第十話・バランスの悪い体温
視界に入ってきたのは、教会にあるようなステンドグラスから差し込むひかりだった。
ひかりは、ゆらゆらとカーテンのように揺れてて、何故か不思議と優しそうだった。
私がいつも思っているよりも、世界は意外と優しそうだった。
ゆれるひかりを際立たせる、闇が余計に優しそうだった。
音は、聞こえない。
声も、聞こえない。
聞こえるのは、自分の鼓動だけ。
私の鼓動が、今私が生きてるリズムで私のいのちを小さな音量で打ち鳴らしているだけ。
においが、鼻を撫でる。
なんだろう、カビ臭くてコンクリート臭くて、乾いてて砂っぽいにおい。
でもなんだろう、今はこのにおいが逆に安心感をもたらしてくれる。
不意に、視界に影が差した。
男が、私を見ている。
ひどく風体のあやしい、うさんくさい風貌の奇妙な男が私を見ている。
私は、この男を知らない。
でもそこで、初めて気づく。
私は、生きている。
そこで改めて、目を見開いて、世界を見る。
ステンドグラスからゆれる、ひかりのカーテン。
闇にまぎれて身をひそめるようにバチバチと放電している、奇妙な、何かの機械の数々。
ふと、てのひらに感じられる、硬い板のようなものの冷たい感触。
自分が、金属質のベッドのようなものに寝かされているのだと気づく。
両膝をまげて手をついて、上半身をゆっくりと起こす。
何だか、耳に針で軽く内部をつつかれたような痛みを覚えて、右耳を手で軽くおさえて顔をしかめる。
ちらりと、さきほど視界に見えた男を見やる。
すると、男の横から知っている人影が現れた。
プリシラ、オルファリル、ベルフラウ・・・それに、シェリーさん。
みんな、なにかひどく安堵した表情で、目に涙を浮かべてさえいる。
みんな、口ぐちに私に向かってなにか声をかけているのだけれど、聞こえない。
雰囲気から、私の事を心配していた様子なのだけは伝わってくるのだけれども。
ふと気付いて、頭に手をやる。
いつもの、高性能猫耳型神経接続補聴器が無い・・・だから、みんなの声も周りの音も聞こえていない。
そういえば、補聴器の機能を拡張するための補助器具である猫の尻尾型脊髄接続神経強化器具もつけていない。
ふわり、と肩にやわらかいものが優しくかけられる。
シェリーさんが、私に乾いたバスタオルをかけてくれている。
そして、シェリーさんは私の頭をその豊かなバストに埋めて抱きしめて、しきりに優しく髪を撫でてくれる。
甘ったるい、大人の女性のにおいに、もう薄れて久しい記憶の向こうで微笑む、死んだお母さんを少しだけ思い出した。
そこで初めて、自分が下着一枚つけていない全くの裸だという事を理解した。
先ほど、知らない男に見られていたという事を思い出すが、どうでもよかった。
私は、どうも男性に自分の肌や裸を見られる事に羞恥心も抵抗感も無い。
何も、感じない。
だから普段、その場に他に男性がいても全く気にしないで着替えようとしたりするが、いつもそこで他の女子から怒られて止められる。
普通の、他の女性が特に特別親しい関係でも無い限り素肌や裸を男性に見せるのに羞恥心と抵抗感を覚え、みだりにそうしないのは理解している。
だが、私は昔からその点についてはどうでもよかった。
11歳のあの時から、私は自然に笑う感情を忘れ、自分自身の存在に対する執着が薄くなったように感じられる。
笑う事はともかく、男性の前で肌をさらす事に抵抗が無い点については、ホッパーや他の女子たちからいつも厳しくたしなめられているのだが。
不意に、シェリーさんのやわらかい体温が私から離れる。
いきなり、両側から抱きつかれた。
プリシラとオルファリルが私を痛いくらい強く抱きしめて、わんわん泣いている。
両手で、二人を抱えるようにして二人同時に髪をくしゃ、と撫でる。
「死んじゃって、ごめんね」
そう呟くと、二人は更に強くぎゅっと抱きついてきて、頬をよせるようにしてきた。
私の肌を伝う、二人の涙が熱くてあたたかかった。
唐突に、赤い袖に通した両腕がプリシラとオルファリルの間に割り込むようにして私の両頬に滑り込んでくる。
頭を抱き抱えるようにしてベルフラウが私の顔を両手で包んで、自分に向けてじっと見つめる。
キョトンとしたままの私の顔を、ベルフラウはいつにもまして真剣な表情でまじまじと観察している。
やがて、ベルはそっと両手を私から離して。
つい、とベルが両手に私の猫耳型補聴器をそっと乗せて差し出してきた。
それを受け取って、髪をかきわけて猫耳と頭部の端子を合わせて接続、装着する。
これで、本来私が在る音の無い世界から、健常者の在る音のある世界に踏み入れるはず。
そのはずなのだが、一向に私の耳にいまだ誰の声も周囲の音も入ってこない。
代わりに、チッ、チッ、と奇妙な耳触りな異音がかすかに耳の奥に感じられるだけだった。
「なんだか、ダメ・・・なんでかわからないけど、いつものように聞こえない」
ぼんやりとした曖昧な感覚なまま、そう伝えると、みんな眉をひそめて一様にため息をつく。
す、とベルが私の真正面に進み出て、少しかがんで私と目線を合わせてくる。
「目は、見えてますわね?唇さえ真正面から見えてれば、唇を読むことはいつも通りに出来ますわね?」
声のない、ベルのその言葉を、ベルの唇の動きから読み取って、それにこくりと頷く。
「自分の名前を、口に出して言えますこと?」
ベルの唇の動きから、言ってる事は音がなくても何とか読み取れる。
「ヒメコ・・・ヒメコ・チャリオッツ。女。16歳。女子寮長・・・ソルジャー」
自分で自分に確認するようにして、そう声に出して言葉に紡ぐ。
正直、さっきまで見ていた過去の夢にまだうすぼんやりとひきずられている感触がまだ抜けていない。
「こちらのお医者様は、Dr.ミンチ」
私の肩にかけられたバスタオルの前をその手で閉じながら、目で先ほどからいる怪しい男の紹介をしてくれる。
「ヒメコ・・・あなたは一度、インペイラ―に殺されて死んだ。
でも、ホッパーがこのDr.ミンチの研究所の事を知っていて、あなたを運び込んだのですわ。
そして、Dr.ミンチは電気ショックによる死体の強制蘇生の研究者にして、その分野の権威。
死んだあなたは、一度ドクターの手で腹部の再生手術を施された後、その蘇生技術で生き返らせてもらったのですわ」
早すぎずゆっくりすぎず、私が読むのにちょうどいい速さでベルがそう唇を動かしてみせて説明してくれる。
おかげで、いささか荒唐無稽だけれど、確かに一度殺された私は科学の力により奇跡的に復活を遂げたのだという事は理解した。
「蘇生する前にドクターが説明してくださったのですけども。
蘇生する時に強力な電撃を全身に流し込むために、恐らくヒメコの体内のサイボーグ部分の・・・。
それも聴覚神経とそれに関係する神経系に接続されている電子部品は焼き切れてしまうだろう、との事でしたの」
そこまで言って、ベルはふぅ、と軽く少しだけ目を伏せる。
「メタルショップに、ドクターの知り合いのサイバネティックボディの研究者がいるそうですわ。
その人に・・・グレイ博士に頼めば、サイボーグ部分の修復手術をやってくれるそうですわ」
そう言って、ベルは私を安心させるように優しく微笑んで、私の手に両手を優しく重ねてくる。
「ホッパーたちは渋い顔してましたけどもっ!
今回ばかりは、わたくしもメタルショップの案内をしてもらいますわ。
もちろん、こういう時にヒメコの付き添いをしてあげられるようにするために」
ふん、と鼻を鳴らしてベルはそう言いながらその綺麗な金髪をかきあげる。
「ありがとう、ベル。お願いするね」
ホッパーやみんなはあまり信用してない様子だけれど、こんな優しいベルが私は昔から好きだった。
「ドクターへのお礼を忘れていますことよ」
ツン、と少し照れた様子で、ベルはDr.ミンチの方を見るように促す。
「ありがとう、お医者さん」
ドクターに向かって、丁寧におじぎしながらそう言うと、いきなりドクターは笑いだす。
そして、がしがしと、なんだか機械のにおいと変なのと薬くさいにおいのまじった手でがしがしと私の頭を乱暴に撫でた。
なんだろう、この人は夜の側の人だ。
太陽の日差しの照りつける明るい場所にいる人じゃない、月が道を照らし星が静かに瞬く夜の闇の側の人だ。
なんでかはわからないけど、改めてドクターの顔を、何故かそのこころがうかがえない深く曇った目を見てそう感じた。
そして、ドクターは私にくるりと背を向けるとレトロな黒電話を手にとって、受話器を取り、何処かの誰かに電話しはじめた。
「ドクターが、グレイ博士に連絡してくれてますわ。
・・・さ、そろそろ服を着ないと風邪をひきますわよ」
ベルの言葉にうなずくと、シェリーさんが丁寧にたたまれた私の服をそっと差し出してくれた。
私は、なんでか自分でもわからないけど、服を着ながらベルの顔をじっと見ていた。
ベルって、綺麗だなあ。可愛いよね。
ベルみたいな白い肌になれたらなあ、あの綺麗な金髪になれたらなあ、私も青い瞳だったらなあ。
「・・・?ホッパーだったら、外で待ってますわよ」
そんな私の視線に気づくと、不思議そうな顔をしながらベルはそう言った。
「そういえば、あの後・・・インペイラ―はどうしたの」
そこではじめて、その疑問がわいて質問する。
「わたくしは実際見たわけじゃありませんけども、プリシラとオルファリルから聞きましたわ。
あなたが死んだのを悟ったとたん、ホッパーがキレてインペイラ―を一方的に蜂の巣にして殺したそうですわ。
・・・なんでも、凄まじいキレっぷりだったらしいですわよ?」
ベルはそう言うと、少し横を向いて、プリシラとオルファリルにぱちりと目配せする。
「なんだか、怪獣みたいに凶暴に吠えてて、すっごく、怖かったよぅ」
オルファリルが暗い表情と暗い声でぶるりと震える。
「プリシラも、とても怖かったのです。
・・・あのちんまいホッパーのどこに、あんなおっとろしい声があったのか、なのです」
プリシラが、はぁーっと深いため息をつく。
「ねーヒメコ、お願いだからもう二度と死んじゃわないでよ?
もう、あんな怖い思いするの絶対にごめんだから。
あれさー、もうどっちがバイオモンスターでどっちが賞金首なのかわかんないよ」
着替え終わったところに、オルファリルが私の右手を両手にとって、すがるようにそう言う。
私としては正直、心の中で苦笑いする他なかったのだけれども。
ベルに手を引かれながら、みなで蘇生室を出る。
どうやらこの施設は、廃棄された、老朽化の酷い教会を強引に改装したものらしかった。
あちこちひびが走り、ぼろぼろになった各所に、まるで生き物の体内のように電子部品や機械に計器、大小様々な配線がグロテスクに張り巡らされている。
ガラス戸の玄関に、寂しそうに座り込んでいる小さな影を見つける。
私から見て、ホッパーはそこに広がる、いくつもの十字架が立ち並ぶ丘を眺めているように見えた。
「ホッパー?」
その声にふりむいたホッパーは、泣いていた。
昔からよく知る、普段の一種冷淡ともとれる態度を崩さない彼からは考えられない、頼りなく小さな子供のような泣き顔だった。
私の顔を、じっと見つめたあと、右手でぐしぐしと涙を拭って、また顔を上げる。
そっと私に歩み寄って、その両腕で私を強引に力強く抱きよせる。
ただ何も言わず、無言で私を強く抱きしめ続ける。
それが、私にはひどく熱かった。
それは、バランスの取れていない極端な、あやうい熱さであり、ぬくもりだった。
そっと、抱きしめる背中に両腕をまわして、そのあやういぬくもりに自分をゆだねる。
ふと、空をあおぎ見る。
夕焼け空に、ちぎれ雲がレンガ色とオレンジのグラデーションを作っていた。
鼻に、いつもの乾いた砂のにおい。
今、私たちが生きている荒野の時代のにおい。
私は、そうしてやっと戻ってきた事を実感したのだった。
続く。
視界に入ってきたのは、教会にあるようなステンドグラスから差し込むひかりだった。
ひかりは、ゆらゆらとカーテンのように揺れてて、何故か不思議と優しそうだった。
私がいつも思っているよりも、世界は意外と優しそうだった。
ゆれるひかりを際立たせる、闇が余計に優しそうだった。
音は、聞こえない。
声も、聞こえない。
聞こえるのは、自分の鼓動だけ。
私の鼓動が、今私が生きてるリズムで私のいのちを小さな音量で打ち鳴らしているだけ。
においが、鼻を撫でる。
なんだろう、カビ臭くてコンクリート臭くて、乾いてて砂っぽいにおい。
でもなんだろう、今はこのにおいが逆に安心感をもたらしてくれる。
不意に、視界に影が差した。
男が、私を見ている。
ひどく風体のあやしい、うさんくさい風貌の奇妙な男が私を見ている。
私は、この男を知らない。
でもそこで、初めて気づく。
私は、生きている。
そこで改めて、目を見開いて、世界を見る。
ステンドグラスからゆれる、ひかりのカーテン。
闇にまぎれて身をひそめるようにバチバチと放電している、奇妙な、何かの機械の数々。
ふと、てのひらに感じられる、硬い板のようなものの冷たい感触。
自分が、金属質のベッドのようなものに寝かされているのだと気づく。
両膝をまげて手をついて、上半身をゆっくりと起こす。
何だか、耳に針で軽く内部をつつかれたような痛みを覚えて、右耳を手で軽くおさえて顔をしかめる。
ちらりと、さきほど視界に見えた男を見やる。
すると、男の横から知っている人影が現れた。
プリシラ、オルファリル、ベルフラウ・・・それに、シェリーさん。
みんな、なにかひどく安堵した表情で、目に涙を浮かべてさえいる。
みんな、口ぐちに私に向かってなにか声をかけているのだけれど、聞こえない。
雰囲気から、私の事を心配していた様子なのだけは伝わってくるのだけれども。
ふと気付いて、頭に手をやる。
いつもの、高性能猫耳型神経接続補聴器が無い・・・だから、みんなの声も周りの音も聞こえていない。
そういえば、補聴器の機能を拡張するための補助器具である猫の尻尾型脊髄接続神経強化器具もつけていない。
ふわり、と肩にやわらかいものが優しくかけられる。
シェリーさんが、私に乾いたバスタオルをかけてくれている。
そして、シェリーさんは私の頭をその豊かなバストに埋めて抱きしめて、しきりに優しく髪を撫でてくれる。
甘ったるい、大人の女性のにおいに、もう薄れて久しい記憶の向こうで微笑む、死んだお母さんを少しだけ思い出した。
そこで初めて、自分が下着一枚つけていない全くの裸だという事を理解した。
先ほど、知らない男に見られていたという事を思い出すが、どうでもよかった。
私は、どうも男性に自分の肌や裸を見られる事に羞恥心も抵抗感も無い。
何も、感じない。
だから普段、その場に他に男性がいても全く気にしないで着替えようとしたりするが、いつもそこで他の女子から怒られて止められる。
普通の、他の女性が特に特別親しい関係でも無い限り素肌や裸を男性に見せるのに羞恥心と抵抗感を覚え、みだりにそうしないのは理解している。
だが、私は昔からその点についてはどうでもよかった。
11歳のあの時から、私は自然に笑う感情を忘れ、自分自身の存在に対する執着が薄くなったように感じられる。
笑う事はともかく、男性の前で肌をさらす事に抵抗が無い点については、ホッパーや他の女子たちからいつも厳しくたしなめられているのだが。
不意に、シェリーさんのやわらかい体温が私から離れる。
いきなり、両側から抱きつかれた。
プリシラとオルファリルが私を痛いくらい強く抱きしめて、わんわん泣いている。
両手で、二人を抱えるようにして二人同時に髪をくしゃ、と撫でる。
「死んじゃって、ごめんね」
そう呟くと、二人は更に強くぎゅっと抱きついてきて、頬をよせるようにしてきた。
私の肌を伝う、二人の涙が熱くてあたたかかった。
唐突に、赤い袖に通した両腕がプリシラとオルファリルの間に割り込むようにして私の両頬に滑り込んでくる。
頭を抱き抱えるようにしてベルフラウが私の顔を両手で包んで、自分に向けてじっと見つめる。
キョトンとしたままの私の顔を、ベルフラウはいつにもまして真剣な表情でまじまじと観察している。
やがて、ベルはそっと両手を私から離して。
つい、とベルが両手に私の猫耳型補聴器をそっと乗せて差し出してきた。
それを受け取って、髪をかきわけて猫耳と頭部の端子を合わせて接続、装着する。
これで、本来私が在る音の無い世界から、健常者の在る音のある世界に踏み入れるはず。
そのはずなのだが、一向に私の耳にいまだ誰の声も周囲の音も入ってこない。
代わりに、チッ、チッ、と奇妙な耳触りな異音がかすかに耳の奥に感じられるだけだった。
「なんだか、ダメ・・・なんでかわからないけど、いつものように聞こえない」
ぼんやりとした曖昧な感覚なまま、そう伝えると、みんな眉をひそめて一様にため息をつく。
す、とベルが私の真正面に進み出て、少しかがんで私と目線を合わせてくる。
「目は、見えてますわね?唇さえ真正面から見えてれば、唇を読むことはいつも通りに出来ますわね?」
声のない、ベルのその言葉を、ベルの唇の動きから読み取って、それにこくりと頷く。
「自分の名前を、口に出して言えますこと?」
ベルの唇の動きから、言ってる事は音がなくても何とか読み取れる。
「ヒメコ・・・ヒメコ・チャリオッツ。女。16歳。女子寮長・・・ソルジャー」
自分で自分に確認するようにして、そう声に出して言葉に紡ぐ。
正直、さっきまで見ていた過去の夢にまだうすぼんやりとひきずられている感触がまだ抜けていない。
「こちらのお医者様は、Dr.ミンチ」
私の肩にかけられたバスタオルの前をその手で閉じながら、目で先ほどからいる怪しい男の紹介をしてくれる。
「ヒメコ・・・あなたは一度、インペイラ―に殺されて死んだ。
でも、ホッパーがこのDr.ミンチの研究所の事を知っていて、あなたを運び込んだのですわ。
そして、Dr.ミンチは電気ショックによる死体の強制蘇生の研究者にして、その分野の権威。
死んだあなたは、一度ドクターの手で腹部の再生手術を施された後、その蘇生技術で生き返らせてもらったのですわ」
早すぎずゆっくりすぎず、私が読むのにちょうどいい速さでベルがそう唇を動かしてみせて説明してくれる。
おかげで、いささか荒唐無稽だけれど、確かに一度殺された私は科学の力により奇跡的に復活を遂げたのだという事は理解した。
「蘇生する前にドクターが説明してくださったのですけども。
蘇生する時に強力な電撃を全身に流し込むために、恐らくヒメコの体内のサイボーグ部分の・・・。
それも聴覚神経とそれに関係する神経系に接続されている電子部品は焼き切れてしまうだろう、との事でしたの」
そこまで言って、ベルはふぅ、と軽く少しだけ目を伏せる。
「メタルショップに、ドクターの知り合いのサイバネティックボディの研究者がいるそうですわ。
その人に・・・グレイ博士に頼めば、サイボーグ部分の修復手術をやってくれるそうですわ」
そう言って、ベルは私を安心させるように優しく微笑んで、私の手に両手を優しく重ねてくる。
「ホッパーたちは渋い顔してましたけどもっ!
今回ばかりは、わたくしもメタルショップの案内をしてもらいますわ。
もちろん、こういう時にヒメコの付き添いをしてあげられるようにするために」
ふん、と鼻を鳴らしてベルはそう言いながらその綺麗な金髪をかきあげる。
「ありがとう、ベル。お願いするね」
ホッパーやみんなはあまり信用してない様子だけれど、こんな優しいベルが私は昔から好きだった。
「ドクターへのお礼を忘れていますことよ」
ツン、と少し照れた様子で、ベルはDr.ミンチの方を見るように促す。
「ありがとう、お医者さん」
ドクターに向かって、丁寧におじぎしながらそう言うと、いきなりドクターは笑いだす。
そして、がしがしと、なんだか機械のにおいと変なのと薬くさいにおいのまじった手でがしがしと私の頭を乱暴に撫でた。
なんだろう、この人は夜の側の人だ。
太陽の日差しの照りつける明るい場所にいる人じゃない、月が道を照らし星が静かに瞬く夜の闇の側の人だ。
なんでかはわからないけど、改めてドクターの顔を、何故かそのこころがうかがえない深く曇った目を見てそう感じた。
そして、ドクターは私にくるりと背を向けるとレトロな黒電話を手にとって、受話器を取り、何処かの誰かに電話しはじめた。
「ドクターが、グレイ博士に連絡してくれてますわ。
・・・さ、そろそろ服を着ないと風邪をひきますわよ」
ベルの言葉にうなずくと、シェリーさんが丁寧にたたまれた私の服をそっと差し出してくれた。
私は、なんでか自分でもわからないけど、服を着ながらベルの顔をじっと見ていた。
ベルって、綺麗だなあ。可愛いよね。
ベルみたいな白い肌になれたらなあ、あの綺麗な金髪になれたらなあ、私も青い瞳だったらなあ。
「・・・?ホッパーだったら、外で待ってますわよ」
そんな私の視線に気づくと、不思議そうな顔をしながらベルはそう言った。
「そういえば、あの後・・・インペイラ―はどうしたの」
そこではじめて、その疑問がわいて質問する。
「わたくしは実際見たわけじゃありませんけども、プリシラとオルファリルから聞きましたわ。
あなたが死んだのを悟ったとたん、ホッパーがキレてインペイラ―を一方的に蜂の巣にして殺したそうですわ。
・・・なんでも、凄まじいキレっぷりだったらしいですわよ?」
ベルはそう言うと、少し横を向いて、プリシラとオルファリルにぱちりと目配せする。
「なんだか、怪獣みたいに凶暴に吠えてて、すっごく、怖かったよぅ」
オルファリルが暗い表情と暗い声でぶるりと震える。
「プリシラも、とても怖かったのです。
・・・あのちんまいホッパーのどこに、あんなおっとろしい声があったのか、なのです」
プリシラが、はぁーっと深いため息をつく。
「ねーヒメコ、お願いだからもう二度と死んじゃわないでよ?
もう、あんな怖い思いするの絶対にごめんだから。
あれさー、もうどっちがバイオモンスターでどっちが賞金首なのかわかんないよ」
着替え終わったところに、オルファリルが私の右手を両手にとって、すがるようにそう言う。
私としては正直、心の中で苦笑いする他なかったのだけれども。
ベルに手を引かれながら、みなで蘇生室を出る。
どうやらこの施設は、廃棄された、老朽化の酷い教会を強引に改装したものらしかった。
あちこちひびが走り、ぼろぼろになった各所に、まるで生き物の体内のように電子部品や機械に計器、大小様々な配線がグロテスクに張り巡らされている。
ガラス戸の玄関に、寂しそうに座り込んでいる小さな影を見つける。
私から見て、ホッパーはそこに広がる、いくつもの十字架が立ち並ぶ丘を眺めているように見えた。
「ホッパー?」
その声にふりむいたホッパーは、泣いていた。
昔からよく知る、普段の一種冷淡ともとれる態度を崩さない彼からは考えられない、頼りなく小さな子供のような泣き顔だった。
私の顔を、じっと見つめたあと、右手でぐしぐしと涙を拭って、また顔を上げる。
そっと私に歩み寄って、その両腕で私を強引に力強く抱きよせる。
ただ何も言わず、無言で私を強く抱きしめ続ける。
それが、私にはひどく熱かった。
それは、バランスの取れていない極端な、あやうい熱さであり、ぬくもりだった。
そっと、抱きしめる背中に両腕をまわして、そのあやういぬくもりに自分をゆだねる。
ふと、空をあおぎ見る。
夕焼け空に、ちぎれ雲がレンガ色とオレンジのグラデーションを作っていた。
鼻に、いつもの乾いた砂のにおい。
今、私たちが生きている荒野の時代のにおい。
私は、そうしてやっと戻ってきた事を実感したのだった。
続く。










