もずの独り言・goo版

半蔵ともず、gooでも独り言です。『もずの独り言』は代行業とは一切関係ありません。

【みんな生きている】加藤勝信編[アメリカ特使面会]/SBC

2016-10-31 06:40:36 | 日記
《インチキ遺骨ではなくて、拉致被害者を返せ!拉致被害者救出で協力続ける、アメリカ特使が加藤拉致問題担当相と面会》

アメリカのロバート・キング(Robert R. King)北朝鮮人権問題担当特使が加藤勝信拉致問題担当大臣と面会し、拉致被害者の救出に向け日本への協力を続けると述べました。

「加藤拉致問題担当相と、拉致等北朝鮮の人権侵害について有益な話し合いができた。アメリカ政府は拉致被害者帰国を目指す日本の努力を支持する」
(ロバート・キング北朝鮮人権問題担当特使)

アメリカのキング北朝鮮人権問題担当特使は、加藤拉致問題担当大臣に対し、拉致・核・ミサイル等北朝鮮を巡る問題の対応で日・米が緊密に連携していると高く評価しました。
その上で、アメリカ政府は拉致問題での日本の立場を支持しており、今後も解決に向けて協力を惜しまないと述べたということです。

■政府拉致問題HP
http://www.rachi.go.jp/
■警察庁HP
http://www.npa.go.jp/
■長野県警HP
http://www.pref.nagano.lg.jp/police/
■救う会全国協議会HP
http://www.sukuukai.jp/
■特定失踪者問題調査会HP
http://www.chosa-kai.jp/
■北朝鮮帰国者の生命と人権を守る会HP
http://hrnk.trycomp.net/
■特定失踪者・北朝鮮人権ネットワークfacebook
http://www.facebook.com/nknet2015



《特定失踪者・中塚節子さんについて》
◆氏名:中塚 節子
(なかつかせつこ)
(Setsuko Nakatsuka)
◆失踪年月日:昭和38(1963)年6月16日
◆生年月日:昭和20(1945)年6月5日
◆性別:女性
◆当時の年齢:18歳
◆当時の住所:東京都文京区
◆当時の身分:印刷会社勤務
◆身長:155cm〜158cm
◆特徴:
1)色白
2)富士額
◆失踪場所:東京都文京区の会社の近く

【失踪状況】
仕事を終えて「ちょっと出かけてくる」と同僚の男性と小銭を持ってサンダル履きで出かけたまま行方不明。
おやつでも買いに出た感じだったという。
■警視庁HP
http://www.keishicho.metro.tokyo.jp

《特定失踪者・白鳥英敏さんについて》
◆氏名:白鳥 英敏
(しろとりひでとし)
(Hidetoshi Shirotori)
◆失踪年月日:昭和44(1969)年7月
◆生年月日:昭和24(1949)年10月27日
◆性別:男
◆当時の年齢:19歳
◆当時の住所:長野県松本市
◆当時の身分:信州大学農学部1年
◆身長:165cm〜170cm
◆体重:60kg〜65kg
◆失踪場所:長野県松本市の下宿先から

【失踪状況】
松本市の下宿先より行方不明。
家主が毎日、下宿から出かけるとき、帰ったときに声をかけていたが、本人が入院中のため留守で、いつごろからいなくなったのか分からない。
退院してきていなくなったのではないかと、家主から家族に連絡があった。
家族が大学に行き調べた結果、7月中旬頃大学の図書館で見かけた人がいることが分かった。
父宛ての最後のはがき(昭和44年6月25日付)では、学生紛争中ではあるが少しはクラスで勉強したり、クラブでコロナ観測所に行くこと、6月30日の夕方に帰ること等が書いてあった。
学生運動に熱中している様子もなく、家出する理由もない。
部屋の中も暮していたままで食事のあとがそのままで、食器も洗わずに置いてあった。

《特定失踪者・小宮山広明さんについて》
◆氏名:小宮山 広明
(こみやまひろあき)
(Hiroaki Komiyama)
◆失踪年月日:平成7(1995)年6月19日
◆生年月日:昭和39(1964)年11月22日
◆性別:男
◆当時の年齢:30歳
◆当時の住所:長野県坂城町
◆当時の身分:工場勤務
◆身長:167cm
◆体重:60kg
◆特徴:左ひじに手術痕
◆失踪場所:長野県埴科郡坂城町

【失踪状況】
平成7年6月19日、車両で自宅を出た後、行方不明。
詳細不明。
当日他の家族は家にいなかった。

《特定失踪者・菊地寛史さんについて》
◆氏名:菊地 寛史
(きくちひろし)
(Hiroshi Kikuchi)
◆失踪年月日:平成10(1998)年4月5日
◆生年月日:昭和52(1977)年11月22日
◆性別:男
◆当時の年齢:20歳
◆当時の住所:長野県佐久市
◆当時の身分:自動車会社勤務
◆身長:166cm
◆体重:56kg
◆失踪場所:研修の宿泊施設(長野県長野市サイクリングターミナル)

【失踪状況】
新人研修中に寮から行方不明。
4月5日、宿泊部屋が一緒だった同僚に「ジュースを買ってきてくれ」と頼み、同僚がジュースを買って部屋に戻るといなくなっていた。
荷物、免許証、財布、スーツ、靴等も残したままだった。
平成10年〜13年くらいまでの間に時々数回だけ鳴って切れる電話があった。
そのほとんどが非通知だった。こちらが出たとたんに切れる電話もあった。
平成15年くらいからは、ほとんどそれも無くなった。

《特定失踪者・渋谷浩邦さんについて》
◆氏名:渋谷 浩邦
(しぶやひろくに)
(Hirokuni Shibuya)
◆失踪年月日:平成10(1998)年8月4日
◆生年月日:昭和39(1964)年3月1日
◆性別:男
◆当時の年齢:34歳
◆当時の住所:神奈川県厚木市
◆当時の身分:県庁職員
◆身長:168cm
◆特徴:
1)太り気味
2)むち打ちで寒いと痛みが出る
3)趣味は山とスキー、全国の山を登っている
◆失踪場所:長野県白馬山中

【失踪状況】
8月2日、「5日夜か6日の朝に帰宅する」と言い残して長野県白馬に登山に出かける。失踪当日午後1時頃、「大町市の黒部観光ホテルに着いたので、これから山に行く」と電話があった。
白馬山荘に2泊し、4日の朝5時頃1人で出たが、方角は不明。車でホテルまで行き、荷物を預けて、そこからバスで乗ったのをホテルの客が見ている。
5日、ホテルから自宅に電話が入る。
平成11年3月頃までヘリを何回かとばして捜す。車の中には着替えたものがあった。
預金が引き出された形跡なし。
失踪した年の暮れ頃から平成13年まで無言電話や不審な電話あり。
■神奈川県警HP
http://www.police.pref.kanagawa.jp/

◆昭和53(1978)年6月頃
元飲食店店員拉致容疑事案
被害者:田中 実さん(Minoru Tanaka)
(拉致被害時28歳)
※This person was Abduction by North Korea
欧州に向け出国したあと失踪。
平成14年10月にクアラルンプールで行われた日・朝国交正常化交渉第12回本会談及び平成16年に計3回行われた日・朝実務者協議において我が方から北朝鮮側に情報提供を求めたが、第3回協議において北朝鮮側より北朝鮮に入境したことは確認できなかった旨回答があった。
平成17年4月に田中 実さんが拉致認定されて以降、政府は北朝鮮側に対し即時帰国及び事案に関する真相究明を求めてきているが、これまでに回答はない。
■兵庫県警HP
http://www.police.pref.hyogo.lg.jp/
■救う会兵庫HP
http://www.sukuukai078.net/04.html



【SEA OF MERCY】
The book named “Sea of Mercy”
13-year- old junior high school student Takeshi Terakoshi was abducted in May 1963.
He went fishing with his two uncle, Shoji and Soto-o Terakoshi. The fishingboat named Kiyomaru left for the fishing ground nearby Noto island, Ishikawa prefecture.
Kiyomaru encountered North Korean spy vessel. Spies were afraid of detection.
Soto-o and Takeshi were abducted and carried to Chong-jin city. Shoji was considered to be killed at the site.
Families, fellow fishermen and coast guard searched the area, but they could find only Kiyomaru and Takeshi’s school uniform.
They thought 3 persons were in disress and died. Funeral service was held.24 Years were passed.
In 1987, Soto-o’s sister received the letter from Soto-o and surprised.
Soto-o wrote “Takeshi and I am living in Gusong, North Korea”.
Takeshi’s father and mother visited to North Korea in1988 and met with Soto-o and Takeshi.
But they couldn’t say how they carried to North Korea because NK officials watched them.
North Korea made the story of their shipwreck accident and lifesaving.
Since then, Takeshi’s parents visited to him a lot of times but Takeshi and his family members cannot say that Takeshi and his uncles were abducted.
In 1997, Megumi Yokota case was appeared in the media and the national congress. Terakoshi’s case was also observed as an abduction case. But “he” denied that he was abducted and praised North Korea and the Kim family.
In December 2001, Pyongyang publishing company published a book named “Sea of Mercy”.
The author is Kim Myong-ho, Takeshi’s Korean name.
In that book, Takeshi wrote that they are not the abduction victims but happily living in North Korea after they ware saved. Moreover “he" denied other abduction case such as Megumi Yokota and Yaeko Taguchi in this book.
Nine months later, Kim Jong-il admitted and appologized for the abduction activities.
But North Korea still denies Terakoshi’s case as abduction and Takeshi and his family cannot say he was abduction victim because Takeshi himself is a hostage.
“Sea of Mercy”, the title is a symbol of North Korean regime.
ジャンル:
モブログ
この記事についてブログを書く
この記事をはてなブックマークに追加
« 【みんな生きている】加藤勝... | トップ | 【みんな生きている】加藤勝... »
最近の画像もっと見る

日記」カテゴリの最新記事