もずの独り言・goo版

半蔵ともず、gooでも独り言です。『もずの独り言』は代行業とは一切関係ありません。

【みんな生きている】金正男編[駐韓オランダ大使]/MBC

2017-05-15 04:04:09 | 日記
《人殺しの前に、拉致被害者を返せ!金正男氏殺害、北朝鮮二等書記官が「アジト」出入りか》

【3月9日木曜日】
マレーシアで殺害された金正男(キム・ジョンナム)氏の息子ハンソル氏のビデオメッセージが公開されましたが、依然として本人の行方はわからないままです。
一方、事件について、北朝鮮大使館員の関与を疑わせる新たな映像が明らかになりました。

「私の名前はキム・ハンソルです。父は数日前に殺害されました」

公開された動画で、金正男氏殺害後、初めて公に姿を見せた息子のキム・ハンソル氏。動画を掲載した脱北者支援団体は、ハンソル氏たち家族はすでに安全な場所に移動していて、韓国駐在のオランダ大使がその援助を行ったと感謝の意を示しました。名指しされたロディ・エンブレヒツ(Lody Embrechts)駐韓オランダ大使が、3月9日朝、報道陣の前に姿を現しました。

「私たちは、団体が作った声明を読んだし、ビデオも見ましたが、コメントしたくありません」
(オランダ/エンブレヒツ駐韓大使)

大使は、自らの関与について否定はしないものの、一切コメントできないというのです。

「一つ理解してほしいことは、オランダ政府は現時点でこの件について何もコメントしないということです。本当にできないんです」
(エンブレヒツ駐韓大使)

オランダがハンソル氏の移動にどんな役割を果たしたのか、そしてハンソル氏の行方は依然、謎のままです。

「DNAサンプルの取得は依然困難です。名乗り出ることを恐れているかもしれません」
(マレーシア/ナジブ首相)

マレーシアのナジブ首相は、事件から3週間あまりたった今も親族からDNAサンプルの提供がない状況について、「金正男氏の親族は名乗り出るのを恐れているかもしれない」と述べました。マレーシア政府は身元を確認した上で遺体を親族に引き渡す方針ですが、首相は「注意を要する問題であり、内密に行われるべき」だとしています。
一方、私たちJNNは、北朝鮮大使館員の事件への関与を疑わせる新たな映像を入手しました。
赤いナンバープレートの外交用車両。脇には黒っぽい服の2人が並んで迎えます。そして、車から降りた人物は、地元メディアによると、北朝鮮大使館のヒョン・グァンソン二等書記官とみられています。マレーシア警察が、事件の鍵を握る重要参考人として、その行方を追っている人物です。
二等書記官と見られる男たちの姿がとらえられていたのは、こちらのコンドミニアムでした。クアラルンプールにある高級コンドミニアムの一室を北朝鮮籍の容疑者4人が借りて犯行拠点として使っていたとされています。2月23日にマレーシア警察が捜索を行った際の写真では、防護服姿の捜査員がコンドミニアム内で作業している様子がわかります。警察は化学物質を押収し、現在、その分析が進められています。
二等書記官と見られる男たちは、コンドミニアム入り口の防犯カメラに写っていました。映像が撮影されたのは去年11月28日。このため、計画は事件の3か月前から進められていた可能性が指摘されています。二等書記官は、この「アジト」とされる一室に出入りしていたのでしょうか。
二等書記官は現在、クアラルンプールの北朝鮮大使館にかくまわれているとみられ、北朝鮮側はマレーシア警察からの要請には一切応じていません。事情聴取のめどが立たない状況が続いています。

■増元るみ子さんのご家族のメッセージ
http://www.rachi.go.jp/jp/message/movie_6.html
■増元るみ子さんのご家族のメッセージ(英語版)
http://www.rachi.go.jp/en/shisei/keihatsu/videomessage_6en.html
■市川修一さんのご家族のメッセージ
http://www.rachi.go.jp/jp/message/movie_5.html
■市川修一さんのご家族のメッセージ(英語版)
http://www.rachi.go.jp/en/shisei/keihatsu/videomessage_5en.html
■政府拉致問題HP
http://www.rachi.go.jp/
■警察庁HP
http://www.npa.go.jp/
■鹿児島県警HP
http://www.pref.kagoshima.jp/police/
■救う会全国協議会HP
http://www.sukuukai.jp/
■特定失踪者問題調査会HP
http://www.chosa-kai.jp/
■北朝鮮帰国者の生命と人権を守る会HP
http://hrnk.trycomp.net/
■北朝鮮人権人道ネットワークfacebook
http://www.facebook.com/nknet2015
■北朝鮮を離れて自由へ★イ・エラン★のブログ
http://blog.goo.ne.jp/aeran2000
■脱北者トーク番組動画
https://www.youtube.com/watch?v=KJZWxe9P-L8&feature=youtu.be
■脱北者・金柱聖さんの動画[前編](日本語訳付き)
https://www.youtube.com/watch?v=zCPxzwHK8fQ&feature=youtu.be
■脱北者・金柱聖さんの動画[後編](日本語訳付き)
https://www.youtube.com/watch?v=bq4sYy6d6EA&feature=youtu.be
■ペナTV(日本語版)
https://www.youtube.com/watch?v=4YHLDtOoJOo



◆昭和53(1978)年8月12日
アベック拉致容疑事案
被害者:増元るみ子さん(Rumiko Masumoto)
(拉致被害時24歳)
※This person was Abduction by North Korea
被害者:市川修一さん(Shu-ichi Ichikawa)
(拉致被害時23歳)
※This person was Abduction by North Korea
「浜に夕日を見に行く」と言って出かけたまま失踪。
北朝鮮側は、1979(昭和54)年7月に2人は結婚し、市川修一さんは同年9月に心臓麻痺で死亡し、増元るみ子さんは1981(昭和56)年に心臓麻痺で死亡したとしているが、これを裏付ける資料等の提供はなされていない。
■鹿児島県警HP
http://www.pref.kagoshima.jp/police/

[August 12, 1978: Couple abducted]

Abductees: Shuichi Ichikawa (23, male, Kagoshima Prefecture), Rumiko Masumoto (24, female, Kagoshima Prefecture)
Disappeared after saying they were going to watch the sunset at the beach.
North Korea asserts that the two married in July 1979, that Mr. Ichikawa died of a heart attack in September the same year, and that Ms. Masumoto died of a heart attack in 1981. North Korea has, however, provided no documents or evidence to support these claims.

《特定失踪者・田中正道さんについて》
◆氏名:田中 正道
(たなかまさみち)
(Masamichi Tanaka)
◆失踪年月日:平成5(1993)年6月7日
◆生年月日:昭和23(1948)年6月28日
◆性別:男
◆当時の年齢:44歳
◆当時の住所:茨城県久慈郡金砂郷村
◆当時の身分:建設業(鍛冶工、鳶職)
◆身長:168cm
◆体重:55kg
◆特徴:痩せ型
◆特技:測量、ガス、足場、玉掛の技術を持っている
◆失踪場所:千葉県習志野市

【失踪状況】
5月16日、「急性アルコール中毒になり入院した」との連絡が千葉県の病院から鹿児島に住む家族にあった。
入院中病院より連絡があり「身内が近くにいないので、他の人より長く入院させるから」と言われ、6月3日まで入院した。
退院前に主治医から鹿児島の妹に電話があり「そろそろ退院する。妹の世話にはなりたくないと言っているので、病院の方で仕事を紹介します」と言われた(後に主治医は「そういう話はしていない」と言っている)。
6月2日、本人より「明日退院するので、免許の更新に茨城に行ってくる」と連絡があった。
6月6日、茨城県交通協会で講習を受けたことは免許証にて確認。
6月7日千葉市内の友人宅に寄り、「今から仕事に行く」と言って出ていったのが最後。
同年6月11日、本人の車が習志野市内の路上に放置してあるとの連絡があった。車は慌てたように斜めに放置、キーがついたまま、ドアの鍵も開いており、後輪がパンクしていた。
車内には免許証、保険証、預金通帳印鑑、入院時の下着類、仕事着、アドレス帳があった。車が置かれたのは10日夜半か11日早朝と思われる。
北朝鮮にいるとの不確定情報がある。
■茨城県警HP
http://www.pref.ibaraki.jp/kenkei/
■千葉県警HP
http://www.police.pref.chiba.jp/
■鹿児島県警HP
http://www.pref.kagoshima.jp/police/

《特定失踪者・園田 一さんについて》
◆氏名:園田 一
(そのだはじめ)
(Hajime Sonoda)
◆失踪年月日:昭和46(1971)年12月30日
◆生年月日:大正7(1918)年2月25日
◆性別:男
◆当時の年齢:53歳
◆当時の住所:鹿児島県曽於郡大崎町
◆当時の身分:養鶏場勤務
◆身長:160cm
◆失踪場所:鹿児島県曽於郡大崎町の自宅から宮崎空港へ向かう途中

【失踪状況】
妻(トシ子さん)とともに車(白色のマツダファミリア)で正月に帰省する次女を迎えに宮崎空港へ行く途中、ガソリンスタンドに寄った後、消息を絶つ。
「都城市へ寄ってから国道269号線を走って行く」と言っていた。
失踪後、警察や近所総出で大規模な捜索を行ったが、車の破片さえ発見できなかった。
平成16年9月28日、鹿児島県警に告発状提出。
■宮崎県警HP
http://www.pref.miyazaki.lg.jp/police/

《特定失踪者・園田トシ子さんについて》
◆氏名:園田 トシ子
(そのだとしこ)
(Toshiko Sonoda)
◆失踪年月日:昭和46(1971)年12月30日
◆生年月日:昭和4(1929)年9月7日
◆性別:女性
◆当時の年齢:42歳
◆当時の住所:鹿児島県曽於郡大崎町
◆当時の身分:養鶏場勤務
◆身長:155cm
◆失踪場所:鹿児島県曽於郡大崎町の自宅から宮崎空港へ向かう途中

【失踪状況】
夫(一さん)とともに正月に帰省する次女を迎えに宮崎空港へ行く途中、ガソリンスタンドに寄った後、消息を絶つ。
「都城市へ寄ってから国道269号線を走って行く」と言っていた。
失踪後、警察や近所総出で大規模な捜索を行ったが、車の破片さえ発見できなかった。
「トシ子」は戸籍名だが、「敏子」を使うこともある。
平成16年9月28日、鹿児島県警に告発状提出。
■宮崎県警HP
http://www.pref.miyazaki.lg.jp/police/

《特定失踪者・種田 誠さんについて》
◆氏名:種田 誠
(たねだまこと)
(Makoto Taneda)
◆失踪年月日:昭和59(1984)年5月
◆生年月日:昭和25(1950)年2月1日
◆性別:男
◆当時の年齢:34歳
◆当時の住所:京都府京都市山科区
◆当時の身分:焼肉料理店チーフ
◆特徴:盲腸の手術痕あり
◆失踪場所:京都府

【失踪状況】
「職を変えたい」と家族に電話があり、金銭だけは持って出たようだが、着替えなど身の回りのものは残したまま。
■京都府警HP
http://www.pref.kyoto.jp/fukei/

《特定失踪者・日高満男さんについて》
◆氏名:日高 満男
(ひだかみつお)
(Mitsuo Hidaka)
◆失踪年月日:平成元(1989)年2月23日
◆生年月日:昭和33(1958)年8月16日
◆性別:男
◆当時の年齢:30歳
◆当時の住所:鹿児島県鹿児島郡三島村
◆身長:171cm
◆当時の身分:港湾土木作業員
◆失踪場所:鹿児島県鹿児島郡十島村諏訪瀬島周辺海域

【失踪状況】
漁船大昭丸に1人で乗り込み、元浦港南西漁場で操業。
午後2時頃他の漁船に目撃されているのが最後。
日没後も帰港しないので諏訪瀬島の漁船、海保巡視船、航空機による捜索を行った。
翌24日諏訪瀬島切石港沖合で無人のまま漂流している船を発見。
船は燃料切れだったが、トローリングをしていた状態で糸も垂れたままだった。
不明となった1~2年後無言電話あり。毎日深夜12~1時、1カ月くらい続く。無言だが無線(モールス)のような音が聞こえた。
その日出漁したのは15~16隻。

《特定失踪者・加藤義美さんについて》
◆氏名:加藤 義美
(かとうよしみ)
(Yoshimi Katou)
◆失踪年月日:平成7(1995)年2月15日
◆生年月日:昭和18(1943)年11月22日
◆性別:男
◆当時の年齢:50歳
◆当時の住所:鹿児島県鹿児島市喜入町
◆当時の身分:船員
◆身長:164cm
◆体重:56kg
◆特徴:歩行時に左足を引きずる
◆失踪当時の服装:グレーの作業ズボン、グレーのハイネック
◆失踪場所:鹿児島県熊毛郡上屋久町宮之浦港

【失踪状況】
港湾工事のため、屋久島に作業台船で来ていた。
2月14日午後7時30分頃から船内で焼酎1~2杯を飲み、午後8時前、他の船員3名と4人で宮の浦のスナックで午後10時頃まで飲む。本人が酒に酔ったため、午後11時頃仲間の1人がタクシーで船まで送る。
本人が岸壁から船へかけてある木の橋を渡って船に入るところまで見届けられたのが最後。
翌朝午前8時頃、本人が起きてこないので、部屋を見たが部屋にいなかった。
1階食堂に本人が外出時来ていたジャンパーと履いていた靴だけが残っていた。

◆昭和53(1978)年6月頃
元飲食店店員拉致容疑事案
被害者:田中 実さん(Minoru Tanaka)
(拉致被害時28歳)
※This person was Abduction by North Korea
欧州に向け出国したあと失踪。
平成14年10月にクアラルンプールで行われた日・朝国交正常化交渉第12回本会談及び平成16年に計3回行われた日・朝実務者協議において我が方から北朝鮮側に情報提供を求めたが、第3回協議において北朝鮮側より北朝鮮に入境したことは確認できなかった旨回答があった。
平成17年4月に田中 実さんが拉致認定されて以降、政府は北朝鮮側に対し即時帰国及び事案に関する真相究明を求めてきているが、これまでに回答はない。
■兵庫県警HP
http://www.police.pref.hyogo.lg.jp/
■救う会兵庫HP
http://www.sukuukai078.net/04.html
■救う会兵庫facebook
http://www.facebook.com/sukuukai078

[In or around June 1978: Former restaurant worker abducted]

Abductee: Minoru Tanaka (28, male, Hyogo Prefecture)
Disappeared after departing Japan for Europe.
The GoJ requested that North Korea provide information on this case at the 12th round of Japan-North Korea Normalization Talks held in Kuala Lumpur in October 2002 and all three Japan-North Korea Working-Level Consultations held in 2004. During the third round of consultations, North Korea asserted that there is no evidence that Mr. Tanaka had ever entered North Korean territory.
Since April 2005, when the GoJ officially identified Minoru Tanaka as an abductee, the GoJ has demanded that North Korea immediately allow him to return to Japan and provide a full accounting of his case. North Korea, however, has not responded.



【SEA OF MERCY】
The book named “Sea of Mercy”
13-year- old junior high school student Takeshi Terakoshi was abducted in May 1963.
He went fishing with his two uncle, Shoji and Soto-o Terakoshi. The fishingboat named Kiyomaru left for the fishing ground nearby Noto island, Ishikawa prefecture.
Kiyomaru encountered North Korean spy vessel. Spies were afraid of detection.
Soto-o and Takeshi were abducted and carried to Chong-jin city. Shoji was considered to be killed at the site.
Families, fellow fishermen and coast guard searched the area, but they could find only Kiyomaru and Takeshi’s school uniform.
They thought 3 persons were in disress and died. Funeral service was held.24 Years were passed.
In 1987, Soto-o’s sister received the letter from Soto-o and surprised.
Soto-o wrote “Takeshi and I am living in Gusong, North Korea”.
Takeshi’s father and mother visited to North Korea in1988 and met with Soto-o and Takeshi.
But they couldn’t say how they carried to North Korea because NK officials watched them.
North Korea made the story of their shipwreck accident and lifesaving.
Since then, Takeshi’s parents visited to him a lot of times but Takeshi and his family members cannot say that Takeshi and his uncles were abducted.
In 1997, Megumi Yokota case was appeared in the media and the national congress. Terakoshi’s case was also observed as an abduction case. But “he” denied that he was abducted and praised North Korea and the Kim family.
In December 2001, Pyongyang publishing company published a book named “Sea of Mercy”.
The author is Kim Myong-ho, Takeshi’s Korean name.
In that book, Takeshi wrote that they are not the abduction victims but happily living in North Korea after they ware saved. Moreover “he" denied other abduction case such as Megumi Yokota and Yaeko Taguchi in this book.
Nine months later, Kim Jong-il admitted and appologized for the abduction activities.
But North Korea still denies Terakoshi’s case as abduction and Takeshi and his family cannot say he was abduction victim because Takeshi himself is a hostage.
“Sea of Mercy”, the title is a symbol of North Korean regime.
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