もずの独り言・goo版

半蔵ともず、gooでも独り言です。『もずの独り言』は代行業とは一切関係ありません。

【みんな生きている】松木 薫さん[福岡市]/中日新聞

2017-07-14 04:44:14 | 日記
-その命、見捨てますか?-
《インチキ遺骨ではなくて、拉致被害者を返せ!拉致問題、今年中の解決を 福岡で家族会「時間ない」》

北朝鮮による拉致問題の早期解決を訴える集会が7月8日、拉致被害者家族会や加藤勝信拉致問題担当相ら約350人が参加して福岡市で開かれた。
家族会側は、今年が会結成から20年と長期間経過したことや家族の高齢化が進んでいることを踏まえ「今年中の問題解決」を改めて政府に求めた。
熊本県出身の松木 薫さん(拉致当時26歳)の姉・斉藤文代さん(71歳)は

「家族には時間がない。朝、目が覚めて『今日も頑張れるかな』と思う日が多くなり、心が折れそうになる」

と訴えた。

「薫を抱きしめる日が来るまで一緒に闘ってください」

と呼び掛けた。

■松木 薫さんのご家族のメッセージ
http://www.rachi.go.jp/jp/message/movie_7.html
■松木 薫さんのご家族のメッセージ(英語版)
http://www.rachi.go.jp/en/shisei/keihatsu/videomessage_7en.html
■政府拉致問題HP
http://www.rachi.go.jp/
■警察庁HP
http://www.npa.go.jp/
■愛知県警HP
http://www.pref.aichi.jp/police/
■救う会愛知ブログ
http://sukuukai-aichi.at.webry.info/
■ブルーリボン豊橋HP
http://www.geocities.jp/teramoto_kokikai/kusanonesyuukai.html
■三重県警HP
http://www.police.pref.mie.jp/
■救う会三重HP
http://www7.cty-net.ne.jp/~mie/sukuukai/
■岐阜県警HP
http://www.pref.gifu.lg.jp/police/
■救う会全国協議会HP
http://www.sukuukai.jp/
■特定失踪者問題調査会HP
http://www.chosa-kai.jp/
■北朝鮮帰国者の生命と人権を守る会HP
http://hrnk.trycomp.net/
■北朝鮮人権人道ネットワークfacebook
http://www.facebook.com/nknet2015
■北朝鮮を離れて自由へ★イ・エラン★のブログ
http://blog.goo.ne.jp/aeran2000
■姜哲煥(カン・チョルファン)さん動画
https://www.youtube.com/watch?v=T8wXjTN2W8E&feature=youtu.be
■脱北者トーク番組動画
https://www.youtube.com/watch?v=KJZWxe9P-L8&feature=youtu.be
■脱北者・金柱聖さんの動画[前編](日本語訳付き)
https://www.youtube.com/watch?v=zCPxzwHK8fQ&feature=youtu.be
■脱北者・金柱聖さんの動画[後編](日本語訳付き)
https://www.youtube.com/watch?v=bq4sYy6d6EA&feature=youtu.be
■脱北者・金柱聖さんの動画(3)
https://youtu.be/pMC2G7akiiM
■ペナTV(日本語版)
https://www.youtube.com/watch?v=4YHLDtOoJOo



◆昭和55(1980)年5月頃
欧州における日本人男性拉致容疑事案
被害者:松木 薫さん(拉致被害時26歳)
被害者:石岡 亨さん(拉致被害時22歳)
2人とも欧州滞在中の昭和55年に失踪。
昭和63年に石岡さんから日本の家族に出した手紙(ポーランドの消印)が届き、石岡さん、松木さん、そして有本恵子さんが北朝鮮に在住すると伝えてきた。
北朝鮮側は、石岡 亨さんは1988(昭和63)年11月にガス事故で有本恵子さんと共に死亡したとしているが、これを裏付ける資料等の提供はなされていない。
また、同様に松木 薫さんについても、1996(平成8)年8月に交通事故で死亡したとして、平成14年9月及び平成16年11月に開催された第3回日・朝実務者協議と2回にわたり、北朝鮮側から松木さんの「遺骨」の可能性があるとされるものが提出されたが、そのうちの一部からは、同人のものとは異なるDNAが検出されたとの鑑定結果を得た。捜査当局は拉致実行犯である「よど号」犯人の妻・森 順子及び若林(旧姓:黒田)佐喜子について、平成19年6月に逮捕状の発付を得て国際手配するとともに、政府として北朝鮮側に身柄の引渡しを要求している。
■熊本県警HP
http://www.police.pref.kumamoto.jp/
■北海道警HP
http://www.police.pref.hokkaido.lg.jp/

[In or around May 1980: Two Japanese men abducted in Europe]

Abductees: Toru Ishioka (22, male, Europe), Kaoru Matsuki (26, male, Europe)
Both men disappeared while living in Europe in 1980. A letter postmarked in Poland and sent by Mr. Ishioka in 1988 to his family in Japan indicated that he, Mr. Matsuki and Keiko Arimoto (see 12 below) were all living in North Korea.
North Korea asserts that Mr. Ishioka and Ms. Arimoto died in a gas poisoning accident in November 1988, but has provided no documents or evidence to support these claims. North Korea also asserts that Mr. Matsuki died in an automobile accident in August 1996. In September 2002, and at the Third Japan-North Korea Working-Level Consultations held in September 2002 and November 2004, North Korea handed over remains possibly belonging to Mr. Matsuki, but analysis in Japan indicates that these remains contain DNA belonging to someone else.
The Japanese authorities issued arrest warrants in June 2007 for Junko Mori and Sakiko Wakabayashi (nee Kuroda), wives of Yodo-go members, who are believed to be responsible for these abductions, and listed them both with Interpol. The GoJ demands that North Korea extradite them to Japan.

《特定失踪者・川満敏弘さんについて》
◆氏名:川満 敏弘
(かわみつとしひろ)
◆失踪年月日:昭和47(1972)年5月
◆生年月日:昭和13(1948)年11月3日
◆性別:男
◆当時の年齢:33歳
◆当時の住所:愛知県名古屋市港区
◆当時の身分:自動車メーカーの季節労働者
◆沖縄県出身
◆身長:160cmくらい
◆特徴:
1)痩せ型
2)四角顔
3)浅黒
4)左右いずれかの目頭に切り傷有り
◆失踪場所:愛知県名古屋市か神奈川県

【失踪状況】
季節工の他に名古屋市内で荷役の仕事をしていた。
同じ沖縄出身の人が複数いたが仕事が終わって皆沖縄に帰り、川満さんだけが残った(残った理由は不明)。
愛知県名古屋市か神奈川県で働くと言い残し失踪。
■愛知県警HP
http://www.pref.aichi.jp/police/
■神奈川県警HP
http://www.police.pref.kanagawa.jp/
■沖縄県警HP
http://www.police.pref.okinawa.jp/

《特定失踪者・加藤鈴勝さんについて》
◆氏名:加藤 鈴勝
(かとうすずかつ)
◆失踪年月日:昭和52(1977)年10月
◆生年月日:大正11(1922)年2月1日
◆性別:男
◆当時の年齢:55歳
◆身長:170cm
◆体重:56kg
◆当時の身分:設計技師
◆当時の住所:愛知県名古屋市中村区
◆特徴:背中に7cmくらいのお灸の跡が2つ
◆失踪場所:愛知県名古屋市の自宅から

【失踪状況】
失踪した年の秋、加藤さんから次女・京子さんに弾んだ声で電話があったが、その1~2ヶ月後に失踪。
事件ではないかと警察に届けを出した。
その結果、空き巣に何度も入られており、3人分ほど土足の跡があったが、車、免許証、実印、通帳、鍵、衣服、履物があった。
鍵付きのタンスがこじ開けられていて、中にあったはずの株券が1枚も無くなっていた。

《特定失踪者・山口美好さんについて》
◆氏名:山口 美好
(やまぐちみよし)
◆失踪年月日:昭和40(1965)年3月3日
◆生年月日:昭和14(1939)年3月1日
◆性別:男
◆当時の年齢:26歳
◆当時の住所:大阪府守口市
◆当時の身分:無職(国鉄職員を退職し、仕事を探していた)
◆身長:170cm
◆失踪場所:大阪府守口市

【失踪状況】
失踪前日の夜、大阪で別の仕事を始めると言い出し、その仕事を紹介した人物と兄の家を訪れた。
兄は反対し喧嘩になったが、翌日の朝心配して守口市の下宿先を訪ねると、一切の荷物が整理され、本人はいなくなっていた。
身分証明書や現金等が机の上に残されていた。
失踪後、家族が守口市役所を訪問して住民票を確認しようとしたが、原本が見当たらず、市の助役が謝罪するという出来事があった。
■大阪府警HP
http://www.police.pref.osaka.jp/

《特定失踪者・布施範行さんについて》
◆氏名:布施 範行
(ふせのりゆき)
◆失踪年月日:昭和52(1977)年3月
◆生年月日:昭和29(1954)年2月9日
◆性別:男
◆当時の年齢:23歳
◆当時の住所:愛知県名古屋市北区
◆当時の身分:アルバイト(プレハブ工事現場)
◆身長:180cm
◆特徴:痩せ型
◆失踪場所:不詳

【失踪状況】
3月に「沖縄に行く」と書いた手紙が妹にあり、4枚写真が同封。
3カ月前に実家で会ったときとは別人の様相。
「2カ月で帰る」とあったがその後連絡なし。
預金通帳、印鑑も一緒に妹に送付。
昭和53年2月までは実家に電話、手紙あり。同年1月頃、家族に電話で中華風の料理をしてみたいと言っていた。
失踪後、半年か1年後、女性の声で「範行さんいませんか」と電話が2回あった。
平成17年1月31日、山形県警に告発状提出。
■山形県警HP
http://www.pref.yamagata.jp/police/
■沖縄県警HP
http://www.police.pref.okinawa.jp/

《特定失踪者・佐藤正行さんについて》
◆氏名:佐藤 正行
(さとうまさゆき)
◆失踪年月日:昭和61(1986)年10月29日
◆生年月日:昭和33(1958)年12月11日
◆性別:男
◆当時の年齢:27歳
◆当時の住所:愛知県名古屋市千種区
◆当時の身分:製薬会社勤務
◆秋田県秋田市新屋出身
◆身長:170cm
◆体重:60cm
◆特徴:
1)やや面長
2)眼鏡とコンタクトレンズを併用
◆失踪場所:愛知県名古屋市千種区の自宅マンション

【失踪状況】
外食店で買い求めた弁当をアパート自室で食事中、部屋着の軽装で外出したまま行方不明。
部屋には財布、自動車免許など一切の身の回りのものは残されていた。
■秋田県警HP
http://www.police.pref.akita.jp/

《特定失踪者・安西正博さんについて》
◆氏名:安西 正博
(あんざいまさひろ)
◆失踪年月日:平成8(1996)年4月14日
◆生年月日:昭和43(1948)年9月19日
◆性別:男
◆当時の年齢:27歳
◆当時の住所:愛知県名古屋市名東区
◆当時の身分:会社員(荏原製作所)
◆栃木県小山市出身
◆身長:173cm
◆特徴:
1)色白
2)笑うと八重歯
3)髪はくせ毛
4)近視で眼鏡をかけている
◆失踪場所:愛知県名古屋市

【失踪状況】
会社の寮から車で出かけ、そのまま行方不明になる。
最後に姿を見たのは寮の管理人。
日曜日だったので、寮の玄関で「安西君、食事はどうする?」と声をかけたら「食べます」と答え、近所に買い物に行くような感じで車で出かけた。
前日買った単行本3冊が机の上に置いたまま。レシートも挟んであった。
前に実家に電話、「4月下旬に大学時代の友人の結婚式が九州であり、それに出席してから帰省するのでゴールデンウィーク後半に帰る、お土産を買っていく」と話していた。
3ヶ月後、寮を引き揚げるとき礼服の内ポケットに祝儀袋が入っていた。
自ら消息を絶つとは考えられない。
■栃木県警HP
http://www.pref.tochigi.lg.jp/keisatu/

《特定失踪者・塚腰義正さんについて》
◆氏名:塚腰 義正
(つかごしよしまさ)
◆失踪年月日:昭和48(1973)年11月
◆生年月日:昭和24(1949)年8月26日
◆性別:男
◆当時の年齢:24歳
◆当時の住所:東京都国分寺市東元町
◆当時の身分:大学生(東京経済大学3年生)
◆身長:163cm
◆体重:58kg
◆特徴:
1)髪はくせ毛
2)左足の甲と脛に2歳の時の火傷の痕がある
◆失踪場所:パキスタン・クエッタか?

【失踪状況】
同年6月、東京を出発して東南アジア一周を目指し1人で旅に出る。
フィンランド、西ドイツ、フランス、イタリア、トルコ、イランなど20カ国を廻り、パキスタン1973年11月8日付の便りを最後に消息を絶つ。
予定ではパキスタン、インド、タイ、ベトナム、シンガポールを経て1974年1月に帰国すると便りにあった。
■警視庁HP
http://www.keishicho.metro.tokyo.jp

《特定失踪者・尾方 晃さんについて》
◆氏名:尾方 晃
(おがたあきら)
◆失踪年月日:昭和54(1979)年2月14日
◆生年月日:昭和30(1950)年12月12日
◆性別:男
◆当時の年齢:23歳
◆当時の住所:京都市北区衣笠西馬場町
◆当時の身分:立命館大学学生
◆身長:168cm
◆体重:65kg
◆特徴:
1)右胸部と右背中に右胸部にリンパ腺炎の縦型の手術跡あり
2)右手中指第3関節の骨が突起している
◆失踪場所:京都府京都市

【失踪状況】
京都市北区の下宿先から失踪。
直前の正月には郷里の岐阜に帰省した。
その後アルバイト先から実家に「アルバイト代を払いたいが、家へ帰っていないか」と電話。
家族が下宿先に行くと、荷物やお金がそのまま残されていた。
2月13日に預金を引き出した形跡がある。
■京都府警HP
http://www.pref.kyoto.jp/fukei/

《特定失踪者・林 雅俊さんについて》
◆氏名:林 雅俊
(はやしまさとし)
◆失踪年月日:平成10(1998)年5月12日
◆生年月日:昭和50(1975)年1月20日
◆性別:男
◆当時の年齢:23歳
◆当時の住所:岐阜県不破郡垂井町
◆当時の身分:岐阜大学大学院生(土木科)
◆身長:169cm
◆体重:50kg
◆失踪場所:福井県丹生郡越前町梅浦の海岸

【失踪状況】
午前9時頃いつもどおりに大学へ車で向かった。22時30分に大学の指導スタッフと別れる。
この日の夜は帰宅しなかった。
それまでも卒論などで朝帰りや泊まり込みがあったので帰宅しなくても不思議ではなかった。
5月13日福井県越前町の海岸に車が止まっているとの電話が四ケ浦駐在所から自宅にある。
車は海岸の釣り場に下りて行くところ(本人は釣りはやらない)で、下りて行く道を塞いだように停まっていた。当日早朝から止めてあった模様。
ドアはロックしてあり、中にパソコン、財布、免許証などすべて置いてあった。座席のリクライニングは倒れていた。
パソコンには次のようなメッセージが残されていた。

[いやあ、もう疲れちゃったよ
少し道をはずしてしまったような気がする
何も考えずにここまできてしまった
このままゼネコンへ入ったとしてもやっていく自信はぜんぜんありません
修論も考えるとぞっとします
今までさんざんわがまま言ってごめんね
先生にもよろしく
このパソコンは○○さんにあげます
本当にすんません]

メッセージの残された時間は13日午前2時04分だったが、友人の証言や多数の遺書を見てきた川人 博弁護士の見解など、本人のものでない可能性が少なくない。
その後無言電話が1~2カ月間続いた。
1回女性の声で「雅俊さんいませんか」という電話があった。
車が置いてあった場所は山下 貢さんの車が置いてあった場所(通称・よびかけ地蔵)から直線距離で10キロほどのところで、置かれていた状況も類似している。
また、北朝鮮にいるとの不確定情報がある。
■福井県警HP
http://www.pref.fukui.jp/kenkei/

《特定失踪者・秋田美輪さんについて》
◆氏名:秋田 美輪
(あきたみわ)
◆失踪年月日:昭和60(1985)年12月4日
◆生年月日:昭和39(1964)年1月29日
◆性別:女性
◆当時の年齢:21歳
◆当時の住所:兵庫県川西市湯山台
◆当時の身分:神戸松陰女子大学文学部国文科4回生
◆身長:155cm
◆体重:43kg
◆特徴:両眼とも眼鏡をかけて視力1.2
◆失踪場所:兵庫県神戸市神戸松陰女子大学校門(阪急神戸線六甲)

【失踪状況】
大学で午前の授業を受けた後、1時過ぎに学食で友人と食事をとり校門近くで友人と別れた。
夜8時過ぎに「友人宅へ泊まる」との電話が家にある(実際には泊まっていない)。
翌日朝8時15分兵庫県警城之崎署から竹野町弁天浜で本人のバッグ発見との連絡。
当時は自殺とされたが、何も見つかっていない。
バックの置いてあったところから海岸に10メートル位足跡があった。
発見される前に雨が降ったがバックも近くにあった本人の靴も濡れていなかったという。
地形や潮の流れから入水自殺であれば遺体が上がるはず。
竹野浜、竹野駅、城崎駅で目撃者がいなかった。
平成15年11月13日、兵庫県警に告発状提出。
秋田美輪さんをただ単に行方不明者とするには、あまりにも不自然ないくつかの疑問点が残されている。
まず、残された美輪さんのバッグの中には急行券があった。
この急行券の使用距離範囲は大阪駅から150km。これではせいぜい城之崎までしか行けず、弁天浜までは30km程度足りない。
この急行券は、当時の改札口を通過したことを示す入挟・押印が無く、未使用のままだった。また、財布の中には定期代の1万8千円がそのまま残っていた。
そして、神戸松蔭女子学院大学内の美輪さんのロッカーの中から、失踪日の数日後に提出することになっていたレポートが発見される。
これらは状況証拠に過ぎないが、それでも単なる行方不明者として考えるには疑問を持たざるを得ない。さらに、美輪さんが行方不明になった前後、現場付近の浜辺でスーツ姿の男が無線機のような機器を使って朝鮮語で交信していたことが『産経新聞』の記事で明らかになっている。
この男は北朝鮮の工作員とみられる。
■兵庫県警HP
http://www.police.pref.hyogo.lg.jp/
■徳島県警HP
http://www.police.pref.tokushima.jp/
■愛知県警HP
http://www.pref.aichi.jp/police/
■秋田美輪さんの早期帰国を願う会HP
http://save-akitamiwa.com/top.html

《特定失踪者・川合健二さんについて》
◆氏名:川合 健二
(かわいけんじ)
◆失踪年月日:昭和54(1979)年4月4日
◆生年月日:昭和22(1947)年2月6日
◆性別:男
◆当時の年齢:35歳
◆当時の住所:山梨県中巨摩郡(現・山梨県甲斐市)
◆当時の身分:会社員
◆三重県津市出身
◆身長:167cm
◆体重:55kg
◆特徴:左利き
◆失踪場所:山梨県中巨摩郡

【失踪状況】
車で接触事故を起こし、被害者を病院に送り届けてから行方不明。
車(ナンバー/山梨55 は7111号)も見つかっていない。
失踪直前、10万円くらい小分けにして300万円が引き出されていた。
■山梨県警HP
http://www.pref.yamanashi.jp/police/

【調査会による川合健二さん失踪の調査結果】
川合健二さんは昭和54(1979)年4月4日夕刻、中巨摩郡内で運転中接触事故を起こし、被害者を病院に送り届けてから一旦自宅に戻ったが、すぐに車で家を出て所在不明となる。車も見つかっていない。失踪直前、10万円くらいずつ小分けにして300万円が引き出されていた。
川合さんには当時、「山ちゃん」と呼ばれる在日の友人がおり、川合さんが留守でも自宅に上り込み、借金を申し込むような人物であった。
家族の話では、川合さんの失踪後に北朝鮮に渡ったと聞いており、実際川合さんの失踪後は自宅に顔を見せなくなった。
家族が知らぬ間に合計で300万円の預金を引き出していたこと、川合さんの失踪後に顔を見せなくなった在日の人物が川合さんの失踪の謎を知っているのかについてさらに今後の調査が必要である。

《特定失踪者・平山政子さんについて》
◆氏名:平山 政子
(ひらやままさこ)
◆失踪年月日:昭和47(1972)年3月24日
◆生年月日:昭和21(1946)年9月4日
◆性別:女性
◆当時の年齢:25歳
◆当時の住所:青森県青森市
◆当時の身分:飲食店従業員
◆失踪場所:青森県青森市

【失踪状況】
当日、絵を描いていた姉妹が入賞し、お祝いのために待ち合わせていたが現れず。
アパートを訪ねると、特に身辺整理した様子もなく、普段の生活状況のまま。
無断欠勤したことのない政子さんが丸2日も職場に連絡せず失踪。
趣味の手品のアシスタントとしてステージに立つこともあった。
同日、ハワイで行われるマジックの世界大会に参加するための打ち合わせがあった。
■青森県警HP
http://www.police.pref.aomori.jp/

《特定失踪者・辻 與一さんについて》
◆氏名:辻 與一
(つじよいち)
◆失踪年月日:昭和56(1981)年12月5日
◆生年月日:昭和24(1949)年2月6日
◆性別:男
◆当時の年齢:32歳
◆当時の身分:工業高校教諭(英語)
◆当時の住所:三重県桑名市大字上野
◆特徴:
1)メガネ(近視用)をかけている
2)時々顎をはずすことがある
◆失踪場所:三重県桑名市

【失踪状況】
勤務校では同和地区の生徒の指導を担当。
下宿で洗濯機を回している時、生徒に呼び出され出て行き、白い車に乗せられて行った。
部屋には朝鮮関係の本がたくさんあった。

《特定失踪者・小久保稔史さんについて》
◆氏名:小久保 稔史
(こくぼとしひと)
◆失踪年月日:昭和55(1980)年1月13日
◆生年月日:昭和22(1947)年8月1日
◆性別:男
◆当時の年齢:32歳
◆当時の住所:三重県鳥羽市池上町
◆当時の身分:船員
◆身長:163cm
◆体重:57kg
◆特徴:
1)痩せ型
2)浅黒
3)口の右上(右の鼻下)に3mmくらいのほくろ
4)盲腸の手術痕あり
◆失踪場所:京都府舞鶴市

【失踪状況】
東舞鶴のスナックを一人で出た後不明。
午後7時に「パチンコ屋の横から」と言って自宅に普通の口調で電話があった。
船室もそのままだった。コートも置いてあった。
北朝鮮にいるとの不確定情報がある。
■京都府警HP
http://www.pref.kyoto.jp/fukei/

《特定失踪者・大政由美さんについて》
◆氏名:大政 由美
(おおまさゆみ)
◆失踪年月日:平成3(1991)年3月28日
◆生年月日:昭和42(1967)年4月5日
◆性別:女
◆当時の年齢:23歳
◆当時の住所:三重県津市江戸橋1丁目
◆当時の身分:三重大学研究生
◆愛媛県伊予市出身
◆身長:150cm
◆特徴:下唇の下に縫合跡(2歳6カ月の時に5針くらい)
◆失踪場所:韓国慶州市

【失踪状況】
同年3月に三重大を卒業。考古学専攻。
3月27日夜、慶州ユースホステルにチェックインし、翌朝10時に荷物を置いたまま外出し、その後消息不明。
現地、慶州警察署で捜索。
1991年3月~1994年10月の間に数回無言電話。
正確な日付は不明だが、午後から夕方にかけてがほとんど。
受話器を取ると人の息、生活音も聞こえず受話器を置くまで一言も話さなかった。
北朝鮮にいるとの複数の不確定情報がある。
■愛媛県警HP
http://www.police.pref.ehime.jp/

【調査会による大政由美さん失踪の調査結果】
今回は由美さんの失踪から約1ヶ月後の4月下旬に由美さんの実家前に停車していた不審車両について、母・悦子さんから聴取と現場での説明を受けた。
不審車両は黒っぽいセダンで男3名が乗車し、由美さんの実家前に長時間停車し、最初に発見したときから悦子さんは「異様な恐怖心を抱いた」という。周囲の状況や説明から、由美さんの実家を監視していたとも取れる状態は何を示唆するのか、今後も関連情報について調査してゆくこととなった。

《特定失踪者・辻出紀子さんについて》
◆氏名:辻出 紀子
(つじでのりこ)
◆失踪年月日:平成10(1998)年11月24日
◆生年月日:昭和49(1974)年11月3日
◆性別:女性
◆当時の年齢:24歳
◆当時の住所:三重県津市
◆当時の身分:雑誌社記者
◆失踪場所:三重県伊勢市内

【失踪状況】
1998年(平成10年)11月24日午後11時頃、勤務先の三重県伊勢市神田久志本町の出版社「伊勢文化舎」を出た後、行方不明。
翌日、会社近くの損保会社の駐車場(当時。現在は自動車会社)で本人の車が発見された。車は荒らされた様子はなかった。
ただし、

1)車内にタバコが一本残っていたこと(本人はタバコを吸わない)
2)車の座席が後ろになっていたこと(本人の身長と合致しない)
3)カーステレオのスイッチが切られていたこと(本人はいつもスイッチをつけっぱなしだった)

以上3点から、本人ではない第三者が車を移動した可能性がある。また、前日までタイに旅行に行っており、帰国したばかりだった。
失踪の直前、取材で知り合った尾鷲市在住の男性から数度本人に電話があり、その男性と駐車場で待ち合わせをしたと推測されている。
同男性によれば、「自分の車の中で取材の件で辻出さんと1時間ほど話をして、別の海岸に近いところで辻出さんを降ろした」というものだった。
三重県警は、同男性を被疑者として別件(別の女性の拉致監禁容疑)で逮捕したものの、裁判で無罪となった。
同男性は「無罪になれば全てを話す」と語っていたが、その後一切の証言を拒否している。

◆昭和53(1978)年6月頃
元飲食店店員拉致容疑事案
被害者:田中 実さん(拉致被害時28歳)
欧州に向け出国したあと失踪。
平成14年10月にクアラルンプールで行われた日・朝国交正常化交渉第12回本会談及び平成16年に計3回行われた日・朝実務者協議において我が方から北朝鮮側に情報提供を求めたが、第3回協議において北朝鮮側より北朝鮮に入境したことは確認できなかった旨回答があった。
平成17年4月に田中 実さんが拉致認定されて以降、政府は北朝鮮側に対し即時帰国及び事案に関する真相究明を求めてきているが、これまでに回答はない。
■兵庫県警HP
http://www.police.pref.hyogo.lg.jp/
■救う会兵庫HP
http://www.sukuukai078.net/04.html
■救う会兵庫facebook
http://www.facebook.com/sukuukai078

[In or around June 1978: Former restaurant worker abducted]

Abductee: Minoru Tanaka (28, male, Hyogo Prefecture)
Disappeared after departing Japan for Europe.
The GoJ requested that North Korea provide information on this case at the 12th round of Japan-North Korea Normalization Talks held in Kuala Lumpur in October 2002 and all three Japan-North Korea Working-Level Consultations held in 2004. During the third round of consultations, North Korea asserted that there is no evidence that Mr. Tanaka had ever entered North Korean territory.
Since April 2005, when the GoJ officially identified Minoru Tanaka as an abductee, the GoJ has demanded that North Korea immediately allow him to return to Japan and provide a full accounting of his case. North Korea, however, has not responded.

《特定失踪者・金田竜光さんについて》
◆氏名:金田 竜光
(かねだたつみつ)
◆失踪年月日:昭和54(1979)年ごろ
◆生年月日:昭和27(1952)年
◆性別:男
◆当時の年齢:26歳
◆当時の住所:兵庫県神戸市東灘区青木
◆当時の身分:ラーメン店店員
◆身長:180cm
◆失踪場所:神戸市東灘区

【失踪状況】
金田さんは韓国籍。
田中 実さん(昭和53年に拉致)と同じ施設で育った。
昭和52年ごろ、田中 実さん拉致実行犯・韓竜大(ハン・ヨンデ)が経営するラーメン店「来大」に就職。昭和53年に田中 実さんを「来大」に紹介し、ともに働く。同年、韓竜大の誘いにより、田中 実さんがオーストリア・ウィーンに出国。
半年ほどして、田中 実さんが差出人になっているオーストリアからの国際郵便を受け取る。その内容は「オーストリアはいいところであり、仕事もあるのでこちらに来ないか」との誘いであった。
田中さんの誘いを受け、打ちあわせと言って東京に向かったが、以後一切連絡がなく、行方不明となる。
連絡がないことを不思議に思った友人が、この間の事情を知る韓竜大に再三説明を求めたが、「知らない」と繰り返す。
その後失踪した2人を知る友人たちの間で「2人は北朝鮮にいる」との噂が広まり、韓竜大に近づく者がいなかった。
「救う会兵庫」は平成14年10月に韓竜大、15年7月にその共犯である曹廷楽(チョ・ジョンガリ)についての告発状を兵庫県警に提出している。
■兵庫県警HP
http://www.police.pref.hyogo.lg.jp/
■救う会兵庫HP
http://www.sukuukai078.net/04.html

《救う会認定拉致被害者・福留貴美子さんについて》
◆氏名:福留 貴美子
(ふくとめきみこ)
◆失踪年月日:1976(昭和51)年7月18日または19日
◆生年月日:1952(昭和27)年1月1日
◆当時の住所:東京都渋谷区恵比寿
◆当時の身分:アルバイト
◆最終失踪関連地点:海外

【失踪状況】
1976(昭和51)年7月中旬、同居していた友人に「モンゴルに行く」と言い残して出国後、行方不明となる。
1980(昭和55)年3月、突然同居していた渋谷区恵比寿の友人宅に現れた後、横浜市の友人宅に2泊した後、「大阪に行く」と言い残して再び行方不明となるが、後に北朝鮮に渡ったよど号犯の岡本 武と結婚し2児をもうけていたことが明らかになる。
1996(平成8)年夏によど号犯グループの小西隆裕から実家に「1988(昭和63)年夏に土砂崩れで死亡したと北朝鮮側から知らせを受けた」旨の手紙が送られてきたが、真相は不明のままである。
■警視庁HP
http://www.keishicho.metro.tokyo.jp
■神奈川県警HP
http://www.police.pref.kanagawa.jp/
■大阪府警HP
http://www.police.pref.osaka.jp/
■高知県警HP
http://www.police.pref.kochi.lg.jp/

《新潟県警・愛知県警公開特定失踪者・渡邉浩成さんについて》
◆氏名:渡邉 浩成
(わたなべひろまさ)
◆当時の年齢:23歳(昭和60年当時)
◆当時の住所:愛知県名古屋市中区
◆新潟県三条市出身
◆当時の職業:郵便局員
◆身長:170cmくらい

【失踪状況】
昭和60年12月、岐阜県岐阜市の職場を出た後、行方不明になっています。
■新潟県警HP
http://www.police.pref.niigata.jp/
■愛知県警HP
http://www.pref.aichi.jp/police/
■岐阜県警HP
http://www.pref.gifu.lg.jp/police/



【拉致事件、捜査の現状】
北朝鮮による拉致事件を巡り、日本の警察はこれまで実行犯や指示役として北朝鮮の元工作員たち合わせて11人を国際手配しています。
拉致には金正日(キム・ジョンイル)総書記が掌握していた対外情報調査部と呼ばれる工作機関が組織的に関わっていた疑いが強いと見て捜査を続けています。
このうち、福井県の地村保志さん・富貴恵さん夫妻を拉致した実行犯として元工作員の辛光洙(シン・グァンス)容疑者が手配されています。
また、大阪府の原 敕晁さんが拉致された事件では、辛容疑者とともに金吉旭(キム・キルウク)容疑者も共犯者として手配されています。
この他、東京都の久米 裕さん拉致事件では金世鎬(キム・セホ)容疑者が、新潟県の曽我ひとみさん拉致事件にはキム・ミョンスク容疑者がそれぞれ関わったとして手配されています。
北海道出身の渡辺秀子さんの子供2人の拉致事件では、工作員グループのリーダー格で北朝鮮にいると見られる洪寿恵(ホン・スヘ)こと木下陽子容疑者が手配されています。
新潟県の蓮池 薫さん・祐木子さん夫妻の拉致事件ではチェ・スンチョル容疑者が実行犯として手配されている他、金総書記が掌握していた対外報調査部と呼ばれる北朝鮮の工作機関の幹部であるハン・クムニョン容疑者とキム・ナンジン容疑者が拉致の実行を指示したとして手配されています。
ハン容疑者たちは工作機関で「指導員」と呼ばれる立場で、辛光洙容疑者たちもこの組織の一員だったことがわかっており、警察は北朝鮮が組織的に拉致を実行した疑いが強いと見て捜査を続けています。
よど号ハイジャック事件のメンバーたちも1980年代にヨーロッパで相次いだ3人の日本人拉致に関わった疑いで国際手配されています。
このうち、有本恵子さん拉致事件では魚本公博(安部公博)容疑者が、石岡 亨さんと松木 薫さん拉致事件ではよど号メンバーの妻の森 順子・若林佐喜子両容疑者がそれぞれ手配されています。
ジャンル:
モブログ
この記事についてブログを書く
この記事をはてなブックマークに追加
« 【みんな生きている】松木 ... | トップ | 【みんな生きている】松木 ... »
最近の画像もっと見る

あわせて読む

トラックバック

この記事のトラックバック  Ping-URL
  • 30日以上前の記事に対するトラックバックは受け取らないよう設定されております。
  • 送信元の記事内容が半角英数のみのトラックバックは受け取らないよう設定されております。
  • このブログへのリンクがない記事からのトラックバックは受け取らないよう設定されております。
  • ※ブログ管理者のみ、編集画面で設定の変更が可能です。