下宿先で行方不明。

《長崎県警公開特定失踪者・福本和光さんについて》
◆氏名:福本 和光
(ふくもとかずみつ)
(Kazumitsu Fukumoto)
◆当時の年齢:27歳(昭和57年当時)
◆当時の住所:埼玉県入間市
◆当時の職業:会社員
◆身長:168cm
◆体重:62kg
◆血液型:O型

【失踪状況】
昭和57年10月25日午前7時20分頃、会社の寮からジョギングへ出掛けたまま、行方不明となっています。
■埼玉県警HP
http://www.police.pref.saitama.lg.jp/

《奈良県警公開特定失踪者・村尾知彦さんについて》
◆氏名:村尾 知彦
(むらおともひこ)
(Tomohiko Murao)
◆当時の年齢:19歳(昭和51年当時)
◆当時の住所:長崎市内
◆当時の職業:長崎市内の大学1回生
◆身長:177cm
◆特徴:
1)近視のため眼鏡着用
2)右腹部に3cmの手術痕

【失踪状況】
昭和51年2月11日に大学の同級生宛に「自分の存在感が希薄になってしまいそう。見知らぬ土地に惹かれて一人旅に出ることにした。」等と記載された手紙が札幌から郵送されてきた後、行方不明となっています。
■奈良県警HP
http://www.police.pref.nara.jp/
■北海道警HP
http://www.police.pref.hokkaido.lg.jp/

◆昭和53(1978)年6月頃
元飲食店店員拉致容疑事案
被害者:田中 実さん(Minoru Tanaka)
(拉致被害時28歳)
※This person was Abduction by North Korea
欧州に向け出国したあと失踪。
平成14年10月にクアラルンプールで行われた日・朝国交正常化交渉第12回本会談及び平成16年に計3回行われた日・朝実務者協議において我が方から北朝鮮側に情報提供を求めたが、第3回協議において北朝鮮側より北朝鮮に入境したことは確認できなかった旨回答があった。
平成17年4月に田中 実さんが拉致認定されて以降、政府は北朝鮮側に対し即時帰国及び事案に関する真相究明を求めてきているが、これまでに回答はない。
■兵庫県警HP
http://www.police.pref.hyogo.lg.jp/
■救う会兵庫HP
http://www.sukuukai078.net/04.html
■救う会兵庫facebook
http://www.facebook.com/sukuukai078

[In or around June 1978: Former restaurant worker abducted]

Abductee: Minoru Tanaka (28, male, Hyogo Prefecture)
Disappeared after departing Japan for Europe.
The GoJ requested that North Korea provide information on this case at the 12th round of Japan-North Korea Normalization Talks held in Kuala Lumpur in October 2002 and all three Japan-North Korea Working-Level Consultations held in 2004. During the third round of consultations, North Korea asserted that there is no evidence that Mr. Tanaka had ever entered North Korean territory.
Since April 2005, when the GoJ officially identified Minoru Tanaka as an abductee, the GoJ has demanded that North Korea immediately allow him to return to Japan and provide a full accounting of his case. North Korea, however, has not responded.



【SEA OF MERCY】
The book named “Sea of Mercy”
13-year- old junior high school student Takeshi Terakoshi was abducted in May 1963.
He went fishing with his two uncle, Shoji and Soto-o Terakoshi. The fishingboat named Kiyomaru left for the fishing ground nearby Noto island, Ishikawa prefecture.
Kiyomaru encountered North Korean spy vessel. Spies were afraid of detection.
Soto-o and Takeshi were abducted and carried to Chong-jin city. Shoji was considered to be killed at the site.
Families, fellow fishermen and coast guard searched the area, but they could find only Kiyomaru and Takeshi’s school uniform.
They thought 3 persons were in disress and died. Funeral service was held.24 Years were passed.
In 1987, Soto-o’s sister received the letter from Soto-o and surprised.
Soto-o wrote “Takeshi and I am living in Gusong, North Korea”.
Takeshi’s father and mother visited to North Korea in1988 and met with Soto-o and Takeshi.
But they couldn’t say how they carried to North Korea because NK officials watched them.
North Korea made the story of their shipwreck accident and lifesaving.
Since then, Takeshi’s parents visited to him a lot of times but Takeshi and his family members cannot say that Takeshi and his uncles were abducted.
In 1997, Megumi Yokota case was appeared in the media and the national congress. Terakoshi’s case was also observed as an abduction case. But “he” denied that he was abducted and praised North Korea and the Kim family.
In December 2001, Pyongyang publishing company published a book named “Sea of Mercy”.
The author is Kim Myong-ho, Takeshi’s Korean name.
In that book, Takeshi wrote that they are not the abduction victims but happily living in North Korea after they ware saved. Moreover “he" denied other abduction case such as Megumi Yokota and Yaeko Taguchi in this book.
Nine months later, Kim Jong-il admitted and appologized for the abduction activities.
But North Korea still denies Terakoshi’s case as abduction and Takeshi and his family cannot say he was abduction victim because Takeshi himself is a hostage.
“Sea of Mercy”, the title is a symbol of North Korean regime.
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