もずの独り言・goo版

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【みんな生きている】金正男編[VX・手が真っ黒]/KUTV

2017-05-17 04:40:09 | 日記
《人殺しの前に、拉致被害者を返せ!正男氏殺害1か月 新映像、犯行直後の女の両手が“真っ黒”》

【3月13日月曜日】
北朝鮮の金正男(キム・ジョンナム)氏がマレーシアで殺害されて3月13日で1か月ですが、依然、マレーシアと北朝鮮の対立は続いています。
私たちJNNは犯行直後の女の映像を入手しました。化学兵器VXを使った影響でしょうか、両手が真っ黒なんです。
今から1か月前、クアラルンプール国際空港で殺害された金正男氏。その実行犯として起訴されたフオン被告の襲撃直後の様子を映した新たな映像を入手しました。
映像には、フオン被告が手のひらを不自然に上に向けたまま歩いて立ち去る姿が映し出されています。

「新たな防犯カメラの映像では、フオン被告は手のひらを上にして現場から立ち去っています。そして手のひらは黒くなっている様子が確認できます」
(JNN記者)

警察の発表では、正男氏の顔に素手で薬品を塗りつけたとされるフオン被告ですが、直後の映像でも実際に素手だったことが分かります。しかし、その手のひらは、なぜか黒く映っていることが確認できるのです。
正男氏は猛毒のVXを塗りつけられて死亡しましたが、地元メディアは13日、このVXは2つの化学物質を現場で混合して生成されたとみて捜査していると報じました。それぞれの毒性は強くないものの、混ぜることで猛毒のVXに変わるとしています。
また、事件の重要参考人の1人で「ジェームズ」を名乗る北朝鮮籍の男が犯行直前、フオン被告とシティ・アイシャ被告の2人の手になんらかの液体を塗りつけていたとも報じられています。フオン被告の手が黒っぽく見えるのは、これらの物質の影響なのでしょうか。
こうしなか、日本政府は正男氏が2001年に日本から国外退去処分になった際、採取した指紋をマレーシア側に提供していたことが分かりました。マレーシア警察は、10日に殺害された男性は正男氏だったと発表していますが、身元の確認作業に日本政府が提供した情報も使われたとみられています。
正男氏殺害事件から1か月。北朝鮮籍の男たちに対する捜査や正男氏の遺体をめぐって、北朝鮮とマレーシアの関係は互いの国民の出国を禁じる深刻な外交問題へと発展していますが、ここにきて、数日以内に公式協議が始まる可能性が出てきました。

「平壌にいるマレーシア大使館員の解放を最優先で考える」
(マレーシア/ザヒド副首相)
Q.公式協議はまだ始まっていないのですか?
「そう、前向きに探っている」
(マレーシア外務省担当者)

マレーシア側は、北朝鮮に足止めされている大使館職員ら9人の帰国に向け、正男氏の遺体を北朝鮮側に引き渡す可能性を示唆しています。
また、一部の報道では、北朝鮮から9人を出国させる条件として北朝鮮側はマレーシア警察が行方を追っている北朝鮮の二等書記官と高麗(コリョ)航空職員を出国させるという、いわば「人質交換」を求めているとされます。
こうした中…

「現地時間12日午後10時半です。大使館の2階では北朝鮮大使館の職員とみられる4〜5人ほどの人物がビリヤードをして遊んでいる様子が確認できます」
(JNN記者)

北朝鮮大使館では、12日深夜、二等書記官と高麗航空職員に極めてよく似た2人が捜査当局をあざ笑うかのようにビリヤードに興じている姿が確認されました。
事件の鍵を握るとみられる2人に対して事情聴取できる可能性はむしろ遠のいていて、全容の解明は一層困難な状況となっています。

■政府拉致問題HP
http://www.rachi.go.jp/
■警察庁HP
http://www.npa.go.jp/
■高知県警HP
http://www.police.pref.kochi.lg.jp/
■救う会全国協議会HP
http://www.sukuukai.jp/
■特定失踪者問題調査会HP
http://www.chosa-kai.jp/
■北朝鮮帰国者の生命と人権を守る会HP
http://hrnk.trycomp.net/
■北朝鮮人権人道ネットワークfacebook
http://www.facebook.com/nknet2015
■北朝鮮を離れて自由へ★イ・エラン★のブログ
http://blog.goo.ne.jp/aeran2000
■脱北者トーク番組動画
https://www.youtube.com/watch?v=KJZWxe9P-L8&feature=youtu.be
■脱北者・金柱聖さんの動画[前編](日本語訳付き)
https://www.youtube.com/watch?v=zCPxzwHK8fQ&feature=youtu.be
■脱北者・金柱聖さんの動画[後編](日本語訳付き)
https://www.youtube.com/watch?v=bq4sYy6d6EA&feature=youtu.be
■ペナTV(日本語版)
https://www.youtube.com/watch?v=4YHLDtOoJOo



《救う会認定拉致被害者・福留貴美子さんについて》
◆氏名:福留 貴美子
(ふくとめきみこ)
(Kimiko Fukutome)
◆失踪年月日:1976(昭和51)年7月18日または19日
◆生年月日:1952(昭和27)年1月1日
◆当時の住所:東京都渋谷区恵比寿
◆当時の身分:アルバイト
◆最終失踪関連地点:海外

【失踪状況】
1976(昭和51)年7月中旬、同居していた友人に「モンゴルに行く」と言い残して出国後、行方不明となる。
1980(昭和55)年3月、突然同居していた渋谷区恵比寿の友人宅に現れた後、横浜市の友人宅に2泊した後、「大阪に行く」と言い残して再び行方不明となるが、後に北朝鮮に渡ったよど号犯の岡本 武と結婚し2児をもうけていたことが明らかになる。
1996(平成8)年夏によど号犯グループの小西隆裕から実家に「1988(昭和63)年夏に土砂崩れで死亡したと北朝鮮側から知らせを受けた」旨の手紙が送られてきたが、真相は不明のままである。
■警視庁HP
http://www.keishicho.metro.tokyo.jp
■神奈川県警HP
http://www.police.pref.kanagawa.jp/
■大阪府警HP
http://www.police.pref.osaka.jp/
■高知県警HP
http://www.police.pref.kochi.lg.jp/

《特定失踪者・別役佳子さんについて》
◆氏名:別役 佳子
(べっちゃくけいこ)
(Keiko Betchaku)
◆失踪年月日:昭和44(1969)年2月
◆生年月日:昭和16(1941)年8月1日
◆性別:女性
◆当時の年齢:27歳
◆当時の住所:京都府京都市
◆当時の身分:スナック店長
◆身長:155cm~156cm
◆体重:55kg
◆失踪場所:京都府京都市北区紫野西野町

【失踪状況】
昭和44年(1969)2月、京都市北区紫野西野町に所在したスナック「ダンヒル」(現在は存在しない)に雇われママとして勤務していた当時高知県香美郡の実家に一時帰省の意味で帰ると連絡してきたのを最後に行方不明となった。
本件については別役さんの京都における人間関係に複数の北朝鮮関係の人物がおり、それらが関与した拉致の可能性が考えられる。
また、飲食店勤務等の職業で幼い子供がいたという意味では渡辺秀子さんや田口八重子さんらとも類似の点がある。
■京都府警HP
http://www.pref.kyoto.jp/fukei/

《特定失踪者・永本憲子さんについて》
◆氏名:永本 憲子
(ながもとのりこ)
(Noriko Nagamoto)
◆失踪年月日:昭和56(1981)年5月10日
◆生年月日:昭和39(1964)10月2日
◆性別:女性
◆当時の年齢:16歳
◆当時の住所:高知県宿毛市
◆当時の身分:高校2年生
◆身長:160cm
◆体重:50kg
◆特徴:
1)中肉
2)眼鏡使用
◆失踪場所:高知県宿毛市の片島公民館前バス停から

【失踪状況】
5月10日の午前10時30分頃、自宅近くの片島公民館前のバス停で、本人の伯父が見かけて声をかけたところ「もうすぐバスが来る。母の日だから宿毛に買い物に行く」と言っていた。
所持金は、現金2万円と、郵便貯金通帳(残高約5万円)のようだったが、その通帳から現金を下ろした形跡はなかった。
■福岡県警HP
http://www.police.pref.fukuoka.jp/

《特定失踪者・亀谷博昭さんについて》
◆氏名:亀谷 博昭
(かめたにひろあき)
(Hiroaki Kametani)
◆失踪年月日:昭和61(1986)年1月11日
◆生年月日:昭和37(1962)年7月14日
◆性別:男
◆当時の年齢:23歳
◆当時の住所:大阪府寝屋川市
◆当時の身分:会社員・精密機器組み立て
◆身長:168cm
◆体重:55kg
◆特徴:左横に直径2mmくらいのほくろ
◆失踪場所:大阪府

【失踪状況】
朝自宅から交野市の会社へ出勤したまま行方不明。
いつもと全く変わった様子はなかった。
■大阪府警HP
http://www.police.pref.osaka.jp/

◆昭和53(1978)年6月頃
元飲食店店員拉致容疑事案
被害者:田中 実さん(Minoru Tanaka)
(拉致被害時28歳)
※This person was Abduction by North Korea
欧州に向け出国したあと失踪。
平成14年10月にクアラルンプールで行われた日・朝国交正常化交渉第12回本会談及び平成16年に計3回行われた日・朝実務者協議において我が方から北朝鮮側に情報提供を求めたが、第3回協議において北朝鮮側より北朝鮮に入境したことは確認できなかった旨回答があった。
平成17年4月に田中 実さんが拉致認定されて以降、政府は北朝鮮側に対し即時帰国及び事案に関する真相究明を求めてきているが、これまでに回答はない。
■兵庫県警HP
http://www.police.pref.hyogo.lg.jp/
■救う会兵庫HP
http://www.sukuukai078.net/04.html
■救う会兵庫facebook
http://www.facebook.com/sukuukai078

[In or around June 1978: Former restaurant worker abducted]

Abductee: Minoru Tanaka (28, male, Hyogo Prefecture)
Disappeared after departing Japan for Europe.
The GoJ requested that North Korea provide information on this case at the 12th round of Japan-North Korea Normalization Talks held in Kuala Lumpur in October 2002 and all three Japan-North Korea Working-Level Consultations held in 2004. During the third round of consultations, North Korea asserted that there is no evidence that Mr. Tanaka had ever entered North Korean territory.
Since April 2005, when the GoJ officially identified Minoru Tanaka as an abductee, the GoJ has demanded that North Korea immediately allow him to return to Japan and provide a full accounting of his case. North Korea, however, has not responded.



【SEA OF MERCY】
The book named “Sea of Mercy”
13-year- old junior high school student Takeshi Terakoshi was abducted in May 1963.
He went fishing with his two uncle, Shoji and Soto-o Terakoshi. The fishingboat named Kiyomaru left for the fishing ground nearby Noto island, Ishikawa prefecture.
Kiyomaru encountered North Korean spy vessel. Spies were afraid of detection.
Soto-o and Takeshi were abducted and carried to Chong-jin city. Shoji was considered to be killed at the site.
Families, fellow fishermen and coast guard searched the area, but they could find only Kiyomaru and Takeshi’s school uniform.
They thought 3 persons were in disress and died. Funeral service was held.24 Years were passed.
In 1987, Soto-o’s sister received the letter from Soto-o and surprised.
Soto-o wrote “Takeshi and I am living in Gusong, North Korea”.
Takeshi’s father and mother visited to North Korea in1988 and met with Soto-o and Takeshi.
But they couldn’t say how they carried to North Korea because NK officials watched them.
North Korea made the story of their shipwreck accident and lifesaving.
Since then, Takeshi’s parents visited to him a lot of times but Takeshi and his family members cannot say that Takeshi and his uncles were abducted.
In 1997, Megumi Yokota case was appeared in the media and the national congress. Terakoshi’s case was also observed as an abduction case. But “he” denied that he was abducted and praised North Korea and the Kim family.
In December 2001, Pyongyang publishing company published a book named “Sea of Mercy”.
The author is Kim Myong-ho, Takeshi’s Korean name.
In that book, Takeshi wrote that they are not the abduction victims but happily living in North Korea after they ware saved. Moreover “he" denied other abduction case such as Megumi Yokota and Yaeko Taguchi in this book.
Nine months later, Kim Jong-il admitted and appologized for the abduction activities.
But North Korea still denies Terakoshi’s case as abduction and Takeshi and his family cannot say he was abduction victim because Takeshi himself is a hostage.
“Sea of Mercy”, the title is a symbol of North Korean regime.
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