スウェーデンで見たこと、聞いたこと、考えたことを、同時代に生きるみなさまとシェアーを!
ぼちぼち スウェーデン
新小岩散歩
東京総武線沿線にある新小岩に、1月初から1ヶ月ばかり滞在した。
散歩を日課としたが、それがけっこう面白い。道が通りがかる人に語りかけているからである。
この下のようなのはかなり典型的で、歩行者の目をなごませてくれる。

次のタイプはストックホルムでよくみかけるのと同じだ。
溺愛されていたらしいこの猫ちゃんは「男の子」で、「雄猫」ではないのに留意されたい。

しかし、次のはどうか?
何気ない顔をして、通りがかりにすっとごみを捨てていく女性に、歯軋りをして
怒っている人の顔までみえてくるではないか。

また、犬の排泄物に閉口している住民はこのように表現する。


人間さまには、ちゃんとしたトイレが公園然としたところに用意されているのには
感心した。お役所が人の生理にきちんと対応している。
ストックホルムには公共トイレはまずないし、もしあっても5クローネ(60円
位)のコインを差し入れないと戸が開かないのと対照的である。街中のハンバー
ガー屋だって同様に、客からちゃんとトイレ代をとる。

小川に沿った散歩道にあるタイプ。「おんな色」と「おとこ色」である赤と青で
表示されているのがちょっと気になるけど、まあ、こんなものなのだろうか。
いかにも清潔そうだ。

ブランコなどがある小さな公園にあるタイプ。
独身の女性も人口受精が可能に
結婚または同居(サンボ)カップルは、合法的に人工授精を受けることができるが、独身女性には不可能である。
しかしそれも近々可能になるようだ。そうなると、妊娠したい独身女性は隣国デンマークまでわざわざ出かける必要がなくなる。
いったいに、スウェーデンの理想のライフスタイルによると、高校を卒業してからしばらくバイトをしたり、世界旅行をしたりしてから、高等教育を受ける。本格的に職業生活に入るのは28歳頃だ。そして、キャリアーの階段を登りはじめる頃には、理想的な人生の伴侶も見つかっており、その人と一緒に子どもをつくるという青写真だ。
だんだんと月日が経つうちに子どもが欲しくなるが、理想的な伴侶が見つからない場合、自分だけで生む独身女性は少なくない。誤解がないよう付けくわえておくが、各人が独立した経済力をもつスウェーデンでは結婚は社会的な規範でなく、別に気にしなくてもよい。「結婚を前提で付き合う」という感覚ではなく、一緒にいて楽しいからそうする。しかし、子どもは理想的な相手とつくりたいというのが実情だ。理想の家族像は、やはり ”パパ・ママ・子ども” であることが心のどこかに潜んでいるのであろうか。とはいえ、親は二人いるほうが、仕事と育児を両立させやすいという事実は重い。
しかし、実際にはひとり親家族で育つ子どもが多いので、いっそうのこと法や規則を現実に沿ったものにしようということになったのだ。
政党のうちで独身女性の人工授精に反対しているのは、極右のスウェーデン民主党のほかに、伝統的な家族像を大切にしているキリスト教民主同盟だ。反対の両党合わせても国会議員数の10%ばかりで、大多数が賛成なのである。
社会民主党、環境党、左翼等の左派陣は、まえから独身女性の味方であったが、今回、穏健、国民、中央党からなる保守陣営が、政権を担う仲間であるキリスト教民主同盟を見限って左翼陣に同調することに決めた。今まで保守陣営はキ同盟の意向を尊重し、ずっと言い出せないでいたのだ。
しかし、昨今の世論調査によると、このかなりコンサバなキ同盟の支持率は4%を切っていて、次回の選挙では国会から消える可能性が大きい。そうなると保守陣は、代わりに今は左翼側にいる環境党を味方に取り入れればよいので、もうキ同盟に遠慮する必要がない、と計算しているのであろう。
一見、今回の法の改正への動きは、「独身女性にも子どもをもつ権利を」と、個人の人権擁護を謳っているようにみえるが、どっこい、時代遅れと見られて支持を失いたくない政党のお家事情のためが真相であろう。まさに「個人的なことは、政治的なこと」なのだ。
今頃、咲いているはずのない朝顔
東京にやってきた。
スウエーデンに較べると比較的温度は高いけど、寒い。 湿度が高いと寒さを感じるらしい。
そういえば、ヨーテボリやコペンハーゲンは、ストックホルムよりうんと寒い(と感じる)。
ところで寄宿中のI さん宅に戻る途中、下の朝顔に出あった。

4メートル以上はあって、いっぱい花をつけている朝顔!
11月も終盤にさしかかっているのに、朝顔なんて咲いていいはずないよね。
どうも耐寒種の一種らしい。 トマトやキューリが年中あるようになって久しいが、朝顔もその仲間入りをしたのだろうか。
わたしにとっての朝顔は、小学校の夏休みの宿題で、種を蒔いて育てる「私の朝顔日記」だ。つまり夏のもの。
もう、冬休みも近い今頃咲いてもらっては困る。季節感が大いに狂うではないか。
とはいえ、葉も花もいっぱいつけて、堂々と存在感を示しているのは見事である。脱帽とはこのようなことをいうのかも。
スウェーデンの紅(黄)葉
10月も最終週に入った。
曇り空なら朝9時でもどんよりと暗く、そぐそばに控えている冬将軍の存在をひしひしと感じるこの頃だ。最近、もう何度か霜が降りている。野菜畑でまだがんばっている中国菜も、霜よけカバーをかけてはあるが、あと何日もちこたえるだろう。
黄色が多いスウェーデンの紅葉であるが、それなりに美しい。とくに早朝は自然全体にもやがかかっており、メガネをかけないで外を見るような感じで幻想的だ。
下の写真にある、お隣の白樺の大木も見事に真っ黄だ。ただ難点は、葉のほとんどが我が家の庭に落ちることだ。家の芝生の上も、上に負けないくらい真っ黄になっている。これが右側のお隣だと、きっと落ち葉の掃除に来いと文句をつけられるだろう。何しろ、我が家から伸びている木の根が、自分の家の菜園から水分を吸い上げるので、木を切れといってくるつわものじじいの住まいなのだから。
あと、一週間もしたら落葉樹の葉っぱは全部下に落ちていて、裸の枝だけが残る光景になるだろう。それもまた、悪くない。

東洋系で、庭で一人(?)で、がんばっている日本のもみじ。

下は散歩道沿いの紅葉。例の公園墓地近辺だ。



公共設備の破壊
今日、街まで出かけるため、バス停に行った。なんと、写真のように5面あるガラスのうち、3面までが粉々にくだけているではないか。

ここ、わたしの住むテービィ・コミューン(自治体)住民の平均収入は全国でも、5本の指に入るほど裕福な住宅地だ。穏健党が極端に強い土地で、現首相の住まいもここにある。そんな金持ちがいっぱいいて、穏健党の支持者が多いところで、こんな不祥事があってよいの?短期間に、わたしが目にしたのはこれで3度目だ。
ここに移るまで、街の反対側、南西部にある郊外に住んでいた。7年住んだけど、破壊されたバス停は一度も見かけなかった。そこの住民は圧倒的に外国人が多く、スウェーデン人も、収入的には低から中の下の所得層が多い地域である。そちらの住民のほうがお行儀がよい。
こんな「いたずら」をするのはガキに決まっているだろうけど、金持層の子どもの躾はどうなっているのだろう??いたずらというには悪質すぎる。この修繕は誰がする?公共の交通機関利用者が半分だし、残りの半分は税金で賄われる。つまり、ツケを払わされるのは、われわれ住民なのである。
お〜い、金持ち連よ。うんと稼いで、うんと税金を納め、てめえらのガキの後始末をしてくれよな。今日は本当に腹がたった。
PS:
このように若者(この場合、「若者はバカ者」)が様々なうっぷんを物の破壊で解消するのと、自分の心の中にかかえたまま生きるのと、どちらが「よりよい」か、あとで、ちょっと考えた。
このような場合、スウェーデン語では「ペストを選ぶか、コレラを選ぶか」と表現する。どちらの選択肢もロクでもないという意味。日本語なら「どっちもどっち」。
パトカーに捕まる
道路は少しカーブが多いが、交通量はゼロに近い郊外の昼下がり。自動車の修理工場に予約を入れてあったので、少し急いで車を走らせていた。なんだかいやな予感がしたので、バックミラーを見てみると、なんとパトカーがぴったりくっついているではないか。
「しまった!」 自分が悪いことをしたという自覚はない。しかし、パトカーを見ると、とたんに後ろめたい思いをするのはドライバーの常だと思う。頭にひらめいたのは、スピードの出しすぎかも、ということ。それで急いでブレーキを踏んで減速した。さらに30メートルくらい走ったところで、パトカーから強烈な青い光が前方に向かって発信されているではないか。あたりを見回しても走っているのは我がボロ車だけ。覚悟を決めて道路際に停車した。
「あ〜ぁ、遅れているのにもっと遅れる」
調書をとられるのに15分、それに加えて罰金。おまけに修理工場の時間に遅れるので、修理してもらう時間も余分に長くなる・・・という三重苦を覚悟した。おまわりさんがやってきてドアをノック、定番の「免許書を見せなさい」から始まった。「あなたは70キロで走っていましたね。ここは50キロですよ」 ぎょぎょ!急いでいたので、わたしには制限速度を考える余裕がなかったらしい。「えっ、70キロではないのですか」わたしは72〜73キロで走っていたのである。それから、こっけいなことに色々と弁解を始めるわたし。
なかでも傑作なのは、「それに運の悪いことに、パトカーが近づいているのに全然気が付きませんでした」なんて言ったことだ。まったく自分でも信じられないことを言うアホさ加減。おまわりさんも、かなりびっくりしたのではないかと思う。「これはどうも、まともではないな」と思ったかもしれない。
わたしが自分でも自分の言葉にびっくりして黙ってしまったら、制限速度以上のスピードを出すことの危険性を少しお説教した後、「じゃ、早く修理工場に行きなさい」と言って、パトカーのほうに戻っていくではないか。意外な成り行きに、わたしのどきどきの心臓はもっとどきどきとなった。信じられないよね、こんな幸運なことがあってよいの?おまわりさんの後ろ姿がとてつもなく格好良くみえた。
神様、仏様、おまわり様、ありがとう。これからはもっと気をつけます!
ミンネスルンドで泣いた人
今日は、Yさんにお会いした。Yさん一家はいま、日本からこちらに移住のため、アパート探しなどで忙しくしておられる。たまたま、街中のアドルフ・フレドリック教会
(Adolf Fredrik kyrka)のそばを通ったので、1986年に暗殺された当時の首相オロフ・パルメのお墓をお見せするため、敷地に入った。
すると、Yさんは「あれがミンネスルンドですよ、ご存知でしたか」と左手を指差された。この前の8月18日付のブログに、ミンネスルンドの写真がなかったので、ちょうど良い機会になった。ミンネスルンドは、ありとあらゆる様相をしているので、これからあちこちのミンネスルンドを撮っておくつもりにしている。
下のは、敷地のスペースが少ない市街地タイプだといえる。

Yさんは最近、スウェーデン人であるお連れ合いの、お父様の墓地であるミンネスルンドを訪れられた。そこで泣いてしまわれたそうだ。そこには、故人を偲べるようなものがなにもなく、あまりにもわびしすぎたのが理由らしい。ふつうのお墓だったら、多分泣かなかっただろうとおっしゃった。彼もわたしと同じように墓石が欲しいのだ。
下の写真はオロフ・パルメのお墓。墓石は家族のサマーハウスがあるフォーリョー(Fårö)から運んでこられた自然石で、それにパルメのサインがあるだけのシンプルデサインだ。左横の桜(だと思う)はつい最近になってから植えられた。ついでだが世界的に有名な映画監督イングマル・ベリィマン(Ingmar Bergman)も、生前には同じ島に居を構えていた。

| « 前ページ |





