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a trip to ancient Izumo 2

2017-05-26 | trip
南側駐車場から見た「加茂岩倉ガイダンス」
銅鐸型の車止め

 ←旅の行程:クリックで拡大します
が訪問した場所  が宿泊地  が道程

 出雲大社と古代出雲歴史博物館の見学でその日は終了。県道28号と国道9号線が空いていたので、宿泊地の湯の川温泉まで車で30分くらいでした。出雲空港から一番近い天然温泉ですが、今回初めて知ったので泊まってみました。「日本三美人の湯」だそうですが、美人の湯だとか美肌の湯だとかはあちこちにありますから、正直期待していませんでした。が!とてもいい湯です。湯船に浸かったとたん、湯が肌に沁みわたるのを感じました。山里にあって夜も静かなので、ぐっすり眠ることができました。翌日はいよいよ古代遺跡巡りです。
 湯の川温泉から時計回りで、加茂岩倉遺跡→西谷墳墓群史跡→荒神谷遺跡というルートで巡りました。加茂岩倉遺跡はかなり山深い場所にあるため、大回りする形になりますが、湯の川温泉から山の方へ向かい、出雲ロマン街道(広域農道)を走り、国道54号に出て南下します。加茂岩倉遺跡の案内板のある交差点で右折して道なりに数分行くと、駐車場があります。山間部の道路ですが、整備されているので快適なドライヴでした。
 普通はこの駐車場から遺跡まで歩く(1㎞近く)そうですが、歩けない人は、駐車場をやり過ごして松江自動車道に並行している細い道路を進んで行って、自動車道のPAを通り越して右に向かう林道のような道路へ入って突き当たった所を右折すると、加茂岩倉遺跡ガイダンス(資料館)の裏手にでます。駐車スペースもあるので安心です。銅鐸車止めを抜けて行くと、右側の山の斜面にガイダンス入口エレベーターがあります。
 加茂岩倉遺跡は、ここに広域農道を作っている最中に見つかりました。見つかっていなければ、先の駐車場からこの道が自動車道路になっていたはずでした。開発という名の自然破壊かもしれませんが、それがなかったら永久に発見されなかったと思うと複雑な気持ちになります。
ガイダンスの中には、発掘された銅鐸のレプリカが展示されていました。
  
ここは自然光で見られるので、模様や文様や入れ子の状態もよく見えました。ガイダンスの入館は無料です。
 ガイダンス入口の反対側にあるドアから外へ出ると、木造の回廊が山肌に沿ってめぐらせてあります。スミレなど野草の花が斜面にいっぱい咲いていたし、ウグイスの大合唱が聞けて、とても気持ちがよかったです。その先に、銅鐸発見現場がありました。
  
工事中に重機で掘り起こされた状態を、レプリカで再現したものです。まるで映画のセットみたいでした。これらは自由に触ることができるので、発掘気分も味わえます。そして、出雲の古代人がなぜこのような場所に39個もの銅鐸を埋めたのか、神名火山である仏経山を挟んで、358本の銅剣と銅鐸6個・銅矛16本が埋められていた荒神谷と直線距離で約3.3kmという近さには、何か関係があるのか?などと、現場に立って思いを馳せてみました。
 今でこそショベルカーを使って急斜面を掘る事ができますが、当時いったいどうやって沢山の銅鐸を運んで、穴を掘って埋めたのでしょうか。また、なぜここだったのでしょうか。
 出土した銅鐸の作られた年代は、弥生時代中期~後期(紀元前100年代~紀元200年代頃)と推定されているようです。埋められたのはそれ以後となりますから、倭国大乱(100年代後半)や邪馬台国(連合)の勢力と関係があるのでしょうか…。
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