もずの独り言・goo版

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【みんな生きている】金正男編[VX・手が真っ黒]/NBC

2017-05-17 04:32:06 | 日記
《人殺しの前に、拉致被害者を返せ!正男氏殺害1か月 新映像、犯行直後の女の両手が“真っ黒”》

【3月13日月曜日】
北朝鮮の金正男(キム・ジョンナム)氏がマレーシアで殺害されて3月13日で1か月ですが、依然、マレーシアと北朝鮮の対立は続いています。
私たちJNNは犯行直後の女の映像を入手しました。化学兵器VXを使った影響でしょうか、両手が真っ黒なんです。
今から1か月前、クアラルンプール国際空港で殺害された金正男氏。その実行犯として起訴されたフオン被告の襲撃直後の様子を映した新たな映像を入手しました。
映像には、フオン被告が手のひらを不自然に上に向けたまま歩いて立ち去る姿が映し出されています。

「新たな防犯カメラの映像では、フオン被告は手のひらを上にして現場から立ち去っています。そして手のひらは黒くなっている様子が確認できます」
(JNN記者)

警察の発表では、正男氏の顔に素手で薬品を塗りつけたとされるフオン被告ですが、直後の映像でも実際に素手だったことが分かります。しかし、その手のひらは、なぜか黒く映っていることが確認できるのです。
正男氏は猛毒のVXを塗りつけられて死亡しましたが、地元メディアは13日、このVXは2つの化学物質を現場で混合して生成されたとみて捜査していると報じました。それぞれの毒性は強くないものの、混ぜることで猛毒のVXに変わるとしています。
また、事件の重要参考人の1人で「ジェームズ」を名乗る北朝鮮籍の男が犯行直前、フオン被告とシティ・アイシャ被告の2人の手になんらかの液体を塗りつけていたとも報じられています。フオン被告の手が黒っぽく見えるのは、これらの物質の影響なのでしょうか。
こうしなか、日本政府は正男氏が2001年に日本から国外退去処分になった際、採取した指紋をマレーシア側に提供していたことが分かりました。マレーシア警察は、10日に殺害された男性は正男氏だったと発表していますが、身元の確認作業に日本政府が提供した情報も使われたとみられています。
正男氏殺害事件から1か月。北朝鮮籍の男たちに対する捜査や正男氏の遺体をめぐって、北朝鮮とマレーシアの関係は互いの国民の出国を禁じる深刻な外交問題へと発展していますが、ここにきて、数日以内に公式協議が始まる可能性が出てきました。

「平壌にいるマレーシア大使館員の解放を最優先で考える」
(マレーシア/ザヒド副首相)
Q.公式協議はまだ始まっていないのですか?
「そう、前向きに探っている」
(マレーシア外務省担当者)

マレーシア側は、北朝鮮に足止めされている大使館職員ら9人の帰国に向け、正男氏の遺体を北朝鮮側に引き渡す可能性を示唆しています。
また、一部の報道では、北朝鮮から9人を出国させる条件として北朝鮮側はマレーシア警察が行方を追っている北朝鮮の二等書記官と高麗(コリョ)航空職員を出国させるという、いわば「人質交換」を求めているとされます。
こうした中…

「現地時間12日午後10時半です。大使館の2階では北朝鮮大使館の職員とみられる4〜5人ほどの人物がビリヤードをして遊んでいる様子が確認できます」
(JNN記者)

北朝鮮大使館では、12日深夜、二等書記官と高麗航空職員に極めてよく似た2人が捜査当局をあざ笑うかのようにビリヤードに興じている姿が確認されました。
事件の鍵を握るとみられる2人に対して事情聴取できる可能性はむしろ遠のいていて、全容の解明は一層困難な状況となっています。

■政府拉致問題HP
http://www.rachi.go.jp/
■警察庁HP
http://www.npa.go.jp/
■長崎県警HP
http://www.police.pref.nagasaki.jp/
■救う会全国協議会HP
http://www.sukuukai.jp/
■特定失踪者問題調査会HP
http://www.chosa-kai.jp/
■北朝鮮帰国者の生命と人権を守る会HP
http://hrnk.trycomp.net/
■北朝鮮人権人道ネットワークfacebook
http://www.facebook.com/nknet2015
■北朝鮮を離れて自由へ★イ・エラン★のブログ
http://blog.goo.ne.jp/aeran2000
■脱北者トーク番組動画
https://www.youtube.com/watch?v=KJZWxe9P-L8&feature=youtu.be
■脱北者・金柱聖さんの動画[前編](日本語訳付き)
https://www.youtube.com/watch?v=zCPxzwHK8fQ&feature=youtu.be
■脱北者・金柱聖さんの動画[後編](日本語訳付き)
https://www.youtube.com/watch?v=bq4sYy6d6EA&feature=youtu.be
■ペナTV(日本語版)
https://www.youtube.com/watch?v=4YHLDtOoJOo



《特定失踪者・堀江一利さんについて》
◆氏名:堀江 一利
(ほりえかずとし)
(Kazutoshi Horie)
◆失踪年月日:昭和49(1974)年12月頃
◆生年月日:昭和25(1950)年3月30日
◆性別:男
◆当時の年齢:24歳
◆当時の身分:東海大学学生
◆長崎県対馬市出身
◆身長:165cm
◆体重:60kg~65kg
◆失踪場所:東京都

【失踪状況】
昭和49年10月7日、東京都練馬区のアパートに引っ越したとの手紙が家族に届いた。以後連絡がとれなくなった。
失踪する数日前友人に電話で「知り合いになった人から北海道にいい仕事があると誘われている」と話した。
その後アパートの大家から家族に「帰ってこない」と連絡があった。
出身は長崎県対馬。
■警視庁HP
http://www.keishicho.metro.tokyo.jp
■北海道警HP
http://www.police.pref.hokkaido.lg.jp/

《特定失踪者・横山辰夫さんについて》
◆氏名:横山 辰夫
(よこやまたつお)
(Tatsuo Yokoyama)
◆失踪年月日:昭和56(1981)年11月18日以降
◆生年月日:昭和27(1952)年9月6日
◆性別:男
◆当時の年齢:29歳
◆当時の身分:溶接技師
◆失踪場所:神奈川県横浜市

【失踪状況】
本人から長崎の実家に「横須賀の米軍基地内の仕事につくため、戸籍を送って欲しい」と電話があり(11月18日)、家族が友人宅に戸籍を送ったが、それ以後連絡が途絶える。
失踪前の11月5日には、父の一周忌のため長崎に帰省していた。
■長崎県警HP
http://www.police.pref.nagasaki.jp/
■神奈川県警HP
http://www.police.pref.kanagawa.jp/

《特定失踪者・徳永陽一郎さんについて》
◆氏名:徳永 陽一郎
(とくながよういちろう)
(Youichirou Tokunaga)
◆失踪年月日:昭和28(1953)年10月7日
◆生年月日:昭和10(1935)年1月14日
◆性別:男
◆当時の年齢:18歳
◆当時の身分:店員
◆特徴:右肩に子供の頃鎌で切った跡がある
◆失踪場所:長崎県長崎市

【失踪状況】
別の勤務先の話があり、履歴書を書いている途中で突然いなくなった。
10月17日に門司から送られてきた手紙は書留で家族から借りていた金を返して「いい仕事があった」「歩いてでも帰ってきます」と書かれていたが、それ以来連絡なし。
平成16年9月24日、長崎県警に告発状を提出。
■福岡県警HP
http://www.police.pref.fukuoka.jp/

《特定失踪者・中村健一さんについて》
◆氏名:中村 健一(通称:武康)
(なかむらけんいち/たけやす)
(Ken-ichi Nakamura)
◆失踪年月日:昭和33(1958)年5月28日
◆生年月日:昭和12(1937)年8月24日
◆性別:男
◆当時の年齢:20歳
◆当時の身分:技術職
◆身長:175cm
◆特徴:
1)背が高く細身
2)肩幅広い
3)盲腸の手術跡あり
◆失踪場所:長崎県長崎市の下宿先

【失踪状況】
長崎県長崎市の下宿先で行方不明。

《長崎県警公開特定失踪者・福本和光さんについて》
◆氏名:福本 和光
(ふくもとかずみつ)
(Kazumitsu Fukumoto)
◆当時の年齢:27歳(昭和57年当時)
◆当時の住所:埼玉県入間市
◆当時の職業:会社員
◆身長:168cm
◆体重:62kg
◆血液型:O型

【失踪状況】
昭和57年10月25日午前7時20分頃、会社の寮からジョギングへ出掛けたまま、行方不明となっています。
■埼玉県警HP
http://www.police.pref.saitama.lg.jp/

《奈良県警公開特定失踪者・村尾知彦さんについて》
◆氏名:村尾 知彦
(むらおともひこ)
(Tomohiko Murao)
◆当時の年齢:19歳(昭和51年当時)
◆当時の住所:長崎市内
◆当時の職業:長崎市内の大学1回生
◆身長:177cm
◆特徴:
1)近視のため眼鏡着用
2)右腹部に3cmの手術痕

【失踪状況】
昭和51年2月11日に大学の同級生宛に「自分の存在感が希薄になってしまいそう。見知らぬ土地に惹かれて一人旅に出ることにした。」等と記載された手紙が札幌から郵送されてきた後、行方不明となっています。
■奈良県警HP
http://www.police.pref.nara.jp/
■北海道警HP
http://www.police.pref.hokkaido.lg.jp/

◆昭和53(1978)年6月頃
元飲食店店員拉致容疑事案
被害者:田中 実さん(Minoru Tanaka)
(拉致被害時28歳)
※This person was Abduction by North Korea
欧州に向け出国したあと失踪。
平成14年10月にクアラルンプールで行われた日・朝国交正常化交渉第12回本会談及び平成16年に計3回行われた日・朝実務者協議において我が方から北朝鮮側に情報提供を求めたが、第3回協議において北朝鮮側より北朝鮮に入境したことは確認できなかった旨回答があった。
平成17年4月に田中 実さんが拉致認定されて以降、政府は北朝鮮側に対し即時帰国及び事案に関する真相究明を求めてきているが、これまでに回答はない。
■兵庫県警HP
http://www.police.pref.hyogo.lg.jp/
■救う会兵庫HP
http://www.sukuukai078.net/04.html
■救う会兵庫facebook
http://www.facebook.com/sukuukai078

[In or around June 1978: Former restaurant worker abducted]

Abductee: Minoru Tanaka (28, male, Hyogo Prefecture)
Disappeared after departing Japan for Europe.
The GoJ requested that North Korea provide information on this case at the 12th round of Japan-North Korea Normalization Talks held in Kuala Lumpur in October 2002 and all three Japan-North Korea Working-Level Consultations held in 2004. During the third round of consultations, North Korea asserted that there is no evidence that Mr. Tanaka had ever entered North Korean territory.
Since April 2005, when the GoJ officially identified Minoru Tanaka as an abductee, the GoJ has demanded that North Korea immediately allow him to return to Japan and provide a full accounting of his case. North Korea, however, has not responded.



【SEA OF MERCY】
The book named “Sea of Mercy”
13-year- old junior high school student Takeshi Terakoshi was abducted in May 1963.
He went fishing with his two uncle, Shoji and Soto-o Terakoshi. The fishingboat named Kiyomaru left for the fishing ground nearby Noto island, Ishikawa prefecture.
Kiyomaru encountered North Korean spy vessel. Spies were afraid of detection.
Soto-o and Takeshi were abducted and carried to Chong-jin city. Shoji was considered to be killed at the site.
Families, fellow fishermen and coast guard searched the area, but they could find only Kiyomaru and Takeshi’s school uniform.
They thought 3 persons were in disress and died. Funeral service was held.24 Years were passed.
In 1987, Soto-o’s sister received the letter from Soto-o and surprised.
Soto-o wrote “Takeshi and I am living in Gusong, North Korea”.
Takeshi’s father and mother visited to North Korea in1988 and met with Soto-o and Takeshi.
But they couldn’t say how they carried to North Korea because NK officials watched them.
North Korea made the story of their shipwreck accident and lifesaving.
Since then, Takeshi’s parents visited to him a lot of times but Takeshi and his family members cannot say that Takeshi and his uncles were abducted.
In 1997, Megumi Yokota case was appeared in the media and the national congress. Terakoshi’s case was also observed as an abduction case. But “he” denied that he was abducted and praised North Korea and the Kim family.
In December 2001, Pyongyang publishing company published a book named “Sea of Mercy”.
The author is Kim Myong-ho, Takeshi’s Korean name.
In that book, Takeshi wrote that they are not the abduction victims but happily living in North Korea after they ware saved. Moreover “he" denied other abduction case such as Megumi Yokota and Yaeko Taguchi in this book.
Nine months later, Kim Jong-il admitted and appologized for the abduction activities.
But North Korea still denies Terakoshi’s case as abduction and Takeshi and his family cannot say he was abduction victim because Takeshi himself is a hostage.
“Sea of Mercy”, the title is a symbol of North Korean regime.
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