満月に聴く音楽

ベーシスト宮本隆の音楽活動(時弦旅団、時弦プロダクションなど)及び、新譜批評のサイト

ディラン断唱 Ⅳ『ロイヤルアルバートホール』  from「満月に聴く音楽」

2016-10-17 | 新規投稿

The bootleg series vol.4 Bob Dylan live 1966 the ‘royal Albert hall’ concert



「観客から受けるブーイングにもう耐えられなくなった」
そう言って一時的に去ったレボンヘルムの代役、ミッキージョーンズを配したディランとザ・ホークス(ザ・バンドの前身)の演奏は確かに喧騒と形容してもいい内容となっている。私はこのアルバムを聴いた時、このミッキージョーンズなるドラマーのバシャバシャ鳴る重々しい音が好きになれず、レボンヘルムだったらもっとグルーブ感溢れるスウィングビートを叩き出している筈で、この点だけが本作のマイナスだなと感じていた。
しかし。
フォークやプロテストソングを愛好する観客の前で期待を裏切るような喧騒を展開した当時のディランの確信犯的試みを考えると、このラウドで下手なドラマーの貢献はレボンヘルム以上だったのかもしれない。とにかくドタバタして野暮ったく、耳障りなドラムだ。しかしこれが効いた。少なくとも観客はそのドラムのヘヴィネスにうんざりする印象を持ち、ディランの音楽性の拡散を事実として受け入れざるを得なくなってしまった。あるいは全く否定してしまうケースもあったかもしれないが。
ここでの演奏は現在の感覚で言えば特別、ラウドなロックではない。むしろ定型的なものだろう。しかし、今日のどのようなノイジーなサウンド、爆裂なロックと比しても、その喧騒ぶりは突出している。つまりこの音楽が鳴らされる場の状態、観客の用意や価値観、それらの要請に背く意外性という基準で見る限り、ディラン&ホークスはノーマルな盛り上がり、相互理解から程遠い特異性を貫き、演奏と会場、観客とのギャップ、乖離という意味での徹底した<喧騒>を実現した。

更に本作のディスク1であるアコースティックサイドでもやはり同様の印象を受けるのは私だけではないと思う。ここでフォークを演奏しても尚、ディランはそのピリピリした会場の雰囲気、よそよそしい観客の反応、無理解、敵か味方か分らないような独特のムードを全身で感じている。それ故の孤独がステージに付きまとっている。全く予定調和的ではない演奏が粛々と進行してゆき、一見、静かな状態の背後にやはり凄まじい程の喧騒が渦巻いている。それを感じずにはいられない。
スポットライトを浴びて一人立つディラン。しかしここでのライブ録音程、たった一人である事を切実に感じさせるものはないのではないか。祝福や理解、容認から突きはなされたディランの孤独が演奏の端々から伝わってくる。

『ロイヤルアルバートホール』(the bootleg series vol.4 the‘royal Albert hall’ concert Bob Dylan live 1966)は1966年、ディランのイギリス公演のドキュメントである。前年の同じく英ツアーの模様は映画『ドントルックバック』でも垣間見られるが、ディランの繊細さと過敏さ、天才ぶりがリアルに映されている。そして怪人マネージャー、アルバートグロスマンの存在感も大きい。1966年当時のディランのステージはアコースティックの部とエレクトリックの部の二部構成で成り立ち、本作もその構成に従い編集されている。

曲の合間の何とも言えぬ白いムードをどう表現すればよいか。
もっとも大部分は好意的な観客で、野次を飛ばすのは一部の者だけではあるのだが、それにしてもライブコンサートでの通常の営為、場の臨場感が喪失された一種の緊張状態の中にディランと観客はいる。音楽による感動を素直に反応し会場が一体化する。そんな要素が感じられず、重苦しい沈黙が時折ある。
文献上での伝説となっていた「ユダ!(裏切り者の意)」「俺はお前を信じない。お前は嘘つきだ」というディランと観客の応酬も私はここで初めて聴く事ができた。他の観客が二人のやりとりを笑い、一触即発の感じではないが、それでも喧騒と白いムード、ピリピリした緊張の感覚は拭えない。
CDの解説には当時のディランのスキャンダリズムを強調している。シュルレアリスムの演劇人アントナンアルトーを引用し、その類似性も指摘している。煽動性こそを目的としたアルトーとディランはコンセプトが異なるが、両者の表現行為の衝撃度においては共通項も見出せるだろう。

但し、ディランのパフォーマンスは<作った歌を好きなアレンジで表現した>という至ってシンプルな動機の域をこえるものではなかったのは事実だろう。
私の結論はこうだ。
ディランの態度、ステージングが当時の通念を超えるものであり、音楽そのものの人々への伝播、受け止められ方に於いては、それ程、スキャンダルなものは決してなかった。音楽の革新的変化を急激に推進するスピードが当時のディランにあった為、音楽性の認知までの時間的ずれは確かに生じた。しかしそれをスキャンダリズムへと直結させたのはジャーナリストの表現過剰(アルバートグロスマンによる意図的戦略もあったのではないか)であり、ディランミュージックの変化は一部のファンを失望させながらも新しいファンを増やしながら、拡大していた。しかも音楽的評価は賛否両論渦巻くが故に、総体的にその情報量が大きくなり、シ-ンにおけるディランの存在感が自然増していくのであった。(話題で埋め尽くし、敢えて議論を撒き散らしていくというグロスマンのプロパガンダがあったのではないか)古いディランをどうしても見たい一部のファンが、今のディランを見てどうしようもなく野次っていたというのが本当の姿だろう。

音楽そのものではなく、ディランの態度、ステージングが異様だったのだ。
ポピュラーミュージックのライブコンサートが当時、どのようなものであったかを考える必要がある。
あの深々と頭を下げ、お辞儀をするビートルズのライブでの姿は、今見ると少し異様だ。常に笑顔。常にヒットメドレー。観客の要請に応え、それに奉仕する事が当時のライブの在り方であった。ビートルズは既に‘実験の季節’に入っていた。ポールマッカートニーを筆頭に、スタジオワークに於いては前衛とポップの融合を誰よりも早く試みていたのがビートルズだった。しかしライブでは相も変わらず「ビートルズがやって来るヤー!ヤー!ヤー!」しか演奏できない。疲れていてもニコニコして手を振らなければならない。ジョージハリスンはノイローゼになってしまったと言う。
60年代半ばまでのライブコンサートは概ねこのようなものであったのではないか。ライブとはショーとしての意味しかなく、アーティストはそれを半ば強要されていた。『リボルバー』(66)以降のビートルズがライブを引退し、スタジオワークだけのバンドになってしまう背景にはバンド内部の意志や問題だけではなく、業界内の在り方そのものに巻き込まれた形でのビートルズの妥協、敗北があったのではないか。

ボブディランはスポンティニアスに音楽スタイルを変化させ、それをライブで演奏するのもまた、ごく自然な事と捉えていた。「I don’t believe you」のMCで「前はあんな感じでしたが、今はこんな感じです」と観客に素直に説明するディラン。そこに別に他意はない。本当に今はこんな感じなのだから。フォークスタイルのオリジナルを破天荒なハードロックで再現したディラン。それは挑発ではなく素直な試みであり、媚びない生身のアーティストの姿をステージでも体現したに過ぎない。観客の要請に従う大方のライブの在り方に逆らい、表現行為の本来の形をディランは態度で示しただけの事だったのだろう。それがスキャンダルに転化されてしまった。

******

『ロイヤルアルバートホール』には真摯なアーティスト、ボブディランの真正面な姿勢がリアルに顕われていた。その姿は一言で言えば真面目だ。その音楽を聴くとアコースティックセットとエレクトリックセットの何れのステージも実に真面目にこなしているのが伝わる。

アコースティックセットであるディスク1を聴こう。
「she belongs to me」、「fourth time around」、「visions of johanna」は何れもバンド形態でのオリジナルをソロによるアコースティックバージョンに改編したもの。私が感心するのはディランのギターの歌心であった。強弱の付け方、ダイナミクスが素晴らしい。ディランがギタリストとして優れているという話はあまり聞いた事がないが、名手と言って良い。そしてハーモニカは間違いなく一級品だろう。
それは続く「it’s all over now、baby blue」で顕著に表われる。この曲のオリジナルはいきなり強烈なボーカルで始まるインパクトあるものであったが、このライブ演奏でディランはむしろ抑制されたトーンで無常観を醸し出しているようだ。この方が‘すべては終わった’と語る同曲の本質を表わすのではないか。しかもディランのハーモニカのソロ、メロディは魂が揺さぶられるような環境を創り出す。間のある空間に静かに炎が立ち上がる。平静を保ちながら感情が限界まで高まり、やがて収束してゆくような緊迫感と抑制、決して膨張し過ぎないブルースが静かに歌われる。素晴らしいナンバーだ。

「desolation row」(廃墟の街)はリズミックにロールするギターのイントロに導かれ、ディランが咳払いしてから始まる。11分30秒に及ぶ長大な幻想物語。

  絞首刑の絵はがきが売られている
  パスポートが茶色に塗られている
  美容院は水夫でいっぱいだ
  サーカスが町にきている
  目の不自由なコミッショナーがやってきた
  みなが彼を恍惚におとしいれた
  片手は綱渡りにしばりつけられ
  片手はズボンのポケットに
  そして機動隊はじっとしておれず
  どこか行きたくてしかたがない
  こんな事をレディと私が見ている今夜 
  廃墟の街から
      (以下略)                     
対訳 片桐ユズル

延々と続くストーリー。10個のバースを淡々と物語るディランは比較的、穏やかに歌っている。アルバム『highway 61 revisited』(65)に収められていたオリジナルの激しさに対し、ここでは物語を確かに伝えようとしているかのようだ。いや、内容よりも言葉のドライブ感を加速させ、観客が受けるイメージや想像的発展を期しているのかもしれない。またしてもハーモニカソロが素晴らしく、アコースティックギターのリズムがそれに従いパターンを変えるアレンジが素晴らしい。その直後、いよいよ佳境に入った感じでギターのストロークが激しくなり、声を拾うマイクとの距離が近づいたのか(多分そうだろう)ボーカルバランスが崩れる。しかしそのインパクトが逆にクライマックスに至ってしまう。すごい演奏だ。たった一人によるラディカルな表現の力に脱帽する。

「just like a woman」もアコースティックバージョンになる事で曲の核が浮かび上がる。原曲はリズムとメロディのアンサンブルと不思議なバックのアレンジが魅力だったが、ここではメロディをジャストなリズムで発せず、小節をはみ出し、崩す事によってより言葉重視の本質が浮かび上がった。

アコースティックサイドの締めくくりは名曲「Mr. tambourine man」

ヘイ、ミスタータンブリンマン うたっておくれ
ねむくはないけど行くところもない
ヘイ、ミスタータンブリンマン うたっておくれ
ジャンジャンジャンの朝に ついていこうよ
夕べの帝国は砂にもどり
この手から消え
ひとりここに訳も解らずに立ってはいるが まだねむくはない
この倦怠はものすごい わたしは足に釘付けになっている
だれにも会いたくないし
むかしのむなしい街頭は夢を見るには あまりにも死んでいる

だから連れてっておくれ 心の煙の輪をくぐって消えながら
時間のかすんだ廃墟をとおり、こおった葉っぱをすぎて
気味悪い、おびやかす木々が風の浜にならび
くるった悲しみのひん曲がった範囲からとおくはなれて
そう、ダイヤモンドの空の下で踊ろうよ
片手をかってにふりまわし
海をバックに、サーカスの砂でまるくかこまれ
全ての記憶や運命を 波底ふかくおしこめて
きょうのことは忘れよう あすまでは
                            対訳:片桐ユズル

ディラン特有のシュールリアルな歌。
自由なイマジネーションを喚起させる幻想詩だが、テーマの明確さを兼ね備えた内容でもあるだろう。<タンブリンマン>とは<ビートを打ち、リズムを司る人>と私は解する。それはリアリストの化身である。ディランの主眼はいわば幻想からの帰還、退廃からの脱却ではないか。そんな意志と強い現実認識の象徴としての<タンブリンマン>を想定する。しかも幻想、退廃といった迷路をより強固なリアリストたる道程への不可避なものと捉えるところにディランの神髄がある。
ここでのディランはギターのバッキングに間をもたせ、ストロークを一定のリズムで演奏するのではなく、言葉の強弱に合わせるような弾き方をしている。生演奏ならではの生き物のような曲となり、歌の進行に対し聴く側は予想を超えるものを期待する高揚の感覚が生じる。絶妙なハーモニカの印象度も際立ち、ラストのハーモニカソロは例えば、凡百のジャズのサックス奏者がかかっても勝てない程の表現力を持つものだろう。
アコースティックサイドでディランは究極のソロ演奏を記録した。
私が強く感じるのは、会場の広さ、乾いた空気。観客の眼差し、凝視、期待。ディランの孤独、情熱。緊張感に満ちた異様な空間、である。
ここでのディランはショーアップされた音楽会からは程遠い、表現の深さと光輝なるを実現した。

********

ディスク2はエレクトリックセット。
ここでディランはボーカルスタイルを変え、バックバンド、ザ・ホークスとの一丸となった演奏を繰り広げる。いよいよ<喧騒>の第二幕が始まる。ミッキージョーンズのドカドカドラム、リックダンコはボンボコベース、ロビーロバートソンはパキパキギター、ガースハドソンはヒュラヒュラオルガン、リチャードマニュエルは・・・・・・・ピアノ(殆ど掻き消されています)。ディランのボイスとハーモニカはナイフのよう。

1曲目「tell me,momma」
出だしのカッコ良いこと。チューニングやら音の確認を手探りで行ないながら、ビートに入っていく。ディランは声を引き延ばし、ノイズ一歩手前の領域を行き来している。スタジオテイクは存在しないので唯一の録音となった曲だがカッコ良すぎるだろう。何故正規の録音をしなかったのだろうか。
「I don’t believe you」は先述したとおり、ミディアムテンポのハードロックに昇華された問題作。これは最高だ。高らかに歌い上げるディランのエネルギーにロックの原型を見る。不思議なのはこの曲及び続く「baby, let me follow you down」が以後、二度とフォークスタイルで演奏される事はなく、ザ・バンドの『ラストワルツ』(78)においてもほぼ同じアレンジで演奏されている事だ。「baby, let me follow you down」はディランの曲ではない。しかしディランはこの曲を度々取り上げている。好きな曲なのだろうか。その『ラストワルツ』では何故か二回も演奏した。一回で良いと思う。私はこの曲はあまり好きではない。

「just like tom thumb’s blues」はゆったりとしたビートに乗った緊迫感溢れるパンクナンバー。ガースハドソンによる摩訶不思議なキーボード、そのコードワークを堪能できる。
「leopard-skin pille-box hat」はディランがだらだらとした口調で曲を紹介するが、変な野次や観客の間の抜けた手拍子で始まらない。しかし一旦、始まるやその火の出るようなロックンロールは全開する。ドッタンバッタンのミッキージョーンズのドラムもこの曲だけはグルーブある好演だろう。ロビーロバートソンのギターソロ、ガースハドソンの天才的バッキングが素晴らしい。しかし一番素晴らしいのはディランのシャウトだ。パンクとしか言いようのないその毒気、ボイスによってサウンドがローリングするこの曲。アルバム『blond on blond』収録のオリジナルよりパワーに溢れているだろう。

「one too many morning」が始まる前、ディランがしばらくボソボソ呟く。ライナーには<意味不明>とある。そして観客のヤケクソのような手拍子に「そんなに強く手を叩かなくてもいいのに」と言い放った。答えるように観客は拍手と歓声。分けが分らない。曲は端正なものでリックダンコのコーラスが嬉しい。ロバートソンのギターソロが素晴らしいがその後ろでディランのギターがヘタウマに絡み、ごちゃごちゃになってしまう。邪魔だろう。台無しだ。どの曲もそうだがエンディングでシンバルがバシャーンと派手に鳴らされ、余計、そのラウドさに拍車がかかる。ヘビメタじゃないのだから。

「ballad of thin man」のスローテンポで重々しいサウンド。ガースハドソンのキーボードの音の選び方、音響効果が凄い。ヘヴィな曲調をドラマ仕立てにしているだろう。しかしディランの邪悪的な歌声によって観客には段々、一種の重圧が重くのしかかる。
<なにか起こりつつあるが、あんたにはわからないのさ、ミスタージョーンズ>

サビの歌詞が観客に突き刺さる。何度も繰り返されるうちにまるで自分に向かって言われているような気分になる。(ジョーンズという名の人もきっといるだろうに)もううんざり。ここらで軽めの歌が聴きたいかなという感じだろう。従って曲が終わっての拍手喝采は曲への敬意であると同時に、やっと終わったという喜びの拍手であるかのようだ。その証拠に拍手は突然、ぱっと途切れ、重く白い沈黙が会場を支配する。この沈黙はいたたまれない。メンバーの気持ちは想像するに難くない。この間は何なのだ。あまりにも白い。
その重い沈黙を破ったのが一人の観客による「ユダ!(裏切り者)」という叫びだった。
ロビーロバートソンが「でかい音でいくぞ!」と叫び、ラストナンバー「like a rolling stone」に突入する。後にロック史上最大の名曲と呼ばれる事になるこの曲。もうバンドが一丸となってと熱演。獰猛な音響がこだまする。しかしやはりドラムが全然グルーブしない為、重々しいヘヴィネスに全体が貫かれる。テンポももたつき気味で全くローリングしない。転がる石というより蛇行する機関車と言ったところか。この「like a rolling stone」が最初、ワルツであったことは『the bootleg series volumes 1―3』収録の没テイクで知った。軽やかなワルツが、正式テイクではグルーブ感溢れる痛快なロックナンバーとなった。長い曲だがポップフィーリングを保持した為、快楽が持続するような傑作となった。
しかしここでの演奏は善し悪しを超えて、もうどうしようもなくリアルな現場感覚と演奏者達の感情が無秩序に出てしまった。ドラムに引きずられて全員がゴワー!っという感じで全く理性がない。ハドソン博士までもがキレてしまっている。みんなヤケクソのようにも感じる。しかも悪い事にこの曲もサビの歌詞が<どんな気がする?(how does it feel?)>という挑発文句のリフレインだ。客も怒るで。

8分もの長く熱く粗い演奏が終わる。
拍手とブーイングがディランに飛ぶ。そしてやはりぴたっと止む拍手。静まりかえった会場。例の白い間が支配する。シーンとしたところで、閉幕の音楽。アンコールはなし。
何なのだろう、この醒めた雰囲気、後味の悪さは。人々の興奮や困惑、考え込む姿等が伝わってくる。
このライブアルバムは正に記録的な代物、ドキュメンタリーとでも呼ぶべきものだ。
この独特の雰囲気、緊張感を創り上げたボブディランはその後、70年代にディラン&ザ・バンドの充実期を経て最強グループ、ローリングサンダーレビューへと至る。

余談であるが、この歴史的演奏に名をとどめたドラマー、ミッキージョーンズはまもなく音楽を辞め、俳優に転身して活躍しているという。彼は一体、何だったのか。

1999年4月
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