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【みんな生きている】松本京子さん[生存情報]/KYT

2016-10-18 04:50:35 | 日記
《インチキ遺骨ではなくて、拉致被害者を返せ!拉致被害の松本京子さん“平壌で入院”情報》

北朝鮮に拉致された鳥取県米子市の松本京子さんが、視力低下等のため現在、平壌で入院しているという情報があることがわかりました。
これは韓国の拉致被害者家族でつくる団体「拉北家族会」の崔成龍(チェ・ソンヨン)代表が明らかにしたものです。
崔代表が平壌の消息筋から得た情報によると、拉致被害者の松本京子さんが、視力の極端な低下と痛風により、現在、首都・平壌の朝鮮赤十字総合病院に入院しているということです。
崔代表は、これまでにも、松本さんが金正恩(キム・ジョンウン)委員長の指示で2011年に、北朝鮮の北東部・咸鏡北道清津市から平壌に移住させられたと指摘していました。
また、崔代表は横田めぐみさんの元夫である金英男(キム・ヨンナム)氏が、松本さんたち日本の拉致被害者の管理を担当している国家保衛部等の当局に助言する等関与しているとしました。

■政府拉致問題HP
http://www.rachi.go.jp/
■警察庁HP
http://www.npa.go.jp/
■鹿児島県警HP
http://www.pref.kagoshima.jp/police/
■救う会全国協議会HP
http://www.sukuukai.jp/
■特定失踪者問題調査会HP
http://www.chosa-kai.jp/
■北朝鮮帰国者の生命と人権を守る会HP
http://hrnk.trycomp.net/
■特定失踪者・北朝鮮人権ネットワークfacebook
http://www.facebook.com/nknet2015



◆昭和52(1977)年10月21日
女性拉致容疑事案
被害者:松本京子さん(Kyouko Matsumoto)
(拉致被害時29歳)
※This person was Abduction by North Korea
自宅近くの編み物教室に向かったまま失踪。
平成14年10月にクアラルンプールで行われた日・朝国交正常化交渉第12回本会談及び平成16年に計3回行われた日・朝実務者協議において、我が方から北朝鮮側に情報提供を求めたが、第3回協議において、北朝鮮側より、北朝鮮に入境したことは確認できなかった旨回答があった。
平成18年11月に松本京子さんが拉致認定されて以降政府は北朝鮮側に対し即時帰国及び事案に関する真相究明を求めてきているが、これまでに回答はない。
■鳥取県警HP
http://www.pref.tottori.lg.jp/police/

◆昭和53(1978)年8月12日
アベック拉致容疑事案
被害者:増元るみ子さん(Rumiko Masumoto)
(拉致被害時24歳)
※This person was Abduction by North Korea
被害者:市川修一さん(Shu-ichi Ichikawa)
(拉致被害時23歳)
※This person was Abduction by North Korea
「浜に夕日を見に行く」と言って出かけたまま失踪。
北朝鮮側は、1979(昭和54)年7月に2人は結婚し、市川修一さんは同年9月に心臓麻痺で死亡し、増元るみ子さんは1981(昭和56)年に心臓麻痺で死亡したとしているが、これを裏付ける資料等の提供はなされていない。
■鹿児島県警HP
http://www.pref.kagoshima.jp/police/

《特定失踪者・田中正道さんについて》
◆氏名:田中 正道
(たなかまさみち)
(Masamichi Tanaka)
◆失踪年月日:平成5(1993)年6月7日
◆生年月日:昭和23(1948)年6月28日
◆性別:男
◆当時の年齢:44歳
◆当時の住所:茨城県久慈郡金砂郷村
◆当時の身分:建設業(鍛冶工、鳶職)
◆身長:168cm
◆体重:55kg
◆特徴:痩せ型
◆特技:測量、ガス、足場、玉掛の技術を持っている
◆失踪場所:千葉県習志野市

【失踪状況】
5月16日、「急性アルコール中毒になり入院した」との連絡が千葉県の病院から鹿児島に住む家族にあった。
入院中病院より連絡があり「身内が近くにいないので、他の人より長く入院させるから」と言われ、6月3日まで入院した。
退院前に主治医から鹿児島の妹に電話があり「そろそろ退院する。妹の世話にはなりたくないと言っているので、病院の方で仕事を紹介します」と言われた(後に主治医は「そういう話はしていない」と言っている)。
6月2日、本人より「明日退院するので、免許の更新に茨城に行ってくる」と連絡があった。
6月6日、茨城県交通協会で講習を受けたことは免許証にて確認。
6月7日千葉市内の友人宅に寄り、「今から仕事に行く」と言って出ていったのが最後。
同年6月11日、本人の車が習志野市内の路上に放置してあるとの連絡があった。車は慌てたように斜めに放置、キーがついたまま、ドアの鍵も開いており、後輪がパンクしていた。
車内には免許証、保険証、預金通帳印鑑、入院時の下着類、仕事着、アドレス帳があった。車が置かれたのは10日夜半か11日早朝と思われる。
北朝鮮にいるとの不確定情報がある。
■茨城県警HP
http://www.pref.ibaraki.jp/kenkei/
■千葉県警HP
http://www.police.pref.chiba.jp/
■鹿児島県警HP
http://www.pref.kagoshima.jp/police/

《特定失踪者・園田 一さんについて》
◆氏名:園田 一
(そのだはじめ)
(Hajime Sonoda)
◆失踪年月日:昭和46(1971)年12月30日
◆生年月日:大正7(1918)年2月25日
◆性別:男
◆当時の年齢:53歳
◆当時の住所:鹿児島県曽於郡大崎町
◆当時の身分:養鶏場勤務
◆身長:160cm
◆失踪場所:鹿児島県曽於郡大崎町の自宅から宮崎空港へ向かう途中

【失踪状況】
妻(トシ子さん)とともに車(白色のマツダファミリア)で正月に帰省する次女を迎えに宮崎空港へ行く途中、ガソリンスタンドに寄った後、消息を絶つ。
「都城市へ寄ってから国道269号線を走って行く」と言っていた。
失踪後、警察や近所総出で大規模な捜索を行ったが、車の破片さえ発見できなかった。
平成16年9月28日、鹿児島県警に告発状提出。
■宮崎県警HP
http://www.pref.miyazaki.lg.jp/police/

《特定失踪者・園田トシ子さんについて》
◆氏名:園田 トシ子
(そのだとしこ)
(Toshiko Sonoda)
◆失踪年月日:昭和46(1971)年12月30日
◆生年月日:昭和4(1929)年9月7日
◆性別:女性
◆当時の年齢:42歳
◆当時の住所:鹿児島県曽於郡大崎町
◆当時の身分:養鶏場勤務
◆身長:155cm
◆失踪場所:鹿児島県曽於郡大崎町の自宅から宮崎空港へ向かう途中

【失踪状況】
夫(一さん)とともに正月に帰省する次女を迎えに宮崎空港へ行く途中、ガソリンスタンドに寄った後、消息を絶つ。
「都城市へ寄ってから国道269号線を走って行く」と言っていた。
失踪後、警察や近所総出で大規模な捜索を行ったが、車の破片さえ発見できなかった。
「トシ子」は戸籍名だが、「敏子」を使うこともある。
平成16年9月28日、鹿児島県警に告発状提出。
■宮崎県警HP
http://www.pref.miyazaki.lg.jp/police/

《特定失踪者・種田 誠さんについて》
◆氏名:種田 誠
(たねだまこと)
(Makoto Taneda)
◆失踪年月日:昭和59(1984)年5月
◆生年月日:昭和25(1950)年2月1日
◆性別:男
◆当時の年齢:34歳
◆当時の住所:京都府京都市山科区
◆当時の身分:焼肉料理店チーフ
◆特徴:盲腸の手術痕あり
◆失踪場所:京都府

【失踪状況】
「職を変えたい」と家族に電話があり、金銭だけは持って出たようだが、着替えなど身の回りのものは残したまま。
■京都府警HP
http://www.pref.kyoto.jp/fukei/

《特定失踪者・加藤義美さんについて》
◆氏名:加藤 義美
(かとうよしみ)
(Yoshimi Katou)
◆失踪年月日:平成7(1995)年2月15日
◆生年月日:昭和18(1943)年11月22日
◆性別:男
◆当時の年齢:50歳
◆当時の住所:鹿児島県鹿児島市喜入町
◆当時の身分:船員
◆身長:164cm
◆体重:56kg
◆特徴:歩行時に左足を引きずる
◆失踪当時の服装:グレーの作業ズボン、グレーのハイネック
◆失踪場所:鹿児島県熊毛郡上屋久町宮之浦港

【失踪状況】
港湾工事のため、屋久島に作業台船で来ていた。
2月14日午後7時30分頃から船内で焼酎1〜2杯を飲み、午後8時前、他の船員3名と4人で宮の浦のスナックで午後10時頃まで飲む。本人が酒に酔ったため、午後11時頃仲間の1人がタクシーで船まで送る。
本人が岸壁から船へかけてある木の橋を渡って船に入るところまで見届けられたのが最後。
翌朝午前8時頃、本人が起きてこないので、部屋を見たが部屋にいなかった。
1階食堂に本人が外出時来ていたジャンパーと履いていた靴だけが残っていた。

◆昭和53(1978)年6月頃
元飲食店店員拉致容疑事案
被害者:田中 実さん(Minoru Tanaka)
(拉致被害時28歳)
※This person was Abduction by North Korea
欧州に向け出国したあと失踪。
平成14年10月にクアラルンプールで行われた日・朝国交正常化交渉第12回本会談及び平成16年に計3回行われた日・朝実務者協議において我が方から北朝鮮側に情報提供を求めたが、第3回協議において北朝鮮側より北朝鮮に入境したことは確認できなかった旨回答があった。
平成17年4月に田中 実さんが拉致認定されて以降、政府は北朝鮮側に対し即時帰国及び事案に関する真相究明を求めてきているが、これまでに回答はない。
■兵庫県警HP
http://www.police.pref.hyogo.lg.jp/
■救う会兵庫HP
http://www.sukuukai078.net/04.html



【SEA OF MERCY】
The book named “Sea of Mercy”
13-year- old junior high school student Takeshi Terakoshi was abducted in May 1963.
He went fishing with his two uncle, Shoji and Soto-o Terakoshi. The fishingboat named Kiyomaru left for the fishing ground nearby Noto island, Ishikawa prefecture.
Kiyomaru encountered North Korean spy vessel. Spies were afraid of detection.
Soto-o and Takeshi were abducted and carried to Chong-jin city. Shoji was considered to be killed at the site.
Families, fellow fishermen and coast guard searched the area, but they could find only Kiyomaru and Takeshi’s school uniform.
They thought 3 persons were in disress and died. Funeral service was held.24 Years were passed.
In 1987, Soto-o’s sister received the letter from Soto-o and surprised.
Soto-o wrote “Takeshi and I am living in Gusong, North Korea”.
Takeshi’s father and mother visited to North Korea in1988 and met with Soto-o and Takeshi.
But they couldn’t say how they carried to North Korea because NK officials watched them.
North Korea made the story of their shipwreck accident and lifesaving.
Since then, Takeshi’s parents visited to him a lot of times but Takeshi and his family members cannot say that Takeshi and his uncles were abducted.
In 1997, Megumi Yokota case was appeared in the media and the national congress. Terakoshi’s case was also observed as an abduction case. But “he” denied that he was abducted and praised North Korea and the Kim family.
In December 2001, Pyongyang publishing company published a book named “Sea of Mercy”.
The author is Kim Myong-ho, Takeshi’s Korean name.
In that book, Takeshi wrote that they are not the abduction victims but happily living in North Korea after they ware saved. Moreover “he" denied other abduction case such as Megumi Yokota and Yaeko Taguchi in this book.
Nine months later, Kim Jong-il admitted and appologized for the abduction activities.
But North Korea still denies Terakoshi’s case as abduction and Takeshi and his family cannot say he was abduction victim because Takeshi himself is a hostage.
“Sea of Mercy”, the title is a symbol of North Korean regime.
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