読書日記

古典・哲学・現代文学からノンフィクション・評論・ビジネスに至るまでのノンジャンルのブックレビュー

ジャック・ウェルチ わが経営

2007-12-29 00:49:41 | ビジネス
ジャック・ウェルチ わが経営 上・下

世界を代表する総合メーカー GE社。この巨像にも喩えられた大型企業の会長として軌跡の業績回復を実現した経営者の自叙伝。

この本自体は単なる自伝に留まらず、経営の局面でどのような選択をなぜ行ったか、そしてそれは効果を上げたのか失敗に終わったのかをわかりやすい言葉で記している。

日本でもここ2,3年でV字回復を遂げた企業が行ってきた事業の選択集中等も、おそらくここに書かれてきた考え方を参考にしたのではないかとも思える程、今の日本企業が目指す姿を先取りしていたことが分かる。

ジャック・ウェルチについては名経営者として知られる一方、とにかく多くの従業員の首切りを実施してきたイメージも強い。しかしこの本を読む限りでは、決して無原則的なリストラを行ってきたわけではない。

自社に抱えて強みとなる事業か否か、そうでないばあいは早い段階で内外にその事実を公表する。また社員の評価も分かりやすい形で常に本人にストレートに伝える取り組みをした上で、他企業への身売り、または従業員自身の転進を促すという、(彼流の)フェアーな基準により行われている。その基準はジャックウェルチとの個人的な仲により曲げられているわけではない。

その辺が、情報を小出しにしか出さず、長い間楽観的な見通しを出していたにもかかわらず、ある時期に急に「転進支援」の名目で年齢の高い層から声掛けをしだすあまたの日本企業の「リストラ」との大きな違いが特に印象に残った。

また一つ印象に残る考え方として10%ルールが上げられる。

事業担当部門は自らの担当する「製品」がトップを取っていることをアピールするため、逆に「市場」を狭く捉える傾向が出てくる。そのため、「市場でトップ」といわれる自社製品・事業もあえてそのシェアを10%程度と見なすために市場のセグメントを広く認識させる方法。(たとえば「小型自動車向けのエンジンで1位」であった場合、逆にそれを10%程度のシェアとしてみるには市場を再度「自動車全体」「サービス含む全体」として定義しなおすのである)

これにより、継続的に強い商品・サービスにするための不断の取り組みを即す活動につながるのである。

それ以外にも企業文化に関する考え方(投資銀行買収による失敗も「慢心」と率直に記載している)、幹部教育について、Eビジネスに関する考え方などに関する視点など参考になる記述が多い。
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東京アンダーワールド

2007-12-29 00:21:23 | ノンフィクション
東京アンダーワールド ロバート・ホワイティング著 角川文庫

占領軍と一緒に日本に降り、民主化より大儲けの道を選ぶため東京のマフィア・ボスに収まり、かつ六本木での伝統的なピザハウス「ニコラ」の経営者として成功と失敗を繰り返した男、ニコラ・ザベッティの生涯。彼の周りには、一儲けを企む不良外人・インチキ外人レスラー・力道山・ヤクザ達がうごめき、しかしもっと巧みに儲けを掠め取っていく日本人達との葛藤がコミカルに描かれている。正規の日本史には絶対出てこない
「東京の裏側の歴史」ではあるが、しかし時折新聞を騒がせる経済事件・ヤクザの闘争・日本特有の規制問題などを立体的に理解するにはこのような本音でぶつかりあってきた者達の軌跡を辿る必要はあると思われる。

個人的にはまたかと思われるが、プロレスと政治家・ヤクザの関りに関する記述(ここはザベッティの生涯とは別に、筆者が膨大な資料を調査して記したもの)が興味深い。

「児玉(戦後右翼の大物)と町井(暴力団 東声会の会長)は、力を合わせて大規模な事業をいろいろ手がけているが、その一つがプロレス興行であった。力道山を『日本蘇生のシンボルであり、保守・右翼の宣伝マン』ととらえた児玉は(中略)試合のセッティングや営業許可の申請、警備体制の確保などはもっぱら東声会の連中にまかせ、児玉自身は夕刊紙『東京スポーツ』を買収して、みずから経営者におさまり、プロレスのバイブルへと仕立て上げた。力動ザの記事をでかでかと載せ、芽生えつつある日本人の愛国心をかきたてるような、感情むき出しの内容をたっぷりと盛り込んだ」「プロレスの母体となったのは、日本プロレス協会(JPWA)。(中略)。JPWAのコミッショナーは自民党の副総裁、大野伴睦が「これほどの名誉職を断るわけにはいかぬ」と(中略)将来の総理大臣 中曽根康弘もその一人。中曽根は東京にある力道山のマンションの一室を、事務室として無料で利用するほどの仲だった。」

その他三菱電機(プロレス中継のスポンサー)、日本テレビ(中継の放映)、大映(力道山映画制作)や警視庁公安部のOBの天下りなども記述されている。
昔は団体同士の揉め事に時折自民党の政治家が仲介役で入った事もあったが、こういう繋がりがあったわけである。
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「宿命 『よど号』亡命者たちの秘密工作」

2007-11-12 00:58:33 | ノンフィクション
「宿命 『よど号』亡命者たちの秘密工作」(高沢皓司 著)

「よど号」事件の犯人達と近い関係にあり、いわば支援者として北朝鮮に渡り、交流を続けるも、膨らむ疑問を抑えることができず、リーダー(田宮高麿)の死を契機にこの「内部告発の書」を作る。膨大なボリュームでありながら一気に読ませるのは筆者の筆力もさることながら、「日本での革命」を夢見た仲間意識の強い若者達が、次第に北朝鮮の体制に飲み込まれ、「義理と恩」で日本人の拉致や対日宣伝活動、そして仲間に対する残酷な「総括」を行いながら見え透いた嘘で隠し通すまで堕落していく様、そしてその悲劇が今なお進行形で続いていることに、唖然とさせられるからではないだろうか。

田宮高麿がピョンヤンで客死した1995年、その年、わたしは春から夏の入り口にかけて何度も彼と会っている。ピョンヤンでのこともあり、第三国のことでもあった。このころ彼は、日本国内に「愛族同盟」と称する政治団体を結成することを考えていた。民族主義を最前面に押し出した組織だった。もちろん、この動きが朝鮮労働党の指導のもとに行われていたことは明白であった。そして、この組織化のなかで日本の民族派系組織も取り込んで運動を拡大することが画策されていた。やめた方がいい、そんなことはやめろよ、とわたしは思わず田宮に向かって言った。政治的なマヌーバであることが分かり切っていたからである。社会主義の理想や自主的な考えを放棄して政治的に金日成主義を支持しあり、推し進めさせたりすることは、この場合、日本という祖国を売らせることにしかならないではないか。田宮はそのとき、一瞬、険しい表情で、「もう遅い!」と叫ぶように言った。 
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「真相はこれだ! 「昭和」8大事件を撃つ」

2007-11-12 00:54:33 | ノンフィクション

祝 康成「真相はこれだ! 「昭和」8大事件を撃つ」

週刊新潮に連載された記事の中を加筆した書。個人的には猪木アリ戦の真相とかが興味深かったが、特に印象に残るのが、巻頭の「美智子皇后『失語症』の真相」。もう10年ほど前であったか、当時毎月購入していた「宝島30」に「皇室の危機」と題する宮内庁の内部告発めいた記事(偽職員との報道もあり)が掲載されて以降、美智子皇后に対するバッシングや同情記事がしばらくマスコミを席捲したことが思い出された。その際美智子皇后が「失語症」にかかったことも報道されたが、実はこの症状も2度目の経験であり、現天皇陛下との婚約以降、皇族内部での「苛め」が続いていた(それには前皇后も加担していた)。

「皇族の女性連中は酷いことを言うんだな。『流産して気力体力ともに衰弱しきった美智子妃に面とむかって”あなたが民間から来るとき、わたしたちは反対したのよ。だけど東宮さまがあなたがいいと言うから認めたのよ。それなのに、お子さまは1人でいいの?』」

また当時の政治家も人気の高い美智子妃を無理に利用しようとする。
「日本全国で(安保反対闘争の)大規模なデモが繰り出され、6月19日に予定されていたアイゼンハワーの訪日は中止に追い込まれる『これで日本はアメリカの面子を潰してしまった。アメリカで強固な反日感情が起こってしまい、困った外務省が急遽、皇太子夫妻の訪米を計画、実行するわけです』」

この時期、美智子妃は浩宮殿下のご出産後半年しか経過しておらず、しかもこの後、4カ国訪問のスケジュールまで実施されてしまった。(この「外交」を進めたのが現総理大臣の祖父である岸信介首相(当時)であった)

生まれが尊い以外何の意味もない周辺皇族や、天皇陛下の威光を利用しようとする政治家により繰り返されてきたこの手の悲劇が、今また起きているのではないか
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ヘミングウェイ全短編1 われらの時代・男だけの世界

2007-11-12 00:47:47 | 現代文学
われらの時代・男だけの世界 (新潮文庫―ヘミングウェイ全短編)

まだ無名だった頃のヘミングウェイがパリ滞在時代に作り上げた野心作の数々。一見普通と変わりない主人公とその人生が、突然不条理な終わり方をする作品が多く、筆者の死生観も現れているのではと思われる。
不要な修飾語や心理描写は極力カットするも、しかし登場人物を囲む様々な自然風景については丁寧な描写が綴られている。
また「われらの時代」の初期では、分別も知らぬ子供である登場人物が、編を重ねる毎に成長をし、そして美しい描写が引き立つ「二つの心臓の大きな川」で立派に成長した様を見せる所など、一連のストーリー物としても楽しめる構成になっている。

ヘミングウェイの文体は、イメージをありのままに読者にぶつけ、余計な事実を記載しない(水面下に7,8割の事実が隠されているといういわば「氷山の理論」)のため、読み始めは戸惑いを覚えることもあるが、逆に読む度に新たな発見が楽しめる、長く手元に置きたい作品集となっている。
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成毛眞のマーケティング辻説法

2007-11-12 00:33:16 | ビジネス
成毛真のマーケティング辻説法 (日経ビジネス人文庫)

マイクロソフト日本法人の社長を務め、Windows95の日本ブームを巻き起こした著者による、マーケティングに関して語った多種多様な内容をまとめた本。
決して堅苦しい経営学の本ではなく、新聞で読む話題、日常見かける店舗などについてもこれまでと違った見方をすることで立派なマーケティングの手本(反面教師もある)となることを示している。
自分が仕事で携わっている業界だけに視点を置くのではなく、身近な話題や一見関係なさそうな業種であっても、思い込みを除外して「なぜ売れているのか」「なぜ話題になるのか」「本当に利益を上げられるのか」ということを考えながら接していると、自分なりのマーケティング論がこのように立てられるかもしれないと思わせてくれる。
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企業参謀 (講談社文庫)

2007-11-04 23:56:07 | ビジネス
企業参謀 (講談社文庫)  大前研一 著

経営から政治まで幅広いジャンルの意見を各媒体で公表し、影響を持ち続けている著者の比較的初期の著。(初版は1985年)
ただし経営者の戦略は中長期の観点で見るべきことや、日本特有の資金調達の容易さにつき、調達コストまで含めた分析が必要となる予見等、今でも「使える」と思われるマネジメントの書。

「戦略的思考入門」では事象を物事の本質をとらまえて(つまりありのままに)抽象的に(詳細に)分析し、それによって立てた課題に対する対策を立てる必要性を説いている。
(この課題の捉え方が不十分だと見当違い(思いつき)の解決案が乱発されることになるのは、実際の会社の中の事例でもよくあることと思う)

「企業における戦略的思考」では、経営者は瑣末な判断に囚われたり、または長期すぎる夢物語を語るのえではなく、3年先程度の中長期戦略を計画するべきと説く(この辺は現在ではスタンダードになっている考え方ではないかと思う)。
そしてこの章で重要なのは、目標とその対策を立てるだけでなく、埋めきれない戦略的ギャップに関して、大胆な「戦略」をとること、そのためにPPMや製品・市場戦略を駆使すべきと説いているところである。

また同書では「戦略的思考」を国政にも応用可能という大胆な仮説をも提示し、あらゆる分野で「戦略的思考」が使えることを説く。

抽象的な「戦略本」ではなく、具体的な考え方を豊富な事例や尺度を使って解説している(それでいて瑣末なツールの説明書にも陥っていない点は評価が高い)。

流通部門の現場にいる自らの仕事に役立てるのであればこの本に加えて、具体的なマーケットリサーチやマーケット分析手法の学習が必要と思われた。
ただし、よりよい次のステップの仕事にチャレンジするために、事業の本当の課題点をつかみ、通常の解決策以上の結果を出す「戦略」を見つける取り組みを自分もしてみたいと思う。そのために今後も常にこの本を携帯し、読み返したいと思う。
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バカのための読書術 (ちくま新書)

2007-11-04 23:32:44 | 評論・レビュー
バカのための読書術 (ちくま新書) 小谷野 敦 著


「もてない男」等の著作で話題になっている筆者の「バカ」に対してなんとかしようと考えている読者層に向けた本の羅針盤。
(決して怠惰で無知のままでいようとする層へ同情した書ではない)
ただ単なるブックレビューではなく、むしろ戦後インテリ層に対する評論にもなっている。
そして難解すぎる哲学、社会科学系の書物については読まなくても良い本が多いことを喝破した上で、ただし議論をしたとき同じ土俵で戦えるよう、事実に即したもの(歴史や統計学)についての知識を得ることの大切さを説いている。
そしてそのためには通俗小説として学者から馬鹿にされている本や、例えば「マンガ世界の歴史」であっても、まず基礎的な知識を得るためには活用すべし、なんたって「バカのための読書」術なんだからとも説いている。

高みから物を見るような視点で評論するようなインテリ層がある意味「バカ」を作ってきた責任が大きいといえるが、それをすねて社会における基礎的なことも知らぬまま人生を過ごす「バカ」であって良いということにはならない。
その「バカ」から一歩抜け出したい人には、様々な基礎的な書物も用意されていることから、良質なもの(事実に即したもの、歴史観を作れるもの)は有効に使ってほしいというのが筆者の願いなのではないか、そしてそこに留まらず、次のステップに進む人が増えればというのが本書の本当の目的のように思える。
(繰り返すが「バカ」に媚びている本ではない)

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99・9%は仮説 思いこみで判断しないための考え方

2007-11-04 12:27:33 | 評論・レビュー
99・9%は仮説 思いこみで判断しないための考え方 竹内 薫 著

プロローグにある「飛行機はなぜ飛ぶのかー実はまだよくわかっていない」に惹かれて読み進める。

よく我々が俗説(トンデモ本に書いてあることも含めて)を批判するとき「科学的に見て、、、」という言葉の使い方は、実はあやふやなものであり、そもそも「科学的」というのが「こう説明すれば反証に耐えうる」程度の意味である(ただし多くの俗説やトンデモ本は反証そのものをすっぽかしているものも多いので「科学的に見る」ということは必要だが)という見地から様々な事象を説明した本。

上記に上げた分かりやすい話から、相対性理論やホーキングの理論というのが所謂仮説をひっくり返したり、見る人によって仮説を変えたりというのも、考え方としてはありなんだというものを示したのが印象的で、実はこの本を読んで、思ったのは「物理の世界と哲学の世界は共通するものがあるのでは」というものであった。

ただし哲学が必要なのは、物理の世界に留まらないと思う。哲学というものが世の中の事象を「何かわかっているもの」として捉えることに飽き足らず、より抽象的なものに分析して、明らかにしていこうとする取り組みなら、それはどのジャンルでも(当然経営学などの世界でも)必要となる考え方であるとも考えさせられた。
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善の研究 (岩波文庫)

2007-11-04 12:17:49 | 哲学
善の研究 (岩波文庫) (文庫) 西田 幾多郎 (著)

金沢の高校で教鞭を取った筆者が高校での講義案として作成したもの。構成は第一編「純粋経験」、第二編「実在」、第三編「善」、第四編「宗教」

全体は純粋経験(思想、思慮分別を加えず経験したこと。物理的に細分化したことではなくあるがままにとらえること)をもって実在(天地・人生の全ての真相)を説明しようとするもので、上記第一篇は用語定義集的な記述のため筆者が前書きで書いているとおり、飛ばして二編から読んでも良い。

この世における全てのもの(物理的なものから精神的なもの、宗教的なもの含めて全て)は意識現象(直接経験の事実)のみであり、かつそれらが内在する分化、分裂状態を統一していこうとする力から、世の中、社会、人格の向上が導き出されていく(この辺は弁証法における「止揚」の概念に似ている)。
よって「善」というものも外から定義されたものではなく、意識の中から現れ統一化していくなかで向上させようとするものである(意志はその力の発現となる)とする。
またそこから宗教における「神」というのがイメージされるような、なにか世界の外側にあって我々を見ている存在ではなく、万物の中にあって統一化作用の根源となることによって全てのものを発展させていくものとする。

難解すぎる第一遍を越えて、第二編からは緻密に構成された音楽を聴いているかのように読み進めていける。

日本人による哲学書の始まりとも言われている同書だが、全てのものを構成するものを既存の権威や物理的に分解された分子論に持っていくことなく、現実的な意識(直接経験)の見地から解析している。
その一方で全てのものには表裏があるため、その存在があるという見地から、絶対的な悪というのは存在せず、善と衝突し、止揚することでより精神的な向上を導くものとしている。

この部分はキリスト教のような一神教ではなく全てのものに仏心が宿る日本的な考え方が混じっており、理解しやすい。(もっとも筆者はキリスト教徒のようである)
一方で西欧人の哲学でありがちな個人の欲求闘争的なものを前面に出す解釈と違うのが風土的なものなのかなと考えられる。

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