書き逃げアンドロイド。

副交感神経が優位になるような写真が好き。

○逆アスペルガー症候群。

2017年06月15日 16時46分46秒 | 意識論関連
一般的には「右脳が感情的で左脳が理性的」と言われているんですが。

これ、実は間違いなんですね。

「理性には利己的利益追求の側面がある。」とか「生物の目的は生存。」といった観念を鵜呑みにして、それが間違っているかどうかの論理検証を全く自発的には行うことが出来ないのが左脳優位の特徴でもあります。

教え込まれた合理的根拠のない多数派の意見を鵜呑みにしていて、どうして「理性的」だと言えるんでしょうか?

左脳優位なヒトの場合、視野(意識)が狭く、バカげた話に何の疑問も持たずに鵜呑みにすることが出来るため、「外見上感情的に見えない。」だけなんです。

逆に右脳優位なヒトの場合には、左脳優位なヒトの短絡的な物事の解釈の仕方や論理検証性の欠落にイライラするので、「外見上感情的に見える。」だけの、一種の錯覚なのです。

大衆観念的解釈で、「爬虫類や鳥類には感情がない。」と言っているのと同じことで。爬虫類や鳥類は外見上感情を現さないことを「感情がない。」と錯覚しているのと同じことで、実際には爬虫類や鳥類が理性で行動しているわけでも何でもないことは、言うまでもないことです。

こうした左脳優位特有の視野(意識)の狭さというのは、左脳の神経接続の短さに起因するもので。全体像に意識が働かずに目先の屁理屈だけで思考が「整理」されてしまうために生ずるものなのです。

左脳優位なヒトの場合、数学が得意だったりするのですが。

数学者の多くは、特定の規則ルールの中だけでの論理検証は得意なんですが。実はそれだけなんですね。

東北の震災の時、千葉県の工場でブタンのガスタンクが爆発炎上したことがあり。それがSNS上で「有害ガスが雨と一緒に降ってくる。」というデマを招いたことがありました。

これに対してある数学者は、「ブタンが燃えても二酸化炭素しか出ないので、有害ガスなど出ない。」という見解を示しました。

しかし、良く考えて下さい。二酸化炭素というのは本来無色透明な気体であり、黒煙としては見えないはずなのです。

黒い煙として見えているのは不完全燃焼に起因する煤ですから、これは単純に無害だとは断定することは出来ないのです。

まあ、煤であればSNS上で大騒ぎしていた程の有害ガスではないのですが(いやむしろガスじゃなくて固体粒子だし)。数学者などの左脳優位なヒトというのは、特定の限られた範囲の中でしか論理検証が出来ず。しかも、それだけで判断が終わってしまう性質があるのです。

左脳優位なヒトというのは、自分の頭の悪さも認識出来ないために。「自分は数学が得意で左脳優位だから、理性的で頭が良いんだ。」と短絡的に解釈しており。何の疑問も持たないために、外見上感情的にもならないわけです。

何にも気付かなければ、何の感情もわかないんですね。

左脳優位なヒトというのは、間違いを指摘されても条件反射的無意識に「ヒトは誰でも間違えるものだ。」といった言い訳言い逃れ取り繕いはぐらかしを自慢げに主張して、自分の間違いも他人事のように言い張る傾向があります。

ですから、自分の頭の悪さにも気付かないため。落ち込むことも恥ずかしいとも思わないですから、感情が表に出て来ない。

ところが理詰めで徹底的に追い詰めると、お笑いタレントの宇治原ナントカみたいに「色々言われているけど、俺は頭が良いんじゃ!」などという訳のわからぬ主張をし始める。

左脳優位なヒトというのは、先天的本能としての順位欲に忠実なので。自分の優位性を主張して外見上の評価承認ばかりを追求する習性があります。

先天的本能習性に忠実な状態ですから、これは理性でも何でもなくて感情でしかないのですが。外見上は感情が「見え難い」ために、「左脳優位だと理性的だ。」と錯覚されているのです。



右脳優位な場合、視野(意識)が広い傾向性があり、左脳優位なヒトのように短絡的解釈の仕方をせず、より広い範囲にまで意識が働くために。これを一次元表現である言語で説明するのがまどろっこしいため、外見上「感情的」に見えることがあるのです。

「理性には、利己的利益追求の側面がある。」などというバカ丸出しの観念を鵜呑みにして、何が間違っているのか全く理解していないバカを見てイライラする。

それが右脳優位なヒトの特徴です。

感情や本能には利己的利益追求の側面が存在しないとでも言うんでしょうかね。むしろ利己的利益追求というのは本能こそが促す行動であって、理性「的」、理性「っぽく」見えるとしても、むしろそれこそが錯覚に起因する観念に過ぎないのです。

右脳であっても前頭前野が理性を司ることに違いはありません。

ただ言語という一次元表現が苦手なので、あたかも論理検証性自体までもが苦手なんじゃないかと、大衆観念的には解釈(錯覚)されがちなのです。

そもそも言語機能というのは前頭前野の働きではなくて、ブローカ野とかヴェルニッケ野(共に前頭前野ではない)の機能であり、外界とのインターフェイス(I/Oみたいなもの)であって、脳の主処理そのものではありません。

これら言語野というのは共に左脳にあるため、左脳優位なヒトは言語機能には優れていて、言葉巧みに丸め込むことには長けており。文科系大衆の観念的納得満足感を与えて判断力を喪失させることが大好きでもあります。

養老孟司の著作に意味があると錯覚していた大多数の大衆の頭の悪さも、これが原因です。



左脳優位なヒトの傾向として、「気分的に安心満足感が得られること=正しいこと。」という短絡的解釈をする傾向があります。

これは多数派迎合性という先天的本能習性に起因する思考バイアスに簡単に流されていることを意味するものであり。こうした思考バイアスこそが、むしろ論理的思考を停止させ、合理的根拠のない大衆観念を鵜呑みにする原因なのです。

私は軽いアスペルガー傾向があるのですが、思考があまり「整理」されない傾向があります。

しかし、逆にアスペルガー傾向がなさ過ぎる「逆アスペルガー」ともいえる傾向の場合には。論理検証もせずに短絡的に物事を鵜呑みにしてしまう、「思考の過剰整理」状態に陥っているケースも少なくありません。

「ご苦労様と言うのは上から目線だ。」などという根拠のないデマを振り回して他人を蔑むことの方が余程傲慢なんですが、こうしたデマを鵜呑みにしてしまうこともまた「思考が整理された状態」です。

他人を労うのに上から目線もへったくれもないんですが、まぁ、言い方によっては「お疲れ様~」でも失礼ではある。

思考が過剰に整理されてしまっていれば、何も気付くことがありませんから。「刑事罰の判決が出れば解決だ。」などといった、合理的根拠のない話を鵜呑みにしていても何の感情もわきません。

この「何の感情もわかない」状態は、別に理性的なわけではありません。いうなれば痴呆状態なだけです。

刑事罰では犯罪というものの原因究明や再発防止への論理的根拠のある対策に繋がらないことへの「意識」が働かないので、何とも思わないのです。

これが「思考が整理されている」という状態です。

鳥類の脳は、解剖学上は大脳がないそうです。となると小脳しかないので、全ては反射的行動しか採ることができないわけです。

急に何の話かと驚くかも知れませんけど、鳥のヒナに見られるインプリンティング(刷り込み学習)という現象が、思考の過剰整理状態の典型だからです。

鳥類の脳というのは気付きが極端に少ないため、一度何かを親だと思い込むと、疑うことをしなくなります。

合理性のない因習を漫然と繰り返している状態を、何と形容したらよろしかろ。



右翼にせよ左翼にせよ、ISILなどのカルト宗教にせよ、こうした極端な思想に染まってしまうのは。疑うことをしなくなることで生ずるものです。

「疑う」とひとくちに言っても、論理的根拠のない観念的「猜疑心」と、論理検証に基づいた「気付き」の2種類があります。

ISILが暴力を振るうのは、現状の世の中を「疑って」いるからですが。しかし暴力という方法論が間違っているかどうかへの「気付き」はないんですね。

一度疑ったことに脳が固定され、その解決策として暴力という合理性のない感情的最終解決策に囚われる。



仕事を終えて家に戻ったら、妊娠していた女房子供が殺されて押し入れの中に詰め込まれていた。

パレスチナでどんなに救急隊の仕事を頑張っても、目の前で赤ん坊が黒焦げにされることが繰り返される。

こういった状況に陥れば、たとえ右脳優位であろうと思考が過剰に整理されることは珍しいことではありません。

思考の過剰整理というのは、誰にでも起きうるものであり。先日ツィートした自殺者の心理と同様、周りが見えなくなってしまうのです。

犯罪者が犯罪を犯すのにも原因があるのです。

犯罪者に対してだけ「周りを良く見ろ。」と言うのは傲慢としか言いようがありません。

ヒトという種の生物の脳というのは、「周りが見えなくなる性質や原因がある。」ことを踏まえて、犯罪を実行する以前の段階における教育知識として、思考の過剰整理状態に陥らないための対策があるのです。

これを広く教訓として周知することが、子供達が将来犯罪者にならないために用いるべきなのです。

勿論簡単なことではないでしょう。

親から虐待されていれば虐待を連鎖してしまうことからも、家庭環境で親がバカだと対策は困難を極めるでしょう。

教育者がイジメを隠蔽するような「事なかれ主義者」でも同じでしょう。自分達の評価を下げないために生徒が自殺しても重大事象として扱わないなんてことも、多分少なくはないんでしょうから。

あまりに困難なロードマップを提示されると、何から手をつければ良いのかすらわからないかも知れませんが。一人一人の小さな取り組みが、多数に拡がれば大きな力にもなるのですから。気分的に絶望することに意味はありません。

気分なんていうのは所詮脳内物質の偏りでしかなく、祖先(動物)がたまたま生き残った(死ななかった)「結果」でしかないのですから。

コルチゾールなどの不安(ストレス)物質が脳に作用して不安になるのですから。「ああ、今自分の脳内にはコルチゾールがいっぱいだ~。」的に笑い飛ばすくらいの「理性」を発揮すれば、感情や煩悩に左右されずに物事を客観的に検証することも可能となるのです。

不安を安易に解消する方法として、暴力を振るうことでテストステロンを消費し、その結果得られるセロトニン欲しさに暴力中毒に陥ることは簡単です。

簡単だからこそISILは人気がある。

タバコのニコチンもセロトニンを促すそうです。

「刑事罰の判決が出たから解決だ。」と短絡的に解釈するのも、それが気分的に安心だからです。

その気分的「安心」は、何かの中毒症状じゃありませんか?

そう問いかけても、左脳優位なヒトというのは、「どうせ考えたってわからない。」と簡単に諦め(決め付け)ることで目先の安心満足を優先してしまいます。

だから問題が見えなくなる。

「問題が見えなくなる。」原因やメカニズムって何でしたっけ?

さっき説明しましたよね。



ね。



Ende;
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