Stahlgewitter2016

ベルリンでの日々

まずは木が大事

2017-06-17 23:09:53 | 日記
 少し知って分かったつもりにならないこと。とりわけこの国では、抽象的概念を綴り合せて分かったつもりになっている「思い込み」が横行している。書かれてある文字とは本来抽象的なのだから、その抽象的化された文字の背後にある経験や事実をとらえてゆくことが何よりも大切だ。
 (竹内光浩・本堂明・武藤武美編『語る藤田省三 現代の古典を読むということ』(岩波現代文庫))


 分野によって違いはあるだろうが、歴史学の場合、事実の確定をおろそかにして抽象的概念に「逃げる」ことがないように常に留意しなければならないだろう。政治学の一分野としての政治史の場合、政治学(比較政治・国際政治)の知見(概念や理論)を取り入れることが重要になるが、それも、「こういう問題に注目すると、この時代のことがよりよく理解できる」とか、「こういう側面に注目したらこの問題はより面白くより興味深いものになる」というような、問題の設定や発見、展開の仕方などにこそ有用性を発揮するものと考えるべきだろう。政治学の本を読んで現実をシャープに解釈できるように思い、その頭で歴史学の本を読んで現実の複雑さに圧倒され、失望した経験が何度もあるが、そもそもそれは政治学に期待するものが間違っていたのだろう。
 「木を見て森を見ず」という言葉がある。そこには、「とりあえずまずは木を見て、それから森という全体像を見るより難しい課題がある」というニュアンスがあるように思うが、重要なのは、何より木を見ることである。細部の木のありかたを見ないで、漠然と森を思い描くことなど、実にたやすいことではなかろうか。
 事実の裏付けのない抽象的な文ほど書きやすいものはない。こう書いて今、抽象と具体のバランスに感心させられる文章の書き手として誰がいるだろうと考えた。真っ先に思い浮かんだのは、精神医学の中井久夫氏である。少し考えれば、他の名前も出てくるだろう。
 
 
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