満月に聴く音楽

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シェシズ Ché-SHIZU new album 「火の環 hi no tamaki」 2016.2.24発売

2016-01-22 | 新規投稿
シェシズ Ch�・-SHIZU new album 「火の環 hi no tamaki」


    
Ché-SHIZU「火の環」に寄せて

1981年にスタートしたChé-SHIZU(シェシズ)が当初、即興演奏のプロジェクトであった事は現在の向井千惠の活動が即興演奏をメインにしている事を考えれば、意外ではないのかもしれない。(註1)ただ、その活動においてシェシズはローファイなサイケロックというスタイルを崩したことはなく、向井による不思議な魅力を湛える数々の楽曲によって人々に記憶されてきた。さらに言えば向井を支える工藤冬里、西村卓也、高橋朝という超個性的なメンバーによるそのフリーなコラボレーションによるグループの唯一無比な印象こそがシェシズをして一種のカルト的なバンドという様相を示してきた事も事実であろう。実際、向井が一昨年末、「今日、シェシズのオリジナルメンバーによる30年ぶりのレコーディングをする」とフェイスブックに書き込んだ時、わずか一時間足らずの間に100人を超える人から<いいね>などの反応があったのは、普段、即興系のライブをメインの活動に据えた向井へのもう一方の期待の表れであり、逆に言えばシェシズへの関心層は即興パフォーマーとしての向井千惠のオーディエンスと必ずしも一致していない事を実感した象徴的な出来事のようでもあった。

即興と歌。両者は融合してしかるべきである。今回、シェシズの作品を創る私の目論みはそこにあった。そしてその可能性を私は一昨年の11月、京都で行われた向井千惠と工藤冬里のデュオによるライブで見たのである。その日、二人はシェシズの曲にインプロヴィゼーションを挟むような構成の演奏を行った。インスト曲、歌もの、即興という配分のバランスは絶妙であったし、何よりも即興の後に繋がるような形で展開される歌ものにその魅力が倍増される事を発見できた点はこれから録音に臨む私にとって一つの収穫でもあった。私はメンバーにそのコンセプトを伝え、了解してもらった。

レコーディングは2013年の12月29日のスタジオ(大阪吹田Studio YOU)、及び、翌日のライブ(大阪epok)にて行われ、翌年2014年4月、2015年の5月にオーバーダブの為の録音をし、ミックス後の完成に至る。その道のりは平坦ではなかった。最初のスタジオ録音で私が悟った事はこのグループはメンバーをスタジオに集めてマイクを向け、‘はい録音スタート’とキューを出されて‘ちゃんと演奏’するようなバンドとは程遠い感性の持ち主の集団であることであった。つまり当初のアレンジから逸脱したり、テンポの安定感に欠くトラックが続出。しかも即興というそもそも内部自発的な行為を‘はいどうぞ’と言って演奏するのもこのグループにとって自然ではない。今回の作品がスタジオ録音のテイクとライブテイクを織り交ぜた構成になったのも、曲によってはライブテイクがベターである曲が続出したためである。シェシズは演奏がその時によってどうなるかわからない危険性を孕むことを前提としたバンドなのだ。実際、私が向井から借りてチェックした膨大な数のライブ音源や映像でも、ある種の不安定感と表裏一体のパフォーマンスが多く見られ、いわゆる、手堅い演奏をする無難なグループとは異なる性格を持つグループである事がわかる。
しかしこれがシェシズ元来の持ち味なのであった。思い起こせばファーストアルバム「約束はできない」(84)以降の作品は流動するメンバーによるライブ音源の寄せ集め的なものが多かった。例外なのは前作、「瞬きの星」(99)でそれは工藤冬里、高橋朝に替わるメンバーでの音源であり、そのまとまり具合が逆にシェシズ本来の音の揺れ、アウト感に乏しい音楽世界であったとも言えよう。

シェシズは2007年以降、オリジナルメンバーの体制に戻り、東京の七針をホームグラウンドにライブ活動を続けてきた。それらの音源を聴いて私が感じたのは、向井千惠の楽曲のレベルアップである。以前、‘lo-fi dream psychedelic folk rock band’と名つけられたように二胡の弾き語りというメインのスタイルを持つシェシズの第一印象はエスニック風味のフォークロックバンドであったと思う。しかしここ何年かの新曲をピックアップして聴くと、そこにピアノを基調とした気高さ、荘厳さを持つ歌曲が多く生まれている事が判明し、今までのシェシズに無かった要素が加わっているのであった。タイトルナンバーである「火の環」をその典型とし、他にも「左目の虹」「丘に立ちて」「ときめきの旗」などがそうであろう。それらはミディアムテンポをベースに何かしらの祈願、メッセージを滔々と歌い上げるスタイルを持ち、高位な歌の表現世界に到達しているかのような楽曲である。向井千惠のソングライティングの個性はどこか自然発生的な旋律の味わいを持ち、構成主義的なものではなく、内面から湧き上がるようなイマジネーションを想起させる点にあると思っている。従って、それは聴く者の魂を揺さぶるような直接性も持つに違いない。装飾性を剥ぎ取ったむき出しのソウル。そんな感動を向井千惠の歌に感じる。「火の環」「左目の虹」「丘に立ちて」「ときめきの旗」の4曲はそんな彼女の才能がダイレクトに発揮された作品だ。
更にシンプルで深遠なメロディを反復させるピアノによるインストナンバーの数々も見逃すことができない。「sea at dawn」「la vie」「Paris」などがそうだが、これらのダウンテンポを基調としたアンビエントなピアノ曲もやはり、以前のシェシズに無かった要素であり、かつてのロックビートを背景としたスタイルのユニットからメンバーが安定しない時期を経る事によってグループがある意味、向井のソロプロジェクト的な様相へと変貌した結果の産物としてこれらの楽曲があるのかもしれない。

長めの即興演奏テイクをアルバムに収録するという私の当初の目論みは、長年、レコーディングから遠ざかっていたグループに蓄積された魅力的な楽曲の数々のフルな収録によって、やや、修正を余儀なくされたのであるが、それでも二つのテイク「即興」「即興~丘に立ちて」が収められた。いずれも急遽、決定したライブレコーディングでの音源である。グループによる自発的な演奏の断片であり、それはどこか遊戯的な奔放さをもって展開される。即興における向井千惠のパフォーマンスは楽器演奏と身体表現を往来する全く独自のものであり、それは祝祭的な即興とでも言うべき憑依性を持つ。この時の彼女は二胡からピアノ、そしてドラムと渡り歩きながら、ステージの壁面にへばり付いてドラムスティックを両手で円を描くように壁にこすりつけるような演奏をしていた。そのボルテージは時として下がり、時として上がる。その時の状態によってパフォーマンスのタイプや質が変化するのは、即興が何かしらのフォーマットや語法に収まるものではなく、真にスポンティニアスな設定により、湧き出るものと化している証左でもあろう。

いや、正確に言えばその‘湧き出るもの’としてあるのは向井千惠にとっては作曲もまた、即興と等しく内発的な何かに導かれるように産出されるものであるのだ。彼女はある時、曲や歌詞について‘出てくる、出てこない’という言葉を使って私に説明した事があった。今回のアルバムのある意味、目玉でもある数々のピアノ曲も実は曲を書くつもりでピアノに向かって作られたものではなく、無論、歌詞についても内側から湧き出てくるのを待つという待機の状態の中から生まれた言葉である。(註2)
ただ、向井が何かしらの創意や目的を持ったコンポジションを意図する時、何かが‘出てくる’に適した状態をその意思を持って作り出すという行為にその創造性が発揮されるのであろう。今、思い出すのはスタジオに向かう途中、公園に寄り道し、大きな木に寄りかかり、そのエネルギーを補充していた向井千惠の姿である。彼女の準備とはむしろ精神的な準備だと思われる。(註3)リアルタイムな精神状態が音楽にダイレクトに反映されるその醍醐味があるからこそ、シェシズのライブにはスリルがあり、目が離せないのである。

向井千惠、工藤冬里、西村卓也、高橋朝。
シェシズを形成する個性的なメンバーは各々の即興的自発性を持ってグループに関わっている。それは均等の力学によるものだ。工藤冬里が語るところによれば「シェシズは向井さんのグループなので、曲に関しては指示に従って演奏している」との事である。しかしこのアルバムに収録されたライブ音源である「ときめきの旗」で工藤が見せる破天荒なドラムと叫びを聴かされたあとにはその言葉も説得力を持たないだろう。この曲で向井は工藤にドラムを叩いてくれと指示はしていない。
エンディングに工藤が放り投げたスティックが地面に落ちる‘カラーン!’という音と高橋朝によるテープコラージュの‘キュルキュルキュル’という音でこのトラックは終わる。向井は自分の楽曲がこのようなアレンジでアルバムに収録される事になるとは夢にも思っていなかっただろう。しかしその意外性、即興性こそがシェシズの個性であり、西村卓也による何とも味わい深いベースラインに象徴されるようなプロフェッショナル性との同居がシェシズの豊かな音楽性を形作っていると言えよう。

紆余曲折を経てシェシズの「火の環」は完成した。全15曲。75分に及ぶ大作である。制作行程における様々な困難と壁にぶつかりながら仕上がった作品である。それはシェシズのこれまでの長い道のりと等しく、変化と楽しみに満ちた旅のようでもあった。そしてシェシズの活動はこれからも続いてゆく。

2015.8.30
宮本 隆(時弦プロダクション)

註(向井千惠)
1:グループを東京、荻窪GOOD MANで始めた当初、Cho-SHIZUと名乗っていた。固定メンバーではなく‘私と誰か’という形式をとっており、最初のメンバーはグンジョーガクレヨンの園田游(dance)と風巻隆(percussion)であった。客として来ていた高橋朝に私が次回ライブのチケットを買ってもらおうとしたら「一緒にやりたい」と言われ、チケットが売れなく、がっかりした記憶がある。その高橋と一緒にパフォーマンスをしていた矢野博士(performance,clarinet,etc)がしばらく固定メンバーとなる。吉祥寺GATTYに拠点を移したころ、オーナーから西村卓也を紹介される。「西村君は店でバイトしながら即興でベースソロをやっている。客来なくてもどうでもいいって感じでやってるんだけど、一緒にやってほしい」と言われ、向井(二胡、vocal)、高橋(drums)、西村(bass)というメンバー構成になる。工藤冬里(guitar)が加わった日、出掛ける時に部屋でメロディーが聞こえ、電車で歌詞をつけた曲がグループの最初の曲「火の海」である。その後、自然発生的に曲が増え、メンバーも固定し、自然にロックバンドに移行していった。

2:曲はいつ出てくるかわからない。食器を洗っている時や寝ようとしたら急にメロディーが現れてくるので、中断してすぐ、譜面に書き留めないとそれは‘歴史的な損失’になりかねないと思って、書き留めるようにしている。歌詞はそのメロディを自分の中で繰り返すと、それに連られて出てくるというパターンで、先に歌詞ができてメロディをつける事はまずない。

3:あの日、公園に立ち寄ったことをこの文章を読むまで覚えていなかった。頭を木につけると瞑想状態になり気持ちいい。エネルギーチャージであるが‘無’に近付くためにそうしたのかもしれない
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