goo

今頃、咲いているはずのない朝顔

東京にやってきた。

スウエーデンに較べると比較的温度は高いけど、寒い。 湿度が高いと寒さを感じるらしい。

そういえば、ヨーテボリやコペンハーゲンは、ストックホルムよりうんと寒い(と感じる)。

ところで寄宿中のI さん宅に戻る途中、下の朝顔に出あった。

 

 

4メートル以上はあって、いっぱい花をつけている朝顔!

11月も終盤にさしかかっているのに、朝顔なんて咲いていいはずないよね。

どうも耐寒種の一種らしい。 トマトやキューリが年中あるようになって久しいが、朝顔もその仲間入りをしたのだろうか。

わたしにとっての朝顔は、小学校の夏休みの宿題で、種を蒔いて育てる「私の朝顔日記」だ。つまり夏のもの。

もう、冬休みも近い今頃咲いてもらっては困る。季節感が大いに狂うではないか。

とはいえ、葉も花もいっぱいつけて、堂々と存在感を示しているのは見事である。脱帽とはこのようなことをいうのかも。

コメント ( 2 ) | Trackback ( 0 )

ジム文化考

 

今、出版準備を進めている高校介護要員養成過程の教科書の中に、1週間に3〜4回、30分ほどの散歩をすると、体の骨が鍛えられ、骨粗鬆症が防げるとある。つまり、体は使わないと衰えるのだ。

また、カロリンスカ医学研究所実施の調査によると、スウェーデンでずっと運動をしてきた70〜80歳の人たちの平均体力値は、18〜19歳並みであったとも書いてある(体力値は酸素吸入力を測ることにより測定される)。調査時、大多数のこれらの高齢者(?)はオリエンテーリングの競技に参加していたらしい。そんなこと、今更いわれても遅いよね、まったく。しかし、できる範囲で何とかしようと思うのも人情だろう。

ジムに通う

ふだん、机に向かっていることが多いので、週に2回はジムに通う。スウェーデンのジムには、機械や道具類をウンコラと押し上げたり引いたりするのがあり、それは通常、「ジム(gym)」とよばれている。多分日本でも、同じようなものだろう。それと、もう一つ「ユンパ(jympa)」という、体操とエアロビの中間のようなものがあり、参加者が多い。

体を動かすのは面倒だ。しかし、覚悟してやってしまうと、なかなか楽しい。スピーカーから流れる音楽に合わせて体を動かすのはとくに楽しい。ユンパを指導するインストラクターが若いと、流れる音楽もエネルギーに満ちており、ラップやパンク調が多い。ところが中年の男性インストラクターだと、「♫お尻をたたくぅ〜♪、♫お尻をたたくぅ〜♪」なんて歌詞に合わせて、本当にぽんぽんとお尻を叩く。常識ではそんなこと、あほらしくてやってられないと思うのがふつうであろうが、ユンパでは違う。誰もが子どもにかえって無邪気にお尻をぽんぽんやっている。

 

 

金曜日ユンパ:真ん中、右よりの赤い女性がインストラクター(撮影:Kjell Lindqvist)

 

スウェーデンと日本の”ジム仲間”

今のジムに通い始めて4〜5年は経っている。しかし、そこで得た挨拶の ”hej” 以上の言葉を親しく交わす人は、わずか数人。その他、目があうとにっこりし合う人が10人くらいあるだろうか。その他の殆どは、お互いに知らん顔だ。ジムでも誰もがひとりで黙々とやっているので、とても静かだ。もうちょっと何かあってもいいじゃん、と時々思う。

日本では数回、ある区営のジムに誘われていったことがある。エアロビだったが、最初から顔を見て「こんにちわ〜」と多くの方から親しく挨拶された。この次は何を聞かれるかが、ちょっと心配になるくらい親しげであった。練習場は狭く、多くの方がインストラクターに合わせて、寸分の違いなく動作を合わせられる。わたしは初めてで、手足を動かす順序も、もちろん初めて。おまけに前に膝を痛めて手術しているので、あまり無理ができない。全然ついていけないので、すごく目立つ。かなり窮屈に感じた。

一方、スウェーデンでは、各人かなりばらばらで、けっこう好きにやっている。疲れたらマット(これは腹筋運動に使用される)に寝そべったまま一息つく。足などが痛い人は適当に自分に合った動作をやっている。何をやっても誰も気にしないので、気楽だ。

とにかく、スウェーデンと日本のジム文化は両極端なので、同じジムに通う日本人のSさんと、「ちょうど、中間がいいのにね」と言い合ったことだ。

モロッコはどうか

かなり前、モロッコのアガジールという、海と砂漠以外になにもない観光地にいったことがある、観光地といっても、多くのヨーロッパからのツーリストは、水と太陽さえあればOKなのだ。

泊まったホテルの掲示板に、エアロビがあると書いてあったので、喜んで出かけていった。ホテルの地下にある広い場所だが、もう、静か。2分前になっても誰も来ない。なんだか悪い予感がすると思っていたら、果たして時間から1分過ぎに、黒い髪を豊かにたらし、大きな目を輝かせた女性がやってきた。インストラクターだ。黒いタイツを身に着けていて、格好良い。

そして、彼女とわたしの二人っきりの、「エアロビ」が始まった。部屋の壁は鏡張りで、壁際にバレーの練習場のように手すりというか、バーがついている。インストラクターはそのバーを握って、「ア〜ン、ドゥ、トロワ〜」の掛け声とともに、足を前後に振りはじめ、私にもやれという。えっ、これがエアロビ?といっても、そこから逃げだす勇気もなく、仕方なく30分間、彼女と共に「ア〜ン、ドゥ、トロワ〜」を何度も繰り返すはめとなった。

エアロビといっても、ご存知、イングリッド・バーグマンと、ハンフリー・ボガード主演の名画「カサブランカ」の時代そのもののようだ。映画は1942年に公開されたが、その時代のまま、ずっとストップしたままのようだった。フランス語を使うのもフランス領だった名残だろうか。ちなみに映画の舞台になったカサブランカは、わたしのいたアガジールからそんなに遠くはない。

とにかく、モロッコ流エアロビには一回でへきえきして、二度といかなかったが、ある日、プール際で本を読んでいたら、くだんの彼女がわたしを見つけて呼びに来るではないか!もちろん、行かなかったが、それからはホテルでは彼女に見つからないように、こそこそとしなければならなくなった。

という、わたしのジム文化の体験比較でした。

コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )

スウェーデンの紅(黄)葉

  

10月も最終週に入った。

曇り空なら朝9時でもどんよりと暗く、そぐそばに控えている冬将軍の存在をひしひしと感じるこの頃だ。最近、もう何度か霜が降りている。野菜畑でまだがんばっている中国菜も、霜よけカバーをかけてはあるが、あと何日もちこたえるだろう。

黄色が多いスウェーデンの紅葉であるが、それなりに美しい。とくに早朝は自然全体にもやがかかっており、メガネをかけないで外を見るような感じで幻想的だ。

下の写真にある、お隣の白樺の大木も見事に真っ黄だ。ただ難点は、葉のほとんどが我が家の庭に落ちることだ。家の芝生の上も、上に負けないくらい真っ黄になっている。これが右側のお隣だと、きっと落ち葉の掃除に来いと文句をつけられるだろう。何しろ、我が家から伸びている木の根が、自分の家の菜園から水分を吸い上げるので、木を切れといってくるつわものじじいの住まいなのだから。

あと、一週間もしたら落葉樹の葉っぱは全部下に落ちていて、裸の枝だけが残る光景になるだろう。それもまた、悪くない。  

     

 東洋系で、庭で一人(?)で、がんばっている日本のもみじ。

 

下は散歩道沿いの紅葉。例の公園墓地近辺だ。

 

 

コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )

公共設備の破壊

 

今日、街まで出かけるため、バス停に行った。なんと、写真のように5面あるガラスのうち、3面までが粉々にくだけているではないか。

 

 

ここ、わたしの住むテービィ・コミューン(自治体)住民の平均収入は全国でも、5本の指に入るほど裕福な住宅地だ。穏健党が極端に強い土地で、現首相の住まいもここにある。そんな金持ちがいっぱいいて、穏健党の支持者が多いところで、こんな不祥事があってよいの?短期間に、わたしが目にしたのはこれで3度目だ。

ここに移るまで、街の反対側、南西部にある郊外に住んでいた。7年住んだけど、破壊されたバス停は一度も見かけなかった。そこの住民は圧倒的に外国人が多く、スウェーデン人も、収入的には低から中の下の所得層が多い地域である。そちらの住民のほうがお行儀がよい。

こんな「いたずら」をするのはガキに決まっているだろうけど、金持層の子どもの躾はどうなっているのだろう??いたずらというには悪質すぎる。この修繕は誰がする?公共の交通機関利用者が半分だし、残りの半分は税金で賄われる。つまり、ツケを払わされるのは、われわれ住民なのである。

お〜い、金持ち連よ。うんと稼いで、うんと税金を納め、てめえらのガキの後始末をしてくれよな。今日は本当に腹がたった。

 

PS:

このように若者(この場合、「若者はバカ者」)が様々なうっぷんを物の破壊で解消するのと、自分の心の中にかかえたまま生きるのと、どちらが「よりよい」か、あとで、ちょっと考えた。

このような場合、スウェーデン語では「ペストを選ぶか、コレラを選ぶか」と表現する。どちらの選択肢もロクでもないという意味。日本語なら「どっちもどっち」。

 

 

コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )

秋らしい花束を今朝ゲット!

 

なんとも美しい。細かく見ると、薄く輪切りにして乾燥させたりんごも入っていた。

 

  

 

コメント ( 2 ) | Trackback ( 0 )

ボケ女性の遺した詩

スコットランドのナーシングホームで生活していた一人の女性が亡くなった後、彼女が書いたいくつもの文章が発見されました。そのなかで、わがノルディック出版発行の『スウェーデンの認知症高齢者と介護で紹介した詩pp.131133が、日本で介護ヘルパー養成用のCD(?)に使われていて、評判になっているそうです。

噂では、これを聞く人は、一斉に涙ぐむ程感動するそうです。とにかく、詩をお読みください。全文はここをクリック

そのように、出版物が有効利用されることは、本の発行元としてとても喜ばしいことです。でも、出来たらそのCDのタイトルや発売元などを知りたいと思います。もし、ご存知でしたら info@nordic-shuppan.com  までご連絡をお願いします。

 

 

             (ノルディック出版HP「三行速報」2009-06-04より転載)

             http://www.nordic-shuppan.com/diktsokuhou.htm

  

コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )

車も自殺する国スウェーデン?

 

米国のオバマ大統領は、福祉国家としてのスウェーデンに関心を示しているが、福祉国家=社会主義=悪夢と、おそれをなす声も高い。最近、放映されたテレビショウはその典型である。

なかにはスウェーデンの有名なポップスターが家庭ごみの選別をしているが紹介されたりしているが、そんなのはこちらではごく当たり前のこと。

とにかく、アメリカとの違いがモロに表れていて、番組を見たスウェーデンでは大笑い。面白いので評判になり、友人たちとリンクを送りあって楽しんでいる。 

 

中でも「水際注意」の道路標識を、「車まで自殺する国」と仕立てたのは傑作。言いたいことは、「社会主義」の国では、車まで死にたくなるということだろう。「ところ変われば品変わる」の典型といったところか。

 

 

 詳細は、次をクリックして、このテレビ番組「ストックホルム・シンドローム」をご覧いただきたい。楽しめます!

http://www.thedailyshow.com/video/index.jhtml?videoId=225113&title=the-stockholm-syndrome

 

     (ノルディック出版HP「三行速報」2009-06-03より転載)                                               http://www.nordic-shuppan.com/diktsokuhou.htm

コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )

ノルウェーのテロ事件

  

 アンデシュ・ベーリング・ブレィヴィ(Anders Behring Breivik)32歳、金髪で青い目という、ごくふつうにみられるノルウェー人である。その一見ふつうの男性は、722日金曜日の午後、オスロの中心地にある政府庁舎に強力な爆弾を仕掛け、建物やその周りを大きく破壊した。爆発で建物の中にある首相の執務室に続く壁に穴が開くほど、狙いは正確であった。ブレイヴィクは首相の殺害をはじめ、政府の中枢組織の機能破壊を図ったのである。首相は無事であったが、死傷者は多くでた。

 

つぎにブレイヴィクは、オスロから40キロの距離にある小島、ウトィヤUtöya)に車を向けた。この島では、ちょうどノルウェー労働党青年部主催の恒例のサマー・キャンプが開かれていて、外国からの参加者も含めて、多数の青年男女が集まってきていた。そこへ警官に扮したブレイヴィクが現れ、逃げまどう若者たちを、つぎつぎと射殺していった。

 

一連のテロ行為の被害は大きく、オスロ市内とウトィヤの両方で、死者は最終的に69人となった。しかし、それ以外にも重傷で入院中の人たちがいる。ブロンドで青い目のノルウェー人が同胞を大量殺戮したのだ。何が彼をそのような不可解な行為に駆り立てたのか。

 

 なぜノルウェー人がノルウェー人を

 

思いがけない出来事に、早まったメディアの一部は、アルカイダなどのイスラム系のテロだと報道したが、犯人(正式には容疑者)が判明したときの人々のショックは大きかった。

 

 一介のノルウェー人が綿密に大がかりなテロ計画をたて、それを冷酷に実行したのである。本人自身の言もあるし、現時点ではブレイヴィの単独行動であるとされているが、これから時間をかけて背後関係を洗い出すと発表されている。それにしても驚くべきは、ブレイヴィクは襲撃の準備に9年もの月日をかけていることだ。手間ひまをかけて化学肥料から爆弾を作り上げたのも準備の一環だ。

 

スウェーデンの社民党党首ユーホルトがラジオで語っていたが、ブレイヴィクは射撃中、ほほに薄笑いを浮かべていたという。なにが彼を狂気の行為に駆り立てたのかと、誰もが思うだろう。それは、ノルウェーを単一人種国家であることを守るためでる。多くの国粋主義者にみられるように、ブレイヴィクは、他のヨーロッパ諸国同様に、ノルウェーに大勢の外国人が移住してきて、多文化社会になるのを快く思っていない。

 

彼ら移住民は子どもを沢山産み、いずれ西洋社会を乗っ取ると考えている。白人社会であるノルウェーをそのような危機に陥れたのは、戦後、長く政権の座にあるノルウェー労働党の政策だと彼は判断した。「国難」に休止符をうつために、首相を務める労働党党首を殺害し、次世代の政治の担い手となる労働党青年部員の根こそぎ排除を目指したわけだ。

 

ブレイヴィクはテロを行う理由や、準備の過程を1500頁にわたるマニフェストとしてビデオ公表している。その簡単な紹介はノルウェー放送の動画でみられる(http://www.nrk.no/nyheter/norge/1.7724894)。

 

マニフェストには、勲章などがいっぱい付いている衣装を身につけた写真もあり、自分を白人社会ノルウェーを危機から救う英雄に仕立てあげる演出をしている。また、筋肉増強剤であるアナボリックステロイドを使用して自信をつけていた。

 

 地に堕ちた「最後の楽園」

 

隣国スウェーデンでのショックも計りしれない。じつはノルウェーは北欧での「最後の楽園」であったからだ。自国ではパルメ首相を1986年に暗殺されて以来、深いトラウマを抱えて生きる国になっている。デンマークは、外国人、とくにムスリム系アラブ人排斥が目に余るほどになり、さまざまな事件を誘発している(拙著「ムハンマド風刺画と北欧諸国」を参照されたい。 http://www.rochokyo.gr.jp/articles/ab0602.pdf)

 

フィンランドでも「真のフィンランド人」という外国人排斥の政党が、今年春の国会選挙で3番目に大きい支持率を得たのが大きな汚点となった。戦後の北欧では、ノルウェーだけが大きな傷をもたない無垢な福祉国家という楽園であったのだ。「ブルータス、お前もか」ではないが、その国も、ついにトラウマを抱えることになってしまった。

 

 指導者としての首相の在り方

 

イェンス・ストルテンベリィJens Stoltenberg)首相(52)は、前代未聞の出来事にすばやく反応し、事件発生直後からひんぱんにメディアに登場した。なかでも有名になったのは「邪悪はひとりの人間を殺すことはできるが、全国民を支配することはできない」というフレーズだ。また、「ノルウェーは民主主義国家であり、開かれた多文化社会である。これからも今まで以上に開かれた社会であり続ける」と事件直後に宣言している。アメリカで211事件が起こったあと、当時の大統領ブッシュが、外国人、とくにイスラム系の人たちにさまざまな規制政策をとったのと正反対であるのは印象深い。

 

自分も若い頃はウトィヤのサマー・キャンプに参加しており、思い出深い場所であるうえ、自分の親戚も含め、意を同じくする有能な若者を多く失った悲しみは耐え難いものであるという個人的な感情を、涙をこらえて表現した。しかし同時に、怒りと憎悪に自分を失うことなく、一国の指導者として毅然とした態度で、国民全員が一体となって危機を乗り越えるという指針を明確に示した。

 

 信頼度上昇の首相と労働党

 

多くの国民はストルテンベリィ首相の態度に共感した。事件直後の世論調査によると80パーセントのノルウェー人は、彼の対処は適切であったと評価している。不適切としたのはわずか1パーセントだ。

 

事件から一ヶ月が経過したが、誠実で真摯な態度であたるストルテンベリィ首相への信頼度は日をおって強くなっており、「国家の父」として不動の地位を獲得している。労働党の支持や入党希望者は増え続け、次期も政権を担当するのは当然と見られている。

 

同胞の殺戮を行うことにより、人々を目覚めさせ、ノルウェーを外国人の「侵害」から守るというブレイヴィクの意図は、逆の結果を生んでしまった。人々は在住外国人も含めて、お互いに思慮深い態度で接しあっているという。外国人排除を標榜する右翼系政党は人気を失い、これまで使っていた過激な言葉を慎むようになった。国が大きな危機に瀕した場合、国民は指導者を中心に結束すると言われているが、その通りになった。

 

その影響はスウェーデンにも波及し、極右で外国人排斥のスウェーデン民主党(SD)の人気はガタ落ちだ。高いときは7パーセントを上回っていた支持率は、いまや3パーセントに満たない。いま、仮に総選挙が行われると国会に代表を送れない数値である。しかし、人は長くは記憶しない傾向にあるので、これからどうなるかは分からないが・・。

 

                            (初出:連合『労働調査2011年8月号掲載

                 「ノルウェーの連続テロ事件」を訂正・加筆)

  

コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )

パトカーに捕まる

 

道路は少しカーブが多いが、交通量はゼロに近い郊外の昼下がり。自動車の修理工場に予約を入れてあったので、少し急いで車を走らせていた。なんだかいやな予感がしたので、バックミラーを見てみると、なんとパトカーがぴったりくっついているではないか。

「しまった!」 自分が悪いことをしたという自覚はない。しかし、パトカーを見ると、とたんに後ろめたい思いをするのはドライバーの常だと思う。頭にひらめいたのは、スピードの出しすぎかも、ということ。それで急いでブレーキを踏んで減速した。さらに30メートルくらい走ったところで、パトカーから強烈な青い光が前方に向かって発信されているではないか。あたりを見回しても走っているのは我がボロ車だけ。覚悟を決めて道路際に停車した。

 

「あ〜ぁ、遅れているのにもっと遅れる」

調書をとられるのに15分、それに加えて罰金。おまけに修理工場の時間に遅れるので、修理してもらう時間も余分に長くなる・・・という三重苦を覚悟した。おまわりさんがやってきてドアをノック、定番の「免許書を見せなさい」から始まった。「あなたは70キロで走っていましたね。ここは50キロですよ」 ぎょぎょ!急いでいたので、わたしには制限速度を考える余裕がなかったらしい。「えっ、70キロではないのですか」わたしは7273キロで走っていたのである。それから、こっけいなことに色々と弁解を始めるわたし。

なかでも傑作なのは、「それに運の悪いことに、パトカーが近づいているのに全然気が付きませんでした」なんて言ったことだ。まったく自分でも信じられないことを言うアホさ加減。おまわりさんも、かなりびっくりしたのではないかと思う。「これはどうも、まともではないな」と思ったかもしれない。

わたしが自分でも自分の言葉にびっくりして黙ってしまったら、制限速度以上のスピードを出すことの危険性を少しお説教した後、「じゃ、早く修理工場に行きなさい」と言って、パトカーのほうに戻っていくではないか。意外な成り行きに、わたしのどきどきの心臓はもっとどきどきとなった。信じられないよね、こんな幸運なことがあってよいの?おまわりさんの後ろ姿がとてつもなく格好良くみえた。

神様、仏様、おまわり様、ありがとう。これからはもっと気をつけます!

 

コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )

ミンネスルンドで泣いた人

 

今日は、Yさんにお会いした。Yさん一家はいま、日本からこちらに移住のため、アパート探しなどで忙しくしておられる。たまたま、街中のアドルフ・フレドリック教会

Adolf Fredrik kyrka)のそばを通ったので、1986年に暗殺された当時の首相オロフ・パルメのお墓をお見せするため、敷地に入った。

すると、Yさんは「あれがミンネスルンドですよ、ご存知でしたか」と左手を指差された。この前の818日付のブログに、ミンネスルンドの写真がなかったので、ちょうど良い機会になった。ミンネスルンドは、ありとあらゆる様相をしているので、これからあちこちのミンネスルンドを撮っておくつもりにしている。

 

下のは、敷地のスペースが少ない市街地タイプだといえる。

 

  

 

Yさんは最近、スウェーデン人であるお連れ合いの、お父様の墓地であるミンネスルンドを訪れられた。そこで泣いてしまわれたそうだ。そこには、故人を偲べるようなものがなにもなく、あまりにもわびしすぎたのが理由らしい。ふつうのお墓だったら、多分泣かなかっただろうとおっしゃった。彼もわたしと同じように墓石が欲しいのだ。

 

下の写真はオロフ・パルメのお墓。墓石は家族のサマーハウスがあるフォーリョー(Fårö)から運んでこられた自然石で、それにパルメのサインがあるだけのシンプルデサインだ。左横の桜(だと思う)はつい最近になってから植えられた。ついでだが世界的に有名な映画監督イングマル・ベリィマン(Ingmar Bergman)も、生前には同じ島に居を構えていた。

 

 

 

 

 

 

 

コメント ( 2 ) | Trackback ( 0 )
« 前ページ 次ページ »