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【みんな生きている】田口八重子さん[大臣面会]/THK

2016-10-01 08:38:39 | 日記
《インチキ遺骨ではなくて、拉致被害者を返せ!拉致被害者家族会、北朝鮮との協議の道を閉ざさないよう申し入れ》

拉致被害者の早期救出のための、北朝鮮との協議の道を閉ざさないよう、申し入れを行いました。
北朝鮮拉致被害者家族会・飯塚繁雄代表は

「ぜひ(被害者救出を)第一優先という形を作っていただいて、実質的な行動に移るような形をとっていただきたい」

と話しました。
北朝鮮による拉致被害者家族会の飯塚繁雄代表は、膠着状態となっている拉致問題について、北朝鮮と協議を進めるよう加藤勝信拉致問題担当相に求めました。
これに対し、加藤拉致問題担当相は

「圧力を1つのてこにしながら、しっかり対話の中で、拉致被害者の方々の1日も早い帰国を、どうやったら実現できるのか、あらゆる努力を尽くしていく」

と述べ、北朝鮮には引き続き、対話と圧力で臨んでいく考えを強調しました。

■政府拉致問題HP
http://www.rachi.go.jp/
■警察庁HP
http://www.npa.go.jp/
■愛知県警HP
http://www.pref.aichi.jp/police/
■救う会愛知ブログ
http://sukuukai-aichi.at.webry.info/
■三重県警HP
http://www.police.pref.mie.jp/
■救う会三重HP
http://www7.cty-net.ne.jp/~mie/sukuukai/
■岐阜県警HP
http://www.pref.gifu.lg.jp/police/
■救う会全国協議会HP
http://www.sukuukai.jp/
■特定失踪者問題調査会HP
http://www.chosa-kai.jp/
■北朝鮮帰国者の生命と人権を守る会HP
http://hrnk.trycomp.net/
■特定失踪者・北朝鮮人権ネットワークfacebook
http://www.facebook.com/nknet2015



◆昭和53(1978)年6月頃
李恩恵(リ・ウネ)拉致容疑事案
被害者:田口八重子さん(Yaeko Taguchi)
(拉致被害時22歳)
※This person was Abduction by North Korea
昭和62年11月の大韓航空機(KAL)爆破事件で有罪判決を受けた元北朝鮮諜報員金賢姫(キム・ヒョンヒ)氏は「李恩恵(リ・ウネ)」という女性から日本人の振る舞い方を学んだと主張している。この李恩恵は行方不明となった田口さんと同一人物と考えられる。
北朝鮮側は、田口さんは1984(昭和59)年に原 敕晁さんと結婚し、1986(昭和61)年の原さんの病死後すぐに自動車事故で死亡したとしているが、これを裏付ける資料等の提供はなされていない。
平成21年3月、金賢姫氏と飯塚家との面会において、金氏より田口さんの安否にかかる重要な参考情報(注)が新たに得られたことから、現在、同情報についての確認作業を進めている。
(注)金氏の発言:「87年1月にマカオから帰ってきて、2月か3月頃、運転手から田口さんがどこか知らないところに連れて行かれたと聞いた。86年に一人暮らしの被害者を結婚させたと聞いたので、田口さんもどこかに行って結婚したのだと思った」

※「八重子さんが北朝鮮の南浦港に着いたとき、女性通訳に“私には子供が二人いて、どうしても日本に帰らなくてはならないので、返してほしい”と何回も言ってお願いしたそうです。八重ちゃんの思いは最初から最後まで子供のことでいっぱいでしたし、今でも間違い無く“今、彩ちゃんはいくつになって、耕ちゃんはいくつになった”と毎年計算して、どんな大人になったか知りたがっているはずです。すごく会いたがっていると思います」
(拉致被害者・地村富貴恵さんの証言)
■埼玉県警HP
http://www.police.pref.saitama.lg.jp/
■救う会埼玉HP
http://sukuukai.gozaru.jp/
■拉致問題を考える川口の会HP
http://kawaguchi.aikotoba.jp/list.htm

《特定失踪者・辻出紀子さんについて》
◆氏名:辻出 紀子
(つじでのりこ)
(Noriko Tsujide)
◆失踪年月日:平成10(1998)年11月24日
◆生年月日:昭和49(1974)年11月3日
◆性別:女性
◆当時の年齢:24歳
◆当時の住所:三重県津市
◆当時の身分:雑誌社記者
◆失踪場所:三重県伊勢市内

【失踪状況】
1998年(平成10年)11月24日午後11時頃、勤務先の三重県伊勢市神田久志本町の出版社「伊勢文化舎」を出た後、行方不明。
翌日、会社近くの損保会社の駐車場(当時。現在は自動車会社)で本人の車が発見された。車は荒らされた様子はなかった。
ただし、

1)車内にタバコが一本残っていたこと(本人はタバコを吸わない)
2)車の座席が後ろになっていたこと(本人の身長と合致しない)
3)カーステレオのスイッチが切られていたこと(本人はいつもスイッチをつけっぱなしだった)

以上3点から、本人ではない第三者が車を移動した可能性がある。また、前日までタイに旅行に行っており、帰国したばかりだった。
失踪の直前、取材で知り合った尾鷲市在住の男性から数度本人に電話があり、その男性と駐車場で待ち合わせをしたと推測されている。
同男性によれば、「自分の車の中で取材の件で辻出さんと1時間ほど話をして、別の海岸に近いところで辻出さんを降ろした」というものだった。
三重県警は、同男性を被疑者として別件(別の女性の拉致監禁容疑)で逮捕したものの、裁判で無罪となった。
同男性は「無罪になれば全てを話す」と語っていたが、その後一切の証言を拒否している。

《特定失踪者・川合健二さんについて》
◆氏名:川合 健二
(かわいけんじ)
(Kenji Kawai)
◆失踪年月日:昭和54(1979)年4月4日
◆生年月日:昭和22(1947)年2月6日
◆性別:男
◆当時の年齢:35歳
◆当時の住所:山梨県中巨摩郡(現・山梨県甲斐市)
◆当時の身分:会社員
◆三重県津市出身
◆身長:167cm
◆体重:55kg
◆特徴:左利き
◆失踪場所:山梨県中巨摩郡

【失踪状況】
車で接触事故を起こし、被害者を病院に送り届けてから行方不明。
車(ナンバー/山梨55 は7111号)も見つかっていない。
失踪直前、10万円くらい小分けにして300万円が引き出されていた。
■山梨県警HP
http://www.pref.yamanashi.jp/police/

【調査会による川合健二さん失踪の調査結果】
川合健二さんは昭和54(1979)年4月4日夕刻、中巨摩郡内で運転中接触事故を起こし、被害者を病院に送り届けてから一旦自宅に戻ったが、すぐに車で家を出て所在不明となる。車も見つかっていない。失踪直前、10万円くらいずつ小分けにして300万円が引き出されていた。
川合さんには当時、「山ちゃん」と呼ばれる在日の友人がおり、川合さんが留守でも自宅に上り込み、借金を申し込むような人物であった。
家族の話では、川合さんの失踪後に北朝鮮に渡ったと聞いており、実際川合さんの失踪後は自宅に顔を見せなくなった。
家族が知らぬ間に合計で300万円の預金を引き出していたこと、川合さんの失踪後に顔を見せなくなった在日の人物が川合さんの失踪の謎を知っているのかについてさらに今後の調査が必要である。

《特定失踪者・平山政子さんについて》
◆氏名:平山 政子
(ひらやままさこ)
(Masako Hirayama)
◆失踪年月日:昭和47(1972)年3月24日
◆生年月日:昭和21(1946)年9月4日
◆性別:女性
◆当時の年齢:25歳
◆当時の住所:青森県青森市
◆当時の身分:飲食店従業員
◆失踪場所:青森県青森市

【失踪状況】
当日、絵を描いていた姉妹が入賞し、お祝いのために待ち合わせていたが現れず。
アパートを訪ねると、特に身辺整理した様子もなく、普段の生活状況のまま。
無断欠勤したことのない政子さんが丸2日も職場に連絡せず失踪。
趣味の手品のアシスタントとしてステージに立つこともあった。
同日、ハワイで行われるマジックの世界大会に参加するための打ち合わせがあった。
■青森県警HP
http://www.police.pref.aomori.jp/

◆昭和53(1978)年6月頃
元飲食店店員拉致容疑事案
被害者:田中 実さん(Minoru Tanaka)
(拉致被害時28歳)
※This person was Abduction by North Korea
欧州に向け出国したあと失踪。
平成14年10月にクアラルンプールで行われた日・朝国交正常化交渉第12回本会談及び平成16年に計3回行われた日・朝実務者協議において我が方から北朝鮮側に情報提供を求めたが、第3回協議において北朝鮮側より北朝鮮に入境したことは確認できなかった旨回答があった。
平成17年4月に田中 実さんが拉致認定されて以降、政府は北朝鮮側に対し即時帰国及び事案に関する真相究明を求めてきているが、これまでに回答はない。
■兵庫県警HP
http://www.police.pref.hyogo.lg.jp/
■救う会兵庫HP
http://www.sukuukai078.net/04.html

《新潟県警・愛知県警公開特定失踪者・渡邉浩成さんについて》
◆氏名:渡邉 浩成
(わたなべひろまさ)
(Hiromasa Watanabe)
◆当時の年齢:23歳(昭和60年当時)
◆当時の住所:愛知県名古屋市中区
◆新潟県三条市出身
◆当時の職業:郵便局員
◆身長:170cmくらい

【失踪状況】
昭和60年12月、岐阜県岐阜市の職場を出た後、行方不明になっています。
■新潟県警HP
http://www.police.pref.niigata.jp/
■愛知県警HP
http://www.pref.aichi.jp/police/
■岐阜県警HP
http://www.pref.gifu.lg.jp/police/



【SEA OF MERCY】
The book named “Sea of Mercy”
13-year- old junior high school student Takeshi Terakoshi was abducted in May 1963.
He went fishing with his two uncle, Shoji and Soto-o Terakoshi. The fishingboat named Kiyomaru left for the fishing ground nearby Noto island, Ishikawa prefecture.
Kiyomaru encountered North Korean spy vessel. Spies were afraid of detection.
Soto-o and Takeshi were abducted and carried to Chong-jin city. Shoji was considered to be killed at the site.
Families, fellow fishermen and coast guard searched the area, but they could find only Kiyomaru and Takeshi’s school uniform.
They thought 3 persons were in disress and died. Funeral service was held.24 Years were passed.
In 1987, Soto-o’s sister received the letter from Soto-o and surprised.
Soto-o wrote “Takeshi and I am living in Gusong, North Korea”.
Takeshi’s father and mother visited to North Korea in1988 and met with Soto-o and Takeshi.
But they couldn’t say how they carried to North Korea because NK officials watched them.
North Korea made the story of their shipwreck accident and lifesaving.
Since then, Takeshi’s parents visited to him a lot of times but Takeshi and his family members cannot say that Takeshi and his uncles were abducted.
In 1997, Megumi Yokota case was appeared in the media and the national congress. Terakoshi’s case was also observed as an abduction case. But “he” denied that he was abducted and praised North Korea and the Kim family.
In December 2001, Pyongyang publishing company published a book named “Sea of Mercy”.
The author is Kim Myong-ho, Takeshi’s Korean name.
In that book, Takeshi wrote that they are not the abduction victims but happily living in North Korea after they ware saved. Moreover “he" denied other abduction case such as Megumi Yokota and Yaeko Taguchi in this book.
Nine months later, Kim Jong-il admitted and appologized for the abduction activities.
But North Korea still denies Terakoshi’s case as abduction and Takeshi and his family cannot say he was abduction victim because Takeshi himself is a hostage.
“Sea of Mercy”, the title is a symbol of North Korean regime.
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