いち年ゆみ組のブログ

アーチェリーと、うちの植物たちと、読んだ本のことなどをのんびりと...

東の国の暮らし始まる

2013-09-30 22:56:37 | その他

日曜日に東の国に来ました。パソコンがなくて、ブログを書くのが大変です。

お家は新しくて、快適です。ベランダも広くて、植物たちを置きやすいです。4階なので、遠くまで見渡せます。有名な塔も遥かに見えます。日曜日、荷物の受け入れを終えてから、銀輪で周囲を走りました。

オートレース場が近くにあるのがめずらしいです。それ以外は新興住宅地と古い工場の街です。

昨日はたくさんの方からLINEやメールや電話をいただき、寂しくありませんでした。ありがとう!

明日は洗濯板が届くはず。今朝は手洗いしかできなかったから、はやくきちんと洗いたいです。晩ご飯は、うどん、おとうふ、キュウリの漬物でした。いっこさんがいないから大変です。

さて、そろそろ寝ます。みなさんおやすみなさい。

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

出発前夜

2013-09-28 21:54:53 | アーチェリー

明日、東の国へ出発します。それで、午前中に、この国の一の宮にお参りに行ってこれまでお守り下さったお礼を申し上げ、これからもお守りいただくようお願いしました。

それから今日は、ボクが明日発つことを知ったいつもの高校生たちの卒業生が送別会を開いてくれました。

集まってくれたのは5人。そのうち4名はアーチェリー部歴代の部長でした。2時間くらい一緒にいて、お昼ごはんを食べながら、いろんな話をしました。というよりも、ボクは彼らの様子や話を楽しんでいたというのが事実かも。

別れ際に、M田くんがボクに、インドア用の40cm的をコルクボードに貼った記念品を手渡してくれました。それは寄せ書きで、見ると彼らの高校の現役・卒業生を問わず、たくさん書いてありました。みんなボクがアーチェリーを教えたり、いつもの射場で関わりのあった子達でした。M田くんが少ない時間で手配してくれたそうです。こんな記念品をもらうなんて、夢にも思っていなかったので、本当にうれしい気持ちでいっぱいになりました。名残惜しいけど、M次長との約束があったので、彼らと別れました。最後まで手を振ってくれました。一人になって寄せ書きを見て、少し泣きました。

M次長と約束していたコーヒー店に行くと、M次長とキムさんがいました。それから2時間、いろんな話をしました。これから行く国のこと、連盟のこと、弓のこと、五輪のこと、ニャーとナオ師匠のこと、M次長の大好きなA●BやNM●のこと等を、たくさん話しました。

ボクがこの国に来たのは何かの縁。もしかしたら、先代からゆみ組を引き継ぎ、守り、伝えることや、連盟のお手伝いや、いつもの高校生たちのコーチや、みんなをつなげることが使命だったのかもしれません。これから行く東の国でも、きっと何か使命があるのかも。今はまだわかりませんが...

この国で、アーチェリーを通じてボクと関わりのあったすべての人に感謝を。そしてこれからも、どうぞよろしくお願いします。

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

荷物を出しました

2013-09-27 19:25:21 | その他

今日は引っ越し屋さんが荷物を受け取りに来る日。お休みをもらっていましたが、気がかりなことがあったので、朝一番にまきたんに会いに行き、いくつか指示を出して家に帰りました。帰宅後は必死で荷造りです。午後2時~3時に伺いますとのことだったのですが、待てども待てども引っ越し屋さんは来ませんでした。

午後4時過ぎにやっと引っ越し屋さんが到着し、せっせと荷物を積んでくれました。ボクの荷物は、ほとんど本です。それからアーチェリーの道具、植物、自転車。リカーブはハードケースに入れているので問題ないのですが、コンパウンドはヒロミ先生お手製のキルティングのソフトケースだからどうしたらいいかと思っていると、引っ越し屋さんは、和服用の細長い箱を持ってきました。サイズもピッタリでした。

「いろんなサイズの箱があるんですね」と聞いたところ、「いえいえ、箱の種類は限られていて、工夫するしかないですよ。だから普段から、街で他の業者が植木を運んでいるところを見たら研究してますよ」とのこと。仕事熱心ですね。すばらしいです。いままでボクは、いろんな業者に引っ越しをお願いしてきました。みんなてきぱきと作業して、見ていて気持ちいいですね。そして、必ず声をかけ合っています。

結局、ボクひとりの荷物なのに、その数39個口にもなってしまいました。引っ越し屋さんに「多すぎますよね」と恐る恐る聞いたところ、「だいたい30個口ぐらいが平均だから、多すぎることはないですよ」とのこと。気になるのは自転車。この間いっこさんが買ってくれたばかりなのですが、自転車だけをまとめて同じ地域に送るので、傷がつくかもしれませんと言われ、少しがっかりです。それでも、プチプチをたくさん巻きつけて、傷がつかないように配慮してくれました。

植物たちには、明日水やりができないので、少し多めにあげました。無事に目的地についてくれることを願っています。

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

北の射場といつもの射場に

2013-09-23 22:00:16 | アーチェリー

今日は、朝から北の射場に行きました。K軍曹が最後にボクに会いたいと行っていたからです。北の射場に行くとK軍曹ひとりで練習していました。しばらく二人で話していました。そのうち、いつも北の射場で練習する方々が集まり始め、子供たちも含めると10人を超えました。ボクは、ミヤさんにいつもの射場に行く約束をしていたので、あまり長く北の射場にいることはできませんでした。それで、30mを4~5回、50mを3回程行射して、練習を終え、あとは皆さんとお話をし、写真を一緒に撮りました。 行射数は少なかったですが、グルーピングも小さく、気持ちよくリリースできました。K教授のアドバイスのおかげです。

北の射場は、ボクがこの国と東の国を行き来していた頃でもなんとか弓を続けることのできた、大事な射場。そこで最後に行射できてよかったです。

それから、いつもの射場に向かって移動し、ミヤさん、ニャー、タケちゃん、悦ちゃんさん、N口さん、A師匠、事務局長閣下に挨拶をしました。ミヤさんは、アームガードをプレゼントしてくれました。ボクのアームガードがガタガタになっていたのを知っていたのでしょう。ありがたく使わせていただきます。

たった一日で北の射場といつもの射場のどちらにもごあいさつをしに行こうとしたのは、少し欲張りでした。じっくりとお話することもできなかったから。途中で電話がたくさん入ってきたし... とは言うものの、時間もないし...

午後からは、いっこさんと一緒に、東の国に行くための電気製品等を買いに行く予定があったので、いつもの射場の皆さんといっしょにごはんを食べることもできず、弓も引くことができず、そのまま帰りました。せめてお引っ越し前に、最後に、皆さんと一緒に、いつものようにごはんを食べたかったですが、それもかなわず、残念でした。

お引っ越し後、たぶん1回か2回は、いつもの射場に行くチャンスがあります。あらかじめ皆さんに連絡しておいて、射場に遊びに行こうと思います。天災秘書N森も会いたいと連絡してきました。叶えてあげたいですが、ちょっと難しいかもしれません。

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

アーチェリーとボク(1)

2013-09-22 21:16:49 | アーチェリー

ボクが東の国に行く前に、この国でアーチェリーを始めるきっかけをお話しようと思います。

ボクは2003年の夏にこの国にやってきました。実は、東の国を出る時に、北の国に立派な射場があると教わっていたので、その射場に行きました(この射場は、後にM次長と一緒に2級審判員の試験を受けたところでした。)。でも、その国の方々となかなか馴染めませんでした。それで、インターネットで知ったK市の射場に行こうと思いました。どのくらいの距離があるのかも分からず、とにかく最寄駅からゴロゴロとボウケースを引きながら、トボトボと歩いていました。今行動しないと、アーチェリーから遠ざかってしまうと思ったからです。

坂道を登っていると、車が一台通り過ぎました。それから減速し、また加速し、今度は停止し、なんとボクの方に向かってバックしてきました。「アーチェリーですか?」「はいっ!」「乗って行きなさい」。それがコーサクさんとの出会いでした。コーサクさんはK市の射場(現在は閉鎖)に連れて行って下さいました。コーサクさんは、この時、いつもの射場があることを教えてくれました。

今度はそこで出会ったTさんに連れられて北の射場に行ったのです。北の射場の方がボクの家に近いから。それからしばらく、北の射場で練習しました。北の射場には車がなければ行けません。でも、北の射場に通うFさんが「行きたい時は連絡を下さい、車で迎えにきますから」と言って下さったのです。それで、2週間に一度、練習に通うことができました。

2004年の春、いっこさんが東の国からやってきて、いつもの射場の近くに住むことになりました。まったく偶然でした。コーサクさんからゆみ組のことと、ゆみ組の先代の電話番号を教えてもらいました。ボクは先代に電話をかけ、ゆみ組の練習会に行って、初めて先代にお会いしたのです。それからずっと、いつもの射場とゆみ組での練習に通いました。

それから4年が過ぎて、ボクは先代から、ゆみ組の勘定奉行を命じられました。そのわずか1年後、先代が急死され、U村さんとボクが引き継ぎました。対外的な活動はすべてU村さんが担当され、日々の活動はボクが担当するという体制で何とか危機を乗り越えました。ゆみ組の人数も随分少なくなり、先代の頃の半分以下でしたが、活動は続けました。ゆみ組は、先代からの大切な預かりものだったから。

また4年が過ぎ、今度はボクがゆみ組を離れる日が来ました。でも、今度は大丈夫。なぜなら、O工場長とシローさんがゆみ組を守ると約束してくれたから。

ボクはずっと、神様に導かれるように、次々に出会う方々が、それまで全く知らなかった方々が力を貸して下さって、ボクはこの国でアーチェリーを始めることができ、いろんな関わりを通じてより多くの人と知り合い、みなさんに仲良くしていただいて、こんなすてきな、心に深く残る時間を過ごすことができました。不思議な経験でした。「お前が何かを望めば、宇宙のすべてが協力して、それを実現するように助けてくれる」(パオロ・コエーリョ『アルケミスト』)に書かれていることって、本当だったんだと思いました。

今日、タケちゃんと一緒に、初めて先代のお墓まいりに行きました。この5年のご報告と、これからの無事を先代にお願いしようと思って、タケちゃんにお願いしたのです。お墓まいりをして、先代のことをたくさん思い出して、それで、こんなことを書きました。また思い出したら、この国でのアーチェリーの思い出を綴ってみようと思います。

コメント
この記事をはてなブックマークに追加