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【みんな生きている】田口八重子さん[大臣面会]/FTV

2016-10-01 08:54:34 | 日記
《インチキ遺骨ではなくて、拉致被害者を返せ!拉致被害者家族会、北朝鮮との協議の道を閉ざさないよう申し入れ》

拉致被害者の早期救出のための、北朝鮮との協議の道を閉ざさないよう、申し入れを行いました。
北朝鮮拉致被害者家族会・飯塚繁雄代表は

「ぜひ(被害者救出を)第一優先という形を作っていただいて、実質的な行動に移るような形をとっていただきたい」

と話しました。
北朝鮮による拉致被害者家族会の飯塚繁雄代表は、膠着状態となっている拉致問題について、北朝鮮と協議を進めるよう加藤勝信拉致問題担当相に求めました。
これに対し、加藤拉致問題担当相は

「圧力を1つのてこにしながら、しっかり対話の中で、拉致被害者の方々の1日も早い帰国を、どうやったら実現できるのか、あらゆる努力を尽くしていく」

と述べ、北朝鮮には引き続き、対話と圧力で臨んでいく考えを強調しました。

■政府拉致問題HP
http://www.rachi.go.jp/
■警察庁HP
http://www.npa.go.jp/
■福島県警HP
http://www.police.pref.fukushima.jp/
■救う会全国協議会HP
http://www.sukuukai.jp/
■特定失踪者問題調査会HP
http://www.chosa-kai.jp/
■北朝鮮帰国者の生命と人権を守る会HP
http://hrnk.trycomp.net/
■特定失踪者・北朝鮮人権ネットワークfacebook
http://www.facebook.com/nknet2015



◆昭和53(1978)年6月頃
李恩恵(リ・ウネ)拉致容疑事案
被害者:田口八重子さん(Yaeko Taguchi)
(拉致被害時22歳)
※This person was Abduction by North Korea
昭和62年11月の大韓航空機(KAL)爆破事件で有罪判決を受けた元北朝鮮諜報員金賢姫(キム・ヒョンヒ)氏は「李恩恵(リ・ウネ)」という女性から日本人の振る舞い方を学んだと主張している。この李恩恵は行方不明となった田口さんと同一人物と考えられる。
北朝鮮側は、田口さんは1984(昭和59)年に原 敕晁さんと結婚し、1986(昭和61)年の原さんの病死後すぐに自動車事故で死亡したとしているが、これを裏付ける資料等の提供はなされていない。
平成21年3月、金賢姫氏と飯塚家との面会において、金氏より田口さんの安否にかかる重要な参考情報(注)が新たに得られたことから、現在、同情報についての確認作業を進めている。
(注)金氏の発言:「87年1月にマカオから帰ってきて、2月か3月頃、運転手から田口さんがどこか知らないところに連れて行かれたと聞いた。86年に一人暮らしの被害者を結婚させたと聞いたので、田口さんもどこかに行って結婚したのだと思った」

※「八重子さんが北朝鮮の南浦港に着いたとき、女性通訳に“私には子供が二人いて、どうしても日本に帰らなくてはならないので、返してほしい”と何回も言ってお願いしたそうです。八重ちゃんの思いは最初から最後まで子供のことでいっぱいでしたし、今でも間違い無く“今、彩ちゃんはいくつになって、耕ちゃんはいくつになった”と毎年計算して、どんな大人になったか知りたがっているはずです。すごく会いたがっていると思います」
(拉致被害者・地村富貴恵さんの証言)
■埼玉県警HP
http://www.police.pref.saitama.lg.jp/
■救う会埼玉HP
http://sukuukai.gozaru.jp/
■拉致問題を考える川口の会HP
http://kawaguchi.aikotoba.jp/list.htm

《特定失踪者・坂上良則さんについて》
◆氏名:坂上 良則
(さかうえよしのり)
(Yoshinori Sakaue)
◆失踪年月日:昭和51(1976)年8月10日
◆生年月日:昭和23(1948)年5月21日
◆性別:男
◆当時の年齢:28歳
◆当時の住所:福島県南相馬市
◆当時の身分:ガソリンスタンド従業員
◆身長:170cmくらい
◆特徴:痩せ型
◆失踪場所:福島県原町市

【失踪状況】
当時本人は下宿住まいで、叔父の紹介で勤めていたガソリンスタンドまで歩いて通勤していた。
失踪当日普段と変わらず、いつも持って歩く手提げバックを持ち下宿を出る。
スタンドに出勤していないので、下宿に連絡するが普段通り出ていったとのこと。
北海道の親元にも連絡があり、両親が下宿先に行き部屋を見たが、何も持って出た様子もなく、今にもすぐ帰ってくるような状態であった。
■北海道警HP
http://www.police.pref.hokkaido.lg.jp/

《特定失踪者・熊倉清一さんについて》
◆氏名:熊倉 清一
(くまくらせいいち)
(Sei-ichi Kumakura)
◆失踪年月日:昭和55(1980)年2月4日
◆生年月日:昭和24(1949)年11月7日
◆性別:男
◆当時の年齢:29歳
◆当時の住所:福島県会津若松市
◆当時の身分:蒔絵師(吸物椀や重箱などの高級漆器に絵を描いていた)
◆身長:165cm
◆特徴:十二指腸の手術痕
◆失踪場所:福島県会津若松市

【失踪状況】
高校時代の友人Aさんが「新潟に行ったことがない」というので、本人の車に乗せて新潟へ向かったが、そのまま2人とも行方不明。
新潟県五泉町(現・五泉市)の親戚に向かったはずだが、親戚宅に姿を見せていない。
会津若松から新潟にかけて阿賀野川沿いを走る国道などを探したが、事故などの痕跡もなく、車も発見されなかった。
■新潟県警HP
http://www.police.pref.niigata.jp/

◆昭和53(1978)年6月頃
元飲食店店員拉致容疑事案
被害者:田中 実さん(Minoru Tanaka)
(拉致被害時28歳)
※This person was Abduction by North Korea
欧州に向け出国したあと失踪。
平成14年10月にクアラルンプールで行われた日・朝国交正常化交渉第12回本会談及び平成16年に計3回行われた日・朝実務者協議において我が方から北朝鮮側に情報提供を求めたが、第3回協議において北朝鮮側より北朝鮮に入境したことは確認できなかった旨回答があった。
平成17年4月に田中 実さんが拉致認定されて以降、政府は北朝鮮側に対し即時帰国及び事案に関する真相究明を求めてきているが、これまでに回答はない。
■兵庫県警HP
http://www.police.pref.hyogo.lg.jp/
■救う会兵庫HP
http://www.sukuukai078.net/04.html



【SEA OF MERCY】
The book named “Sea of Mercy”
13-year- old junior high school student Takeshi Terakoshi was abducted in May 1963.
He went fishing with his two uncle, Shoji and Soto-o Terakoshi. The fishingboat named Kiyomaru left for the fishing ground nearby Noto island, Ishikawa prefecture.
Kiyomaru encountered North Korean spy vessel. Spies were afraid of detection.
Soto-o and Takeshi were abducted and carried to Chong-jin city. Shoji was considered to be killed at the site.
Families, fellow fishermen and coast guard searched the area, but they could find only Kiyomaru and Takeshi’s school uniform.
They thought 3 persons were in disress and died. Funeral service was held.24 Years were passed.
In 1987, Soto-o’s sister received the letter from Soto-o and surprised.
Soto-o wrote “Takeshi and I am living in Gusong, North Korea”.
Takeshi’s father and mother visited to North Korea in1988 and met with Soto-o and Takeshi.
But they couldn’t say how they carried to North Korea because NK officials watched them.
North Korea made the story of their shipwreck accident and lifesaving.
Since then, Takeshi’s parents visited to him a lot of times but Takeshi and his family members cannot say that Takeshi and his uncles were abducted.
In 1997, Megumi Yokota case was appeared in the media and the national congress. Terakoshi’s case was also observed as an abduction case. But “he” denied that he was abducted and praised North Korea and the Kim family.
In December 2001, Pyongyang publishing company published a book named “Sea of Mercy”.
The author is Kim Myong-ho, Takeshi’s Korean name.
In that book, Takeshi wrote that they are not the abduction victims but happily living in North Korea after they ware saved. Moreover “he" denied other abduction case such as Megumi Yokota and Yaeko Taguchi in this book.
Nine months later, Kim Jong-il admitted and appologized for the abduction activities.
But North Korea still denies Terakoshi’s case as abduction and Takeshi and his family cannot say he was abduction victim because Takeshi himself is a hostage.
“Sea of Mercy”, the title is a symbol of North Korean regime.
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